まじかる☆アン・フェイク 投稿者:takataka 投稿日:5月25日(木)02時55分
「ふあ……」

 盛大にあくびなどしつつ、健太郎はひまを持て余していた。
 だいたい月曜の真っ昼間なんていうのは骨董屋に客の入る時間帯じゃない。もともと平
日はかなり厳しいし、客が入るにしてもお年寄りが散歩に出はじめる3時過ぎくらいから
だ。
 スフィーは結花につきあって夕飯の買い物に行っている。
 そのあいだは健太郎が一人で店番だ。
 いつもはそうだった。
 だが、その日はひとつ違っていた。

「いらっしゃいませー」

 自動ドアの音に、レジの奥から声だけかけて、ひとまず視線をはずす。
 奇妙だった。
 こんな平日の真っ昼間だというのに、ぱりっとしたスーツなど着込んで、いかにもビジ
ネスマン風のスーツケースを下げている。
 どこかの営業社員が暇つぶしに来てるのかな? と思ったが、顔を見てそれはないと思
った。あんな目つきの悪い営業がいるものか。客が怖がるだろう。
 その悪い目つきをさらに悪そうに細めて、じいぃっと店の品に目をやっている。
 それは漫然と品々を見ているというより、なにか特定の品物を探しているように見えた。
 何か探しているなら、一声かけたほうがいいだろうか?

「お客さん、なにか……」
「フジターーーーーーーーーっ!!」

 とたん、店いっぱいに響く声。

「フジタ、ひどいデス! アタシを置き去りにしていくなんて……」
「なんだレミィ。もう来たのか」

 自動ドアに手をついた大柄な女性が、うーっ、とうなり、肩で息をしていた。
 真っ先に目に飛び込んでくるのは、金髪。
 外国人……たぶんアメリカ人だろう。
 それにしても、どうしても目が行くのは。
(俺には縁のない世界だぜ……)
 胸のふくらみに着目しつつ、その方面に恵まれない幼なじみと居候の同一部位に思いを
はせる。せめてあの半分でもあればなあ……。

「もう、じゃないワヨ! つ、疲れマシタ……フジタ足はやいんダモン……」
「お前がショーウィンドのぬいぐるみなんかに見とれてるからだろーが」
「にゅう……」

 しゅん、と肩をすくめたかと思うと、次の瞬間にはもう店内をあちこち見回して目を輝
かせている。

「フジタ、今日はこの骨董屋さんナノ? これはなんだかいわくつきの品がありそうデース」
「まあ、そいつは見てのお楽しみだな……っと」

 目つきの悪い男の視線が一点にとどまる。

「ふむ……こいつは」
「そちらの品に興味がおありですか?」
「まあね」

 声をかけると、ふ、と口の先だけで笑う男。
 目つきの悪い客が手にした品は、昨日骨董市で仕入れてきたばかりのものだった。




「どうよ健太郎。古物ばっかりじゃなくて、たまにはこんなのも入れてみたらどうだ?」

 おっさんが差し出したそれは、健太郎には見覚えのないものだった。
 白い、ちょうど手のひらに載るくらいの大きさ。金属かプラスチックのような質感で、
どこか古代の勾玉を思わせる形をしている。

「骨董品じゃないっすね。かといって、その辺で売ってるもんでもなさそうだし」
「これだよ、これ」

 耳にあてがうしぐさを見せられて、ようやく合点した。
 メイドロボの耳カバーだ。
 ロボットの急速な普及は、急激な技術革新とめまぐるしいまでのモデルチェンジによっ
て支えられてきた。ことに家庭用メイドロボは趣味性が高く、さまざまな容貌やデザイン
のものが発表されている。
 いきおい、種類あたりの生産台数は少なく、マイナーなものや特別仕様品では生産数が
十数機に満たないものもある。
 耳カバー収集はそうした中で起こってきた新しいムーブメントだった。
 メイドロボの外的特徴がもっとも強くあらわれる耳カバーは各社とも工夫を凝らしてい
て、有名デザイナーに設計を委託したものや、中にはジュエリーをあしらった高級品まで
ある。
 骨董というほどのものではないが、こうした耳カバーは使えなくなったメイドロボから
外されて出回るので流通としては中古品のそれを通ることとなり、骨董業界でも本格的に
扱い始める店がでてきたところだ。
 新しい市場が形成されつつあるのだ。乗り遅れては店として一大事だ。

「……じゃ、これももらえるかな」
「おう、さすが目が高いな健太郎は」

 それだけではない。
 この耳カバーには、どこかひきつけられるものを感じたのだった。丁寧に細工された骨
董から感じるそれと同様の、奇妙な魅力。

「世の中には好きもんがいるもんだねえ。どこぞの匠がこさえた名品だってのならまだし
も、こんなありきたりの工業製品に、ただ希少価値だからってんで大枚はたくんだから」

 おっさんは感心しているのかあきれているのか、腕組みして手を振って見せた。




「これを……」
「お買い上げですか?」
「いや……買ってもいいが、これには保証書はついてるか?」

 やっぱりか……。
 健太郎は舌打ちしたくなるところをこらえた。
 昨日骨董市の帰りに長瀬の店に寄ったとき、これからの骨董の流れについて聞いた。ち
ょうど耳カバーを買ったところだったので、その話もしたのだが、

「……で、その耳カバーには保証書のコピーはついてましたか?」
「いや、ないっすけど」
「それはいけない。出所をはっきりさせるために、耳カバー業界では品物にそれがもとも
とつけられていたロボットの保証書のコピーをつけるのが普通ですよ。それなしだと、ぐ
っと値段が下がりますね」

 ……やられた。おっさんめ。




「実は、ないんですよ……」
「ふむ」

 あごに手を当てて、考えるようなそぶり。
 こりゃ何とかしないと、健太郎は必死に頭を回転させる。

「ねーねーフジタ! このヨロイカブト、ゴージャスでいいデース! Dadへのお土産
にしようカナ……」
「どうやって持って帰るんだ、そんなでかいの」
「Wao! こ、この弓からはただごとでナイ気迫を感じるデス! これはもしかしたら、
あのナスのヨイチが使ったという伝説の……?」
「そんなもんがこんなとこにあるかよ」

 さっきの金髪娘が店の中を飛び回っては、あれこれと品を物色している。
 男のほうは手を焼いている格好だ。
 ナイス外人! その調子で時間稼ぎ頼む! あせる健太郎。

「ところでレミィ」
「ナニ?」
「どうして最近オレのことを名字で呼ぶんだ?」
「エト……そ、そのほうが雰囲気がでマース!」
「何の雰囲気だよ……」

 と、またしても自動ドアの音。
 
「お邪魔しますよ」

 その声は!
 健太郎の脳裏に光明がともった。

「長瀬さん! ちょうどいいところに」
「どうかしたんですか、健太郎くん」
「ちょっと鑑定お願いしたいんですが、いいですか? あの、昨日話した耳カバーのこと
なんすけど、さっそくお客さんが来ちゃって」

 男を振り返る。

「お客さん、こちらの方に見覚えあるでしょう? ほら、TVの鑑定士軍団の。こちらの
先生に鑑定書つけてもらいますんで、それでどうでしょう」
「長瀬さん……ああ、知ってるよ」

 健太郎は気づかなかった。男の目が、獲物を見つけた猟犬のようにいっそう細められた
ことに。

「健太郎くん、ちょっと」

 長瀬が手招きをする。ちょっと失礼、と客に一礼して、店の奥に入る。

「君はあの男を知ってるんですか?」
「いや……どうしたんですか、いきなり」
「そうか、君はまだ知らないかもしれませんね……」

 藤田浩之!
 ここ最近の骨董業界ではその名を知らぬものはいない。
 高校卒業と同時に当時クラスメートだったアメリカ人女性とともに渡米、現地で美術の
才を発揮し、ついにはメトロポリタン美術館のキュレーターまで登りつめた人物……

「それが藤田浩之という男です」
「でも、そんな人がなぜうちみたいな骨董屋へ?」
「そこでキュレーターをつとめていたのはほんのわずかの間でね。今では贋作を扱うとい
う評判の悪い美術商だ。まあ、付き合いを勧められる人物じゃありませんね」
「そうだったのか……。で、何でまたそんな人が耳カバーなんか?」

 長瀬は静かに視線をそらした。柔和な顔の中に、真の表情はうかがい知れない。

「とにかく、鑑定の方をしましょうか……」




 鑑定書を一見して、男は信じられない行動に出た。

「ちょ、ちょっとお客さん!」
「なんなんだよ、これは」

 男は、鑑定書を一瞥するなりそれをくしゃくしゃに丸めたのだ。

「こんな紙くずをつけられても買うわけにはいかねーな」
「それは聞き捨てなりませんね。わたしの鑑定に不服でも?」

 長瀬が一歩前に出る。

「フフフ……長瀬さん、あんたが一番よくわかってるはずですよ」

 皮肉っぽく笑って、耳カバーを取り上げる。

「この鑑定書には量産メイドロボ、HM−12の初期型バージョンとある。ま、たしかに
そう見える。下手するとこのロボットを作った開発者にすら見分けがつかないかもしれな
い……たいした腕です」
「腕って、なんの?」
「まだそんなことをおっしゃる。いいですか、来栖川のHMシリーズはここの耳にかぶさ
る根元の部分に製品シリアルナンバーと型番が刻印してある。ここにはたしかにHM−1
2とあります。装着してると髪に隠れて見えないんですが……
 だがね、ロボットの頭を『なでなで』して、髪をかき分けると見えるんだな!
 そして、このHM−12の刻印の位置は、他のものと明らかに違う。試作品ゆえの特別
仕様だ」

 言いながら、ふところから十徳ナイフを取り出した。

「ちょっとお客さん、品物になにを!」

 がりっ。
 白い粉が飛び、その下に現れる『HMX−12』の刻印。
 シリアルナンバーはなかった。量産品ではないということを、それは如実に示していた。

「………………」

 長瀬はただ黙っていた。
 健太郎には、その面差しにある種の諦念が見えた。
 なぜか、このことについて聞いてはいけないような気がしたのだ。

「見事な細工でした……あらかじめ位置が違うと知ってなければ、多分見破れなかったで
しょうね」
「違う、とは?」
「決まってるさ。他のどのHMともちがう、唯一の――HMX−12と比べて、だよ」

 男が振り返る、あっけに取られていた健太郎は、びくっと姿勢を正した。

「店主、これを包んでくれるかい?」
「お買い上げになるんですか……?」
「あたりまえさ。オレはこれを探していたんだ。オレの思い出を――オレ自身の、過去を」



	 ちろりーん♪

	”『思い出の耳カバー』を売却しました。”




「あなた……藤田さんとか言いましたな」

 長瀬が重々しく口を開く。

「なにが目的です」
「目的? あなたなら判ってると思いますが、オレの口から聞きたいということならお話
しますぜ」

 唇の端をゆがめ、不敵に笑う。
 やはりどう見ても悪人面だった。

「ある人形を探してましてね」
「人形?」
「ええ、もっとも骨董というには少々新しいですがね、フフフ……」

 なにか遠い思い出に触れるように、窓の外を仰ぐ。天気はよく、青い空がウィンドーの
上辺に見え隠れしている。

「世界にたった一つだけの、大切な人形。緑の髪の人形を」

 いまから数年前の話――。
 当時来栖川電工中央研究所で開発中だった新型のメイドロボ、HMX−12!
 試作型のままの仕様で販売されたHM−13とは違って、12の試作型にはひとつの特
徴があった!

「それが、他のロボットにはないもの……ココロ、です」
「まさか!?」

 健太郎は街中を歩き回っているメイドロボを思い起こした。どれもこれも無機質無感情、
心のあるものなんて見た事はない。

「………………」
「おや……長瀬さん、あんた今妙な反応をしませんでしたか?」
「いや……私は別に……」
「ロボット工学の天才と呼ばれた当時のHM開発主任が来栖川を追われる原因となった謎
の問題作、それがHMX−12!
 とある高校でのテスト期間終了後、他の条件でもテストされるはずのものが、どういう
わけかその後行方がわからなくなっている。
 ある筋からの情報では……その機体の廃棄を命じられた主任が、ひそかに会社から持ち
出して、骨董品の人形のように加工して隠したという話がありましてね」
「…………」
「なにしろ最新式のメイドロボです。それこそ人間そっくりだ。そこを人形のように見せ
かけるには相当の技術が必要だったでしょうなあ……それもロボット工学ではなく美術品
修復の。
 たとえば長瀬さん、あなたくらいの骨董の修復の腕が!」
「あなたは、まさか……それを……」
「いずれまた、お目にかかりますよ」

 苦笑して、きびすを返す。

「今日はひとまずこれを手土産にするとしましょう。
 それと、行方の知れないあなたのご親族にお会いする日を楽しみにしてますよ」
「あ、待ってクダサイ、フジター! そ、それじゃネ!」

 ぴょこん、とお辞儀して、金髪娘は男のあとを追う。




	 現在市場に出回っているメイドロボはおよそ百万体以上。(経企庁調べ)
	 若干の表情をあらわす機能を持ったものもあるが、その大半はいまだに
	なんの感情もあらわさない、無機質な労働機械である。
	 研究段階では原始的な感情を持たせることに成功した例もあるといわれ
	るが、その内実は人間自身の心と同様、いまだ理解の外にある――。






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