フィギュア王 投稿者:takataka 投稿日:6月23日(金)01時46分
「先輩、悪い。待たせちまったみたいで……っておい、早いな! もう水に入ってるのか」

 浩之の目の前には、ビート板にしがみついてぷかぷかと浮かぶ芹香。
 セバスチャンにないしょで訪れたプール。
 二人だけのデートに浮き足立つ浩之。
 マッハの速度で着替えたはいいが、芹香のほうが先に着替え終わっていた。
「すげえな先輩、女なのに男のオレより着替え早いなんて……あ、さては家から水着着て
きたろ?」
 相変わらずぷかりぷかりと浮かぶ芹香からは反応なし。
 もしかして怒ってるのか? 待たせたから?
「今行くからちょっと待っててくれ」
 軽く足を曲げ伸ばしておざなりに体操を済まして、プールに入る。温水のせいか、思っ
たより冷たくない。
「悪いな先輩、待たせちまって」
 そんな浩之の言葉も気に掛けず、芹香は熱心に泳ぎつづけている。
 いや、『泳ぐ』と言い切るには語弊があるだろうか。
 本人の心積もりがどうあれ、正確には浮いているといった方が正しい。
 水の上から頭とお尻と足の先をちょこんと出して、ビート板に掴まってただひたすらに
ぷかぷか浮いていた。
「へえ、熱心だなあ先輩。そんなに泳げるようになりたいのか?」
 ………………。
 無反応。
 ただ、ぷかぷかと浮いている。
「先輩……相変わらずだな。よっしゃ、オレが泳ぎを教えてやるぜ!」
 芹香の前に回って、ビート板をつかんでやる浩之。
「いいか、まずはバタ足からだな。とりあえず他のことは考えなくていいから、足をばた
ばたさせて……」
 そういいながらも前に方に引っ張ってやる。まずは自信をつけることだ。
 いかにも引っぱってると気づかせずに、あくまでも自分の力で進んでいるかのように見
せかけるのがコツ。
「ほら、進んだろ……って」

 なにか。

 浩之の心にいやーな予感が突っ走る。
 ごしごしと目をこすった。
 えーと、落ち着いて考えてみようか。
 出発点は、プールの端っこ。
 先輩の手を引いてきて、今はプールの真ん中辺にいる。
 そして、先輩はいま目の前で一心不乱にビート板にしがみついている。
 それまではいい。

 あのとぉーくに見える、アレは何か。

 出発点近くの水上に、白い水着に包まれた先輩のお尻がぷかぷかと浮いている。
 そのすぐ後ろに、やはりさっきまでのとおりに足の先が二本。
 すでにプールの端を離れること十数メートル。
 ……ってことは。

 すっげーーーーーーー胴長げえーーーーーーーーーーーー!?

 芹香先輩、今までは気づかなかったけど、もうなんかシャレにならないほど胴長?
 某青猫ロボマンガに『のび犬』ってのが出てたけど、先輩もアレの一種なのか?
 つーか率直に言ってダックスフント?
「は、はは……先輩、先輩って意外と……個性的な体型してるな……」
 他に掛ける言葉が思い当たらなかった。
 しかしながら芹香無反応。いつもの小さな声さえいまは聞こえない。
「なあ……先輩、何とか言ってくれよ」
 やっぱり無反応。
 それとも、もう声も届かないほど二人の心は離れてしまったと言うのか?
「先輩……オレ……」
「かあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 気合一閃。
 その声は!

「わはははは、おろかなり小僧!」
 執事セバスチャンがプールサイドに仁王立ちしていた。
 例のタキシード姿で。違和感バリバリだ。
「て、てめえは!」
「驚いているようだな小僧。まだまだ修行が足りぬわ!」
「これは! これは一体どういうことなんだ! 先輩に何をしやがった!」
「ふん……まあいい、教えてやろう。実はそれなるお嬢さまは真っ赤な偽物! 本物のお
嬢さまはこれ、ここに!」
 セバスチャンの指さす先。
 ビーチパラソルの下で、芹香がぽーっとアイスを食べていた。
 浩之の姿に気づき、ふるふるっと手を振る。
 着替え終わったあとに待ち合わせの約束をしていたこととか、あんまり気にしてない模
様。ブルジョアは違う。
「バカな! だって先輩はいま、ここに……はっ!! こ、これは人形!?」
「いまさら気づきおったか小僧! その目を見開いて水面下をよくみるが良いわ!」
 とっさに息をつめて潜る浩之。
 ……ない! 当然そこにあってしかるべき先輩の胸が、ない!?
 どういうことだこれは!?

「ふふふ……来栖川ウォーターラインシリーズ『1/1来栖川芹香』の出来はどうだ?」
「なにい? 来栖川ウォーターラインシリーズだと?」

 説明しよう!
 来栖川ウォーターラインシリーズ『1/1来栖川芹香』とは、セバスチャンがお嬢様に
付く悪い虫、藤田浩之を撃退するために開発させた一種のデコイである!
 令嬢来栖川芹香の水泳練習光景をモデルに、造形はもちろん皮膚の質感からぷにぷに感
から完全再現! メイドロボの技術を応用した来栖川ならではの人型決戦兵器だ!
 ただし、『小僧にあてがうのに完全体などもったいないわああ!』という発注主セバス
の意向を汲んで、喫水線より上しか作っていない。
 そのため各パーツは体が水に沈んでいる部分で区切られており、肩および頭部・臀部・
足先という三つのバラのパーツからなっている。
 欠点! 水上に浮かせたとき油断するとそれぞれのパーツがぷかぷか漂って離れていっ
てしまう! 全国のちびっ子諸君、気を付けろ!

「セバス! てめえなんてものを……」
「わははははは! 悔しいか小僧!」

 せっかくの先輩と二人っきりのプールを!
 ちくしょう! オレの青春を返せと言いたい!
 浩之はあせった、オレにまだ出来ることはないのか……?
 ちらり、とプールの端に目をやり――

 おお!!
 はっちゃけた!

 1/1芹香の頭部をうち捨てて、出発点にとって返す浩之。
「わははは。どうした小僧……って、あ! ちょっと待て!」
「せっかくだから……オレは、この先輩のお尻を選ぶぜ!」
 ぷかぷか波間を漂っていた1/1芹香のお尻をたずさえて、浩之は明日への脱出を試み
る。
 さすがに三種すべてのパーツを持って逃げるのは無理だ。瞬間的にチョイスした部位、
それがお尻パーツだった。
 リビドー万歳。
 そうさ、オレの物語はここから始まる。先輩のお尻と一緒に――。
 こんなしけた幕開けになっちまったけど。
 浩之はふところに抱えたブツに微笑みかける。
 ヨロシクな、先輩のお尻。二人でステキな思い出作っていこうぜ……?
「ま、またんか小僧ー! よりによって一番微妙な部位をー!!」
「…………………………」
 ぽ。
 なぜか芹香赤面。




 で、もって帰って来たはいいものの。
「実際どうしたらいいんだ、これ……」
 お尻とは言うものの、ウォーターラインシリーズの言葉どおり、ものの見事に喫水線上
しか作ってない。
 水面上からもっとも高い部分でも、海抜10センチってとこか。
 ちなみに、切断面は赤いプラ板が張ってある。ヘンに生々しくてイヤさ倍増。
 それに、水着が作り付けで取り外し不能。
「詐欺だコンチクショウ!」
 どうしろと言うのか。
 ………………。
 とりあえず、ちゃぶ台の上においてみた。
 ビジュアルとしては、ちゃぶ台の真ん中に穴くりぬいて、そこから先輩がお尻出してる
ような感じを想像していただきたい。
「………………ヘン」
 せっかくなので両手にナイフとフォークを持ち、胸にナプキンを装着してみた。
 今にもフランス料理のフルコースを召し上がりますよ? というような風体で、目の前
にあるのは、お尻。
「……こんな飯が食えるかーーーーーーっ!!」
 思い切ってちゃぶ台返し。
 白いお尻がちゃぶ台の上からすぽーんと飛び出して、てんてんてん……と切断面を上に
して畳の上を跳ねたあと、ひっくり返ってぐわんぐわんぐわわわわ……とお盆を回したと
きのように少しずつ回転を弱めながらぱたん、と床に伏せる。
「………………」
 いまのちょっと面白かった。
 よし、もう一回。

「やめんか小僧ーーーーーーーーーーー!!」

 セバス!?
 二人の愛の巣をもう嗅ぎ付けやがったのか? くそう、さすがは来栖川の調査力だ!
 つーか、何の隠蔽工作もなくまっすぐ自宅に帰ったオレもオレだが!
 こうなっては仕方ない! 浩之はさっきのナイフを逆手に持ち替えて、
「来るなセバス! 先輩のお尻がどうなってもいいのか?」
「なんと!」
「くっくっく、動くなよ。そこから一歩でも動こうものなら、先輩の可愛いお尻が真っ二
つに割れちまうぜ?」
 お尻はもともと割れてます。
「落ち着け小僧。そんなことをしてなんになる!」
「うるせえ! 早く逃走資金一千万と脱出用のヘリと血のつながらない義理の妹を用意し
ろ!」
「聞かんか小僧! 何もただで渡せとは言わん」
「なんだと?」
「交換条件だ。まずは一緒に来てもらおうか」




 学校近くの河原。吹き抜ける風が心地よい。
 でもいまはむさいじじいと一緒。心地よいどころの騒ぎではなかった。
「こんなとこでどうしようってんだ」
「小僧、見るがよい!」
「お、綾香じゃねーか」
 セバスチャンの後ろに立つ綾香。
 軽く右手を上げて、挨拶のつもりだろうか。
 左手も肘をヘンに突っ張っていて、なんだか踊る埴輪像っぽく見える。
「お前も大変だよなあ、セバスみたいな執事を持って……」
 ぽん、と肩に手を置く。
「どうしたんだよ、だんまり決め込んで。なんだかさっきの芹香先輩みたい……」

 ………………。
 まさか。

「…………セバスよお」
「気づいたか小僧」
「また?」
「うむ」

 来栖川基本工作セット『スイミング綾香ちゃん(1/1)』!

「その基本工作セットって何だ」
「まあ見ておれ」
 パチン、と背中のスイッチを入れる。
「おお!? なんだなんだ?」
 じーーーーっというモーター音も高らかに、綾香の両腕が肩を軸にぐるんぐるんと大回
転。常人なら絶対肩の関節いかれてる回りかただ。
 おまけに両足が小刻みにバタ足。ぎちぎちぎちぎちと作動音がうるさい。
 なんか昆虫っぽい動きだった。
「そして、とうっ」
 ばしゃーん。
 河に投げ込まれた綾香ちゃん(1/1)。
 おお! 泳いでる!
 にせクロール息継ぎなし、といった感じだろうか。
 抜き手を切って泳ぐというよりも、なんか肩を軸に腕をぐるぐるぶん回してるだけにも
見えるが、とにかく泳いでる。
「そしてさらに!」
 スイミング綾香ちゃんを河から引っぱり上げ、
「この状態でベストを脱がせると、これご覧の通り! 見るがいい小僧、男のロマンを!」
「おおおお! ブ、ブラウスが! ブラウスが、貼りつ……」
「これと交換ならば良かろう。こちらとしては最大限譲歩したつもりだ」
「ああ……たしかにな」
 汗をぬぐう浩之。
 ここ一番が男の迷いどころだ。
 だが、水面を優雅という言葉とは程遠い姿で推進する綾香の姿を見たときからその心は
決まっていた。
 ……先輩のお尻も捨てがたいが、やはり男としてはギミック入り! 戦車プラモだって
リモコンつきの奴の方にいっそう惹かれるだろ?
 男らしい、実に男らしい選択だった。
「でも、いいのかよ。綾香だって一応お嬢さまだろ?」
「いいのだ。なぜって綾香さまだから」
「なるほどな」
 無言のうちに通じ合うものがあったようだ。
「じゃあ、これは返すぜ」
「うむ、確かに」
 お尻を受け取るセバス。
 そこには一つの物事をやり遂げた男のさわやかな笑みがあった。
「いい事を教えてやろう、小僧。ギア一個増やして逆回転させて、仰向けに浮かべると背
泳ぎもできるぞ」
「そ、そうか! すげえ改造プランだ! サンキュなセバス!」
「ふぉふぉふぉ、大切にせいよ小僧」

 げし、ばしゃーん
 ばき、ぼちゃーん

 手に手を取り合ったまま河の中に没する男たち。
 あとには、蹴り足を上げたままの綾香が怒りに肩を震わせていた。

「二人して何やってんのかと思えば、こいつら……」
「――綾香さま、これはどうなさいますか?」
「もって帰りなさい! そんなのほっとけるわけないでしょ!」
「――かしこまりました。綾香さまはお帰りにならないのですか?」
「ん、もう少し! ゆっくり! していく! つもり!」
 岸に這い上がろうとするセバスと浩之を蹴り落としながら、綾香。
 スイミング綾香ちゃんを抱えて、セリオは一足先に帰宅の途についた。




 河辺を歩きながら、綾香は思い出す。まったく昨日は散々だったわね……。
「そういえばセリオ、あの人形どうしたの?」
「――もって帰りました」
「でも、うちになかったわよ?」
「――もって帰れ、と言うご命令でしたので私の家とも言える研究所に持って帰り、長瀬
主任にお渡ししましたが」

 げし、ごろごろごろごろ、どぼーん

 セリオも蹴り落としておいた。
 土手の上からなので、斜面を転がる描写つき。





「で?」
「で、というと?」
「私のフィギュアをその後どうしたのかって聞いてるのよ」
 ぼきぼきっと指を鳴らしつつ、綾香。
 発見次第粉砕する気満点だ。ある意味ボーナスステージ的に。
「あー、アレね」
 長瀬主任はポンと膝を打ち、
「せっかくなんで希望者募って分けようと思ったんですがね、多いんだこれが。
 仕方ないんで100個の細切れにしてビンゴやって分けましたよ。おかげで見て下さい、
私なんかこの右手一個だけしかもらえなくて……
 いやー、ダブルリーチ来てからが長かった!」
 とかほざいてる馬面を一撃のもとにマットに沈め、綾香ただちに手首ゲット。
「あと、99……」
 ぎゅっとオープングローブを装着する綾香。
 ここに一人の修羅が誕生した。




 一方、芹香はといえば。
「………………………………♪」
 こくこく。
 かんぺき、です。ぶい。
 模様替え終了。芹香は満足げにうなづいた。
 昼なお暗い芹香の自室。暗幕をはりめぐらせた中に羊皮紙に書いた魔方陣やら黒ヤギの
頭部が並ぶ。
 そんな中に仲間入りした、新たな室内装飾。
 ウォーターラインシリーズ1/1来栖川芹香。
 そのお尻はろうそく立てに。お尻のほっぺたに一本ずつろうそく立てて。
 足首は壁に取り付け、コート掛けに。
 そして頭部(ビート板つき)はテーブルの上、淋しいときの話し相手に。
 ウサギのぬいぐるみに代わる新しいお友達だ。

「……………………………………」
 綾香よりもお話しやすい感じ。
 さすがは私です。

 芹香ご満悦。
 せっかくなのでこの際トータルコーディネイトしようと思い、長瀬主任に『来栖川ウォ
ーターラインシリーズ 1/1八つ墓村』を注文する予定。
 湖から両足突っ立ってる例のポーズで。
 届いたら帽子掛けに使いましょう。きっと素敵。
 でも、これにはかなわないかもしれません……。
 暗幕の陰に隠したとっておきの一品を引っ張り出す。
 芹香は安楽椅子に腰掛け、膝には黒猫、手にはブランデーグラス(中身は麦茶)。
 そんな彼女の目の前に、1/1スイミング綾香ちゃん(頭部パーツのみ)。
 魔法でビンゴの出目を調整したかいあって、トップ当選で手に入れた逸品だ。
 行きつけの骨董品店『五月雨堂』で仕入れた中国の古い大壺の上にちょこんと乗せてある。
 壺の曲線にあわせて長い髪がばらりと広がっている。
「……………………」
 芹香、ちょっとした西太后きどり。
 心は清朝末期の中国へといい旅夢気分……。
 うっとり。

「何をしとるかーっ!!」

 どがっちゃあああああん。
 分厚い木のドアが水平に反対の壁まで吹っ飛んでいって、ばたん、と倒れた。
「ね〜さ〜ん……」
 微動だにしない芹香。ほんとは力の限りあたふたしたかったけど、生まれてこの方あた
ふたした経験がないのでどうしようもなく。

 ――助けて黒猫さん。
 あ、もう逃げてる。なんて逃げ足の速い。

 これは自分で何とかしなければならないということだろうか? 冷や汗、たらり。
 ――でも。
 芹香は考える。
 所詮は綾香。
 妹なのである。
 綾香がどうあがいたところで、こと年齢においては芹香に勝つことは絶対に出来ないのだ。
 そう考えると、芹香もう勝った気分。
 すっと、構えを取る芹香。
 以前綾香が出たエクストリームのビデオと同じポーズだ。

「……………………………………………………」
 そうです。妹の綾香に出来ることが姉である私に出来ないわけありません。
 やったこと、ないけど。

「ふうん……奇しくも同じ構えね、姉さん」
 まるで合わせ鏡のように同じ構えを取る綾香。ちろり、と舌なめずりなんかしたりして。
 妹なのだからその強そうなポーズは姉に譲るべきでは? と思ってみたり。
 すす……
 あ。間合いをつめてくる。

「……………………」
 どうしたらいいのでしょうか。

 ビデオではこの後は動きが速すぎて何がなんだかわからなかったのだった。妹なんだか
ら姉より早く動くなんて反則ではないだろうか。
 こうなったら――。
 芹香が動いた!
「――!!」
 言葉を失う綾香。
 芹香の腕がすうっと上がる。そろえられた指先は、ゆっくりと頭の上へ――

「……………………」
 なんちゃってー。

 効いているようです。
 さすがは浩之さんを数秒間固まらせたこの技。あかりさんに教わっておいて、本当に良
かった――。
「……で?」
 ええ? 綾香復活?
 約束が違う。
 でもだってそんなまさかああどうしましょうどうしましょう。
 その瞬間、芹香の思考速度は通常の芹香の3倍を記録して。

 べちいいいいいいいん。

 妹よりの愛のデコピンによって一挙にブラックアウトした。
「あと、98ぃぃ!!」
 ばらばらに散逸したおのれの体の部品すべてを取り戻すその日まで、綾香の戦いは続く!
 がんばれ、がんばれ来栖川綾香!

「あたしゃ百鬼丸かーーーーーーーーーっ!!」





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