お昼休みはうきうきウォッチング  投稿者:takataka


「いってらしゃい、浩之ちゃん♪」
「いってらっしゃいですぅ」

 ひらひら手を振るあかりとマルチ。
 オレはそんなふたりに手をふりかえし、会社へと急ぐ。
 マルチを買い、失意の後に感動の再会を果たしたオレはその勢いに乗じてあかりをゲッ
トせんと申し入れ、もちろん常時その気でオレの周辺にスタンバっていたあかりは一も二
もなくオレのプロポーズを承諾して、こうしてゴールインとあいなった。
 いまのオレは、こんなに幸せでいいのかってほど幸せだ。

 いつもオレのことを思いやってくれる妻、あかり。
 まるで子犬のようにオレのことを慕ってくれるメイドロボ、マルチ。

 ったく、三国一の幸せ者とはオレのことか? ちきしょー、ったく参っちゃうよなこれ
だから何ですか? 持てる男はつらいっていわゆるソレ的なアレですか? なははは。




 会社の昼休み。いつもなら屋上で女子社員のバレーボールにつきあって、『奥さんさえ
いなければ……私、藤田さんのこと……』とか言われてるとこだが、今日のところは休憩
室でぼんやりとテレビを眺めている。
 まあ、たまにはこんな過ごし方もいいもんだ。
 もっともこれでも油断してると女子社員に給湯室に連れこまれて、『私本気なんです!
 奥さんがいてもいい……せめて一晩だけでも……』なんて話になっちゃうので注意が必
要だ。
 今日は大丈夫らしいな。ま、のんびりするか……。

 あかり特製の愛妻弁当を食いおわって楊枝をつかっていると、お昼の奥様番組に切り替
わった。
 これは前見たことがある。葉書で寄せられた相談事を芝居仕立てに演出してスタジオで
役者が演じてみせるって趣向の奴だ。
 これがまたへんにコメディっぽくて面白いんだよな。


	「実はうちの主人、メイドロボマニアなんです!」


 吹いた。茶を。思いっきり。
 テレビでは新劇女優崩れみたいな役者がおおげさに詠嘆している。
 オレは大あわてでその辺を布巾で拭きつつ、溜め息をついた。
 そっか……メイドロボもメジャーになったよな。
 聞けばオレの会社でも何人か買っているという。ことにマルチタイプは人気の的で、お
熱を上げるあまり山の神の怒りに触れ、頭に包帯巻いて出社する羽目になった奴もいるっ
てほどだ。
 そこへいくとオレんとこはもうバッチリだ! オレはあかりもマルチも分けへだてなく
愛してるし、あかりとマルチはそれこそ姉妹みたいに仲良しだからな! まさに理想のユ
ーザーってとこだ!

 ただ、ただなあ。
 この女優が頭に黄色いリボンを巻いてるのが、ひじょーーーーーに気になるんだが。


	「ユキヒロちゃーん、ユキヒロちゃんってばー」
	「おう、ゆかりー」
	「ゆかりさん、おはようございますですー」
	「もう! ユキヒロちゃんたらまたマルコちゃんをベッドに引っ張り込んでー」
	「なんだよ、嫉妬か? かわいい奴」
	「かわいいですー。ウブなネンネですー」


 イヤな配役&ネーミングだった。


	「ひどいよユキヒロちゃん……わたし、もう一ヶ月も……ううぅ」
	「しかたねーだろ。マルコの方がかわいいんだから」
	「しかたねーですー。おんなとしてのせいてきみりょくにかけるですー」
	「なんですってええええええ!!」
	「まあまあ、怒るなよゆかり、ドラマかなんかで覚えたことをオウム返しに言っ
	てるだけなんだから」
	「言ってるですー。オウム返しですー。ある意味ふぁーびーですー」
	「うう……それにしたって……」
	「それよりも弁当出来てるか? 会社におくれるとまずいからな」
	「ユキヒロちゃん! 私何度も起こしたんだよ!」
	「しかたねえだろ? だって……な? マルコ?」
	「はいですー。至福のふきふきタイムは誰にもじゃまさせぬのですー」
	「なんですってえええ!」
	「いや、まあ、なんつうか……ほら、な? じゃオレ会社行くから!
	 おらマルコ、ほっぺ貸せ」
	「わあ、おでかけのちゅうですー。ロマンですー」
	 ちゅ。
	「あ、あのユキヒロちゃん、私には……」
	「じゃ言ってくるぜゆかり。今日も遅くなるからなー」

	「こうして、主人はいつもいつもロボットにかまってばかり! 妻としての私の
	立場はどうなるんでしょうか!?」


 ハンカチを目に当てて泣き崩れる女優。
 突然聞きおぼえのあるメロディーが流れ、役者が踊りはじめる。
 昔流行ったムード歌謡の替え歌だ。


	♪うちの亭主は 女房放って
	 メイドロボに夢中(ちゅちゅる、ちゅちゅるちゅるっちゅ♪)
	 毎朝毎晩 なでなでふきふき
	 あ〜〜〜〜 メカフェチ
	 ロボロボロボロボロボガッパ♪ 『うぉんちゅー!』


 びしいっとポーズを決める、劇団のみなさん。
 うぉんちゅーじゃねえぞ、おいコラ。

「ふ……ふふふふふふ、ふふぅ……」

 わなわなと肩を震わせるオレ。ついついあかり笑いを浮かべたりなんかして。

 オレは……

 あかり!
 あかりに会いたい!

 会って、心ゆくまでせっかんしたい! あんのどぐされ雌犬があああ!!

「うおりゃああああああ!」

 そのまま会社を飛び出した。
 早退の連絡はあとでしよう。いまはとにかくあかりをしばくのが先決だ!

 走るオレ。通行人が何事かとふり返るが、男たるもの気にしない!
 そんなオレのバックに流れるブランニューハート、もちろんオープニングじゃない方の
インストゥルメンタル。
 いまの俺の気持ちを反映してか、かなりヘヴィなデスメタルバージョンに編曲されてい
たが。

「あかりいぃぃぃぃ!!」

 しばく!
 いわす!
 ころす!

 大体なんだ! オレがロボガッパだったらお前はくまガッパじゃねえのかコラア!
 オレは忘れてねえぞ!

「ふふぅ、浩之ちゃんって、ホントはマルチちゃんとわたし、どっちが好きなのかなー?」

 ふざけ半分の台詞。
 でも、目がマジだった。

「何言ってんだよ、お前に決まってるだろ?」
「うふふ、嘘だ。浩之ちゃんは嘘ついてるよ」
「そんなことねえって」
「本当?」
「本当本当」
「やっぱり嘘だ」
「おまえな」
「じゃあ、たとえばの話だよ。三人で船に乗りました。ところが船が難破してしまって、
救命ボートには二人しか乗れません。私とマルチちゃん、どっちをとるの?」
「お前ら二人のせてオレは残る」
「……むー」
 あかりはぴっと俺を指差して。
「偽善者」
「誰が鶴来屋会長だコラ!」
 ぺし!
「あっ」
「じゃあオレも聞くぞ。オレとクマとどっちをとるんだ」
「ええ? そ、それはもちろんク……浩之ちゃんだよー」
「今一瞬『ク』って言ったよな」
「そ、そんなことないよー」
「じゃあ、クマはクマでもクマチュウだ! コレならどうだ」
「……えっとー」

 悩むか!? そこで悩むのか!?

 このクマフェチがぁ! 貴様にロボガッパ呼ばわりされる言われはねえぞオレには!




「ちぇすとおおおおお!」

 薩摩示現流のかけ声とともにバス停の柱にがこーんと飛び蹴りをくれる。
 よしゃ到着! あとはバスを待つだけだぜ! あーもう、早くこねえかなあバス!
 いらいらと足踏みしながら、あかりの野郎をいかにして人類史上まれに見るようなキテ
レツな方法でいたぶってやろうかといろいろ考えていたところ、なんとなく電気屋のショ
ーウィンドーのテレビが目に入った。
 今度はさっきの番組よりももうすこしあとにやっている、別の奥様番組がかかっている。
 奥さんがたの電話相談に、訳知り顔の司会者がさも人生の先輩面して相談に乗るって寸
法の奴だ。
 ったくくだらねえ番組流しやがって! こんな時間にこんなくだらねえもんやるからあ
かりが影響されるんだ!
 そうだ、あかりのやつ、さみしかったのかもしれないな。
 オレは心にぎゅっとさしこむような痛みを感じた。
 昼間はいつもマルチといっしょに家にいて、家事しかやることのないあかり。
 テレビでも見てヒマをまぎらわせるしかないというのも、まあわかる。それがこんなの
ばかりだったら、たしかに愚痴の一つもいいたくなるのかもしれない。
 それでも、家にいるのはマルチだけだ。素直ないい子のマルチに、愚痴なんかもらすわ
けにはいかないだろう。鬱屈しているうちに、いつの間にかマルチに怒りの矛先がってこ
とも……。
 だとしたら、悪いのはほかならないオレだ。
 そういえば、ここんとこあかりにやさしくしてやった覚えないな……仕事も忙しかった
ことだし……家に帰って寝るだけの毎日。あかりはそんなオレのことをどんな風に見てた
んだろう?
 ……たまには、かわいがってやるか……。

 ウィンドウではあいかわらず下らない人生相談が流れている。

 半円形の観覧席と司会者のブースのちょうど中間にホワイトボードが立っていて、電話
の内容の要点がメモってあった。

『夫は二十才』
『私は三才(?)』

 三才って、待ておい。
 そんなのマルチじゃねえんだから。

 ……え?

 とたん、異様に聞き覚えのある舌ったらずな甘ったるい声が耳に届いた。

	「うう……あのですね、家で犬さんを飼ってるんですけどぉ、ご主人様がその犬
	さんをかわいがりすぎて困るですー」
	「犬好きのご主人? イイじゃないの奥さん」

 ホワイトボードに『主人は犬好き』。

	「でもでも、とにかく普通じゃないんです。だって家の中に犬を上げてるんです
	よぅ」
	「いまどき室内犬なんて普通ですよ?」
	「まだあるんですぅ。この犬さんが、夜になるとくんくんうるさくご主人様につ
	きまとうんです。ご主人様も鼻の下伸ばして、『よしよし、今晩は一緒に寝てや
	るからな』とか言ってお布団の中まで引き込むんです」
	「あー、それは困ったもんだねえ」
	「それからがまた大変ですー。もう朝までどたんばたんやって、きゃんきゃんう
	るさくてご近所にも迷惑です」
	「わあ、ひどいご主人だなあ。あんたこの際別れちゃいなさいよ」
	「それにそれに、ご主人さまったらそんなこと気にもせずに『ほら、もっといい
	声で啼いてみろよ』ってけしかけるし、そうすると犬さんもイイ気になって『わ
	かったよ浩之ちゃん』なーんていってもう大変なんですー。シーツをお洗濯する
	私の身にもなってほしいですー」
	「……奥さん、それホントに犬?」
	「え? ……あああ! は、はわわわー!」

 がちゃん。

	「もしもし! 奥さん? 奥さーん?」



 なっ……マッ……おまっ……バッ……

 オレは言葉を失った。
 立ち尽くすオレ。吹き抜ける木枯らし。茫然とするオレを置き去りに、いつの間にやら
来ていたバスはいつの間にやら走り去っていた。

「……会社、戻ろう……」

 昼休み終わるしな。今ならまだ早退扱いにならないかも……。





 帰り道を行くオレの足は重かった。
 だって、あんなん見たあとでどっちも顔合わせにくいじゃねーかよ。
 あのふたりって……オレのいないあいだに殺し合いでもしてんじゃねえだろうなー。

 家の前を通りがかる。玄関まであと数メートル。
 台所の窓の前で楽しそうな声が聞こえてきた。

「ふふふぅ、お大根と鶏肉の煮物、出来上がりだよっ」
「わあーい! 出来たですー」
「うん、いい味。マルチちゃんだいぶお料理上手になったね」

 なでなで……

「はううぅ、うれしいですー」
「これなら浩之ちゃんもきっと喜ぶよ」
「うふふ、あかりさん大好きですー」

 ぽふっ
 だきっ(はぁと)

「よしよし。……浩之ちゃん、はやく帰ってこないかな」
「そうですねー」

 ………………。

 オレは回れ右してその場をあとにした。
 晩秋の夜風が身にしみる。
 今晩のところは、とりあえず、サウナにでも泊まるか……。



 母さん、女って怖いです。




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