でぃすいず☆アンティーク 投稿者:takataka 投稿日:5月16日(火)01時24分
「けんたろ。これ、何?」

 スフィーは興味深そうに埃だらけの箱を眺めている。
 その中から出てきたのは、時代劇に出てくる商人が持っているような、普通よりも一回
り大きなそろばんだった。
 一珠が5個づつ付いているところを見ても、けっこう古いものなのは確かなようだ。

「ねえけんたろ、そろばんって?」
「昔の計算機みたいなもんだ。この珠をはじいて計算するんだよ」
「え? どうやるの、どうやるの?」
「見てろよ……」

 カキンッ、コキン

 俺が珠をはじくと、それは俺の予想を裏切って、随分と高い音を響かせる。
「な、なんだ、このそろばん。一体なんでできてるんだ?」
「わぁ、楽しそう♪ あたしにもやらせてっ!」

 カッキン、キン、コン

 スフィーが叩くと、そろばんは俺のとき以上に珍妙な音を出す。
「おもっしろーい♪」

 なんでもない事なのに、やたらと面白がるスフィー。
 ピンク色の髪のひと房が突っ立って、ふわふわ揺れている。
 魔法の国グエンディーナからやってきただけはあって、この世界のあらゆるものに興味
津々の目を向ける。
 不思議な気がした。
 こいつといっしょにいると、いままで見慣れていたいろいろの物事が、まったく新鮮に
新しい形で見えてくるのだ。
 子供のような好奇心、大切にしてやりたい……って、スフィーは実年齢だと俺より年上
のはずなんだけどな。(汗)
 まあとにかく、こいつの好奇心に付き合ってやるのは俺としても楽しい。

「たしかに面白いな。それになんか愉快な気分になってくるぞ」
「そうだよね。なんだか、踊りだしたくなる感じ」

 そうだなぁ。こうやってマラカスのように振ってみると……。

 ツッチャカチャ、ツッチャカチャ♪

 おお!?
 こいつは……いける!
 これ兄さんいけまっせ!
 しびれるような感覚が俺の背筋を貫いた。
 これなら。
 そう、これなら長年夢見ていたアレが可能なのか?

「スフィー、悪いけどちょっとの間頼めるか? 準備してくる」
「なんの?」
「まあ、見てのお楽しみだ」

 はて? という感じに指をあごに当てるスフィーを尻目に、俺は倉庫へ向かった。





「わ、けんたろ、何その格好!」

 あんぐりあけた口に手を当てて、スフィーが仰天している。
 ふふふ、それもそうだろう。
 今の俺の格好ときたら――
 ポマードで固めたオールバック!
 口元には黒い付けヒゲが男のダンディズムを語り!
 真っ赤な蝶ネクタイがワンポイント!
 そして、こんなこともあろうかと買い付けておいた、教育ママ風の吊りあがった眼鏡!

「さあスフィー! いまからお前に正しいそろばんの使い方を教えてやるざんす!」
「え? ええ? ざ、ざんす……って? けんたろ、言葉づかい変!」
「ええい! 飲み込みの悪い奴ざんす。まあ、やってみればわかるざんす!」

 そろばんを手にして、俺はふっ、と息をつく。
 手首で軽くスナップを効かせて、奏でだす軽快なビート。


 つっちゃつっちゃちゃ♪ つっちゃつっちゃちゃ♪


	「あっなたのおっ名前なんてぇの♪」
	「魔女っ子スフィーと申します♪」
	「ところであなたのお住まいはっ♪」
	「グエンディーナでごっざいます♪」


「……って、はぁぁ! 口が勝手に!? あ、あたし一体どうしちゃったの……?」
「うむうむ、無理もないざんす。そろばんとはそういうものであるからして」
「そうなの? だってけんたろ、さっきそろばんは計算機だって」
「そういう使い方もあるざんすね。でもスフィー、そろばんとは本来こうして自己紹介を
楽しく盛り上げる楽器の一種なんざんす」
「楽器……」
「そう。そろばんの音に乗せるとつい自分の素性を語ってしまうあたり、一種の魔法とい
えなくもないざんすね」
「魔法! そっか、魔法なんだ! それならありだよ、けんたろ!」

 スフィー即納得。
 俺にとっては、これからは都合の悪いことは魔法で押し通そうと決意した瞬間でもあっ
た。

「わかったならOKざんす。さあスフィー、今日は徹底的に盛り上がるざんすよ!」
「おっけーだよけんたろ!」





 イッツ・ショータイム!

「レディス&ジェントルメン&おとっつあんおっかさん!
 グッドアフタヌーンおこんにちわ、グッドイヴニングおこんばんわ。
 でぃすいず、健太郎&スフィー’s、ヴォードヴィル・ショー!」
「いえー! べいべー!」


 つっちゃつっちゃちゃ♪ つっちゃつっちゃちゃ♪

	「あっなたのおっ名前なんてぇの♪」
	「魔女っ子スフィーと申します♪」
	「ところであなたのお住まいはっ♪」
	「グエンディーナでごっざいます♪」


 最高だ。俺はいま、骨董屋の経営を引き受けてから最高の充実感を感じていた。
 俺の手の中にしっくり収まるあきんどのそろばん。それはもはや本来の役割を離れ、ビ
ートを刻み込む小粋なパーカッションだ。
 骨董を愛し、骨董とひとつになり、そしていつしかおのれを骨董の一部と化す――。
 そうか。親父は俺にこのことを教えたかったんだな。充実感の中でそんな思いが心を満
たす。
 古ぼけた骨董に囲まれて、歌い踊る俺たち。
 店はいまや俺たちだけのステージだ! おっと、観客は骨董品ばっかりだけどな!


	「ざんすざんす さいざんす♪」
	「家庭の事情でさいざんす♪」


「どうざんすかスフィー! 楽しいざんしょ?」
「うん、すっごくたのしい! そうか、これが骨董のそだいごみなんだね!」
「あっはっは、すふぃぃ〜? 勝手にそを付けるなって言ったざんしょ?」

 うぃ〜ん。

「こんにちわー」

 こんなときに客だと!?
 誰ざんすか、ミーたちのシークレット・ギグに乱入する奴らは!?


「健太郎……。あんた、いったい……?」

「ざんすざんす さいざんすっ♪」
「♪あたしゃあなたにアイ……ブラ……ゆー……」


 俺たちは、ただただ硬直していた。
 自動ドアの敷居に立ち尽くしたままの人影二つ。
 結花と、リアン。
 幼なじみの胸のない女、結花。彼女の胸にぽっかりと風穴が開いたさまが、自分のこと
のように感じ取れた。
 ただでさえ胸がないのに、これ以上減ったら気の毒だし。
 そしてリアン。
 異世界の魔法少女の目には、茶碗や小皿をちゃかぽこ叩いて歌い踊り狂っている実の姉
の姿はどんな風に映っているのだろう?

 長い間があった。
 残暑の日差しの中、ツクツクボウシの声が大気に染みいる。
 そして、店の中には超ノリノリ状態で固まったままの俺たち。

「……姉さん……?」
「うりゅ……」

 商店街のアーケードからは静かに流れる有線放送。
 それは小田和正のナンバー。


	♪もう 終わりだね
	 君が 小さく見える……
	
	
「リ、リアン! 違うよ、違うんだよ! これはけんたろが!」
「てめえスフィー! 俺に責任おっつける気か? さっきまであんなにノリノリだったじ
ゃないか! 俺たちのマンボスピリッツはどこへやった!? 一緒にベガスを目指そうっ
て誓い合ったろ?」
「姉さんが……姉さんが壊れていく……ふぅ」
「わ、リアン!」

 ぐらり、とリアンの上体が揺らいだところを受け止める結花。
 あんな胸ではクッションにもなるまいに。

「リアン大丈夫!? しっかりして」
「ふふふ……ああ、そうだ。結花さん……これ、夢なんですよね。そう、悪い、夢……」

 がくっ

「リアン!? リアンーーーーーー!?」
「うりゅりゅ〜〜〜しっかりしてリアン〜〜〜〜」

 ぺちぺちとスフィーに叩かれるたびふにふにと形を変えるリアンのほっぺ。
 だが目覚める様子は一向にない。

「健太郎……」

 拳を固めた結花がゆっくりと構えを取る。

「ま、待て! 誤解だ! これは何かの間違いだ! 鑑定士軍団の陰謀だ、きっと長瀬さ
んが一枚噛んでる! 石坂の薄笑いが何よりの証拠! 紳助のツッコミに気を付けろ!」
「何が間違いだああ!! ごまかすなこのぉ!」

 怒りの一撃がかわすまもなく俺を直撃。
 倒れたところを胸倉をつかんで引き起こされる。

「あんたスフィーになに悪い遊びを仕込んでんのよ! こんな、こんなオールバックに決
めちゃって! こんないやらしい付けヒゲまでつけちゃって!」

 ぴりっ

「あ痛てっ」
「こんなの、こうしてやる……あれ?」

 結花の手を離れた、ひとつの口ヒゲ。
 それは物理法則にしたがって放物線をえがき、飛んでいく。
 床に落ちても良かった。
 壁にひっついても良かったのだ。
 だが、
 それはまるで神に運命付けられていたかのように、ある一点に向かってあやまたず飛ん
でいき……

 付着、した。

 永遠。

 その瞬間時間は永遠となり、一同の視線はただ一点に焼きつき、全宇宙の時空が歪んだ
っぽい感じになった。
 一拍おいて――

「……ぶわははははははははははは」
「くっ、だ、ダメよあたし! 笑っちゃダメ! きっと傷つき……くっ、あははははっ」
「あははははは、お、おかしーー!! もうダメ! 笑い死んじゃうよーーー!」

「ん……」

 笑い声の大きさゆえか、目をこすりこすりリアンが身を起こす。
 とたんに笑いは止み、時空のゆがみは一点に収束し、みんなは貼り付けたようなおすま
しフェイスを浮かべる。
 知られたら……一体、何が起こるか……。

「どうしたんですか皆さん? 私の顔に、何か……」

 ぶんぶんぶんっ
 三人の心がひとつになった! きれいにシンクロしつつ首を横に振りまくる。
 いまならシドニー五輪を狙えるシンクロ率だ。

「そうですか――?」

 !!!
 そっちを向いちゃだめだ!
 そこには、そこにはこないだ仕入れたボヘミアものの姿見が!

「……あ……」

 青い髪のリアン。
 魔法の国からやってきた姉思いの少女。
 世界中を探し回ってようやく探し当て、生活しはじめたこの町。この店。
 その只中で、彼女がおのれの姿に見出したものは――







 ヒゲリアン。







「ダメーーーーーーーー!! リアン、見ちゃダメーーーーーー」

 結花の悲鳴がとどろく。
 もうダメだよ、結花。……もう遅すぎた、何もかも。

「あははははははは、リアンさいこーーーーーーー!! ヒゲが、ヒゲがーーー!!」

 いつまで笑ってやがんだスフィー! ちょっとは遠慮しろ!

「……っあ……あああ……」

 両手を頬にあてがって声にならない声をあげる、リアン。
 彼女のアイデンティティが大ピンチだ!

「まあ待てよリアン! ヒゲだってそう悪いもんじゃないって!
 ポジティブシンキング! ここは一番いい方向に考えよう!
 だいたいほら、ヒゲリアンってなんか語呂よくて素敵だろ。たとえばそうだな……地球
にヒゲを広めるためにヒゲ星雲からやってきたヒゲ惑星のプリンセスって感じで!
 なあ、機嫌直してくれよリアン。
 ヒゲリアン女王の称号を贈るから! へドリアン女王っぽくてかっこいいって絶対! 
それにほら、どうしても気に入らなければ」

 俺はすかさず今日のために買い付けておいた品を手にとり、そっとリアンにかぶせてや
る。

「こうすればヒゲだっておかしくない……笑ってみなよ。可愛いぜ」
「え……?」

 リアンが顔をおおっていた手を離し、そっと目を開くと。

 禿頭。

 シックな黒の口ヒゲにコーディネイトして、鬢のあたりに黒の残り髪をアレンジ。
 リアンの眼鏡とあいまって、独特の雰囲気をかもしだす。
 そう、いま鏡の中にいるのは、カトチャ。
 もしくは波平でも可。

 全員集合の本放送時にテレビ局で収録に使ってた本物のカトチャヅラだ。これはかなり
のレア骨董。骨董市の親父には相当吹っかけられたけど、リアンのためなら手放しても惜
しくない。

「どうだ、気に入ってくれたか?」

「…………」
「なんだって? もっと大きな声で言ってくれよ」
「……ま……」
「『ま』? 『ま』って?」
「まじかる超さんだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」





「バッカじゃなかろか……」

 スフィーをつれて安全圏に避難した結花は、青白い雷光に包まれる五月雨堂を醒めた目
で眺めていた。



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