Piece of Bust 投稿者:takataka 投稿日:8月31日(木)01時55分
 郊外のある高校。
 HMX−12のテスト校として、そこは記憶されている。
 間違いない。
 マルチさんの記憶どおりです。

 HMX−13セリオは、たしかな足取りで校内に潜入する。

 怜悧なまなざし。
 端正な横顔。
 隙のない身のこなし。
 若草色のベスト、緑のスカート。
 寺女の制服のままだった。

 あんがい誰も何も言わなかった。

「ロボだし……」
「来栖川だし……」
「スポンサーだし……」

 他校の生徒が勝手に入ってるにもかかわらず、目をそらす教師たち。
 この学校は来栖川グループから多大な援助を得て経営されている。
 そのため、メイドロボのテストなどに使われることも多い。

『金は出すから、ウチがらみで何かあったときはシクヨロ!』

 大人の約束という奴であった。
 
 ――大人ってきたないものなのですね。
 尾崎めいたことを考えながらセリオ潜入に成功。とにかく好都合ではあった。
 そんな教師たちとは関係なく、今日の彼女のターゲット。
 藤田浩之その人である。




「ふふふー……」
「――どうしたのですか、マルチさん」
「あのねセリオさん。きょう、とってもステキな人に出会ったですー。きっと運命の出会
いです」
「――運命」
「はい。私が階段から落ちそうになったときに助けていただいたんですよー。男の人の胸
って広いんですね。それにあったかくて……」
「――!?」
 セリオは見た。
 彼女の姉マルチ。幼さを前面に押し出した丸まっちい面立ち。
 そこにわずかにひらめく女の貌。
 ――この年にして、すでに男の味を――?

 それは考えすぎというものだった。

「それにそれに、あったかいやさしい手で、わたしのあたまをなでなでっ……て」
 
 ――!?
 
 なでなで?
 衝撃が走る。
 研究所や来栖川家のみなさんの他にも、わたしたちの頭をなでなでする人材がいたので
すか?
 やむない事情だった。
 幼い面立ちのマルチに比べ、知的で怜悧な雰囲気を漂わせるセリオは、美しさに対する
憧れはされても、頭をなでる等の可愛がるべき対象としてはユーザーの目に映らなかった。
 デザイン上の都合とはいえ、セリオにしてみれば酷な話だ。
 なでなでに飢えるロボ、HMX−13セリオ。
 事がなでなでとあらば、手段は選んでいられない。
 ――藤田浩之。
 調べてみる必要がありそうです……。




 当の藤田浩之の監視をはじめて数分。
 浩之が教室を出たそのときだった。

「ヒロユキー」
「げ」

 待ち構えていたかのように大質量の物体が等速直線運動しつつ藤田浩之にジェットスト
リームアタック。

 どすんっ

「ぐはぁっ」

 かのように、ではない。いまの攻撃は明らかに待ち伏せによるものだ。
 ある種の要人テロ?

「ドラマティックだネ、ヒロユキ!」

 ひっくり返った浩之の前に、にっこりと笑う蒼い瞳。
 午後の陽射しに輝くパツキン。
 セリオはただちにサテライトに登録されたマルチの高校の生徒データを参照する。
 宮内レミィ。
 在日ニセ外人。




「ふ〜ん……メイドロボなのネ」
「ああ、なかなかすげーぜ? 本当に人間そっくりなんだ」

 廊下を行く二人はどうやらマルチの話題に夢中な模様だ。
 しかも、話はどうやら宮内家のメイドロボに及びつつあった。
 尾行しながら、セリオは聴覚センサをこらす。

「へー、やっぱパツキンか?」
「ウウン、ブルネット。クルスの少し前の型ダヨ」

 よしっ。
 セリオ小さくガッツポーズ。
 ロボット産業における来栖川の地位はゆるぎないようです。
 あとで主任以下研究員の皆さんに報告しなければなりません。
 報告して、”いいこいいこ”されなければなりません。
 なでなでなのです。
 ぷにぷになのです。
 そのうえ、ふにふにまでも。

 ――ぽ。

 微妙な赤面は表情には出なかった。

「ヒロユキ、メイドが欲しいの? どうして?」
 セリオはまじまじとそのニセ外人を見た。
 人間だったら失笑してるところだ、と思いながら。
 どうしてもこうしてもない。メイドロボは誰もが欲しがる夢の家電なのだ。理由など必
要ない。
 それが彼女たちの大前提だった。

 『ロボ最高』
 『欲しくてあたりまえ』
 『いらないなどいう奴の顔が見てみたい』
 『てゆーか見たら一発殴って逃げる』

 それが彼女たちの認識。
 「いりません」などといわれても困る。
 何を聞いているのでしょうか、あのパツキンは。
 当社従来品のユーザーとはいえ、許しがたいものを感じます。

「じゃあ、アタシがメイドになるヨ!」

 ――笑止。
 てんぷらうどんにケチャップをかけるような民族にメイドロボが勤まるとでも?
 猫を電子レンジに入れて乾かすような国民に、家庭の管理が任せられるとでも?
 鼻で笑いたいところだった。
 ――しかし、私は心のないメイドロボ。笑ったりすることはできません。
 命拾いしましたね、宮内さん。

 セリオははた、と思い当たる。

 メイドロボに、なりたい。
 そして私はメイドロボ。
 これはつまり……




「あーあ……」
 頭の後ろで手を組んで、レミィはひとりため息。
 ヒロユキったら、笑って相手にしてくれなかったワ……。
 メイドになりたいわけじゃない。ただ、ヒロユキのそばにいられるならメイドでもいい。
そういう意味だったんだけど。
「鈍感デスね……」

 耳をすませば、
 
 ……とぉりゃああああああ……
 
 浩之が最近気にかけているという、緑の髪のメイドロボ、マルチ。
 今日も掃除に人生、いやロボ生をかけている様子。
 はあっ。
 ひとり肩を落とす。

「私もメイドロボになりたいデス……」
「――そのお手伝いをいたします」

 突然の声にはっと振り返るレミィ。
 風に吹かれひろがる、茜色の長い髪。
 シャープな二つのまなざしがこちらをひたと見つめていた。

「アナタは?」
「諸般の事情によりその正体は明かせませんが、二重国籍に悩む民族的マイノリティーを
救済するためにあらわれた正義の」
「アハッ、あなたマルチのお友達デスね?」
「――…………」
「その白い耳カバーでバレバレなのデース!」
「――いえ、違います」
「No〜〜〜〜〜 ちっちっち、何でもお見通しデス。あなたの心お見通しなのデース」
「違うのです。これは……」
「……What? これは何デスカ?」
「――新しい中耳炎の治療器具です。このアンテナ部分で大自然のパワーを結集して直す
のです。言うなれば、禅」

 無茶言うにもほどがある。

「Oh! ゼン・ガン?」

 違う。

「――そして渋み」
「シブーミ……It’s Miracle……ブシドーなのデスね……」

 それも違う。

「そうだったノ……ごめんね、ヘンなこと言って」
「――分かっていただければいいのです」

 外人くみし易し。
 サテライトサービスのデータに収録しておくことにする。

「わたしが何者かなどはどうでも良いことです。問題は、貴方がメイドになれるかどうか。
そうでしょう?」
「ウン……」
「そこで、ここは日本人らしく形から入ってみるのはどうでしょう。まずはこれ」

 じゃん、と白い特殊素材のスーツを広げてみせる。

「Wao……レオタードですか?」
「来栖川電工で使用されている、開発中のプロトタイプメイドロボ専用スーツです。これ
さえ着れば、貴方も今日からメイドロボ」
「そ……そうカナ」
「幸いなことに貴方の髪の色はパツキン。これが黒髪だったら染め直さなければならない
ところですが、その髪ならば即戦力です」
「アタシ、才能あるんデスか?」
「――はい。生まれもっての適性を感じます。超高校級です」

 ――髪の色に限っては。
 でも、みなまでは言わぬが花なのです。

「さあ、着て下さい」

 体育館付帯施設の更衣室。
 いそいそと着替える外人娘。
 鼻歌なんぞ歌いつつリボンを解く。セーラー服の前を空けて、両腕を『んっ』と下に伸
ばすとそれだけでぱさりと床に落ちた。
 軽く胸を張るだけで服の前が開いてしまうあたり、流石であった。

(――あたかもケンシロウのような……)

 いや、服破いちゃおらんが。

「何デスか?」
「――いえ、何でもありません」

 スカートをすとん、と落とす。

(――ブルーですね。今日はこれで藤田さんを悩殺するつもりで……)

 優秀なメイドロボとしては、もちろん色的なチェックも忘れず。

「あのう……ブラも外さないと、ダメですか?」
「――当然です。早くするのです」
「デモ……」

 もじもじと人差し指をつんつんする毛唐に決断をうながす一言。

「――ブラの形が透けても良いのですか?」
「No!」
「さあ、早く。急がないと人が来ます」
「トホー……」

 腕を後ろに回し、ぱちんとホックを外す。
 そろそろとカップを外し……

 ――あ……。

 人間何かひとつはとりえがあるものだなあ、とセリオは思った。
 彼女は心のないメイドロボ。
 だから別に悔しくなんかないのだ。

 ――肝心なのは大きさではありません。
 大きさではない、と思います。
 ……それにしても、複雑です……。

 ボディスーツを足から穿いて、お腹のあたりまで引っ張りあげる。
 そこでレミィの手が止まった。

「ん……」
「――どうしたのですか。さあ」
「胸がきついデス……」

 ぴく。

「――さっさと着なさい」
「Ah! い、痛いデス! やめっ……あんっ」
「――この不必要に突出した部位を押し込めば良いのですね?」

 むぎゅ。

「イタ、イタタ、ちょっと痛いです……」
「――人間辛抱です」
「シンボウ?」
「双子山親方もそう言っていました」

 何とかかろうじて押し込むことに成功。
 サイズ限界のため、形がくっきり出ているのが難点といえば難点か。

「なんだか、何も着ていないより危険な気がするデス……」
「時間がありません、急いでください」

 そしてニーソックスと肘まである手袋をはめる。
 局部と鎖骨を覆うプレートがちょっとしたアクセント。

「――そしてこれがポイント、耳カバーです。今回は特別にわたしのスペアをお貸ししま
す」
「中耳炎の治療器具という話はどうしたデスか?」
「…………不思議ですね」

 まあとにかく、装着。
 完成である。

「うにゃ〜……」

 おのが全身をくまなく見回す。
 なるほど確かに言われてみればいかにもロボ的ないでたちではあった。

「それにしても……」
「――何かご不満でも?」

 わたしの服になんぞ文句でもあるんかいゴルァ、とでも言いたげなセリオ。
 そのくせ声色は平常時と一つも変わらない。

「ソノゥ……これ、すっごくつんつんしてるんデスが……」

 視線を落として、はにゃ〜、と顔を赤らめるレミィ。
 ただでさえパンパンに張った胸部。
 それゆえ、セリオが着ていたときよりもさらにトップの形がくっきり。

「……ニプレスないデスか?」
「ありません」
「No……」
「どうということはありません。押しボタンが二つ増えたくらいでメイドロボが動揺して
はいけないのです」
「押されたら困るデス……」
「――えい」

 人差し指で、つんっ。

「にゃっ!! ちょ、チョット……」
 両腕で胸をかばいつつ、くねくねとあやしい踊りをおどる南蛮人。
「――困っていますね」
「もう、何シマスか……」
「――えい」

 くにに。
 今度は両手。

「にゃああ!?」
「センサーの感度は問題ないようですね」
「何いってるんデスか……もう、恥ずかしいヨォ……」
「これで完璧です。さあ、いざ藤田さんの元へ」
「あ、えっと……アリガトでーす!」

 大量の疑問点を置き去りにしつつも、ぺこりと頭を下げ、快活に走り去っていく宮内レ
ミィ。
 あとに残るはセーラー服。

「――…………」

 使える。





「いろいろと問題積み残してはいますが、とにかくこれデース! これならヒロユキまっ
しぐら!」
「あ、いたいたセリオ、さあ、寺女に行こうな」
「エ?」
「急に居場所がわからなくなるから心配したぞ。マルチに会いに来たのかい?」
「あの、ちょっと待ってクダサイ……」
「あれ、なんか発音がおかしいな……?」
(ハッ……正体がばれちゃうデス!)
「な、何なりとお申し付けくだサーイ」
「……主任、セリオの髪って金髪仕様でしたっけ?」
「光線の加減でしょ? もう夕方だし」
「しかし……それにしても……」

 眼鏡の研究員が目を凝らす。
 特定の部位が、そりゃもうパッツンパッツンであった。
 しかも、設置した覚えのない押しボタンが二つ増えているようだ。
 かなり微妙な位置に。

「おかしいなあ……」




 翌日。
 寺女の校門でほけーっと突っ立つパツキンセリオの姿があった。

「どうして……」

 なぜアタシはこんなところにいるんデショウか。
 知らない学校。知らない制服。
 もちろん浩之はいるわけもない。

「あ、セリオーっ!」

 とととっとかけてくる短髪のトランジスタ・グラマー。

「おはよっ、セリオ……せ、せりお!?」

 田沢圭子は、遠近感? と朝っぱらから巨大な違和感を感じた。
 セリオの身長がなんだか妙にでかくなっているような。

「にゃ? どちらサマですか?」

 振り返ったその顔は、一風変わった外人フェイス。

「あのぅ……セリオ、なんだよね? 耳カバーつけてるから、ついうっかり声をかけちゃ
ったけど」
「あ、あたりまえデース! アタシもうセリオすぎるほどにセリオだわヨ!」

 ……あやしい。
 きょろきょろと回り込んで見回す。
 あやしい点は多々あれど、中でも一番気になるのが、
「なんか……胸、大きくなってない?」
 ジト目でセリオを見上げる圭子。
「うっ……ばっばっばばばバージョンアップデース!」
「それになんだか金髪だよ?」
「染めました! 理由なき反抗デース」
「目青いし……」
「す、睡眠不足ナノ。人間の目は赤くなるけど、ロボットの目は睡眠不足で青くなるのデ
ース」
「そういうものなのかなぁ……」




 同時刻、浩之の学校では。

「浩之ちゃん、浩之ちゃん!」
「来るなあかり! こいつのターゲットは俺ひとりだ!」

 どがしゃあああああん。
 派手な音を立てて廊下と教室の仕切りが崩れ落ちる。
 埃とガラス片を撒き散らし、ぎぎぃっと折れた柱がきしる。
 そこから覗く、茜色のポニーテールの房。
 ほっそりとした白い腕が、信じられないような力で崩れ落ちた壁をもちあげていた。

「――ドラマティックな出会いです、浩之さん」

 茜色に乱れた髪の奥で、冷たく光を放つ双眸。
 そこに片目だけ違った光が宿り――
 
「あかり、伏せろ!」
「きゃっ」

 じゃっ!

 高エネルギーレーザーに焼かれた黒板が真っ二つになって、どすん、と落ちる。
 間一髪伏せたあかり。黄色いリボンの先がぶすぶすと煙を上げていた。

「い、いやああああーーーーー!」
「みんな逃げろ! こいつは……」

 言い終わらないうちに、セリオの上体がぎしぎしと不自然に持ち上がった。まるであや
つられているかのように不自然な、人外の挙措。
 両腕をうつろに前に差し出し、鷲の爪のような形に手を開いて、無表情で迫り来るニセ
外人ロボ。それはあたかも黒魔術によってあやつられる殺人人形。

「さあ、この日替わりパンツをとくとごらんなさい。そしてその目に焼き付けるのです」




「Fuck’in Lab,
 fuck’in robot,
 fuck’in horse head!」

 だん!

「ひゃっ」

 苛立ちまぎれに壁を殴りつけ、意外なほど大きな音に自分で飛び上がるレミィ。
 ナニをやってるのヨ……これじゃ気づかれちゃうデス!

 事態は数時間前にさかのぼる。
 何とか学校の方をごまかしきって、来栖川研に戻ってきたまではよかったが。

「早くあのロボットにアタシの服返してもらわなきゃ!」
「お帰りセリオ、早かったじゃないか」

 昨日迎えに来た馬面の研究員――主任、とかまわりの人に呼ばれてマシタ――が、鷹揚
に声をかけた。

「アノウ、それなんですが、アタシ実は……」
「まあまあ積もる話は後にして、まずは充電しなさい。充電しながらゆっくり聞いてあげ
るよ」
「エット……」
 流されるままにメンテベッドに横たわる。
「あ、イタタ……痛いデス!」
「おかしいなあ……手首のパーツ外れないぞ」
「じゃあ主任、せっかくだから皮膚の導電部分からの接触式結線を試して見ますか?」
「そうだね、じゃ、それ行こう」

 レミィの手首に心電図取る時のような電極がぺたんぺたんと貼り付けられる。
 
「アノウ、これは一体」
「じゃ行くよ」

 しびびびびびびびびびびび。

「にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ!」
「おやおや、今日のセリオはどうして骨格が透けて見えるんだろう?」
「い……いいかげんにしなサーーーーーーーーイ!」

 ぶちぶちと結線をぶっちぎって、そのままのいきおいでタックル!
 大脱走劇の幕開けだった。




 阿鼻叫喚。
 藤田浩之の教室はもはや一個の戦場だった。
「セリオ! お前一体どういうつもりなんだ?」
「――登校時。ぶつかる男女。いざ学校に行ってみるとぶつかった相手はちょっと気にな
る転校生……ドラマみたいで、素敵です」
「な、何言ってるんだお前ぇ!」
「――そういうこと言う人、嫌いです」

 すでにコンクリートの壁や柱と何度となくドラマチックな出会いを遂げているセリオは、
いい感じに壊れていた。




 一方来栖川研には、いきなり迷っているレミィの姿があった。

「OK,OK……stay cool! stay cool,Heren.
 Think! think!」

 こめかみに指を当て、まわりの空気を押さえつけるような身振り。
 必死で自分を落ち着かせる。
 考えて、考えるのよヘレン。
 ここから生きて帰れる保証は?
 保証はどこにもない。
 だとしたら、活路は自分の力で切り開かなければ……。
 でも、どうやって?

「にゃ!」

 びっくり。
 背中に触れるものがあった。
 振りかえると、張りかけのポスター。
 そして、傍らに落ちているホチキスの打ち込み機。ホビーホチキスとか書いてある。
 紙をはさむのではなく、壁にポスターを貼るときなんかに使う奴だった。

「これは……」

 そっと手にとって見る。ボードにホチキスの針を、足を曲げることなく打ち込むための
その機械の姿は、彼女の手にしっくりとなじむものに似ていた。

「Gunみたいデスね……」

 ぱちん。
 セフティを解除。
 片手に持って構える。ねらいを定め、引き金を引く。
 ばちんっ、と意外なほど大きな音。
 超硬度鋼の強力なバネの反発力によって、薄い板状のハンマーが十分な初速度ではじけ、
レールの上に整列したステープル針の先頭のひとつを打ち出す。
 かつん、と木の板を叩く音。
 反動はほとんどない。
 目で確認すると、針は彼女がねらいをつけた掲示板の位置にきっちり食い込んでいた。

 かつん! かつん! かつん!

 連射。
 針は三本ともあやまたず掲示板に張られた生活目標『廊下の右側を歩こう』の『右』の
字の下の『口』の中に刺さっている。

 ――行けマース!

 しかたないノデス。これはモウ闘いです。
 目を閉じる。ホビーホチキスの柄は思ったとおりしっくりと手になじんだ。
 生き残るためには、おのれの実力で道を切り開くしかない。
 狼は生きろ、馬は死ね。
 ハルヒコ・オーヤブなのデース。

 荒い呼吸を整えつつ、歯でプッシャー爪を解除する。ステープル針を押さえるプッシャ
ーは、オートピストルで言うと弾を弾倉に送るスプリングの役目を果たす。
 銃身を立てると音もなくすっと抜けるプッシャー。あらわになったステープルレールに
新しいステープルを親指の強力なスナップで送り込む。プッシャーを元通りセットして、
爪をはめ込む。カシン、と音を立てて掌底でプッシャーを叩く。装填完了。

 ――頼むワヨ、相棒。
 銃身にちゅ、と軽くキス。

 からん、と音を立てて二つの耳カバーが足元に転がった。
 ありあわせの白い布でぎゅっと髪をしばると、気持ちまで引き締まるようだ。
 黄金色に輝くポニーテール。
 宮内レミィ。
 一人ぼっちの孤独な戦争の幕がいま切って落とされた。




「藤田くん……」
「委員長! ど、どうしてだよ? どうしてオレの身代わりに?」
「なに、委員長の務めや……これくらいのこと、気にしたら、困る……」
「そんな……しっかりしろよ委員長! いま保健委員を!」
「私はもうあかん……短い付き合いやったけど、楽しかったなあ……」
「委員長……いいんちょ、と、智子ー!」
「最後にひとつ教えたる……今日は、青やったで……」

 がく。

「と、智子ぉーーーーーーーーーーー!!
 ……畜生! ゆるさねえ! ゆるさねえぞセリオ!」

「――セリオ? わたしはそのようなものではありません」

 高機動と大出力による熱を放散するため、体表面のハッチを全開にしたセリオがつぶや
く。緊急冷却。強制排気。そのまがまがしい姿が白い水蒸気に包まれた。

「――恋愛コマンドー宮内レミィ。衝突時の衝撃力の強さは愛の深さに正比例するので
す」




 途中、空の部屋の中に冷蔵庫を見つけ、腹が減っては戦はできぬとばかりに1キロのボ
ロニアソーセージを半リットルのアメリカンコーヒーで流し込んだ。
 そうするとますます自分がハードボイルドの主人公のような気がしてくる。
 もし生きて帰れたら、この経験を映画化したいデスね。
 監督はクエンティン・タランティーノがいいカナ? それともジョン・ウー?
 あ、サム・ペキンパーはどうデショウ?
 夢広がりまくりだった。

 とたん、鳴り響く警報ブザー。
「No! もう手が回ったノ?」
 あわてて廊下に駆け出す。




「わたし……浩之ちゃんに出会えて、しあわせだったよ……」
「あかり! 志保! そんな……嘘だろ? これ、悪い夢だよな? 目がさめると、お前
が浩之ちゃーんって起こしに来て、学校前の坂で志保ちゃん情報ーって……」
「くっ……あたしはいいわよ別に、ヒロ、あんた最後くらいあかりの事しっかり見てあげ
てよ……」
「あかり? ……おまえ、まさか……」
「志保、ダメだよ……、志保だって浩之ちゃんのこと……わたし、わかってたから……」
「あかり……馬鹿言ってんじゃないわよ、この志保ちゃんが、ヒロなんか……に……」

 がく。

「志保ぉーーーーーーー!」
「志保……わたしも、いっしょ、だよ……」

 がく。

「あ……あかり……あかり……
 う、嘘だーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」




 この中デス!
 間違いない。確かにここから人の気配がする。あわてふためいているようだ。ハンター
としての天性の勘が彼女の感覚に告げている、獲物はここだ、と。
 扉の影に背を預ける。

「three」
 呼吸を整える。
「two」
 両手でホチキスの柄をホールドし、胸の中で祈りをささげる。
 どくん、と大きく心臓が鳴った。
「one」

 どん!

 片足の蹴りでドアをぶち破り、両手で銃を構える。相手に体をさらすことになるが、命
中率を考えればこのホールドが一番だ。

「Freeze!」

 白衣の一団がぎょっと振り返り、そろそろと手をあげる。
 どうやら武器は持っていないらしいデスね……。
 すかさず銃を片手に持ち替え、腰に手をやる。
 身分証明を突きつけた。

「ヘレン・クリストファ、FBI!」

 本人超ノリノリ。

(なに、FBI? ここ日本だろ?)
(しかも今見せたの寺女の生徒手帳だし)
(寺女の制服……? 綾香さまの友達かな)
(外人だしなぁ。アメリカ時代の知り合いかも)
(綾香さまって変わった知り合い多そうだしな)
(さもありなんさもありなん)

「Get down! set! set!」

(何言ってんの?)
(伏せろって)
(でもなあ)
(よく見ろ、得物もちだぞ)

 その手に光るホビーホチキス。
 あの針が刺さると痛いんだ。予算のあまりで買ったその日から撃ち合いで怪我人が続出
したので、ほとんどみんなその痛さを知っていた。
 おとなしく伏せる研究者たち。
 変な外人に怪我させられるのイヤだし。

「OK,boys! set! set!」

 手で下に押さえつける身振りをしながら、レミィは居並ぶ研究者たちを見回した。
 ――ここにあの諸悪の根源の馬面がいるはずデース! 見つけたらモウ……。
 あれは!?
 彼女の眼にはしっかりと捕らえられていた。
 ペキンパーばりのスローモーションで。
 手を上げる人の群れの中、そろ〜っと脱出を図る長い顔。

「Stop! Fuck’in horse head!」

 たたたたたんっ。

「ひゃああっ」

 ホビーホチキスの連射が轟く。
 瞬間、長瀬の白衣はホチキスで壁に釘付けにされていた。
 思いっきり、逃げますよ? と言わんばかりの忍び足スタイルで。

(うわー……)
(主任かっこ悪ー……)

 レミィはずかずかと近づき、長瀬の腕をねじ上げる。

「いたた! 暴力反対」
「お前には黙秘権があるデス! お前には弁護士を呼ぶ権利があるデス! お前の今後の
発言は法廷で不利な証拠となる可能性がありマース!」

 とりあえずミランダは基本だった。

(――ちがう、やっぱりこれはセリオじゃない)

 壁に押し付けられてはいるが、長瀬には判った。
 背中のたっぷりとした感触から明らかに違いを察した。

(――セリオの素体にはエクセレントA美乳タイプを使ったはずだ……。だが、この感じ
は、エクセレントE爆乳&桃尻タイプしかも美白バージョン)

 メイドロボのボディの規格にもいろいろあるらしい。
 ちなみにマルチはエクセレントミニAプチ胸タイプだとのこと。

(ま、おかしいなとは思ってましたけどね……面白そうだから放っておいたけど)

 さーて誰だっけ? 長瀬の灰色の脳細胞が動き出す。
 たしかマルチがテストしに行ってた学校にそういう人がいたような。
 あの藤田君と同じクラスの……。

「宮内レミィ君かい?」
「だったらどうナノよ」
「ふふふ……くっくっく、あーっはっはっはっは」
「No! ついに頭に来マシタか?」
 突然の豹変に思わずあとずさるレミィ。
「くくく……いや、世の中狭いもんだと思いましてね」
「言いたいことがあったら法廷で言いなサーイ」
 ぐい、とホビーホチキスの射出口を押し付ける。
「言っていいんですか?」
「……どういう意味デスか?」
 ぱんぱん、と白衣のほこりを払い、長瀬は両腕を広げた。
 あたかも愛娘を迎え入れるかのように。

「お帰り、宮内レミィ……いや、怪人うし女!」

「なんデスって?」
 ぴくり、とレミィの眉が跳ね上がる。
「いまなんて言いマシタか〜〜」
「なに、君の本当の名前をね」
 くい、と指先で眼鏡をずりあげ、遠くを見る目で長瀬は続ける。
「ちょっと軽いフィーリングで人間と牛の遺伝子を混ぜくってみたら面白いものができた
んで、取引先の貿易商にあげたんだけど、こんなに大きく育つとはね……」
「ばっ、馬鹿言わないデ! アタシはDadとMamの娘ダモン!」
「疑問に思ったことはないかい? 母親の胸と比べて、どうして自分のはこんなに大きい
のか」
「!!」
 思わず知らずおのが胸に視線を落とす。
 動かぬ証拠がそこにはあった。
 でかい。
 でかすぎる。
 自分の足元が見えないくらいの、百万石バスト。
 たしかに言われてみれば……

「そんな……ソンナことって……」

 ふらり。
 長瀬の手を離し、よろける。
 そうしたらやっと足先が見えた。

「ウソです……そんな……アタシ、アタシは……」




「ふっ……オレはもう何もかもなくしちまった……かけがえのない友人すら、いとしい人
すらも!
 来いよセリオ……決着をつけようぜ……」
「――ですから、わたしはセリオではありません」
「こんなときにまで頑固なところが、お前らしいよな……」

 くっ、と唇をゆがめて笑う。

「行くぜ! だあああああああ!!」
「――さあ、ドラマティックな出会いを」
「こら」

 セリオの動きが、ぴたり、と止まる。
 その白い耳カバーのさきを、くい、とつまむ白い指。

「セリオ? 探したわよ」

 流れる黒髪、自信にあふれた身のこなし。

「綾香!」
「――綾香さま」

 来栖川綾香その人だった。
 彼女も寺女の制服でありながら顔パス。
 大人って汚い。

「事情はおおむね察したわ……セリオ」

 猫口笑顔で、だがその視線は零下30度。
 ギヌロとガンを飛ばす。

「何か言いたいことがあったら、今のうちなら聞いたげる」
「――話せば長くなります」
「いいわよ?」
「――時は紀元前1379年、エジプト新王国のファラオ・アメンホテプ4世は」
「来い」

 指二本でちょいとつまんで引きずっていかれる、目の前の脅威。

「終わった……何もかも……」

 がくり、とひざをつく浩之。犠牲はあまりにも大きかった。

 ぱち。
「終わったんか?」
「そうみたいだね」
「あーあもう、おんなじ姿勢続けてて腰痛くなっちゃったわよー」

 むっくりと身を起こす死体のみなさん。

「委員長! あかり! 志保! みんな……」
「なんや、今ごろ気づいたんか」
「あのね、保科さんの発案なんだけど、早めに死んだフリしといたほうが怪我しなくてす
みそうだって」
「結局大当たりだったわねえ」

 ……………………。

「お前らさ」
「なに? 浩之ちゃん」
「次々と倒れる友の遺志を受けて、死を決意して強大な敵に立ち向かったオレの立場とか
は?」
「知るかいなそんなん」
「仕方ないよー、ね?」
「大体女ひとり守れない方が悪いのよ。だからあたしたち自衛しなきゃならなかったんじ
ゃん」
「……畜生……くそう……
 女なんか! 女なんかああああああーーーーー!!」
「あ、待ってよ浩之ちゃん!」
「ほっときなさいよあかりー」




 研究所。
 ぺたんと座り込んだまま動かないレミィ。

「アタシが……怪人だったナンテ……」

(主任……メイドロボ開発を手がける前は、そんな過去があったんですか……)
(ウソ)
(え?)
(私はナマモノは専門外だよ。全然わかんない)
 …………。
(あの子信じてますよ、どうするんです主任)
(そうね……せっかくだから、協力してもらう?)
(協力というと?)
(それはね……ごにょごにょ……こう。用意できるかい?)
(わかりました主任! 一晩でかたちにして見せますよ!)




 翌日。

「わはははは、我が名は悪の天才科学者、ドクター・長瀬!」

 長瀬源五郎その人。
 どういうわけか鞭を手にして、片目にドクロマークの入った眼帯をつけている。
 バックには来栖川グループのマークの上で鷹が翼を広げたいかにもなデザインの巨大な
レリーフ。
 所員有志の徹夜の産物だ。

「さて諸君、いよいよ我が世界征服の第一歩だ……」
「イー!」

 しゅびっと右手を差し上げる、やる気まんまんな研究員の皆さん。

「いでよ、怪人うし女! うし女よ!」

 奥の間からぶわーっとスモークマシンの煙がたかれ、それが薄れるとともに一抱えもあ
りそうな大きな箱が姿をあらわす。
 ゲー○ウェイのうし柄箱だった。
 そこにまばゆいスポットライトが浴びせられる。
 ビックリ箱よろしく飛び出すその中身は!

「Ya!」

 秋葉原のゲー○ウェイのショールームでチラシ配ってそうな姿のレミィだった。

「日本一のぬいぐるみ師〜! モウモウ。
 ドクター、何なりと申し付けくだサイ、モウ」
「わはははは、まずはこの石膏のプールに入ってもらおう!」
「Yes,sir!」
「あ、このストローで息してね」
「わっかりマシタ〜!」

 そうして型取りしたボディから作られた新製品。
 北米向け特別限定仕様機『HM−13L ヘレン』。
 全米で記録的大ヒット。あの『マギー』型をも越える驚異の販売実績。
 しばらくして、レミィのもとに先に帰国したアメリカの家族から手紙が来た。

『Dear,Heren.藤田君とよろしくやってますか?
 こちらの家族は元気です。
 そうそう、新しい家族が増えたわ』

 同封の写真を見る。
 SFの自宅の庭。広い芝生に散水機が水を撒いている。
 西海岸の明るい陽射しに照らされて写っているのは、なつかしい家族の肖像。
 メイドロボが一体増えている。
 もちろん、あれ。

『そういうわけで、こっちはNo problem.
 なんだったら帰ってこなくてもいいわよ』

 涙が出るほど思いやりあふれる言葉に、ぱさり、と手紙を閉じるレミィ。
 いや、いまの彼女は怪人うし女。
 それ以外の何ものでもなかった。

「も……もう戻れないデース……」

 太陽の牙ダグラム(意味不明)。




 来栖川家地下深くにあるひみつのお仕置き部屋。

「ふふふ……これはどう、セリオ?」
「――おやめください、綾香さま。どうにかなってしまいます」

 石造りの壁。
 じめじめと湿気がただよい、時おりぴたーん……と水滴がたれ落ちる。
 そこに据えられたメンテナンスベッドに、セリオはがんじがらめに拘束されていた。
 壁の燭台に据えられたろうそくの炎が、風もないのに揺れる。

「まだよ……くすくす。敏感なのねセリオ。かーわいい……」
「――お許しください……これ以上は、もう……」
「だーめ」

 哀れな犠牲者に向かってゆっくりとかがめられる、しなやかな肢体。
 ちろり、と真っ赤な舌が綾香の整った唇を舐める。
 あらゆる攻め手を知り尽くした指がセリオに忍び寄る。

「ふふふ……いくわよ……」

 祈るように両手を合わせ、そのまま指先をセリオの鼻先ぎりぎりに近づける。

「――ああ……」

 鼻に触れるか触れないかギリギリのところでぱっと手を開き、そのまま頬を体温を感じ
るくらいギリギリにかすめていく。

「――あっ……あああ……あぁっ……」

 必殺空気なでなで。ほっぺたバージョン。
 イヤイヤをするようにセリオは激しく首を振った。

「――触れてもいないのに触れられているようで気持ち悪いです……」
「くすくす……夜は長いわよ、せりお……」

 まあ、本人幸せそうだし。




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