本気狩る☆アンティーク 投稿者:takataka 投稿日:5月22日(月)02時25分
「にせ五月雨堂〜〜〜?」
「そうなのよ」

 俺の顔を覗き込むようにかがみこんで言う結花。
 どうでもいいが、このアングルだと胸のなさがはっきり分かってしまうのでお勧めでき
ない。

「変な話だな。だいたいウチの店パクって何かいいことでもあるのか? 別にそんな有名
店でもなし」
「だからおかしいってんじゃないの! 絶対何かの陰謀よ!」

 結花の言うには、最近になって商店街のはずれの方のずっと空き地になってたところに
新しい店ができたので見てみたら……ということだった。

「でもなあ、骨董屋なんて儲かりそうもない商売で、わざわざそんなことするか?」
「どういうことよ」
「だからぁ、たまたま店名が似てるってだけで、内容はぜんぜん別物じゃねえのかってこ
と。それだったらほっといても害はないだろ。別にウチの屋号、商標登録もしてねえし」
「……あんたねえ。そんな危機感のないことだからいつまでたっても店が繁盛しないのよ。
いいから来なさいっ」
「な、なにすんだよ」
「直接見ればちょっとは気にするでしょ! ライバル店だったらなおさらよ!」




 その店はたしかに構えからして似ていた。
 外から見るかぎり、商品も骨董のようだ。
 そして、骨董屋の割にはこぎれいなショーウィンドウの上に、時代がかった木の看板。


	『ごまだれ堂』


「…………」

 もしかしたらウチに対するいやがらせかなんかだろうか。

「許せない! 私ちょっと文句言ってきてやるわ!」
「まあ待てよ」
「なによ健太郎? あんた黙って引き下がる気?」
「そうは行っても、店名がちょっと似てるだけじゃねえか。これだけじゃ偽物だって断言
できないだろ」
「そりゃそうだけど……」
「ここはひとつ調査あるのみ。客を装って偵察するんだ。パクリの動かぬ証拠をつかんだ
ら、文句をつけるのはそれからの話だ」





「いらっしゃいませー」

 奥からぱたぱたと軽い足音がしてくる。
 小学生か、大きめに見積もっても中学生くらいの女の子がにこっと笑って見せた。

「君は……?」
「わ、私はこの店の看板娘、スヒィーだよ、お兄ちゃん」

 『お兄ちゃん』ですと?
 あらためてその子の姿をまじまじと見てみる。
 ロングの髪を下のほうで結んで、もみあげが特徴的にぴん、と前に跳ねている。
 しかし。
 アンテナ。
 スフィーのそれと比べて半分ほどの長さしかないものの、ちゃんと頭頂部にアンテナが
一本ぴんと立っている。

「どうぞゆっくり見ていってくださいねっ、お兄ちゃん」

 それはいいとして、なぜにこの子は客捕まえて『お兄ちゃん』呼ばわりか。

「店のほうどうだ、初……いや、スヒィー」
「お客さんだよ、耕一お兄……げふげふっ、けそたろっ」

 奥の方から若い男が出てきた。年のころは俺と同じくらいか。どことなく雰囲気も近い
ような気がする。
 まさか、こいつが……。

「あ、いらっしゃいませー。一応店主の官田けそたろっす。お客さん、何かお探しです
か?」

 …………。
 なにもんだよ、けそたろって。官田って。
 人間の名前かそれ。
 となりでは結花がじーっと床を見つめたまま、肩を震わせていた。
 笑ってやがるこの女。
 覚えてろ。

「お客さん、何かお探しですか? あ、そうだ。これなんかどうです!」

 なにか間を取り繕うように、店主が銀色のスプーンを持ち出す。
 なんというか、見たことのあるような品だった。
 柄の部分の彫刻が特に。

「ウチの自慢の一品、オリエンタルカレーの景品のスプーン!
 この柄のところに謎のコックさんの浮き彫りが付いてるあたりに美術的価値が……」

 オリエンタルカレーの、景品……。
 眩暈がした。
 骨董なめてんのかコラ。

「どうですか? 何でしたらカレーつながりで、モナカカレーの外箱もありますよ! 中
身は食っちまったんでないんですけど」
「いりません」
「あ、カレーお好きじゃないですか! じゃあそういううるさ型のお客さんにお勧めの取
っておき、お見せしましょう!」

 レジの奥の棚から、青っぽい色の小箱を取り出す。だいたい筆箱を半分くらいの細さに
した感じだ。

「これこれ! 昭和54年度のデラックスビッグワンガム、しかもおまけが消防車!
 もちろん未開封! 中のガムがかなりえらいことになってる気がしますが、その辺は気
にしない!
 ここだけの話ですけど、これはかなりのレアものですよ。消防車って地味すぎるところ
があんまり子供受けしなかったみたいっすねー」

 知るか。

「いやあ、ウチはビッグワンガムのおまけの品揃えにはちょいと自信がありましてね」

 そんなもんに自信持つなや。

「ただいまー。夕飯のお買い物行ってきたよ初音ちゃ……じゃなかった、スヒィー」
「あ、すみません由美子さん……じゃなかった、リアソっ」

 自動ドアの音。
 見ると、なんだかリアンが成長したらこうなるのかしらー、という感じの女性が入って
きた。
 もっともこの人は黒髪だし、それに胸も……これはかなりのものですよ。
 少なくとも胸に関しては俺より恵まれた環境にいるんじゃないか、ここの店主。

「よう、ご苦労さん小出……リ、リアソ」
「けそたろさん、ちょっといいですか?」

 丁寧に言ってはいるが、店主の襟首引っつかんで店の奥に引きずってるところですべて
帳消しになっている。

(ちょっと柏木くん、わたしいつまでこのお店屋さんゴッコやってればいいの?)
(う〜ん、悪いっ。もう少し付き合ってもらえるかな。世間の目を欺くためなんだ)
(レポート書かなきゃいけないのに……)
(だからほら、約束してた柏木家古文書のコピー、きっと渡すから! だからもうちょっ
とだけ!)
(もう、しょうがないなあ)

 なにをこそこそやってるんだこの人たちは。

「まったくあんたたちはいいよなー……こっちはこの暑い中買い物だってのに」

 と、もう一人ドアのところにいたようだ。
 縞のシャツにキュロットスカート。さっぱりとしたショートヘア。

「…………」

 あまりのことに、俺は声を失う。
 それは少なくともこの面子の中ではもっとも本人に似ていた。
 たった一つある一点をのぞいては。

 暑がりなのか、Tシャツの首を引っぱって手でぱたぱた風を入れている。
 その手元の、いわゆるひとつの風が当たってる部分のボリュームが。
 でかかった。
 半端じゃなかった。
 通常の結花の三倍以上だった。きっと専用だ。何かの。

「結花。あれを見ろ」
「……なによ。なにが言いたいの」
「よくもいままで俺をだましてくれたな」
「何のこと?」
「黙れニセモノめ。あれこそ本物の結花だ。したがってお前はニセモノに決定」
「健太郎……帰ったら、殺す」

 押し殺してはいるが、結花は十分にドスを効かせた声でつぶやいた。
 こわいこわい。

 と、今度は店主が結花(本物)を店の奥に引きずっていく。

(バカ梓! 何でお前がここに帰ってくるんだよ)
(な、なに言い出すんだよ耕一!)
(お前は近所の『純喫茶 女王蜂』のチーママ、江藤床だって設定だろ!?)
(あ、そうだっけ。ごめん……)
(俺たちが潜伏中の身だってこと、くれぐれも忘れるんじゃないぞ。いいな)
(ちぇ、わかったよー)
(ようし、じゃあいくぞ。アクション!)

「や、やあ床。相変わらず貧乳だなあー」
「わあぁ、けそたろー。貧乳とわなんだー。けっちゃうぞう。えいや」
「わあ、やられたー」

 妙にゆっくり、蹴ると言うよりも足を上げる江藤床(自称)と、それを受けてふらふら
ぱったりと床に崩れる官田けそたろ(自称)。

 …………。
 なんかものすごくバカにされてるような気がしてきた。




 ふと気づくと、俺たちのとなりにぼーっと骨董を眺めている女の子がいた。
 他にも客来てるのか。
 となると、たしかに放置できないな。ウチの客がとられちまう。

 すっ。

「おわっ、いきなりなにするんだ楓ちゃん」
「楓? 違います。私はエディフェル……。そして、楓の素直な気持ち」
「なっ」
「楓がやりたいことを内側に押し込めてやろうとしないから、私が代わりにやってあげて
るの。本当のココロ、表に出せばいいのに……」

 女の子はどこか意味深な、そして年に似合わず妖艶ですらある笑みを浮かべながら、ス
カートをすとん、と落とす。
 おいおい、昼間っからお盛んですな。
 ……やはりここの店主は俺より恵まれている。絶対。

「てゆーか楓ちゃん! それは世間ではストリーキングというんだぞ」
「かまわない……これが正直な気持ちだから……」

 ブラウスのボタンに手をかける。
 そして、後ろ手に隠し持っていた箱ティッシュを差し出して。

「これが普段は押し隠している楓の本当のココロ……。次郎衛門、楓はいつもこうしたい
って思ってた……」
「このチャンスを利用して好き放題やってないか!?」

「楓! あんたこんなところで!」
 さっきの真・結花がきーっと腕まくり。
「お姉ちゃーん! 服着てよう」
 両手で顔を隠しながらも、指のあいだからそっとのぞき見るスヒィー。

 うぃ〜ん

「ごめんください、新しい茶碗は入ってますか……」

 とたん、店の中のすべての動きが止まった。
 まあ、この状況できた客も災難だよなあ。きっとあっけにとられて……

 いなかった。
 店の中のとんでもない状況を目にしても、何ら動じる様子もなく落ち着いた笑みを浮か
べている。
 振り返った俺を、軽いデジャヴが襲った。
 そこにいたのは、黒髪をアップにまとめた物静かな女性。
 希望の品が茶碗ってところがまた、みどりさんを思い出させる。

 でも。
 なんだかこの人、手が……特に爪が異様にでかくないか?

「う、うわああああああ!!」
「ひっ! ち、ちづ……」
「おねえちゃん……」
「…………ちっ」

「さあ…… 何のことですか? 私は高倉きみどり。鶴来屋財閥の一人娘です。
 それとも、あなたたちが言っているお姉ちゃんというのは、こんな人でしたか……?」

 す、と頭に手をやって、髪を解く。黒々としたつややかなロングヘアがふわりと広がり、
一瞬彼女の顔をさえぎって――
 次の瞬間には!
 目が! 目が赤く光ってる! 何だなんなんだこの人!

「まったく手間をかけさせて……お仕置きは十倍ですよ?」

 女の人の足元がぼこっと音を立てて沈んだ。ものすごい勢いで質量が増しているのだ。
 そのほっそりとした体から放つ威圧感はただならぬものがあった。
 俺の体を戦慄が走った、本能的な恐怖感って奴だ。
 本当に……人間なのか!?

「耕一……いえ、けそたろさん?」
「ははははは、はいぃ!」
「あなたを……二〜三度死なせて五度殺します(にっこり)」




「まったく、本当にいつまでも手のかかる子達なんだから……」

 す、ときびすを返して陳列棚に向かう。
 さっきのリアン似の女の人が部屋の隅でがたがた震えて命乞いしていた。
 五体満足で残ってるのは、もうその人だけだった。

「小出……由美子さん、でしたね」
「きゃあっ」
「あ、ごめんなさい。えっと……リアソ、さん?」
「ひぃぃっ、い、命だけはどうか!」
「私の耕一さんがご迷惑をおかけしたようで、ほんとに申し訳ありません」

 『私の』に最大限力をこめつつ、やさしく声をかける。
 リアソがびくっと身をちぢこめて――
 くす。いたずらっぽい笑い。

「本当にごめんなさいね。後の事は私がやっておきますから、今日のところは――」

 す、と入り口を指す。

「ひ、ひぃいええええええ!!」

 四つんばいのままずるずるはいずっていくリアソ。

「あ、ひとつだけお願いがあるんですけど……」
「は、はいっ!」
「この店で起こったことは、他言無用ということでお願いしたいんです」
「ひぃぃ、い、言いません! 死んでも言いません!」
「ふふ、そうですよねぇ。死んだら言いたくても言えませんものね」

 朱に染まったごつい爪をそっと唇に当てて、あざやかに微笑む。

「千鶴のないしょ、ですよっ」

 そして、くるりと振り返る。

「てへっ、すっかり忘れてました……あなたたちのこともありましたね」

「……う、うわあああ!?」
「きゃああああああー!!」




「け、けんたろ! けんたろー! しっかりしてよ」
「……スフィー? 俺は、一体……」
「よかったー! なんかどこかのお店で急に倒れたって……優しそうな女の人がここまで
運んできてくれたんだよ!」
「結花さん! 結花さーん!」
「……リアン リアンなの? リアソじゃなくて?」
「うわああああん、よかったですー!」


 後日その店があった場所に行ってみると、きれいに更地になっていた。
 まるで最初から何もなかったかのように。

 その後、『ごまだれ堂』がどうなったのか知るものはいない――。
 だが。



「由美子くん、どうしたんだい急に……あれほど熱心に隆山の鬼伝説の探求に取り組んで
たのに、急に卒論テーマ変更するだなんて」
「いえ、いいんです。鬼はもういいです」

 こわばった表情でぶるぶるとかぶりを振る由美子。



「こんにちわ。何か新しいお茶碗はありますか?
 ……あの……? 健太郎さん?」
「ひぃぃぃ! 約束の日までに一千万、耳そろえてきっちり用意しますから、い、命だけ
は! どうか命だけは!」


 双方ともに重大なトラウマになった模様。





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