松風 投稿者:takataka
 ずばーーーん。
 ばしいぃぃぃぃん。
 サンドバックを打つ音が響く。
 一人でいつものトレーニングに励む葵。
 今日は浩之が来てくれなかったのだ。なんでですか? と聞いてみたらば。

「ごめん葵ちゃん。今日の放課後強制イベントなんだわ」

 なら仕方ないですね。
 そんなこんなで今日は一人わびしくサンドバッグを打つ葵。
 
「はろはろぉ! やってるわね葵!」
「綾香さん! どうしたんですかこんなところに」
「ふふっ、今日は特別に稽古をつけてあげようと思ってね」
「ええ? あ、ありがとうございます」
「おおっとかんちがいしないでよ葵。稽古をつけてあげるのは私じゃなくてこの子!」

「――よろしくお願いします。松原さん」

 HMX−13セリオ。

「今日はがんばってるあなたに耳寄りなお話! 今セリオの指に装着されているこの機械
を使ってトレーニングするのよ!」
 見てみた。
 手自体は普通だ。ただ、何か持っている。
 よく見ると封の空いた板ガムだった。
「機械って……」
「松原葵強化マシーン一号、名づけて『松風』! さあ、いざ!」
「…………『松風』…………」
 どういう意味だろう。
「そうすれば、あなたのいろんなあれがこう、ほら、えー、倍以上に!」
「ええ? 具体的にどうなるんですか?」
「そうねえ……いままで『5』だったのが『50000』になるって感じかしら」
「単位がありません、綾香さん」
「まさに科学の粋、人類の勝利ね! そういうわけで葵! さあ!」
「――どこからでもいらしてください」

 どこからでも、といわれても。
 どうしよう。
 殴りかかっても良い。
 蹴りを繰り出しても良いだろう。
 だがセリオがいま目の前に差し出しているのは、ガム。
 引くか。
 引くしかないのか。
 そっとセリオの手の中のガムに手を伸ばす葵。
 相変わらず意志薄弱だった。格闘家のくせに。

 ぱちんっ

「いたっ」

 ガムを一枚引くと、指に鋭い痛み。小さなばね仕掛けの金具が爪を打った。
 ……これは、ガムパッチン。
 あ、懐かしい……

「ふっ、かかったわね……己の未熟さを思い知ることね、葵! 行くわよセリオ」
「――はい」

 去る二人を呆然と見送る葵。
 綾香さん、一体何がしたかったんだろう……。




「はろー!!」
「綾香さん」

 今日も来た。ちなみに浩之は今日も不参加だ。何か申し合わせでもあるのか。
 それとも綾香に〆られたか。
 7割の確率で後者。根拠なく思う葵だった。

「さあ、今日もすばらしいマシーンであなたの格闘家ライフをバックアップするわよ!」
「――するのです」

 その背後からひょいと顔を出す、セリオ。
「今回は日常に埋もれた新鮮な驚きを発掘してみようというコンセプトのこのマシーン
!」
「あの、それって格闘と何の関係が」
「セリオの手に装着されたこの流麗なフォルム! もてる喜びを満足させる高級感あふれ
る表面仕上げ! これでエクストリームもばっちりね」
 セリオの手にしているのはまたしても、ガムパッチン。
 ただ、今日のはセリオの着けているオープングローブに固定されていた。
 両面テープで。
「ですから、これは一体」
「名づけて、『松風』! さあ、お試しあれ!」
 セリオの手を見て、綾香に恐る恐る目をやって、視線を泳がせる葵。
 綾香の目はマジだ。
 セリオもだ。
 まあセリオはいつもだけど。

「………………」

 ひょい。
 ぱちん。

「あいた」

「一度ならず二度までも……葵、少し考えたほうがいいんじゃない? じゃあね」
「――考えたほうがよろしいのでは。それでは……」

 無言で見送る葵。
 ……綾香さん……わたし綾香さんに何かしたのかなぁ……。




「ぐーてんたーく!」
「――ぐーてなはと」

 セリオさんの挨拶の時間帯が違うと思ったが、指摘はせず見送る葵。
 私のほうが間違っているのかもしれないし。
 お米の国のひとだもの。

「さあ! 今日も時間よ葵! センシティヴなシティライフにアップトゥーデイト的なほ
らそのなんだ……つまり……ああ! やめ!」
 何が言いたいのか自分でわからなくなった様子。
「――新商品の紹介なのです」
「そう! そのそれよ!」
 ロボット社会も考えものなのかなぁ、と思う葵。
 根拠はないけど、まあ、なんとなく。浩之とかのことも含めて。
「松原葵強化企画商品、今日のスペシャルグッズは――」
「松風ですか?」
「はぁ! 葵、なぜそれを! ……くぅ、成長したわね。さすがに効果が出てきたのかし
ら……」
「――反復練習の効果です。米国はじめ世界10ヶ国以上で特許申請中です」

 今日は剣道の篭手。そして、ガムテでグルグルに固定されたガムパッチン。

 ぱちん。
「いたいです」

「葵……あなたには失望したわ」
「――がっかりです」
「そうですか」
「今日のところはこのくらいにしてあげる。帰ってから布団かぶって泣いたりしないこと
ね」
「――放心しきった様子でシャワー浴びつづけるのもなしです」
「わかりました」

 見送る。綾香とセリオは仲良しだなあ、とおもった。
 さて、練習続けなくちゃ……。




「ぐっもーにんえぶりわん!」
「――はう」

 セリオさんのあれは何語の挨拶なんだろう、と思いつつサンドバッグを打つ手を止める
葵。

「今日の」
「松風ですか?」
「――まさか、不幸の予知に目覚めたのでは」

 心配そうに顔を曇らせるセリオに首を振る。
 だって、いつでも松風だし。

 そして。
 ぱちん。
 いたいです、ええ。指とかが。

「葵、あなたはまだまだ以下同文!」
「――はお」

 セリオさんは、何が?
 とにかく練習に戻ろう。




「おはー」
「松風ですか?」
「――驚異の進歩です。葵さん」

 驚いてるのか知らんがふるふる痙攣する綾香を支えるセリオ。

 ぱちん。

「セリオさん、今度からはバネもう少し緩めてください。痛いです」
「――わかりました」

 帰るお嬢&ロボ(略称おじょロボ)。
 練習に戻るマツバラブルー。
 だが今日はそんな奴らを見守る影ひとつ。

「葵……綾香も。二人で一体何を……?」

 坂下好恵。
 女子空手部の空手部員だ。以前葵を空手部に勧誘したが、『私好きな人がいるんです』
というような事情でごめんなさい攻撃。
 好恵泣きながら東京直行(帰途罰ゲームあり)。

 ……記憶が少し違ってるかもと思いつつ、地面に落ちてるブツに目をやる。
 おじょロボが帰ったとたん葵が地面にうっちゃり捨てた『松風』。
 今日は中華風の獅子舞の頭が、ガムパッチンをくわえていた。

「……ここに一体どんな秘密が隠されているというの……」

 ぱちん。

「いてっちくしょー」

 坂下はくしゃみの後にも『ちくしょう』と言うのか。
 これだけでは証拠にならない。
 ならないのだった。




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