ベルサイユのひな  投稿者:takataka


「藤田くん……ホントにここに入るの?」

 二本のするどい触角……いや、前髪がおびえたようにふるふると揺れる。

「大丈夫だって。たしかにちょっと怖そうな雰囲気だけど、先輩はやさしい人だから」

 オレはそんな理緒ちゃんを安心させるように、肩をぽんぽんと叩いてやった。

「さ、いこうぜ」
「うん……」





 なんでも自分が悪いと思って、ついまわりから一歩引いてしまう理緒ちゃん。
 生活が大変なせいかと思ったらそれだけでもないらしい。そんなときにオレが聞いたの
が意外なひとことだった。

「私、マリー・アントワネットの生まれ変わりなんだって……ぜいたくに暮らしてたぶん
の酬いが今来てるんだって」

 昔の友達の占いでそんなことを言われて以来、理緒ちゃんは自分がその報いを受けてい
るのだと思いこんでいる。
 そんなことあっていいはずがない。前世なんて適当なこと言って、純真な理緒ちゃんを
からかおうってことなんだろう。人の悪い友達だぜ。
 それに、百歩ゆずって本当に生まれ変わりだとしても、そんなことで理緒ちゃんが苦労
しなきゃならないなんて馬鹿げている。

「……なんにしても、芹香先輩は本物だぜ。とりあえずその友達の言葉が嘘かホントかだ
けでも、きちんと確かめてみたらいいんじゃねーか? な、先輩」

 こくん。

 すでに三角帽子と黒マントに身を固めた先輩がうなづく。なんだかきょうは一段と気合
いが入っているようだ。

「…………………………」
「降霊会は何度もやりましたが、前世をさぐるのははじめてですって? 大丈夫だって、
先輩ならバッチリだぜ」

 先輩に促されて、部屋の半分をしきっている暗幕をめくると――。

 から……
 からから……。

 風車。
 そこは普段の部室とはまるで別世界だった。壁際のそこここに風車が立ててあり、風も
ないのにときおりくるくるとまわっていた。
 意味ありげに水子地蔵までセッティングしてある。そして、鼻をつく硫黄の匂い。
 ちょっとした恐山だ。
 今日は和風でキメてみました……と、満足げな芹香先輩。
 なんか違うような気がする。

「うーん、これで大丈夫なのか?」
「…………大丈夫です」

 をを! あの芹香先輩が声出してしゃべっている!
 自信ありげ。これは期待大だな。

「あのう……痛くしないでくださいね……」

 おどおどしながらも先輩の前に座った理緒ちゃん。
 先輩はその前に立ち、目をつむってなにやら和綴じの古文書のようなものを持ち、しず
かに詠唱を始める。
 オレは耳をすました。

「………………………………………………」

 あのくたらさんみゃくさんぼだい……

 レインボーマンですか、先輩。
 インドの山奥ででも修行してきたのか。

 かたんっ。
 燭台の揺れる音でふと我に返った。
 じっと目をつぶっていた理緒ちゃんのからだがふらふらと揺れはじめ、やがてぶるっと
大きく震えた。
 ふっ……と燭台のろうそくの火が消えた。なんだか部屋の温度まで下がってきたようだ。

 ゆらり、と顔を上げた理緒ちゃんの目にはすでに色はなく。

「…………うう……」

 オレは耳を疑った。喉をつぶしたようなしわがれた声。これがあの黄色ネズミ声の理緒
ちゃんの口から出ているとは思えない。
 芹香先輩が何やら話しかけると、理緒ちゃんはこくんとうなづいた。
 なかば上を向いて、寝ぼけてでもいるようにゆらゆら身体を揺らし、薄目を開けながら
……。



「……わしは……マリー・アントワネットじゃあ〜……」



 …………。
 いや待て。たしかにオレはマリー・アントワネットがどんな人だったか知らん。会った
ことがあるわけじゃないし。
 まあ、名前くらいは知ってる。フランス革命のときの王妃だよな。
 でもよぉ。
 一人称『わし』? フランス人なのに? 語尾『じゃあ〜』ってのも納得行かんし。

「……あんた……本当にマリー・アントワネットなのか……?」

 よぼよぼよぼ〜。そんな擬音がよく似合うように震える理緒ちゃん。
 いい感じにふらふらと前後する手先がまた年輪を感じさせる。

「……そうじゃあ〜。ベコっ子の世話ぁして、兄弟仲よう暮らせ〜」

 ……いやマリー。ベコっ子(牛)の世話って。
 違う。明らかに違う。だいたい東北弁だし。
 だが、霊能力のないオレにはそれを確かめるすべもない。
 なんか確かめるすべはないだろうか……。
 そうだ、こんなのはどうだ?

「なあ、本物のマリー・アントワネットだったら、なにかフランスの歌知ってるだろ? 
歌ってみてくれ」

 すると理緒ちゃんはリズムをとるように身体をゆらゆらと揺らしながら、おそろしくし
わがれた声で歌いだした。



	♪賽の河原で 小石積み〜
	 一つ積んでは 父のため〜
	 二つ積んでは 母のため〜♪



 ……ぜってー違う。
 ストレートにイタコ入ってるじゃねえかよ。

「先輩先輩、もういいから戻してくれ」
「……………………」

 自信、あったんですが……。
 胸元をきゅっと押さえてうつむく先輩。
 オレはなんだか悪い気がした。そうだ、もともと無理言ってこっちから頼んだことだし
な。

「いいって先輩。うまくいかなかったってことはきっとその理緒ちゃんの友達ってやつの
いってることがデタラメだったんだよ。マリー・アントワネットの生まれ変わりだなんて
そんな突飛なコトそうそうねえって」

 オレのとりなしの言葉に、しかし先輩は『ふるふるっ』と首を強めに振った。
 『ふるふる』ではなく『ふるふるっ』であるところに注目されたい。強調表現である。
この『っ』に万感の思いが込められている! ような気がしないでもない!
 こいつは貴重なもんを見たぜ!

「……………………」

 やり方に問題がありました、と申し訳なさそうにうつむく先輩。
 やはりフランス人呼び出すのに和風の降霊方法は無理があったらしい。

「………………」

 今度は、いつもどおりに行きます。浩之さん、見てて下さい。

 オレのガクランの裾をつまんで言う先輩。
 その背景にぽっと炎がともる。おおう、先輩が燃えている!
 ただし、葵ちゃんの1/10くらい。

「わかった。先輩の気のすむまでやってくれ。
 ……ただ、部屋何とかしてからだなあ」

 取りあえずこの恐山グッズの山をなんとかしねーと。





「お掃除終わりましたー!」

 モップを片手にびしっと敬礼するマルチ。
 部屋いっぱいに飾られた風車やら水子地蔵やら千社札を撤去するため、廊下で掃除して
たマルチを引っ張り込んで急遽参加させた。
 もちろん清掃要員。
 片づけ上手なマルチの手によって、オカ研部室はいつもどおりの様子を取り戻していた。

「………………」

 終わったんですか。

 風車を手に持って中腰で立っていた先輩はゆるゆると腰をのばした。
 手伝おうとして風車を拾って、中腰のままどこにしまおうかと考えているうちに掃除タ
イムが終了していた模様。
 一時間は掃除してたハズなのに……さすがだぜ先輩。



 いつものように三角帽子に黒マント、白チョークで魔方陣をえがき、その中央に理緒ち
ゃんを座らせる。

「………………et………………xst………………ous…………」

 呪文の冴えというか切れというか、その辺もどこか違うようだ。魔法の知識なんかない
オレだが、先輩が一生懸命にやってるのは感じられた。

「はううううう、どきどきですー」

 オレの隣に座って、両拳で口元を押さえるマルチ。そう言えばマルチは先輩の魔法見る
の初めてだっけ。
 と、またしてもろうそくの炎がふらりと揺らぎ、理緒ちゃんががっくりとうなだれる。
 そしてすっと立ち上がり、右手でスカートをつまんだ。まるで床まで届く長いドレスの
裾をさばくときのように優雅なそぶりだった。
 すっと下敷きで口元を隠す。扇がわりか?

「今日は、ベルサイユは大変な人ですこと……」

 お?
 どっかで聞いたような台詞。

「理緒ちゃん……いや、マリー・アントワネットなのか……?」

 ちら、とオレに向く理緒ちゃん。
 その目からはおどおどした色が消えうせ、自信とプライドにあふれまくった光を放って
いる。

「なのか、ですって? ほほほほほ」

 ちらり、と流し目。
 なんだこの余裕は? これが本当に理緒ちゃんなのか?

「そうですことよ。このマリー・アントワネットは、フランスの女王なのですから!」

 言い切った。

「す、すげえ! すげえぜ先輩! 本当にマリー・アントワネットだ!」

 先輩の手を取ると、こくん、とうなづいてぽっと頬を赤らめた。
 やっぱり先輩の魔法は本物だぜ!

「っほほほほほ! パンがなければごはんを食べればよろしいんじゃなくて?」

 あらためて見返す。
 あの理緒ちゃんが! あの引っ込み思案で、いつも人の後ろ後ろにまわって、なにかと
遠慮がちだった理緒ちゃんが、いまや斜め45度上向きで高笑い。
 すげえ! これが本物の迫力か!

「わあー、理緒さんすごいはくりょくですー」

 と、くるりとマルチをふり返る理緒ちゃん……というか、王妃さま。

「まあ! まあまあまあまあまあまあまあ!」
「はわ!? あうう……」

 がしっとマルチの顔面をひっつかむ。

「何てことでしょう! わたくしのプティ・トリアノンにこのようなウスラ不っ細工なビ
スク・ドールが置かれているなんて? け、汚らわしい!」
「はぅっ……不っ細工……しかもウスラですかぁ……?」

 がーん。
 マルチ大ショック。

「フェルゼン? このみにくいお人形さんをどこか私の目のとどかないところに捨ててき
てくださらない?」

 どうやらオレはフェルゼン役をふられたらしい。
 まあ、ここは調子を合わせるのが賢明だろう。

「みにくい……お人形さん……」

 マルチは額に縦線うかべつつ、自虐的な笑顔を見せた。オレとも目を合わせようとしな
いあたり、かなり傷ついてる模様。

「そうですよね……私なんか、みにくいメイドロボの子で……セリオさんだったらきっと
気に入られておそばにおいてもらえるんですぅ……」

 こらこら。そういう真実をついた落ち込み方をするんじゃない。立ち直れんようになっ
ても知らんぞ。

「気にすんなよマルチ、今ちょっと理緒ちゃん普通じゃねーから」
「はぁい、気になんかしません。わたし……ただのロボットですから。
 あれ? あ、あれ? おかしいな、わたし、別に悲しいわけじゃないんですよ……?」

 ぽろり、と目の端からこぼれたものをごしごしと袖で拭うマルチ。
 純粋で一点の曇りもない心を持ったマルチ。きっとこんなふうにひどいことを言われた
のは初めての経験だろう。
 オレはそんなマルチの肩にぽん、と手をおいて。

「わり! ちょっと外しててくれ!」
「えええ? フォローなしですか?」

 何か期待してたらしい。

「ううう、わかりましたぁ……王妃さまの目のとどかない、どこかとおーくの隅っこで…
…みなさんのじゃまにならないように……。じっと座って、石みたいにかたーくなって…
…そのまま忘れ去られて行くんですね……」

 しくしくしく……。
 泣きながら去って行くマルチ。

「ほほほほほ! よくってよ! よくってよ!
 文句があったらベルサイユへいらっしゃい!」

 口元に手をやって勝利の高笑いをする理緒ちゃん。
 ところで、それはポリニャック伯夫人の台詞だ。

 と、ぐいっと芹香先輩をふり返って。

「ときに、そこのあなた? 失礼ですけれど、ちょっと外してくださいませんこと?」

 きっと冷たい表情をして芹香先輩に流し目をくれる。

「……………………………………」

 不安そうにオレを見上げる芹香先輩。その目に浮かぶとまどいの色。くぅ! 男として
守ってやらずにはいられねーぜ! (芹香シナリオ進行中)

「おい理緒ちゃん……じゃなくて王妃さま。なんで先輩を追い出そうとすんだよ?」
「まあ、これは異な事を。これからフェルゼンとわたくしの蜜あふるる愛の60分一本勝
負が開幕しようというときに、マナーを心得た貴婦人なら当然席を外してしかるべきとこ
ろですわよ?」

 おいこらマリー。いつの間にそんなことになってんだよ。

「ダンナのルイ16世はいいのかよ、お前?」
「ま、笑わせないでくださる? フランスの女王たるもの、アヴァンチュールのひとつや
二つはほんのたしなみでしてよ」

 がららっ

「浩之、いる? あかりちゃんに聞いたら、オカ研にいるって……」

 お、雅史じゃん。

「まあ! 来てくださったのね、オスカル?」

 ぱあっと顔を輝かせるマリー・アントワネット。
 いや。
 ……理緒ちゃんだな。うん。

「……ほおーう。そういうことか」

 オレはぽん、と理緒ちゃんの肩に手を置いた。

「王妃さま?」
「何かしら、フェルゼン?」
「オスカルってのはベルばらに出てくる”架空の人物”なんだが……。実在してねえんだ
わ。当然知ってるハズないよなあ本物のマリー・アントワネットだったら。
 な、理緒ちゃん?」
「え?」
「フェルゼン的にはその辺かなり疑問なんだが、どうよマリー的には?」
「ええええええ!?」

 素に戻った戻った。

「そ、そうなの? 藤田くんそれ本当?」
「本当ですとも、王妃さま。あとオレは藤田くんじゃなくてフェルゼンだろ、コルァ!」

 触角を二本まとめてひっつかんでさしあげる。

「あうううー」

 予想通りおとなしくなった。悟空のしっぽとおなじ原理だな、おそらく。

「そんなあ! 電気屋さんの前で二時間もがんばってベルばらの舞台中継見たのに……」

 ふ。『進めの三歩』の復讐とばかりにあかりに強制貸し出しされたベルばら全巻の知識
がこんなときに役立とうとはな……。

「先輩、どうしますコイツ」
「……………………」

 マンダの生け贄にします。

 あ、いまの先輩ちょっと綾香みたいだぜ。
 メモしておこう。『芹香先輩は怒って目が吊りあがると綾香に激似』……っと。
 しかし海底軍艦とはまた先輩も通だな。

「そんなわけで、さらばだ理緒ちゃん!」
「えええええええ!!」

 いそいそと『何か』を召喚している先輩。
 最後の力をふりしぼって、理緒ちゃんは呟く。

「フランス、ばんざ……い……」

 だからそれオスカルの台詞だろコラァ!





「わた〜しはぁ〜、みにくい、ロボの子ですぅ〜♪
 宿なし〜やさぐれ〜青天井〜」

 渡り廊下の隅っこで膝を抱え、やぶれかぶれにオリジナルソングを口ずさむマルチ。

「――マルチさん」
「あ、セリオさん! 迎えに来てくれたんですか?」
「――バス停の方に姿が見えませんでしたので。ところで、その歌は――」
「あ……。ふふっ、優秀なセリオさんは知らないままでいいですぅ。捨てられたかなしい
ロボの嘆き節ですぅ……」

 捨て鉢な笑みを口の端に浮かべる。

「――いい歌ですね」
「そ、そうですか?」
「はい。特に歌詞の真実性が胸に迫ります。自覚があるというのはよいことですね」
「あうう……」

 がっかり。




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