KWP(クルスガワ・ウィッチ・プロジェクト)  投稿者:takataka


 残された、走り書きのメモ。

	『森に住む魔女。
	 供物、トウモロコシの皮の人形、コックリ盤、魔道書、薬。
	 するどいナイフ。(注・強調線あり)
	 注意すべき点・内臓を取り除くこと。

	 綾香……セリオ(ネガティヴ)
	 芹香……セリオ(ポジティヴ?)=セリつながり?』

 筆跡により、HMX−13セリオのものと推定された。

 最後に写された写真の内容。

 食卓に向かう来栖川芹香。胸元に白いナフキン。背後に控えるセバスチャン。いつもど
おりの様子。表情はややうつ向きかげん。目を伏せている。
『でも、先輩なんか機嫌悪いみたいだぜ? いや、何でかっつわれると困るんだけど、な
んとなくこう……わかるんだよ』
 写真を見た<たったひとりのお友達>藤田浩之は語った。


 来栖川綾香の日記。

 10月11日。

「気になってしまって、トレーニングにも身がはいらない。こんなことじゃダメだ、自分
にそういい聞かせる。来栖川の総力を挙げて探してるんだから、私に何かできるわけじゃ
ない。落ち着いて、余計な手出しはしないこと。
 でもそんなこと言ってたって無理だ。ため息。これで何回目だろう」

 10月12日。

「姉さんがいなくなってから、もう三日がたつ。
 庭に目をやる。もう夜。うっそうとした森のような庭は暗く光は届かず、どこまでも闇
で埋めつくされているような感じ。もしこんな中に一人でいるとしたら、私ならどうだろ
うか。
 ――あの生活力のかけらもない姉さんのことだ。こんな森の中に一人きりでは生きて行
けるわけがない。いや、一人きりではないのだろう。ふり返る。いつもそこにいてくれる
茜色の影がいまはなく、ただがらんとした中に孤独感を強調するようにドアだけがある。
 セリオ。私の大事な友達。私を置いて、どうして姉さんのところに?」
 
 10月13日
 
「シスコンか? 何てことを言うのは許せない。今はそういうときじゃないんだから。多
少痛い目にあうのは天罰というもの。
 でも、そんなことを言いながらもけっきょくは一緒に来ることを引き受けてくれた。そ
ういうところがあいつのいいところかな。ついでに佐藤くんも連れてくるって。佐藤くん
というのは存在感の薄い人だと思ったけど、大丈夫だろうか? 
 大丈夫ついでに、浩之自身のことも心配だ。カッとなってのこととはいえ、本気で当て
ちゃったから。たぶん骨までは行ってないと思うけど。悪かったとは思うが、これからは
私がリーダーだ。むやみに甘い顔はできない」

 10月14日

「新しい発見があった。私ってニット帽が似合う。これからは帽子にも凝ってみようか。
 いきなり関係ないことだけど、今日はなにも書くべきことがないのだ。すなわち、なん
の手がかりも得られなかった。
 一応この探索についてはビデオで記録を残すことにしている。もし万が一のことがあっ
た際には何かの手がかりになるかもしれないということだけど、それって私たちも行方不
明になるかもしれないってこと? セバスが心配してるのはわかるけど、ちょっと不謹慎
だと思う。第一いくら広いといったところで自分の家の庭なのだ。迷って死ぬようなこと
はないだろう。じゃあ姉さんはどうして? とも思うけど、自分から隠れてまわってるな
らそれも納得が行く。
 男二人を従えて女の私がリーダーを務めるというのは難しいことだ。でも、やり遂げる
自信はある。いざとなったら二人相手にまわしても怖くはない。逆に、”女の子”の演技
をして見せるのも。うまく立ち回ること。主導権を渡してしまわないこと。ビデオの扱い
に慣れておくこと。バッテリーの確認。

 今日の文に追記。浩之が負傷した。一応手当てだけはしておいてあげる。足手まといに
なっても困るし。まあ死なない程度に手加減はしたし。森の中で誰もいないからって強引
に迫ろうという思いつきはわからないでもないけど、相手が悪い。
 リーダーに手を出すとどういうことになるか、佐藤くんもよくわかっただろう、と思っ
たらなんだか笑っている。なんとも思わないんだろうか。変わった人」

 10月15日

「今日という今日は誰がリーダーかはっきりさせないといけない。極めたあとこのまま折
ろうか? と思ったけど、そこまでやったら足手まといになる。自分の首を絞めることに
なりかねない。取りあえず外すだけで勘弁してあげる。悲鳴。男の子でしょう、根性なし。
 大体寝ている間に人の胸に顔埋めてるのを発見されたら、普通は警察行きだ。このくら
いで済んだのだから感謝されてもいいくらい。
 そのあと泣いて謝られたので、ちゃんと入れなおしてあげた。少し甘いだろうか。
 私自身もこの状況はおかしいと思いはじめている、自分の家の庭で方向を見失うなんて。
たしかに広いには広いんだけど。どうやらGPSがうまく動作してないようだ。
 浩之に言うと「こうなったら死ぬ前に綾香、お前をーーー!」ってことになりかねない
ので佐藤君にだけ先にちらりと話してみた。佐藤くんはあいかわらず幸せそうだ。神経な
いんだろうか、この人」

10月17日

「なんにせよあせりは禁物だ。ただ、急がなければならない。もし本当に姉さんが自分か
ら姿をくらましてるのではなく遭難しているのだったら、もうタイムリミットだ。
 あせってるのは私だろうか? イヤな雰囲気を感じるから? この庭は異常だ。自分の
家だっていうのにこの違和感はなんなのだろう? いいえ、これは気のせい。私は意外に
憶病なのだろうか? 恐ろしがっている? 今こうしていても身体が震える。
 トウモロコシ人形を見たのは昨日だ。姉さんが作ったものとおなじのが木の枝にかかっ
てた。あれを外したのはやはり間違いだったろうか。
 落ち着くこと。何でもない。試合のときとおなじ。深呼吸して、腹に力を入れる。大丈
夫、私は強いんだから。緊張感に負けたら負けは確定だ。いや……緊張感じゃなくて、こ
れは恐怖なのだろうか?
 外ではまだ音がしていて、それが私を脅かす。動物のような毛皮。浩之は死んだように
静かだ。こっそり寝袋に侵入されたので力任せにボディにお見舞いしたのだが、それから
ずっと。ほんとに死んでやしないだろうか」

 10月19日

「食料はわずかだ。飢えが進行すると目がかすむというのを私は初めて知った。
 私はまだ書きつづけている。書きつづけなければ恐ろしい夜に飲み込まれてしまいそう
だ。
 佐藤くんと今後のことについて話してみた。のれんに腕押しというか、ぬかに釘という
か。ともあれ、佐藤くんはいつも幸せそうな顔をしている。
 浩之は昨日から動かない。昨日ので肋骨をやってしまったらしい。ちょっと気の毒。
 枝のかすれあう音。何かの物音、動物の鳴き声のような――いいえ、なにも聞かなかっ
た。聞こえないものはない。存在しない。たとえ何かが私の鼓膜を震わせたりしても、そ
んなもの私は知らない。
 まただ。毛むくじゃらの動物のようなものがこのテントを見張っている。走り回ってい
る。違う、そんなものいるわけがない。
 怖い。怖い。怖い。
 父さんと母さんに会いたい。ごめんなさい。私はいい子じゃありませんでした。姉さん、
どこにいるの? どこかで私たちのことを見てるんだろうか? セバスは今ごろ私を探し
てるだろうか。
 浩之と佐藤くんのご両親にも謝らなければならない。佐藤くんはともかく、浩之は五体
満足で帰れないかも知れません。自業自得なんだけど。

 セリオ、私たちを助けて。私たちに――私を――。
 一体なぜ?」




 HMX−13セリオは発見されたとき、
「ついにやりました、綾香さま」
 と言った。
 セリオがアウトドア技能をダウンロードして作った小屋からは、内臓を抜かれて開きの
状態になったアジ5尾が発見された。生きているうちにそのようにされたらしく、新鮮だ
った。
『森に住む魔女のためにやりました』
 セリオはのちに語った。

 同小屋で寝ているところを発見された来栖川芹香の証言。
『……どうしてもアジの開きというものを食べてみたかったんです。
 家で食べようとすると、セバスがそんな下賎の食べ物はダメっていうから、それで……』

 セリオは電源不足でそれ以上サテライトサービスをつかえなかったため、自力でアジの
開きのための技術を開発したらしい。その手際はお世辞にもうまいとはいえなかったが、
芹香の証言によれば『……おいしかったです』ということだった。

「私はそんなことのためにあんな怖い思いさせられたのおおおおお!?」
「……オレ、んなことでアバラ折られたのかよ……」
「あんたは自業自得!」
「あはははは、もういいじゃない二人とも」
「「黙っとけハムスター野郎」」

 ビデオがまわりっぱなしだったため、記録されていた綾香とセリオのやりとり。

「でもおかしいじゃない! GPSも動かなかったし……」
「――綾香さま、そのGPSシステムはサテライトサービス対応で、私を経由して衛星に
アクセスしています。したがって、私がサービスを停止すると動作しなくなります」
「だって、なんか毛むくじゃらの生物に後つけられたわよ!」

 おそるおそる手をあげる、芹香。

「…………………………」
 はい……プロレスごっこしたりして、みんなで楽しそうにキャンプしてたから、私も仲
間に入れたらいいなあ……と思って、遠くから見てました。
 防寒用の毛皮のコートを着て……。

 ………………。
 ………………。
 ………………。

「あははははははははは」雅史が笑った。



 そののち、記録は伝えている。

『HMX−13セリオ……24時間耳カバー片はずしの刑。
 来栖川芹香………………24時間耳カバー片方装着の刑。』

 どっとはらい。



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