Snake finger 投稿者:takataka 投稿日:1月2日(火)16時25分
「――ついに……」

 ろうそくの明かりの中、うつし出される魔方陣。

「…………………………」

 口元だけがわずかに動く。
 空気中を音波となって伝播するには若干根性の足りない振動が伝わる。
 ぴくり、と白い耳カバーが動いた。
 ロボットの敏感な耳はその言葉を聞き逃さない。

「――ついに、このときが来たのですね」

 茜色の髪が、かすかに上向いて。
 気のせいだろうか? ――その冷たいおもざしには、こころもち笑みが浮かんでいるよ
うにすら見える。

「――芹香さま」

 こくん。
 魔女っ子帽の下、長く伸ばされた黒髪が、わずかに上下する。

「………………」
 いいですね、セリオ。

「――仰せのままに」

 すっとセリオの右手が胸に当てられた。恭順と忠誠のしるし。

「…………………………」
 決行日は、1月1日。

 元旦であった。





「…………ん」

 薄いレースを透かして、朝の光が整った面差しをやさしく照らす。
 そこにそっと影が差す。
 起こしにきてくれるのは彼女の専属のメイド。そして同時に……かけがえのない友達。
 来栖川綾香の朝はそんな風にしてはじまる。

(――おはようございます、綾香さま)

 耳ざわりのいい、鈴を転がすような声音がもうまもなく聞こえてくるはず。
 いつもなら。
 ほら、扉が開く音がした。
 床が軋む。そうっと気づかれないように近づいてきて声をかけるのが、あの子のやり方。
 気づいてはいるが、綾香はまだ半分夢の中。
 もうすこし……ぐだぐだしてたいにゃー……。


「――おはようございますにょろ」


 ん?
 耳を疑った。
 何か妙な声が聞こえたような……。
 でも、眠いし……無視無視。

 ぱん!

「ひゃっ」

 時ならぬ破裂音。
 あわてて飛び起きた綾香の前には――

「――おはようございますにょろ、綾香さま」
「……セリオ、それはなんのつもり?」

 HMX−13セリオ。
 ……多分。

 なぜに多分かというと、今日はちょっとばかり違った装いだった。

 普段から白く透きとおった肌の色が、今日は不自然なまでに白い。
 つーか、顔面白塗り。
 そのうえ、ほっぺに奇怪なウロコっぽい模様が。
 口もとからちょろりと除く、二股に割れた舌のペインティング。

 それは何かを連想させた。綾香の首筋にちりちりと悪寒めいたものが走る。
 なにか……とてもいやなもの……なんだろ。

「……何よそれぇ……」
「――今日の私はセリオではありませんにょろ。
 ……そう、『セリリニョロロ』とでもお呼びくださいにょろ」
「はぁ?」

 綾香は眠い目をこすりながらも困惑顔だった。
 なぜ語尾が『にょろ』……。

「――はぁ、ではありませんにょろ。早く起きるにょろよ」
「にょろって言われても」

 ぱん!

「やっ」
「――お早く願いますにょろ」

 セリオの手には硝煙を上げる拳銃があった。

「そ、それモデルガンよね?」
「――だと、良いにょろね……」

 ってーか、布団に穴あいてますけど?

「いや、あのね? ロボがよ? 主人のベッドに朝もはよから発砲事件?」
「早く来るにょろ。芹香さまがお待ちしてますにょろ」

 ……姉さんの差し金ね。元旦そうそうあの人はもう……。
 そそくさと室内着に着替える。着物は出かけるときでいいかな、と思いつつ。

 間仕切りの向こうでセリオが……いや、セリリニョロロがヒマを持て余しているらしい。
 涼しげな歌声が響き渡る。


	 ♪未来の世界の〜ヘビ型ロボット〜
	 どーんなもんだいぼーく、セリオにょろ〜♪


 ちらり、と振り返って。

「――下水管とか、割と得意です」
「そ、それがどうしたのよ」
「――別に」

 謎めいていた。




 芹香は朝から気合入っていた。
 何しろこのために綾香より早く起きたのだ。
 綾香より、早く。
 低血シスターズの異名をとる来栖川姉妹だが、ことに芹香の低血圧ぶりは余人の及ぶと
ころではなかった。その寝起きの悪さは綾香すら遠く及ばず、子供時代は起きるの忘れて
一日寝過ごしたこともしばしば。
 その芹香が、綾香より早く起床――。
 しかも、自分ひとりで。
 ひとりでできるもん。
 成功。
 またひとつ大人の階段を上ってしまった。
 でもまだシンデレラで、幸せは誰かがきっと運んでくれると信じてます。

「………………」
 浩之さんとか。
 
 芹香、ひとりで赤面。
 普段ならここでたっぷり一時間は赤面しているところだが、今日の芹香は一味違う!

「………………………………」
 あ、こんなことをしている場合では。

 何しろ、今日は2001年の元旦。
 そして、12年に一度のスペシャルイヤー。
 来栖川家の総力をあげてとりおこなう、21世紀のオープニングにふさわしいスペシャ
ルイベントが待ち構えている。
 前回は綾香がアメリカに逃げていたため取りやめとなったが、今度は違う。

「………………………………」
 セリオちゃん、上手くやっているでしょうか……。






「いっ」

 正確に3拍置いて。

「いやあああああああーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 絶叫。
 滅多に聞かれない声だった。あの綾香が、恐怖心丸出しのスクリーム。
 彼女の目の前には――。

「来栖川邸の庭に備えられたプール……冬場は水を抜いてるにょろが、今日は特別にょ
ろ」

 にょろにょろにょろ〜〜〜〜〜〜〜。
 プール一杯にうごめく、ヘビ、ヘビ、またヘビ。
 そのさまはあたかも巨大ざるそば(しかも生きてる)。

「綾香さま、ヘビ年明けましておめでとうございますにょろ……」






 綾香の親友セリオも、今年だけは一味違う。
 さしものセリオもヘビがらみでは綾香に対して思うところがあった。
 あれは去年の秋だったろうか。

「セーリオ♪ 一緒に帰ろ」
「――はい」
「今日はちょっと付き合ってもらうわよぉ。新しい冬物のセーターが欲しいのよね」

 お小遣いの確認に財布に入れた手に、かさ、と妙な感触。
 なんだろ、と覗き込む。

「うわ! やだやだ!」

 財布を投げる。
 ちゃりん、と音とともに硬貨が転がった。

「いやああ! セリオ、とってとってぇぇ!」

 道行く寺女生が振り返る。
 あの来栖川綾香の悲鳴……滅多に聞けないシロモノだった。

「――これがどうしたのですか」
「き、気持ち悪い……よくそんなの触れるわね」

 ぴらぴら、とセリオは薄茶色のそれを綾香に示す。

「――ヘビの抜け殻、です。縁起物です」
「まさか……」
「はい、私がお入れしました」

 …………。

「セリオ、それ、ちょっと置きなさい」
「――はい、あの……」


 ごッ


 かみそりのような鋭いフックがセリオの横面をえぐる。
 本気の一撃だった。
 ぺたり、と女の子すわりで頬を押さえて地面に倒れふすセリオ。

「何を人の財布に入れてくれてんのよアンタはっ!」
「――ひどいです、綾香さま。私はただ綾香様さまが金運に恵まれるように」
「これ以上金運なんて要らないわよっ」

 どこぞの触角バイト少女が聞いたら血の涙を流しそうなお言葉だった。
 怒りに任せて、綾香はなおも指を突きつける。

「今度そんなことしたら即産廃だからね! よくおぼえときなさい!」

 ――がびーん。
 友情とか信頼とか心のつながりとか、奇麗事がさっぱり消し飛ぶような瞬間。
 ひどいです、あんまりですあやかさま。
 セリオの心には深い傷が刻まれた。
 無垢で幼い、生まれたばかりの心。
 そこにざっくりと深手を負わせたからには、いくらご主人様でもマスターでもオーナー
でも容赦することまかりならない。
 ――しかるべき報いを食らわせねばなりません。

 市販品ならこのような危険な思考にはリミッタが効くところだが、ラッキーなことにセ
リオは試作機だ。
 ありがとう、ありがとう長瀬主任。午年にはきっと何か素敵なイベントを用意します。
心に誓うセリオだった。
 そして今――報いを食らわせるべきときが来たのだ。




「……………………」
 取り乱してはいけません。

「ね、姉さん! ちょうどよかったー。助けて! セリオが変なのよ」
「……………………」
 変なのはあなたのほうです、綾香。

「え? ……ど、どうしてよ!」

 今年が何年か分かっているのですか? とつぶやくと、綾香は一瞬にして髪のような顔
色に変わった。
 そう、そうでなくてはいけません。芹香はそっ……と微笑む。
 彼女の脳裏を過ぎるのは、去年の出来事。





「占い? へえ、新しい占いマスターしたんだ。やってくれるの?」

 綾香の声にこくん、とうなづく芹香。
 やおら頭巾のようなものをさっと被り、机の上に白へビの置物をセッティング。

「…………Ze…………tas………………me………………」

 うつむいたかと思うと、かっと目を見開いて。

「うん! 見える! 見えるぞ!」
「姉さん!?」

 あの姉さんが……普通の音量の声でしゃべってる?
 でも口調が変だし、それになんか押しつぶしたような異様な声色だ。

「む! これは……おぬし、強運の持ち主じゃな! じゃが! 男運は最悪じゃ! とく
に……目つき! 目つきの悪い男には気を付けるが良いぞ! むうん! はっ……!」

 すいに静かになり、がくんとうなだれる。
 ややあって、すっと顔を上げ、

「………………」
 こんなんでましたけど。

 普通の声に戻っていた。

「…………………………」
 気に入りましたか……?

「気に入るか」

 せっかく気合を入れて占ってあげたというのに、綾香はリミットブレイク寸前だ。

「姉さん、それ二度とやらないでよ! ……いいわね!」

 実の姉に拳を突きつけてすごむあたり、綾香的にもかなり余裕なさげだ。
 こくこくこく、と普段の三倍の速度でうなづく芹香。
 それにしても。

「……………………」
 せっかくマスターしたのに……。

 しゅん、とうつむきがちな芹香。
 占いの小道具の、白ヘビの置物をいじいじ手いたずら。

「貸しなさいっ」

 伸びてきた手がさっと取り上げると、2階の窓から大遠投。
 白い点は放物線をえがいて森へと消える。
 綾香は容赦なかった。

「……・……・……・……・……・……・……・……・……」
 ウ・ラ・ミ・ハ・ラ・サ・デ・オ・ク・ベ・キ・カ。





「…………………………………………」
 ……あけましてヘビ年、です。ハッピースネークイヤーですよ、綾香。

「だからって……だからってこんな……」

 いやなもんを見てしまったメンタルダメージに加えて、どうでもいいことに対するバカ
な金の使いっぷりに思わず膝をつきつつも、綾香は必死に立ち直りをはかる。
 そう、このくらいでダウンしていてはエクストリームチャンプの名が泣く。

「あほなことしないでもいいでしょうがー!」
「――ですが、今年はヘビ年にょろ。何かとヘビがらみの話題が町にあふれることと思わ
れますにょろ。ヘビの苦手な綾香さまに少しでも慣れていただこうと」
「一年くらい何とかやり過ごすわよ! つーか、あんたたちのせいでしょっぱなから挫折
しそうだけど!」
「甘いにょろ綾香さま。たとえば、エクストリームに蛇拳の使い手が出場してきたらどう
なさるおつもりにょろか?」
「全力で叩き潰す!」
「――では。本日のスペシャルゲストにょろ」
「綾香さん! あけましておめでとうございます!」

 松原葵。
 新年そうそう赤ブルマ。
 冬なのに、屋外なのに。
 こいつは春から縁起がいい。

「今日は初稽古をつけていただけるということでお邪魔しましたぁ!」

 だまされた模様。

「――松原さんにお願いして、中国拳法の師匠から蛇拳の極意を伝授してもらってきまし
たにょろ。さあ、倒せるものなら倒してみるにょろ」
「綾香さん、お願いします!」

 さっそく構えを取る。中腰に構えて、腕の独特の動きがヘビをかたどっていて気色悪い。
 綾香はだんだん腹立ってきた。
 葵の分際でこの私を、よりによっていっちばん嫌いなもので威嚇するとは……。

「……あおいぃ……」

 だまされやすさがこの子の不幸。恨まないでよ葵。

「私、今年こそはいけそうなんです! 今こそ綾香さんを倒」

 ごッ

「あいた」

 王者のハイキックが青髪ブルマをふっ飛ばす。
 松原葵、バキチックに大回転。
 しかもエクストリームの正式試合ではないせいか、倒れた葵に王者はとどめ刺す気満点だ。
 ぐるんぐるん右腕振り回しつつ、ふしゅー、とばかりに闘気っぽいのはみ出してるし。

「あああ綾香さん、右ですか左ですかひょっとして」

 オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ。

 ジョジョネタをかます隙すらも与えず。

「きゅう……」

 松原葵、初ダウン。
 あけましておめでとうございます。

「――所詮はマルチさんのパチもん、蛇に特有のウネウネ感が足りなかったようにょろ」

 両腕でウネウネ感を表現しつつセリオはしれっと言ってのけた。

「当たり前よぉ! まだまだ葵には」
「――ならば、スペシャルゲスト2にょろ」
「綾香さん! 勝負ですー!」

 今度は本物のHMX−12、マルチ。
 ただ、マルチ……の耳カバーから、一対の触手が!?
 イソギンチャクのようにうねうねとうねっている。

「――主任にお願いして新たなオプションを。ウネウネ感満点の魅惑の逸品にょろよ」

 思いつきでこしらえたおもしろオプションで、ますます広がるHMワールド。
 お母さまもぜひお子様に勧めてあげてください。

「ってーか、マ○ンメ○デン?」
「はわわわぁ! い、言ってはならないことをーーーーーー!!
 も、もう捨て置くわけには行きませんですー!」
「――さあ綾香さま。にっかつロマンポルノでは名器と称えられたイソギンチャク、ぜひ
ともご賞味下さいにょろ」

 誰だ来栖川データベースにあやしいデータを入力したのは。

「――いくですー! ……って、はわわ!?」

 綾香の限界を超えた超本気の前にははわわロボごとき敵ではなかった。

「あうううぅ、ほどいてくださぁ〜〜〜い」

 その辺の立ち木に結び付けられて、泣くマルチ。
 結び残りの触手がにょろにょろ。

「さあ! まだなんかあるの!? かかって来いオラァ!」

 綾香はいい感じに追い詰められていた。

「――では、本日のメインイベント。
 このアオダイショウで一杯のプールの中に、一匹だけシマヘビがいるのですにょろ」

「…………………………」
 さあ綾香。ウォーリーを探せ。

「さがすわけないでしょうがーーーーーーーーー!!」
「――ゲームスターーーーーーーーーーート」

 聞いてない。
 しかもセリオは画面右下の丸い囲みに移動して、アイドル水泳大会もどきに歌など歌い
始める始末。


	 ――♪このひろいプール一杯、いる蛇を
	    ひとつ残らず あなたにあげる♪


「いるかボケがーーーーーーーーーーーー!!」

 綾香にしても必死だ。
 エクストリームの決勝でもこれほどの窮地に陥ったことはなかった。

「――やむをえませんにょろ。芹香さま、お願いいたしますにょろ」

 こくん。

「…………………………」
 綾香。姉の生きざま、よく見ておくのです……。
「ちょっと姉さん一体ナニを……あ! あああーーーーーーーっっ!??」

 ヘビ一杯のプールに、頭からざぶーん、と。
 にょろにょろにょろ〜とそのあたりのヘビが波のように暴れまくる。
 やがて、ぽっかりと頭を出して。

「…………………………」

 その頭のてっぺんにはヘビが一匹、ちろちろと舌を出し入れしていた。
 なんかエジプトの人っぽい感じで。

「………………」
 でも、これはなかなかどうしていい塩梅ですよ? 
 セリオもどうですか。

「――では失礼しまして、ご一緒させていただきますにょろ」

 呆然と立ち尽くす綾香を尻目に、セリオはそうっとつま先から――。

 にょろり

 ――おおう。

「――これはなんとも……」

 気に入った様子。
 肩までつかるひとりと一機。

「――私たちはただいまオープンしたての来栖川温泉におりますにょろ。
 芹香さま、こちらのお湯の効用は?」

 さっと取り出すフリップ。

『泉質……弱アルカリ性ヘビ泉
 効能……縁起担ぎ・金運向上』

 事前に用意していたようだ。芹香は最初からその気だったらしい。

「あ、ああ……あああああ……ああ……」

 綾香の目の前で信じがたい光景が展開していた。
 いつも気にかけていた、おとなしすぎて何かと心配だった、たった一人の姉。
 初めて会ったその日からどこかひきつけられるものを感じた、メイドロボ。

 その二人がいま、肩を寄せ合ってヘビプールに。
 悪夢、そうよこれは悪夢に違いない。
 新年そうそう、とんでもない悪夢……。
 ……ってーか、これが初夢!? 今年の初夢なの?

「そんな……今年の初夢は千代の富士を寄り切って鷹村さんをデンプシーで倒してそれで
あと……なすびは……えーと……とにかくそういう夢を見ようと思ってたのにー!」

 ザ・最悪。
 この一年、私どうなるんだろう……。

「――なすびをそんなところに? 不潔にょろ、綾香さま」
「……………………」
 妹ながら恥ずかしいです。

「うるさいぞそこの二人ー!」

 現実逃避しつつも将来に暗雲を感じざるをえない綾香。
 ヘビ年は今日から一年続く。
 一年間、そこらじゅうでヘビの話題を耳にすることになるのだ。
 お正月番組なんかもうヘビ一色。
 ハブとマングースの対決も、今年ばかりはヘビの勝ち。

「………………」
 さあ、綾香も一緒に。なかなかどうしていい塩梅ですよ?

 もはや声も出ず、いやいやをするように首を横に振るだけ。

「――ミミズ千匹など比較にならない快楽の世界に、さあ、あなたも」

「……………………」
 綾香。肩までつかって百数えるのです……。

「やあってられるかああああああ!!」

 がしゃーんとそばにあったテーブルを蹴倒す。

「知らないわよ! もう帰る! 帰るー! 帰って晴れ着着て浩之と初詣に行くのー!」
「――帰れるとでもお思いにょろか?」
「どういうことよ!」
「プールサイドからお屋敷まで……何か雰囲気が違いませんにょろか」

 言われてみれば、何か黒い粒のようなものがびっしりと敷き詰めてある。

「――点火にょろ」

 とたん、そこここで火花が上がる。それと同時に……。

 にょろにょろにょろ〜

「ぎぃやああああああああ!??」

 道上にいっせいににょろにょろ〜とグレーの物体が伸び上がる。もう足の踏み場もない。

「お屋敷からここまでの道にびっしりとヘビ花火を敷き詰めておきましたにょろ。新世紀
を彩るのにふさわしい、地味ーな花火の芸術をお楽しみ下さいにょろ」

 壮観だった。まるで地面から生えてくるようににょろにょろ〜と伸び上がるヘビ花火。
 これほど地味で、それでいて壮大な光景がほかにあるだろうか。
 綾香はぺたん、と座り込む。
 もう屋敷に帰る道はないのか?
 ヘビ一杯プールを目の前にして、姉とロボの異様にトロピカルな入浴シーンをただ拝ん
でいることしかできないのか?
 と、

 かぁぁぁああぁぁあああ…………

 ヘビ花火にょろにょろをものともせず乗り越えて、異様にたのもしい男の影が!

「セバス!?」

 綾香の顔がぱあっと輝く。

「たたた、助けてセバス!」
「…………」
「ちょっと、どうしたのよ! 何で黙ってるの?」
「かぁあああああああ!」
「きゃああ!」
「私をセバスなどという名で呼ぶでなーーーーーーーーーーーーい!」

 どういうわけか、ふだんはきちっとセットしている髪がぼさぼさの蓬髪。
 おまけに片目に黒い眼帯。

「な、ななな、なんなの?」
「ふ。セバスではありませんぞ綾香お嬢さま。今日の私は男汁あふれる男の中の男……」

 あごに手のひらを当ててキメ!

「スネイクと呼びな!」

 渋い革ジャンには『ニューヨーク1997』の文字が!

 きぃやあああああああああああああああ。





「どうした綾香! しっかりしろ」
「は! ひ、浩之ぃ……」

 ベッドの中。浩之の腕枕で眠ってしまったようだ。

「助けて浩之! インチキ占い師とヘビ型ロボットとカート・ラッセルもどきが!」
「そうか……先輩にセリオにセバスまで……なんて奴らだ」

 浩之の腕にそっと抱かれ、綾香は全身から力が抜けるのを感じた。
 そうか……そうよね。もう私逃げてきたのね。そして一番大事な人と、こうしてひとつ
のお布団で、ひとつになって……。

 なすび

 だああああ! そうじゃなくて!

「もう大丈夫だからな、綾香」

 くしゃ、と頭をなでられる。
 すっと心が落ち着くのを感じた。そのまま浩之の胸に顔をうずめて。

「ん……」
「ところで、そのヘビってのは……」

 ん? と顔を上げた目の前には。

「こんな顔だったか?」

 ぎょえわやああああああああああああああ。





 ――研究所に残っていたロボットの素体。
 それに発泡スチロールでこしらえたヘビ頭を載せるだけでこれほど恐がっていただける
とは。
 扉の影に立つセリオ。
 その表情はうかがい知れないけど、心の中ではしたり顔。

「ドッキリ仕掛け人冥利に尽きます、綾香さま」

 ――ニヤリ。

 HMX−13セリオ、初笑い。
 あけましておめでとうございます。

「――小悪魔にょろよ?」






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