テーマパーク 投稿者:takataka 投稿日:4月21日(金)01時00分
「これからはテーマパークだと思うんです!」

 千鶴さんの口調には迷いがなかった。
 ここんとこの不景気による旅行需要の低下は、観光が主な産業の隆山にも深刻な影響を
及ぼしており、地元経済地盤の沈下による地域発展の遅れはいまや、その、つまり……。
 つまり客がこないとおまんまの食い上げなのだった。
「長崎オランダ村ハウステンボスしかり、新潟ロシア村しかり、房総風土記の丘しかり、
いまや地方都市が人を呼ぶためにはテーマパークが不可欠です」
 いや千鶴さん、ハウステンボスあたりはまだしも、終わりのほうはあんまり……その……。
「でもお姉ちゃん、一口にテーマパークって言っても、何か土地にちなんだものじゃない
といけないんじゃないかな。この隆山にそんなのあったっけ?」
 初音ちゃんの疑問にちちち、と指を振る千鶴さん。
 今日はちょっとテンション高いようだ。
「甘いわね初音。灯台下暗しっていうでしょ? とにかく企画を考えてきたんですよ。耕
一さん、見てもらえますか?」
 ぶわっ、となにやら墨書された半紙がひるがえる。


	命名『隆山レザム村』


 ……えっと……。

 冷や汗がこめかみを伝う。
 お地蔵さんと化して固まるほかない俺たち。

「どうです! いい名前でしょう?」

 千鶴さん自信まんまんだ。どうだ! とばかりに胸を張って。
 張ってなおあのくらいか……。
「――耕一さん?」
「え? あ、いや、ゲフッゲフフン」
 いけないいけない、察知されちゃったよ。
「で、でもなんでその名前に?」
「なんていうんですか……心のふるさとをイメージしたとたん、これしかない! って思
ったんです。どこか懐かしいような、いつの日かそこに帰りたいと思えるような味わいの
ある名前でしょう?」

 それで懐かしさを感じられるのは俺たち一族だけだと思うが。

「それで、運営が軌道に乗り次第どんどん規模を大きくしていこうと思うんですよ。これ
を足がかりに、鬼といで湯の里・隆山を全国にアピールしていきたいんです」

 ところで、俺たちが鬼って秘密じゃありませんでしたっけー。

「N半島の小京都、隆山・鬼といで湯のレザム村! そしてこれがっ、じゃん!
 マスコットキャラの”リズエルちゃん”です!」

 掲げたフリップには、なんかエルクゥの衣装を着た手塚調のデフォルメキャラが。
 しかも、笑顔なのに目がヘンにうつろ。こええ。

「でもさあ、そのテーマパークの中身考えてるの? 名前だけご立派でも、内容が伴って
ないといただけないねえ」
 へらっと笑って、梓が半畳入れる。
 むう、梓らしからぬツボをついた意見だ。さすが家庭の懐を預かる専業主婦だけはあるぜ。

「もちろんです! 耕一さんはディズニーランドに行ったことはありますか?」
「ああ、前に一度」
「だれと?」
「由美……だだだ大学の友達連中と一緒に!」
「『連中』? 複数ですか? ホントに?」

 こくこくこく、と激しくうなづく俺。
 まぁとにかく、と一息ついて。

「テーマパークを考えるにあたって少し調べたんですが、あそこでは従業員教育が徹底し
ているらしいですね。お客さんのことを『ゲスト』と呼んで、完璧な夢の世界の雰囲気を
演出しているとか」

 ほうほう。
 やはり経営者の重責からか、きちんと勉強しているようだ。

「やっぱりこちらも本物志向で行きたいんです! だから、従業員は全部鬼で固めたいな、
と」
「なにぃーーーー!?」

 つーかどうやって? 俺たち一族だけじゃ足りないだろ?

「まず襲われたかおりさんでしょ、えっとそれから、柳川さんにも警察辞めてきてもらい
ましょう」
「見境いなしか?」
「あと、相田響子さんって母方が隆山の出身なんですって。不思議な縁ですよね」
「調査済み!?」
「あ、耕一さんよかったら由美子さんにも声かけてみていただけますか? 彼女もやっぱ
り血縁に隆山出身の人がいるみたいです」
「何でそんなこと知ってるんだよ」
「興信所って何をするところかご存知ですか?」

 そこまでするか。

「でも、だいたいなんでそんなに血縁者がいるんだよ?」
「おじいさまが相当の発展家だったらしいんです……おばあさま以外の女の人との交渉も
たびたびあったようで」

 なんという。
 鬼の血の宿命を知っていながら妾囲いまくりとは! なんてうらやまし……いや!
 どこまでタネばら撒きやがったエロ魔人! 一人でいい目見やがって!
 じじい、そこになおれ。
 思わず仏壇をにらみつける俺。
 俺の中の柏木耕平ポイント、1down。

「一応企画としてはこんなことを考えているんですよ」

 ずらずらと挙げられる施設名。

『君にも見える命の炎・バーチャルエルクゥツアー』
 命の炎って人殺さないと見れないんじゃ……。

『君も最強エルクゥだ! 臓物飛び出す人間狩り立体映像館』
 問題ありすぎ。

『情熱・鬼空間』
 なにが情熱か。

『鬼工場’92』
 工場? それも92年度?

 バカな……千鶴さん! 隆山を謎のパラダイスにするつもりか!?
 探偵ナイトスクープが取材にきても知らんぞ!

「それに目玉は他にも考えてあるんですよ。その名も『次郎衛門ショー』!」

 千鶴さんの手がステレオのスイッチにのびる。


	♪俺はウルトラスーパーセクシーヒーロー
	 サムライエルクゥ次郎衛門♪


「もう主題歌も作ったんですよ」

 うわー……アカペラですか千鶴さん……。なんかどっかで聞いた曲だし。




	『次郎衛門ショー 第一回 ”エルクゥな” 作・柏木千鶴』

 突然地球に攻めてきた悪い宇宙人エルクゥを倒すため、鬼斬りの刃を手に次郎衛門は今
日も戦うのだ!

 だが――。
 
「ぬぅ、なんでも山の水門のあたりに鬼どもの乗り物が姿をあらわしたとの殿よりのお達
し。そこでこの次郎衛門が鬼退治に参るわけでござる」

 説明的な台詞とともに山中を行く次郎衛門。その腰には斬馬刀かとも思われるほどの長
大な剣が一振り下げられている。
 その重量も相当なものになろうが、次郎衛門ほどの漢にかかっては小太刀のごとく軽々
と見えた。
 さて、瀬をはやむ水音も響きくる頃。

 ざざ……

「やや! 池の方角よりあやしげな水音! 近い! 鬼は近いでござるぞ!」

 藪を掻き分け進む次郎衛門。
 だがそこにいたのは鬼ではなく……。
 いや、ある意味鬼ではあったのだが……。
 鬼の、女であった。
 どうやら沐浴の最中だったらしく、一糸まとわぬあられもない姿。
 思わず息を呑んだ刹那。

「きゃぁぁぁぁぁっ、えっち!(エルクゥ語)」
「こ、これはあいすまぬ。拙者決して覗くつもりは――」

 かぽーーーーーーん。
 言い終わらぬうち、どういう意味か『けろ○ん』などと書かれた桶が顔面にヒットする。
 それがずるずると顔面を滑って、ぽろり、と落ちた後もなお、次郎衛門は目を放さなか
った。それほどに、目の前の女性の姿態に見ほれていたのだ。

「りーちゃん……」

 陶然とその名を口にする次郎衛門。
 書いてあったのだ。エルクゥ語と日本語の二ヶ国語で。

	『りーちゃん入浴中! Don't disturb』

 覗き魔の身になって考えられた親切設計だった。

 ――なんと美しい……。

 どこぞの姫君を思わせる、流れ波打つ漆黒の髪。
 無駄な脂肪の塊など少しもついていない、ジャストサイズの胸。
 折れそうなほどに細い足首からすらりと伸びた足。膝から雪のように真白い太腿をくる
んでつややかな黒髪が絡まり、そのやわらかな曲線の行き着く先は――

「おおおおおおぉぉぉりーちゃん萌えーーーーーーーーーーっ!」
「ああっ、そんな!? けだもののような荒々しい男の手にかかって私の”初めて”が散
ってしまうの? いけないわいけないわあなたは地球人そして私はエルクゥの皇女、身分
と立場といろいろそういった複雑なアレが! あっ、でも、もっとーーーーーーーーーー
ー!(エルクゥ語)」



	♪リーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
	 たぁっちみーぷりーーーーーーーーーーーーーーーーーず♪

 (このショーにはハードコアな描写や性的な表現が含まれています。
  しばらく音楽をお楽しみください)



 ふーーーー。

「…………」
「…………よかったですよ(はぁと)」

 ピロートークもそこそこに、ばっと土下座の次郎衛門。

「すまぬ……つい、そのほうの魅力があまりにも抗しがたく」
「かまいませんよ。でも……責任、とってくださいね」

 にっこり。

 ああ、何たる運命の奇しきいたずら!?
 そして二人は手に手を取って、エルクゥと地球人の両方の軍勢に追われる身に!

 逃避行の仲にも深まりゆくエルクゥ皇女リズエルとの恋!
 だがお立会い! 運命の女神は愛しあう二人にまたも試練を科すのであった!
 二人の行く手を阻むいじわる三姉妹がひとり!

「へん、そんな男の何がいいってんだよリズ姉! あっ、あたしの方が……テクニックだ
って上なんだからな!」

 同性でありながら実の姉に欲情する変態エルクゥ、レズエル! じゃなかったアズエ
ル!
 これも! これもリズエルの美しさゆえなのか! わが身のあまりの美しさが妹をアブ
ノーマルな道に走らせてしまった……リズエルは苦悩するのであった!

「なんだそりゃーーーーーーーーーーーーーー!!」

 梓大爆発!

「いっていい事と悪いことがあるぞ亀姉! だっだっ誰がレレレレレ」
「お出かけですか?」
「まぜっかえすなー!」
「何よ。何で梓が怒るの? 私アズエルの話してるだけなんだけど?」
「ぐっ……」
「梓ちゃん、確か前世の記憶はないはずじゃあ……」
「ぐぐ……」
「それとも『レズ』に何か心当たりがあるのかなあー?」
「あ! あああ、あたしはなあ……」

 梓の握りしめた拳がふるふるとふるえる。

「かおりちゃんは上手でしたか?」

 にっこり。

「ううっ……うわーーーーーーーーーーーん!」

 梓号泣超特急。
 玄関扉をふっ飛ばしつつ猛ダッシュで走り去る梓を止めてやることすらできない、無力
な俺。

「あらあら、これは今晩のご飯は私が作るしかないかしらねえ……」
「お姉ちゃんいいよぅ、私が作るから……」

 無言のままちら、と初音ちゃんを見やる千鶴さん。
 ひっ、と硬直する初音ちゃん。
 俺の位置からは見えなかったが、きっとものすごい目つきだったのだろうなあ。

「そうそう、話が途中でしたね」

 そして!

「ううっ……お姉ちゃん、帰ってきてよう。みんな心配してるよ?」

 非道な狩猟者軍団の中に咲く一輪のかよわき花、リネット!
 だがリズエルは知っていたのだ! エルクゥ唯一の良心であるかに見えたリネットが、
リズエルに隠れて部屋でこっそり、
 
『えへへっ……。わたし知ってるんだもん。耕一お兄ちゃんって、わたしみたいな妹タイ
プが一番好みなんだよねっ。よーし、今度来た時にはもっとちっちゃな子みたいに甘えち
ゃおう!』

 とかほざいていたのを!
 どっちが偽善者だってのよ初音!
 あまつさえ、
 
『うーん、いつもならこっちのショーツなんだけどぉ、お兄ちゃんの趣味を優先して、こ
のおっきめのクマさんパンツがいいかな……?』

 ですってえ!?
 ぱんつなんかで悩んでどうしようっての初音!?
 ゆるすまじ! ゆるすまじリネット!



 気づけば、両の拳を口元に押し当ててふるふるとかぶりを振る初音ちゃんがいた。
 じわっ、と目尻に涙が浮かぶ。

「ちっ、違っ……わ、わた……ぅあ……
 うう……うわああああん! お姉ちゃんの立ち聞き魔ーーーーーーー!!」

 梓の破壊した玄関からダッシュで逃走する初音ちゃん。
 マジなのか……初音ちゃん……。
 いや、でもそれはそれでうれしいような、複雑な気分。


 しかしアレだ。
 子供向けのヒーローショーがいつの間にやら恋愛ロマン巨編になってたり、それもレデ
ィコミばりのとうていお子さまにお勧めできないような展開があったり、唐突に初音ちゃ
んの実態が暴かれたりとなかなか盛りだくさんな内容の脚本ではあるがー。
 楓ちゃんは……?
 振り返ると、相変わらず変わらぬ様子で静かに渋茶をすすっている。
 ふう。どうやら前世の記憶を一番色濃く残してる楓ちゃんには、千鶴さんといえど滅多
なことは言えないということか。

「そしてついに最後の敵が現われた! さあここからがいよいよロマン爆発ですよ耕一さ
ん!」

 甘かった。



 二人の姉妹との相次ぐ葛藤。だが、それはほんの前哨戦に過ぎなかった! 
 ゆらりと、不気味にうごめく夜の闇のように忍び寄る黒き陰――

「素敵な月夜……殺しにはもってこいの夜ですね……」

 にい。
 三日月形にゆがむ口元からは、異様なまでにやさしい言葉。
 それはまったくこの場に不似合いで――。
 
「――!」

 なぜなら、その血塗られた手は月の光のもとでぬらぬらとあやしく光っていて――。

「ぐぁあ……リズエル、俺のことはかまわず、逃げ……があぁっ!」

 差し伸べた手を、どん、と踏みつける。嫌な音がした。

 くすっ。

「狩りにきました、姉さん」

 まるで、ちょっとそこまでお使いに、とでも言うように軽く言い放つ。

 冷酷無情!
 非道を誇るエルクゥの軍勢の中でもことにその残忍さにおいては群を抜き、あのダリエ
リをして、

『いやーシャレになんないっしょ、奴。マジヤバいっすよ。すぐキレるしー』

 とまで言わしめた、エルクゥ皇家最大の強敵!
 そう、それは具現化した恐怖! 爪と牙をそなえた残虐!
 その心に氷雪をいだく闇の殺戮鬼!
 人呼んで”皆殺しのエディフェル”!
 
 最後の戦いがいま、幕を開ける!





「千鶴姉さん」

 楓ちゃんの周囲の空気が三度、下がった。

「歴史の歪曲はよくないと思う」
「あら、物語を盛り上げるための新解釈よ」
「リネットと次郎衛門の子孫がわたしたちだということについては?」
「そんなの姉妹の誰だっていいじゃないの。どうせ言い伝えなんだし」
「――私は知ってるのに……」
「あなたさえ黙っていれば円満解決よ、楓」

 言外に、しゃべったら死あるのみですよ? という圧力をにじませつつ千鶴さん。

「それに、どう考えてもヒーローショーに似つかわしくない内容……」
「大人も楽しめるエンターテイメントを目指したのよ」
「会長室でヒマ持て余してハーレクインばっかり読んでるからそういう話しか思いつかな
くなる……」
「失礼ね楓! あんなおばさん向けポルノなんか読まないわよ!」
「――なんで内容知ってるの?」
「うっ! い、いやそれはその、中年女性のお客様も多いしほら資料としてね、あくまで
もお仕事の資料よ!」
「まあ、それはそれとして」

 ふう、とふかーく息を吐いて、立ち上がる楓ちゃん。

「姉さんがその気なら、その物語作りに協力してもいい」
「あらほんと? やっぱり楓は話がわかるわねえ」
「はい。ただ――」

 楓ちゃんの立っている床面がみしみしと音を立てて沈んでいく。

「結末は少しちがうかもしれませんけど」
「なるほどね」

 鬼気。ざわざわと全身が総毛立つ。

「ふふっ、そうこなくっちゃあ面白くありませんからね」

 ――父さん。
 あなたの守ろうとした少女(一名除く)たちは、もう一触即発というか弱肉強食という
か妖怪変化というか、凄いことになってます。
 たすけてー。

「ふぅぅぅうるるるるるるごおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
「おおおおおぉぉぉぉぉぉしゃぎゃああああぁぁぁ」

 爪が拳がスタンドが、そして手が出る足が出る。
 目くるめく血の宴。
 宴もたけなわではありますが、俺はこっそり逃げました。
 こわかったからです。
 さらば四姉妹。




「ちくしょおおあたしだってあたしだって自分から進んでやったわけじゃないんだあっ」
「ううぅっ、お姉ちゃんあの時ってやっぱり食べられちゃってたの〜?」
「食べられたゆーなあああっ! あたしとかおりはそんなじゃないんだああ!」
「ええぇぇぇぇぇぇぇっ、じゃあ両思いーーーーー!?」
「何でそっちに行くかーーーーーーーーーーーー!!」

 その頃隆山のどこかで、暴走する二匹の鬼の青春群像が展開していた。




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