修学旅行の夜は更けて 2 〜寺女篇〜  投稿者:takataka



「合同旅行かぁ……」

 綾香はあきれたように旅行のしおりをぱさっと放り投げた。

 寺女の修学旅行は秋に行われる。
 その原因は諸説あるが、目的地でのほかの学校とのバッティングを避けるため、と言う
のがもっとも有力な説だった。
 寺女と言えば音に聞こえたお嬢様学校。下々の、どこの馬の骨ともわからないこきたな
い生徒といっしょに観光地巡りなんぞするのは沽券にかかわる、ということだろうか。

「しょーもないこと気にするわよねえ」
「――ですが、合同旅行があります」

 床に落ちたしおりを拾って、HMX−13セリオは綾香に渡した。

 修学旅行の代わりといってはなんだが、3学年が一度にまとめて外泊する合同研修旅行
なる催しを毎年春に行なうことになっている。
 各学年一緒になって班を構成し、それぞれ計画を立てて自由行動することになっていた。
縦の交流を深めるということで、各学年混成で班を編成することになる。

「セリオも行くんでしょ? 楽しみねえ」
「――はい」

 変わらぬ表情。でも、その奥にかくされた嬉しさは、綾香にだけはわかった。
 長瀬主任の計らいで特別にこの旅行に参加できると知ったときのセリオの表情を綾香は
想像してみた。どんなだったろう? きっと見た目にはいつもと変わらず深々と頭を下げ
るだけで。でも、きっとその胸の中にはおさまりきらないくらいの気持ちが……。
 ぽん、と肩に手を置いた。

「一緒の班になれるといいわね」
「――なります」
「え?」
「実はサテライト経由で学校のネットに侵入して、名簿を少し……」
「セリオ……」

 ものすごく楽しみにしているらしい。

「――あと、田沢さんも同じ班ですので、仲良くしてあげて下さい」
「あんた、あいかわらず抜け目ないわねえ……」

 田沢圭子。
 初めてセリオの友達になってくれた、同学年の生徒。試験中のセリオストーキングで、
綾香もその少女のことは知っていた。
 隣の高校の佐藤雅史に恋する純情な女の子。ぽっちゃりとしていて背の低いその姿は、
並んで歩くセリオと好対照だった。
 すれちがいはあったけれど、試験を終えるセリオにすてきな卒業式を用意してくれた。
セリオの友達としては十分合格だ。
 こんなふうに友達の品定めまでするなんて、まるで妹の世話を焼きたがる姉みたいね、
と苦笑する。姉さんも私のことこんなふうに見てるのかな?
 いや、それはない。ふるふると首を振る綾香。

「で、今年はどこ行くんだっけ?」
「――はい。今年は……」

 目的地は、どういうわけか隆山だった。
 女子高生に温泉。
 いつ制作がケイエスエスからAICに変わっちゃったんだ? と勘ぐりたくなるような
設定であった。





「セリオ! 久しぶり」
「――田沢さん、お久しぶりです」
「うん! セリオ、覚えててくれたんだね」
「――はい」

 とか言いながらもただちに田沢圭子のデータをサテライトサービスからダウンロードす
るセリオ。

「田沢圭子さん。好きな食べ物は春キャベツたっぷりスープ。
 好きなマンガ、『シェイプアップ乱』」
「ち、違うよー」
「失礼しました。サテライトサービス、データ訂正します。
 ――田沢圭子。好きなマンガ『ふんどし刑事』」
「…………」

 なぜ徳弘正也にこだわる。

「はぁい、あなたが田沢圭子さんね」
「あ……来栖川、綾香さんですか? セリオの勤め先の?」
「うん……それとね、セリオの友達よ。あなたと一緒でね。
 一緒の班になるから、よろしくね」
「はいっ!」





 そして、旅先の夜。

「ふう……」

 一日目が終わろうとしている。圭子はそっとまわりを見回した。
 男の子のとうわさ話や、秘密の告白体験談に打ち興じる女の子たちもさすがにまぶたが
重くなってきたころ、圭子は枕元の荷物をそっと開いた。
 必要もないのに持って来た定期入れ。その通学定期の裏には、心に秘めた大事な人――
佐藤雅史の写真が入っている。

 圭子の夢は夜ひらく。

 ――雅史さん。今日、とっても楽しかったんですよ。みんなとの楽しい思い出、それに、
セリオのことも。いつかあなたにお話できたらいいな……。

 じっと見つめる。写真の中の雅史はサッカーウェアを着込み、リフティングをしている
その視線はカメラの外を向いて。
 雅史さん? そのすてきな微笑みは、誰に向けられているんですか?
 ファンの女の子たちかな。
 それとも……私に?

 考えるだけで、ぼっと赤面してしまう。

 今日は特別な日だもの。こんな私でも、ちょっと背伸びしてもいいよね。
 目を閉じる。胸の高鳴りはドラムロールのよう。
 唇をそっと近づけ、写真の中のあなたに――


「――田沢さん」
「ひゃああああ!?」


 じたばたじたばた。
 あわてて隠した定期入れの存在を、セリオはもちろん見逃していない。

「セセセセセセリオ! どうしたの、充電中じゃあ?」
「いま終了したところです」
「は、早くない?」
「旅行用に大容量バッテリーを増設していただきましたので」
「そう、で、なんの用なの?」
「夜這いの時間です」

 はい?
 見返す。セリオは眉ひとつ動かさず言ってのけた。

「夜這い……って?」
「思い出づくりです。さあ、綾香さまのもとへ行きましょう」

 真顔だった。
 これ以上はないと言うほどの真顔。リアクションに困る面立ちだった。

「え、なんでえー?」
「修学旅行の基本技だと、主任におそわりました」

 出る前にいろいろいらんこと吹きこまれたらしい。

「おいやですか?」
「いやって言うか……ヘンだよ、女の子同士でそんな……。は、放してよー」
「放しません」

 問答無用ですたすた廊下に引っぱり出す。
 その手をようやく振りほどいて、圭子はあわてて部屋に戻りかけた。

「とにかく、私もう寝なきゃ……」

 セリオはついー、とふり返って、

『メイドロボのくせに、勝手なことしないでって言ってんの!』

 一字一句違わず、圭子の声色で再現してみせた。
 忘れもしない、あの日の出来事。圭子が佐藤雅史に好意を持っているというからせっか
く雅史に話とおしておいたのに、恩を仇で返された。
 圭子を大事な友達と思う気持ちにかわりはない。でも、それはそれこれはこれ。

「あの……セリオ?」

『人間の気持ちなんかわからないくせに、勝手なことしないで!』

「あ、あのう……」

『無神経なおせっかいおせっかいおせっかいおせっかい……』
『みんなあんたのせいよ! あんたのせいよ! せいよせいよせいよせいよ……』

 印象的な台詞にエコーまでつけて再現。

「あうう……あの時のことは、私が悪かったよう……」
「はじめての気持ち……そう、試作型メイドロボHMX−13が初めて知った感情は、
『悲しみ』だったと言います……」

 他人事のようにナレーション。そうかと思うと部屋の隅に陣取って、壁に向かってのの
字を書きつつ――
 ちら。

「私は田沢さんのお手伝いすらできない存在なのですか?
 人間の気持ちなんかわからないただの機械人形なのですか? 綾香さまとよりお近づき
になっていただきたいという私の真心が分かっていただけないのですか? もしそうだと
すれば、私は……私は……」
「あーーーんもう! 分かったよ! 行くよお、いけばいいんでしょ?」
「――ありがとうございます、田沢さん」

 セリオは安堵していた。
 ――何しろ大事な友達のことです。
 田沢さん。綾香さま以外の、初めての友達。
 いつでも一緒にいたいと思います。こうして長瀬主任の計らいによってまたお会い出来
ましたが、この旅行が終われば再び別々の人生を歩むことになります。
 それは、寂しすぎるのではないでしょうか?
 私はこのあと綾香さまの下でメイドとしてお勤めさせていただくことになります。田沢
さんにいつも遊びに来ていただければ、どんなにいいでしょう。
 そうだ。
 綾香さまと田沢さんを親密な関係にすれば、きっと毎日でも来栖川のお屋敷に来ていた
だけます。
 いっそおふたりが結婚されれば、私は一生綾香さまと田沢さんのもとで暮らせます……。

 宙を見上げて、ふ、と思った。

 ――結婚。
 それにともなう繁殖学的な一連の行為。


 ――事によっては
 ――三人で
 ――とか。


「――…………」

 ――これは是非とりくんでみるべき課題です。
 握る手に力がこもる。

「綾香さまは基本的に夜行性生物ですから、夜に襲撃するのはあまりにも危険です。狩ら
れるにちがいありません。
 ですが、そんな綾香さまにも低血圧という弱点があります。明け方をねらいましょう。
早朝寝起きレポートを敢行するのです」
「え?」

 セリオは余剰タスクを用いて衛星から流されるテレビをよく見ていた。
 はじめのうちこそCNNとかだったが、最近はスターどっきりとドリフ大爆笑がお気に
入り。

「で、でもでも、私そんな……。やったことないし」
「こんなこともあろうかと、本日は特別ゲストをご用意しました」
「梓せんぷわ〜〜〜〜〜い! 好きじゃああああああーーーーーーーーっ!!」

 どかーんと出現する人影。ひそかにスタンバっていた模様。
 炸裂する巨乳好きレズビアン、かおり。

「地元で地域密着型のレズをいとなむ日吉かおりさんです」
「あっずさせんぱ……ってこの人だれ?」
「レズ志願の女子高生、田沢圭子さんです」
「ち、違うよセリオ!」

 かおりは上からしたまで舐めまわすようにじっくり圭子を見た。

「ん〜〜〜、スタイルはまあいいけど、なんつーかこうボーイッシュな雰囲気がないわね。
いかにも女の子でございって感じのぽちゃぽちゃした体つきだし……やっぱり梓先輩のよ
うな、陸上じこみのきりりと引き締まった精悍なボディに、それでいて出し惜しみのない
豊満な……ああんもうっ想像しただけで!」

 じゅるるるる。口元を拭うレズビアン。

「うん、あなた私の趣味じゃないわ。興味なーし!」

 よ、よかったあああああああ……。
 心の底から安堵する圭子だった。

「でも、いまからホテル抜け出して梓先輩んち行くの? けっこ遠いよ?」
「――いえ、抜かりはありません」

 セリオはこんなこともあろうかと、しばらく前からサテライトで柏木家を監視していた。
 そして今日、長女千鶴の料理をくさした梓が逆鱗に触れ、鬼パワー全開でしばかれたう
え罰として鶴来屋全館の布団の上げ下ろしを申し渡されたという情報をつかんでいた。

「そんなわけですから、梓さんは今晩この館内に泊まっているはずです」
「ほ、本当?」

 ごごごごごごごご。
 かおり、スーパーサイヤ化。

「よっしゃあああ、じゃまな従兄弟もいないし、今日という今日は梓先輩キメるしか!」

 最近ようやくセリオの気持ちが読めるようになっていた圭子。
 そっと見ると、その怜悧なマスクの下で、見るからにわくわくしていた。

「『トリオ☆ザ・夜這い』結成ですね」
「ううっ、なんかヤなトリオ……」





「いーい、田沢さん。私がやるのをよく見てるのよ」
 明日のためにその一! 疾きこと風の如し!」

 かさかさかさっ。

「うわっ、早い!」
「鬼相手にストーカーをはたらいているわけですから、このくらいは……」

 布団部屋の手前でかおりは足を止め、唇に指を当ててふり返った。

「明日のためにその二! 静かなること林の如し!」

 抜き足、差し足、忍び足……。脱いだスリッパを手に持って、かおりはそっと歩を進め
る。

 ちゃらっちゃら♪ ちゃら♪
 ちゃらっちゃらっちゃらっちゃらっちゃら〜〜〜らららら♪ ちーん。

 廊下に流れるピンクパンサーのテーマ。
 セリオの内蔵スピーカーからだった。

「ちょっとセリオ! うるさいよー」
「あと、最後の『ちーん』は違うと思うなぁ……」
「――残念です」

 すす、と引かれるふすまの音。

「明日のためにその三」

 すぱんっ! 一気に開ききった。

「萌えること火の如し! あ〜〜〜ずさせんぷわ〜〜〜〜い!」

 ぐあっばあああああああ。

「す、すごい! 今見た!? 空中で平泳ぎしたよ!」
「伝説の妙技『ルパン飛び』です。サテライトサービスでも再現できなかった技を、いま
ここで見られるとは……」

「梓先輩梓先輩あ〜〜ず〜〜さ〜〜せ〜〜ん〜ぱぁい〜〜〜」
「ん……んあ? ひ、ひいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」

「うわあ……」
「――見てはいけません、田沢さん」

 セリオに目隠しされたまま、圭子は部屋から引っぱり出された。

「梓先輩っってーかもはやあずさぁぁ! ぼかあもう、ぼかあもう〜〜〜」
「ひいいぃぃ! た……たす……け……」

 静かになった。気味の悪いほどに。

「『コンビ☆ザ・夜這い』になってしまったようですね」
「どっちにしろヤな名前だよう……」
「――あ」
「な、何?」
「『山』はなんだったのでしょう?」
「……知らないほうがいいような気がするよぉ」






 そして、綾香のいる部屋の中。
 サテライトから特殊部隊隊員のデータをダウンロードしたセリオの隠密行動は完璧だっ
た。
 そうっと綾香に近づく、セリオ。
 こそこそ声で、

「おはようございます……」

 反応なし。手でちょいちょいと圭子を呼び招く。

「うう……、ホントにやるの?」

 あいもかわらず気付く様子もなく、正体なく寝こける綾香。
 そんな綾香のパジャマのボタンを妙に手際よく外し、前をはだける。
 来栖川データべースには実におそるべき種類の技術データがそろっていた。
 パジャマの間からのぞく谷間が、ほの白く光る。
 確認するようにこくん、とうなづくセリオ。これで道具立てはそろった。

 セリオはうつむいて、そっと目を閉じ――。


	「テレビの前で、なんとなく見ていた。
	 ルールも詳しくないし、格闘技はよく分からないし。
	 ただ、私の通ってる学校の人が出ている試合だっていうのが分かった。
	 勝っているようだった。
	 そして、目が離せなくなった。
	 試合場の中にいる、ちょっと悪戯猫っぽい雰囲気で、それでも猛獣みたいに激
	しく戦ってて、漆黒の髪をした女の人から。
	 その人の後ろ回し蹴りが相手の選手の脳を揺らしたとき、あたしの中で何かが
	揺れた。
	 あたしは、彼女を知った。
	 あたしは、恋を知った」


 な、なんか、すごく。
 冷や汗、たり。
 すごくいやーな気分になる圭子だった。

「な、なんなんだよぉー……」
「さあ、綾香さまの胸を、ひとつ『ぐぐっ』と、お願いします」
「え? えええ?」
「田沢さん、がんばって下さい」


	”がんばってください”


「思い出のワンシーン風にナレーションかましてもダメー!」
「――ディレイまでかけたのに……」
「だってだって、私、綾香さんの胸なんて……」

 いやんいやんと首をふる圭子。

「胸だと思うからいけないのです。
 田沢さん。今あなたの目の前にある二つのもの、それは綾香さまの胸ではありません」
「え……?」

 ずびしぃ、と真白き丘陵地帯を指し示すセリオ。その表情は真剣だ。
 ただ無表情なだけとも言う。

「春キャベツです、あなたの好きな。そう信じるのです」
「ええ!?」

 衝撃のひとこと。
 圭子の脳裏に、地平線まで続くキャベツ畑と、朝露の雫をかがかせる丸々とした春キャ
ベツの列がよぎる。
 そして見知らぬ農婦が呼びかける。『圭子、野菜をとらにゃーいかんでよ……』
 嗚呼、明るい農村。

「田沢さんは春キャベツたっぷりスープが好物なのでしょう? ならば、そのたっぷりと
した春キャベツをみずからの手で収穫するのです」
「そ、そんなあ……キャベツだなんて」

「――私の言うことが信じられないのですか?」

 セリオはよろめきひざまづき、柱にもたれてしなを作った。

「私は田沢さんの信頼にすら値しない存在なのですか? ナマイキ女ですか? ムカツキ
度400%ですか? もしそうだとすれば、私は……私は……」

 ぐさぐさぐさ。
 圭子の良心めがけてセリオミサイル連発。

「あああーーーー! もう! わかったよう……」
「さあ田沢さん。さっきのかおりさんの勇姿を思い出すのです」

 ぐっと喉が鳴った。もうだいぶ日が高くなったというのに、まだ寝ている綾香。
 もぞもぞ身動きするたびに、開いたパジャマの間から、ふるん、と揺れる双丘。
 目を閉じて、強いて自分に言い聞かせる。
 春キャベツだ……これは春キャベツなんだ。しゅ、収穫しなきゃ……。

「どうしたのですか」

 追い詰められた圭子の背中を押すように、セリオが耳元でささやく。

「――早く収穫しないと、夏キャベツになってしまいますよ……」

 夏キャベツ!? そんな、おひさまの光を浴びて育ちすぎて、葉っぱのかたくなった夏
キャベツ……そ、それはスープにはちょっとつらいよ! ダメだよそんなの!
 プレッシャーが圭子の追い風となる。
 震える腕がわずかずつ伸びて。

「さあ、秋の実りを手にするためにも、今ここですませてしまわなければなりません」
「秋の……実り?」
「秋の味覚といえばあれしかありません。姿焼きや土瓶蒸しがよく似合う菌類」

 圭子はぽん、と手を打った。

「ああ、松た……」
「雅史さんの……」

 女子高というところは下の話題もわりとオープンだった。
 セリオがこの三週間で学んだことのひとつだ。

「い、いやあぁぁぁぁ〜!!」

 ぷしゅーっと蒸気を吹きださんばかりに真っ赤になる圭子。どーんとひっくり返って顔
を手で覆ってじたばた暴れる。
 その足がぺちぺちとセリオの顔面を叩いた。

「えっちな子だと思われたらどうするんだよぉ……」
「そのときは、一緒に手込めにしましょう」
「え……」

 ぺちぺちぺちと蹴られつつも、セリオは圭子の肩にぽんぽんと手をおく。
 もう片手は握りこぶし。人さし指と中指の間から親指を突き出して。

「引き込んでしまえば、同じ穴のムジナです」
「……そっか、そうだよね」
「――はい」
「そうだよ! そうなんだよ! やったもんがち、とったもんがちだよー!!」
「――はい。スパーク一発やり逃げ、です」

 あな恐ろしや女子高生。

「じゃ、じゃあ……」

 おそるおそる手を伸ばす。広げた手のひら、ほんの少しだけ指を内側に曲げて。
 その慎重さはアームストロング船長をも上まわっていた。
 あと5センチ。あと3センチ。あと1センチ――

 ふに。

 着陸船、目標ポイントに無事着地。

「あ……」

 ふにふに。
 すべすべしていてあたたかい、はじめての感触。
 人類にとっては小さな一歩だが、圭子にとっては偉大なる一歩、かも知れなかった。

「ああ……やーらかいなあ……」

 雅史さんもこーゆーのが好きなのかな……。わ、私だってそこそこ大きいし、その……
それは綾香さんほどじゃないけど……。

「――もっと体ごと一つになって。思い切って顔からいってみましょう」
「ええ?」
「雅史さんのためです」
「う、うん……」

 これって……なんで雅史さんのためなんだっけ……?
 目的喪失しかけながらも、谷間にそっと顔をうずめてみる。
 いい匂い。
 まるで赤ちゃんに戻ったみたい。包み込まれているような、安心感。

「なんか……なんだか、へんな気分だよ……。どうして、なのかな」
「だんだん分かってきたようですね、かおりさんの気持ちが」

 セリオしたり顔。
 そして、頼まれもしないのにすりすりとほおずりする圭子。
 しかも挟まれやすいように、ちゃんと両手でぐっと寄せての上で。
 誰に聞いた、そんなテク。

「ああ……綾香さんって、あったかいんだなあ……」

 くすぐったそうにもぞもぞ身を動かす綾香。

「んっ……ちょっと浩之……いたずらしないでよ……」

 何イィィィ!?

 一気に我に返って身を起こす圭子。
 あわあわ、とセリオをふり返ると、じっと目をつむって一考していて……。

 ぽむ。

「おめでとうございます。これである意味雅史さんと兄弟です」
「え、なんで?」
「つまり、田沢さんと綾香さま。綾香さまと浩之さん。そして――」

 間を持たせるように一拍置く。

「浩之さんと、雅史さん」
「え? え? ええええぇぇぇ〜〜〜〜〜〜!?」

 圭子大パニック。頭を抱えてぶんぶん振りまくり。

「なになにそれどういうことなの〜〜〜!?」
「先程の梓さんとかおりさんの関係を思い浮かべていただければ」
「そんなああ! 嘘! 嘘よおぉぉぉぉ!!」

 むっくりと綾香が起きあがる。寝起き特有のかなり凶悪な目つきだった。
 ぽん、と圭子の肩を押さえ、

「浩之、うるさい」

 ごすっ!!

「あうっ」

 見えない一撃があごの先端にヒット。
 圭子の中で、何かが揺れた。
 て言うか、脳が揺れた。
 そのままぱたーんとひっくり返る圭子。ぴくりとも動かない。
 相手が浩之だと思い込んでいるためか、綾香は容赦なかった。

「おはようございます、綾香さま」ぺこり。
「んー、おはよセリオ。そしておやすみ……」

 ぱたり、と再び眠りにつく綾香。そしてセリオは途方にくれる。
 一方にはおねむの綾香。もう一方にはひっくり返って昏倒した圭子。

「――複雑です」

 人間の皆さんの関係って、複雑すぎます……。
 それにしても、と圭子をかえりみる。このまま放置プレイというのもどんなものか。
 そうだ、と手を打つ。
 懐をごそごそ探り何やら取り出すと、倒れた圭子に覆いかぶさって。

「――完成」

 そっと離れたセリオの顔は、どことなく満足げだった。





「おはよー!」
「おはよう……」
「うう……ひどい目にあったよぉ」

 圭子はぼんやりと身を起こした。
 最悪のめざめだった。アゴいたいし。
 ようやく目を覚ました綾香は、のんきに『んっ……』なんて伸びをしている。

「来栖川先輩、もーう、痛かったです……」
「ああ、なに圭子……じゃ、ないや」
「え? なに言ってるんですかー」
「あれ、なんでこんなとこに旅館のメイドロボがいるの? セリオならともかく」
「ヘンねえ……」
「設定おかしいんじゃない?」
「お布団あげるならまだ早いよー」
「ふえええ!? セリオぉ。なんだかみんなヘンなんだよ」
「――田沢さん、これでご覧ください」

 セリオは手鏡をさしだした。

「え? 見るって、何を?」
「――わからないのですか。ついているでしょう? ……耳カバーが」
「え!? ええ? あーーーーーー!! はわわわわわあああっ」


	あーなーたと会ぁったーあのー日からぁー♪







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