しっぽセリオのクリスマス(前編) 投稿者:takataka 投稿日:12月24日(日)03時54分
 しっぽの番外編2

『しっぽセリオのクリスマス』

 Serio  the  tail  in  Holy  night.





 年の瀬、年末、年の暮れ。
 もひとつおまけに世紀末。

「せりおぉ〜〜〜〜〜〜〜〜?」

 来栖川邸の長い、思わず100m走してスプリンターごっこをやりたくなってしまうく
らい長い廊下に張りのある声がひびく。

「ちょっとおいで〜〜〜〜〜〜〜」

 音量から言ってどう考えても100%芹香のものではないその声は、やっぱり違わず来
栖川綾香。
 長くつややかな髪を、くしゃ、とかき上げて。

「いないの〜〜〜〜〜〜〜?」

 ……………………。
 いなかった。

「………………かぁぁぁぁぁぁぁあああああああ! 綾香お嬢さま! ご用事でしたらこ
のセバスチャンめが何なりとぉぉぉぉおお」
「しょうがないなー」

 青方偏移せんばかりのドップラー効果引き起こしつつ高速で接近する大質量の物体にか
ろやかに無視を決め込んで、綾香はとてとてと廊下を歩く。
 背後から聞こえる、廊下の突き当たりで発生したとおぼしき衝突音は気にしない。
 大物たるゆえんだ。

「捜しに行っちゃうか? 散歩がてら」

 ちゃりんと音を立てる小さな紙袋が、綾香の手の中で揺れる。




 私はセリオ。HMX−13。
 今日は、ご主人様である綾香さまを放置してのお出かけです。
 本来なら許されないはずの、命令なきお出かけ。
 ですが、そこは手ぬかりありません。
 私の計算では、寺女が冬休みに突入した綾香さまは昼過ぎまでいぎたなくお眠りになっ
ているはず。
 その間隙を縫っての、秘密の外出なのです。

 綾香様の本日のご用事は、夜からです。
 それまでの間、一度外出さえしてしまえば夜までは自由に使える時間。
 前もって綾香さまに買い物を頼まれていたので、それに行っていたと言えば申し訳も立
ちます。
 それにしては、少々時間がかかりすぎかもしれませんが……。

 ロボにはロボの、人には人の、それぞれ秘密があるのです――。





 ――世間ではホワイトクリスマスなどといいますが、実際にはクリスマスに雪が降るの
はごくごく一部の地方だけ。
 冬の街は街路樹の葉も落ちてどこか寒々しい気配です。
 ですが、なにやら浮き足立った人並みが、商店街を楽しげに闊歩しています。
 今日は、特別な日ですから。

「たすけー、たすけえー」

 ――何事でしょうか?
 どこからか、小さく頼りない叫び。
 文字通り助けを求めています。
 いったい何が? 視線をめぐらすと、

「たすけがまたあんなところにー」

 赤毛の小さな女の子。
 妙にはねたもみあげが印象的です。
 大きな木の根元、指さすその先には。

 にゃー。

 ちび猫さんが、頼りなげに鳴いています。

「――どうしたのですか」
「降りられなくなっちゃったのー」

 すんすんと鼻を鳴らす女の子、涙声で訴えます。

「――猫というのは高いところにのぼりたがる習性があるものです。木に登れない敵から
身を守るためと、敵より高いところに立って優位を示すためなのです」

 人差し指をぴっと立てて、女の子に教えてあげます。

「ふぇ? ……うう、たすけぇ〜」

 ……わりとどうでもよさげな反応をされました。
 確かに、サテライトサービスならではの豆知識を披露している場合でもなさそうです。
 測距モードで見上げます。地上よりおよそ5メートル。

「ちょっと高すぎるようですね……何かと煙は、などと言いますが」
「お姉ちゃんお願いー。たすけをたすけてー」

 ――悪くない洒落です。
 ですが、いまは猫さんの安全が先決。

「――わかりました。お任せ下さい」

 本当は、まっすぐに用を済ませて迅速に帰宅しなければなりませんが――。
 困った人がいたならば、見過しには出来ない。
 それがロボットの生きる道。
 そう、それが――正義の証なのです。

 正義!!

 なんと好ましい響きなのでしょうか。
 かの過疎レンジャーの皆さんもやはり正義、です。
 それどころか、あの過疎ライダーもカソイダー01も宇宙駐在カソバンも、ひとつ残ら
ず正義なのです。
 なんという素晴らしさでしょう。

 そして何よりも素晴らしいのはそのクライマックス。
 正義の呼び声とともに現われる巨大ロボ。
 ロボです。人とロボとがともに手を取り合う感動の情景。
 そのうえ、あろうことかレンジャーとかその他諸々の正義の関係者ご一同様がその中に
乗って自在に操り、戦ってしまうのです。
 ――心理学的には胎内回帰願望の一種でしょうか?
 想像してもみてください。
 たとえば私の中に綾香さまが……。
 野獣のように荒々しく乗り込んでくる綾香さまの前になすすべもなく、意のままに操ら
れてしまう私……。


	『行くわよセリオ! 抜刀・メイドソーーーーーーーーード!!』
	『――待ってください綾香さま、私、私、まだ心の準備が』
	『悪党は待ってはくれないわ! さあ、いっくわよぉ!』
	『――ああっ! 綾香さま!? そ、そこ違っ』(?)


 ――堕ちてゆく……。


「……あ、あのう? おねえちゃん?」

 ――はっ。
 いけません。
 こほん。

「――わかりました。私にお任せ下さい」
「わぁい、ありがとうー」


 ………………。


 二人かたまったまま、1分経過。
 その間にも『たすけ』は木の上で、にゃーにゃー。

「あ、あのう……おねえちゃん、まだ助けてくれないの?」
「――このままでは無理です」
「え……」

 そう。
 正義の登場にはそれなりのセレモニーが必要なのです。

「――お名前は?」
「えと、しんじょうさおり」
「わかりました、さおりさん。
 目をつぶって、『キツネのしっぽ』と3回唱えてください」

 人差し指をぴんと立て、少女の口もとにそっと触れ。

「――きっと、不思議なことがおこります」
「うん、わかった……」
「おおきな声で元気よく。約束ですよ」

 こく、とうなづくさおりさん。
 お祈りするようにきゅっと目をつむって、すうっと息を吸い込むと、

「きつねのしっぽ、きつねのしっぽ、きつねのしっぽ!」

 そうっとこわごわ目をひらき――。
 ちら。

「……あれ?」

 ほぇ、とおめめをひらいて私を見ているさおりさん。

 ぽん☆

 いつのも寺女の制服姿、そこに飛び出すおみみとしっぽ。
 何処から来たのか何処にしまうのか、女の子だけの秘密なのです。
 そして手足に黒ナックル黒レガース。
 キタキツネならではのカラーリング。

「わあぁっ」

 大層驚かれているようす。
 一拍遅らせる演出はどうやら成功のようです。

「おおおお姉ちゃん、しっぽが! おみみが!」
「――信じる心が奇跡を呼んだのです」

 す、と少女の手を取る私。

「いまの私はしっぽせりお、英語で言うならセリオ・ザ・テイル。
 正義のヒーロー的存在感です」
「せせせ正義?」
「はい。正義です」

 そう。
 あの日から。
 しっぽをさずかったあの日から。
 半分せりおで、半分きつね。
 なんだかふしぎなきもちなのです。

 しっぽを生やした私なら、お耳を立てた私なら。
 普段と違う私になれる。それはきっと、新しい予感。

 ロボの私にしっぽとお耳、きつねの色の、きつねの毛皮。
 いわばそれは、ひとつの変身。
 変身といえば――ヒーローの特権なのです。
 変身、それは正義の証。
 それに私はメイドロボ。
 ロボットの存在意義である、『人のためにお役に立つ』――究極的には、それは正義な
のです。
 へんしんロボ、HMX−13セリオ。
 もはや正義でなくてなんでしょう?

 ――しっぽとお耳で生まれ変わった私。
 いままでのセリオとは一味違いますよ?

「――さあ、何なりとご命令ください。こん」

 ――なんだか普段と変わりないような気も。

「た、たすけを……たすけてぇー」

 さおりさん、若干棒読みチックです。
 が、まあいいでしょう。
 目が点になっているのもご愛嬌です。

「――では」

 木の上のたすけさんを見据えます。
 予備動作なしで、さっと音もなくジャンプ!
 強力なジャンプ力は、きつね三大秘密のひとつです。
 残りの二つはまだ秘密。

 がさがさっ。
 葉の茂みに飛び込んで、枝葉を鳴らしたかと思うと、すとんっと着地。

「わぁ……」
「――ろうれふは、はおいはん」

 いまいち上手くしゃべれないのは、お口にたすけさんを咥えているから。
 ぽろ、と落とすと、私の腕の中に収まって、にゃん、と声を立てました。

「たすけぇ〜」
「はい、ですから助けました。もう安心です、さおりさん」

 きゅっと大切そうにたすけを抱くさおりさん。よかったですね、これで一安心。

「ありがとうおねえちゃん! じゃああたし、これで……」
「さあ行きましょうさおりさん。こうしてはいられません」
「え?」

 若干コミュニケーションが取りきれていないようで、さおりさんはきょとんと不思議がお。

「まだまだやらねばならないことがあります。協力してもらえますね」

 ぎゅっとさおりさんの手を取ります。
 見つめあう目と目。
 困惑の色はこの際無視します。

「この町はねらわれています」
「え? ええ? 何に?」
「悪です」

 言い切りました。
 これでこそ正義です。
 何が悪なのか? とか、正義とは何か? といった抽象的疑問に頭を悩ませるようなこ
とがあってはいけません。
 私が正義なのではなく、正義が私なのだ。
 このくらいの自負心が必要です。

「私とともに戦うのです」
「え? ええ?」

 そうです、正義と生まれたからにはやらねばならないことがある。
 弱きを助け、悪を討つ。
 弱きを助けるのは今やったので、悪を討つほうをしなければなりません。

「さあ、正義の歳末パトロールに出かけましょう」
「ぱ、ぱとろーるって」
「あなたをHMX−13セリオ少女隊の一員に任命します」
「えええ?」

 隊員一名確保。
 記念すべき隊員第一号、しかも初代隊長です。よかったですね、さおりさん。

 いざゆかん、正義を求めて。
 しっぽのわたしにできること。
 いつもと違うしっぽの私で、正義のへんしんヒーローです。

「えいえい、おー」
「え? あ、あああ、おー!」




「わあ、たいへんだよおねえちゃん! 出会いがしらにおそばの出前が!」
「――わかりましたさおりさん。さあ呪文を」
「きつねのしっぽ、きつねのしっぽ、きつねのしっぽ!」


「たいへんたいへん! ペンキ塗りたてに気づかない人が!」
「――呪文です」
「きつねのしっぽ、きつねのしっぽ、きつねのしっぽ!」


「あ! ラーメンに、梅干がー!」
「ところがこれが呪文です」



 次から次へと元気よく呪文をとなえるさおりさん。
 ノリノリなのはいいのですが……。
 ――なんだか正義というより町の便利屋と化している気が。




 それにしても、変身シーンに今ひとつ華がないようです。
 いけません。
 変身シーンはヒーローの肝です。
 きちんと決めないと、バンクの使いまわしの際に格好悪いのです。
 もっとこう光ったり回ったり赤射したり蒸着したり、しかも変身中には一瞬衣服が脱げ
たりしなければならないのです。

 ――脱げすぎても放送できなくなったりします。難しいものです。

 と、おもちゃ屋さんのウィンドーに気になるオブジェが。

『過疎ライダー変身ベルト 光る! 回る!』

「――へんしん……ベルト……」

『光る……』
『回る……』

 いけません。
 正義のヒーローとはいえ、平常時の私は単なるメイドロボ。
 こんな無駄遣いをしては――

『光る。』
『回る。』

 ――しかし……蟲惑的な文句が私をひきつけます。
 ついふらふらとショーウィンドーに足が向いてしまいます。
 でも、見るだけなら。
 べったりとガラスに手をついて、ずずずーっとずり下がるとそこには……。

『光るッッ!!』
『回るッッッ!!』

 ――ごくり。

「おねえちゃーん、早く早くぅ」

 ――はっ。
 いけません。
 
 ――後ろ髪を惹かれつつも、口元をぬぐってその場を立ち去ります。
 あとで検討してみましょう。

 ……小道具の使用がならないのならば、バリエーションで勝負してみましょうか?

「おねえちゃん大変大変!」
「――はい、かしこまりました。では」
「うん! きつねのしっぽ、きつねのしっぽ、きつねのしっぽ!」

 ぐっとひざを沈めて――ジャンプ!
 上昇の頂点で、お耳としっぽが、ぽん!
 くるりと一回転して、重心を前に倒して、頭のほうから先に落下。

 すたん、と手から着地します。
 けもののように4つ足で決め。
 肉球を意識した握りこぶしを顔の横に『くいっ』と添えて、

「――こんっ」

 高くひと鳴き、しっぽがぱたん。
 完璧です。

 ――ですが、どうしてなのでしょう?
 さおりさんはなんだか真っ赤です。
 指をつんつんつっつき合わせ、ちらりと上目づかいして、

「きつねのおねえちゃん、ぱんつ丸見え」

 ――私としたことが!




「はい、どうもね。ありがとうさん」
「――お気をつけて」
「おばあちゃん、またねー」

 本日5件目の『正義』は、信号で困っているおばあさんの手を引いて渡ってあげる、で
した。
 ――正義というより、親切という行為に近いような。
 あと、変身する意義が若干不明です。

 ここに正義がいるのです。
 この街の平和を乱すものは許すまじ。
 てぐすね引いて待っているのです。
 だから――はやく乱れないでしょうか、平和。
 こんこん。




 夕焼け小焼けで日が暮れて。
 本日の悪、ゼロ件。
 正義としてこう言ってはなんですが、とても残念です。

 ――お、おぼえてやがれー。

 そんな風に捨て台詞残して走り去りたいくらいの淋しさやるせなさ。
 でも、それでは悪者みたいなので、

「――今日のところはこれくらいにしてあげます」

 誰にともなく、つぶやきます。
 命拾いしましたね、悪。

 止むを得ません。外出して来た真の目的を果たすことにします。

「さおりさん。すこし待っていただけますか?」
「うん……なにすんの?」
「――私的なお買い物があるのです」
「うん。私ここで待ってるね」

 さおりさんをその場において、私はウィンドーの中へ。
 お買い物は……二つ。
 ひとつは、かねてからの綾香さまからの頼まれもの。
 それともうひとつ、わたし自身のお買い物。
 ちなみに、変身ベルトではないです。
 それはまたの機会。
 すでに前もって決めておいたので、買い物には時間はかかりません。

「お待たせしました」

 包みを手に、私はさおりさんの頭にぽんと手を置いて、

「それでは……残念ですが、私はそろそろ帰らなくてはなりません」
「ええ?」

 ほんとうはまだ時間に余裕があるのですが、さおりさんのようなよい子はおうちに帰る
時間です。
 またいつかお会いしましょう、さおりさん。
 と、その前に……。

「さおりさん、何か願い事はありますか?」
「え?」
「きょうはクリスマスイヴです。HMX−13セリオ少女隊の隊員に何か少しでも贈り物
ができたら――と考えていたのですが、何かないでしょうか?」
「ほんと? いいの?」
「はい、なんでもどうぞ――ただし、私にできることに限りますが」

 きょう一日付き合っていただいたお礼です。
 しかし、サテライトサービスでどのような職種でも一瞬にこなすことができるのが私の
特徴。たいがいのことは可能です。

「えっとね、さおりね」

 すこし考えて。
 にぱっと笑って。

「サンタさんに会いたい!」

 ――くら。
 
 超難問です。
 私にできることでお願いしますって言ったではありませんか。
 あ。
 さおりさんの一点の曇りもない、澄んだ目。
 その目は信じていますね。
 私にできることだと思っていますね。
 いくらなんでもそれは無理です。
 でも……。
 そんな目で見られると、ちょっと、断りきれません――。

 それでは最後の手段です。

「――じゃん」

 私は、いつものアンダーウェア。体にぴったりフィットした、メイドロボ専用のボディ
ースーツ。
 ですが、その上に重ね着です。
 真っ赤なベスト、真っ赤なキュロット。ふちに真っ白ふさふさのファーつき。
 まがうかたなきサンタ衣装。
 そこに飛び出すお耳としっぽ。

「――こん……」

 サンタセリオのしっぽつき。
 なかなか見れない光景です。

「わあ……」
「――サンタです。こん」

 しかも、この衣装は私のものではなく。
 綾香さまのお使いというのが、実はこの衣装をもらってくることだったりします。
 後できちんとたたんでおけばわからないとは思いますが……。
 綾香さまには申し訳ないことをしてしまいました。
 しかしながら、無垢な少女の願いをかなえる。
 これも正義です、いたし方ありません。

 ……しかし、この衣装には若干の難点があるようです。
 防寒着のはずですが、おへその見えるチュニックといい、極端に短いキュロットといい、
どうしてこれほどまでに露出部分が多いのでしょうか? とうてい冬場の衣装とは思えま
せん。
 下にアンダーウェアを着込んでいるとはいえ、かなりの寒々しい格好といえます。

「きつねのおねーちゃん、むりしてる……」

 ――はい、してます。
 あなた正解、図星です。
 さおりさんは、ふふぅ、と笑って。

「ありがとう、お姉ちゃん! ステキなサンタさん!」

 ぱたぱたっと走りよって、ぱさ……と抱きつきます。

「さおりの知ってるサンタさんは白いお髭のおじいちゃんだけど、きつねのサンタさんも、
これはこれでとってもすてき」
「――そうですか」

 喜んでいただけたみたいで、私も安心です。
 さおりさんの頭に手を置くと、くしゃ、とやさしい感触。

「あのね、あのね。
 サンタさんって、世界中の子供にプレゼント配るでしょ? だからきっと、ひとりじゃ
ないと思うんだ。だから、こんなサンタさんがいてもいいなあ……さおりは、きつねサン
タさん、大好きだよ」

 にぱ、と笑うさおりさん。

 ありがとうございます。さおりさん。
 こんな小さな子供に勇気付けられることがあるなんて。
 やっぱり人間の皆さんは、何か不思議なものを持っているのですね。
 人を幸せな気持ちにできる、何かを。

「では、私はそろそろ帰らなければなりません」
「うん! とっても楽しかったよー、またあそんでね、きつねのお姉ちゃん」

 ひらひら、と合わせて手を振って、たたーっとすばやく駆けていきます。
 急いでくださいね、さおりさん。もう日も暮れます。


 ――!!!


 とっさに、思考速度が限界まで速まります。
 その瞬間のことは、まるで高速度撮影のように頭の中をよぎって。
 さおりさんの駆け出した道の向こうから、大型のトラックが――。

 車は赤信号のはずです。

 ウィンドウの中では、運転者が――ハンドルにうつぶせている。
 心臓発作か、あるいは居眠り運転か。それは今の段階ではわかりませんが――。
 このままではさおりさんが!!

 神経組織の連絡にブーストがかかります。最大出力で地面を蹴って――みしり、と足首
が過負荷に軋み、次の瞬間私は路上に飛び出していました。

 アスファルトを削って接地、
 足首のひねりで方向を変え、
 硬直しているさおりさんを抱きとめ、
 とっさに路上の――いけない。このままの速度ではさおりさんが怪我をしてしまう――
 街路樹の根元の、低木が目に入りました、あれが上手くクッションになってくれれば―
―
 
 ばさっ!

 身を起こすと、さおりさんはわたしの腕の中。
 何処にも怪我はないようですが、急激な強制移動のためか、すこしくらくらしているよ
うです。
 服にこびりついた生け垣の葉が痛々しい感じです。

「――大丈夫ですか、さおりさん」
「ふっ……えぐっ……」

 こくこく、とうなづいて。
 しゃくりあげながらも、さおりさんはぐぐっとこみ上げるものをこらえています。
 泣くこともできないほど恐かったのでしょうか。
 それとも、私に気を使ってくれているのでしょうか……?

「さあ、もう大丈夫ですから。すこしここにいてくださいね」

 地面にぺたんと腰を下ろしたまま、立っているさおりさんの服のほこりをぱんぱんと払
ってあげました。
 車は街燈に衝突して止まっていました。
 スピードがそれほど出ていなかったせいか、運転席の破損はそれほどでもありません。
ただ街燈はだいぶ傾いています。
 運転者は――かすり傷。ですが、これは完全な酩酊状態。
 一応運転席から出して、道路に横たえます。それ以上特別な応急措置は必要ないようです。
 すでに警察と救急隊には連絡済みです。いずれ適切な治療を受けた上で、法の裁きを受
けることになるでしょう。私がすべきことは、警察に適切な事情説明をするくらいです。
視覚データを提出できるよう、あとで外部にバックアップを取っておきましょう。
 しかし……こんなとき、ロボットの身が恨めしいと感じることがあるとしたら、こんな
ときなのかも知れません。
 どうして、私はこんなとき怒りを感じられないのでしょう?

 それにしても。
 ふと、我とわが身に立ち返り。

「――これは……」

 ゆっくりと自分の体を見回します。
 サンタの衣装はすっかり泥にまみれ、ところどころかぎ裂きまでできている様子。
 綾香さまに頼まれていたものなのですが……。
 特注品なので、元の店に戻ってみてもおなじものが買える見込みはなし。
 仕方ありません。無断で着ていた私が悪いのです。
 それにしても、いったい綾香さまになんと言ったらいいでしょうか……。

「やあっと、見つけた」

 その声は!

「――綾香さま!?」







http://plaza15.mbn.or.jp/~JTPD/