The かぼすワイン  投稿者:takataka


	 L♪(エル♪)
	 LはLargeのL♪ (えるっえるえるえるえる……)
	 L♪(エル♪)
	 LはLemmyのL♪ (えるっえるえるえるえる……)


「じゃアリマセーーーーーーーーーーーン!!」

 レミィは激怒していた。

「アタシ……アタシ、おっきくなんか、ないモン!!」

 帰国子女宮内レミィ。彼女にはひとつの秘密があった。
 でかい。
 そりゃもうマジで、でかい。
 174cm。
 とうてい女子の身長とは思えなかった。

「アタシのせいじゃないです……だいたい、ステイツではこのくらい当たり前デース」

 だが日本では、これはまさに死活問題だった。
 何しろニッポンの学校といえばイジメである! もしレミィがでかい女だと分かったり
したら最後、次の日からノートには、

	「デカ女」
	「身長オタク」
	「ムカツキ度174cm」
	「三日でみるみる背伸ばしたろか(笑)」
	「ステイツへ帰れ!」
	「釜山港へ帰れ!」

 とかノートに書かれるに決まってマース!

「174cm! こんなの……こんなの女の子の身長じゃないワヨ! Mam、どうして
わたしをこんな大きな子に生んだノ……」

 見上げる青空に、Mamのやさしい笑顔が浮かび――。


「あらあらまあまあ、『でっかいことはいいことだ』って山本直純も言ってたわよ……」


「そ、そんなの関係アリマセーン!」

 アリマセーンアリマセーンアリマセーン……。
 響くこだまにふり返る生徒たち。だがレミィの視界にはすでにそんなザコキャラは映っ
ていなかった。
 彼女の目に写るのは――そう、幼いころの思い出の中に住む初恋の人、藤田浩之。

「ああ……このことが浩之に知られたら、私生きていけマセン……」

 その瞬間を想像してみただけで。


	「おう、レミィでかいよなー。よし、明日からお前のあだ名は
	『ジャンボマックス』だぜ!」
	「じゃあ、私は『ジャンボ尾崎』って呼ぶよ」
	「それなら僕は『ジャンボ鶴田』かな」


 アカリにマサシまで! どうあってもジャンボ系のあだ名つけマスか?
 ひどいよ……三人とも……。

「だいたいアタシが大きいのと違います! ニッポンの女の子がちっちゃすぎるデース
!」

 涙を振り絞って、レミィはしっかと立ち上がる。
 わりとラージサイズの足で大地を踏みしめて。
 でも。
 もし、ホントにこのことが浩之たちにバレたら……考えるだけでも恐ろしいデス!
 そう、たとえば……。




「おい、そこのでかい外人」

 レミィはきょとんとしていた。

「……ヒロユキ? それ、アタシのこと?」
「おう」
「チョットいやな呼ばれ方です……」

 苦笑するレミィはちょっと悲しげに見える。
 だが浩之は何かを押し切るようにぐいっとにらみつけた。ここで情けをかけたら、その
ときがほんとうの負けだ。

「大事な話がある」

 教卓の浩之。
 そのかたわらに、回転椅子にぐるぐる巻きに縛りつけられたレミィ。
 しかたないのでくるくる回ってみたり。

「ふにゅ〜〜」

 胸の上からぐるぐる巻きに縛られている。
 痛いデス……。

「さて、これを見て欲しい」

 机の上。
 細く絞られたピンスポットに、茶色の革靴が照らしだされる。
 学校指定の女子用靴だ。宮内レミィ。そう、彼女の靴である。

「いや……見ないで、見ないでヒロユキ、お願い……」

 懇願するレミィを尻目に、浩之はぱたん、と靴を裏返した。

「うおっ……ホントかよ、す、すげええ……レミィ、お前こんなにすげえことになってる
じゃないか……」
「ああっ……恥ずかしいヨォ、ヒロユキ」

 いやんいやんと首を振るレミィ。

「2×.0EEEってお前! これ本当に……女子の指定靴か?」

 おおおおおお。
 ひくいうなりが教室をゆるがせる。
 でかい。
 女子のサイズとは思えない。
 しかしながら女子用革靴のデザインをまとって机の上に鎮座しているそれは、圧倒的な
違和感を漂わせていた。
 学校指定の革靴に、こんなでかいサイズがあったのか!? 驚愕の事実であった。
 とどろく喚声の中、浩之はゆらりと立ち上がって――。

「ふふふ。くっくっく……ふあはははは! いっつ、しょーたーいむ!」

 音楽室をふたつに仕切るアコーディオンカーテンがばっと開かれる。
 窓には暗幕が引かれてまっ暗だった。
 黒板にはロール式のOHPスクリーンが引き出されている。

「――まずは、これを見てほしい」

 すっと落とされる教室の照明。



	 教育映画『人に歴史あり(宮内レミィ編)』



 からからと16ミリ映写機の回る音だけがちいさく響く。

『……レミィの歴史は先カンブリア紀からはじまっているといわれます』

 ――な、ナニ!?

 シダ植物の巨木が茂る森にオーバーラップして映し出される骨格模型。
 まだなんの生物かはよく分からない。
 レミィはひたすら困惑していた。

 ――これ、なんなのでしょうカー?

『ジュラ紀のレミィ。このころから陸上に上がりはじめる』

 画面に二本足で直立した大型爬虫類が写る。発達した牙が特徴的。
 どこがアタシですか? と思ったら、よく見ると頭だけパツキンポニーテールだった。

「あの、ヒロユキ、コレなに?」

 返事はない。

『白亜紀のレミィ。この頃から集団で狩りをする習慣が身についたと思われる』

 T−レックスを思わせる、大型化した爬虫類。比較のためにセブンスターの箱がかたわ
らにある。
 でも、やっぱりパツキンポニーテール。キバもあり。

「そして、先ごろドイツ南部の泥炭地で発見されたレミィの化石」

 おおおおお。
 会場は大いにわいた。
 足でけええええええええ!

 そう。
 地球上に初めて生まれた宮内レミィ原種。その足ときたらあんた、そりゃもう!

「うわあ……」
「す、すごいですー。人間の方の足とは思えませ〜ん」
「……これ洒落ならんで」

「イヤ! 見ちゃダメです! やめて、やめて……」
「目をそらすなレミィ! これが現実ってやつのきびしさだ!」

 ぶんぶんと首を振って拒むレミィに浩之は冷たく言い放つ。

「さて、ひるがえって現代の宮内レミィを考察してみよう。これらはシンディ宮内女史か
ら提供いただいたレミィの写真だ」

 映写機を止めて、浩之がOHPシートをさっと入れ替える。

「これが子供のころ。隣にいる気品ただよう目元涼しいお子さまは幼少時のオレだ。オレ
がレミィんちに遊びに行ったときの写真だな」

 うなだれていたレミィの顔がぱっと輝く。ヒロユキ、アタシのこと覚えててくれたの
ネ?

「エヘヘ、チョット恥ずかしいです……。ワタシね、このころからヒロユキのことが好」
「これは小学生のころ」

 レミイがくーんとうなだれる。聞いちゃいねえし、奴。

「アメリカ時代だ。ここで注目すべきは――」

 指示棒で問題の箇所をぴしぴし叩く。それは親の仇のごとくはげしくぴしぴしと。

「これ! ここ注目! ほらそこぽーっとしてるヤツ、義務教育じゃねえんだからおいて
くぞ!」

 テンションあげまくりな浩之。なんとなれば、彼がさしているのは――。

「なんなんだこれは! ここから! こう来て! こう!
 小学生の胸じゃねえだろうこれは、ええ? やはりアメリカ式の動物性タンパク中心の
食生活がこういう体形を生みだしたものと考えられるな!」
「……とほー」

 あかりの真似をしつつ落ち込むレミィ。
 だが運命の荒波は彼女をさらにどん底へと突き落とすべくスタンバッていた。
 続いてあらわれる中学校時代の映像。ここから髪型をポニーテールにしだしている。

「見てのとおり現在のレミィの原形はほぼ出来上がっている。トレンチコートマフィアと
して大活躍したのもこの時期だ」
「アタシそんなことしてないモン! ヒドイよ、ヒロユキ」
「あー聞こえない聞こえない、今日耳日曜!
 さて、生物学的に見た場合、レミィはいかなる進化を遂げてきたか? このように進化
論的に見て行くと、脳の容積が縮小しているようだが、そのぶん胸部と身長にかなりの発
達が見られる。
 そして、足の部分は巨大化したタッパと発達した胸を支えるため、次第に大きく進化し
ていったものと思われる。
 つまり、長いのではなく相対的に上半身対下半身の割合で、下半身が大きいのだ。
 長いだけではなく、太い。
 悲しいことだがそれが現実というものなのだ! ああ現実だとも!」
「ううっ……あんまりデス……ぐす」

 レミィはすでに半べそ通り越して3/4べそだった。

「形状的にはいわゆる大根足ということになるが、メリハリがあって全体が美しいライン
にまとまっているためそれほど目立たないのである。
 得だよな、外人。なあ! そう思うだろ雅史!」
「どうして僕に振るの?」
「いいじゃねーか! ホモの汚名を返上するチャンスだと思え!」
「無理言っちゃダメだよ浩之ちゃん。雅史ちゃんって、女の子に興味ないんだから」
「涼しい顔してとんでもねえことぬかすなあかり!」

 ぺち。「あっ」チョークがとんだ。

 浩之はなおも指示棒を振り回し、

「だがお立ち会い! ここで太さが重要なポイントとなる局面が考慮されねばなるまい!
 そう、ひざまくら。
 何故にレミィシナリオにはひざまくらがないのか? 大いに納得の行かないポイントと
いえよう。
 まあ、ここいらへんはレミィのふとももを想像していただければ分かるだろう。あのふ
とももにひざまくらされる心地を想像していただきたい!」

「…………」
(想像している)

「………………」
(まだ想像している)

「……………………ぅわ、ヤバイだろそれ……」
(そろそろ妄想というおもむきになってきた)

「……ほら! 分かるだろ?」

 鼻つまんで首筋をとんとんと叩きつつ、浩之。

「ヒロユキ……」

 うるるるるるるるる……。
 レミィ全べそ。

「アタシの足、そんなに太いデスか……?」
「あと、レミィを構成するうえで忘れられがちだが重要な点がある」

 大写しにされたレミィの笑顔。口元にフォーカスが絞られ、拡大される。
 かわいらしい八重歯が大写し。

「キバだ。見ろ、このするどさ! 狩猟民族特有の、肉食ってでかくなった奴らならでは
の獰猛さ!
 だからして宮内一族は日本征服のため来日したに違いない! とオレは言い切るね!
 『キバ民族渡来説』として広めていこうと思うんだが、どうか!」

 ぱちぱちぱち。万雷の拍手。

「そ、そんな……アタシ違います!」
「しかし驕れるものは久しからず、日本征服のためキバを発達させつづけたレミィは、つ
いには発達しすぎたキバのために獲物がとれなくなって滅びたものと考えられる。
 サーベルタイガーといっしょだ」

 ふと気づいた。

「……っておい! 大変だ! レミィ絶滅してるぞ!」
「ぜ、絶滅ですカーーーーーーーーーーー!?」





「はっ!」

 がばっと身を起こした。ゆ、夢デシタか……。

「どうしたの、ヘレン。なんだかすごい寝汗よ」
「シンディ、何でもないノ。Don’t worry……」
「何でもないことないでしょ? ヘレン、私たち姉妹よね。姉妹のあいだに隠しごとがあ
るのってよくないと思うの。よかったら相談に乗るわよ?」
「アリガト、シンディ……でも、いいです」
「私は聞きたいって言ってるのよ? ヘレン」
「でもでも……」
「……寝てる間に機械の身体になっても知らないわよ……」
「No! い、言いマス」

 で、上半身は剥製にして壁掛けナノ。シンディだったらやりかねマセン……。
 いたしかたなく夢の内容をぽつりぽつりと話すレミィ。シンディの顔が次第に曇る。

「アタシいやナノ! アカリに、マサシに、クラスのみんなに、アタシがラージなコだっ
てバレてしまうのが……怖いの」
「ヘレン……そんなに気にしてたの。いや、今までなんで気にしてなかったのかなとは思
ってたけど」
「それに、ヒロユキ。ヒロユキにこのことがバレたら、アタシ生きて行けません……!」

 いやいやをするように激しく頭を振るレミィ。

「ヘレン、落ち着いて!」
「イヤ! イヤなの! アタシもう生きて行けないデース……」
「いいから、私の話を聞いて」

 落ち着かせるように両肩に手をおく。
 シンディは遠い記憶を反芻するように目を閉じた。

「父さんと友達のジャックがハンティングに行ったときのことよ。
 はじめは一緒に行動してたんだけどどうも獲物が見つからなくて、二手に分かれたの。
 父さんはジュリーを連れて森の奥へ分け入ったわ。
 すると急にジュリーが吼えだして……目の前の大きな岩だとばっかり思っていたものが、
ぐるりとこちらを振り向いたの。

 それはグリズリー。
 しかも、いままでに見たことのないような大物だったのよ。

 父さんはそれはもう大あわてで逃げだしてわ。走りに走って、そしてやっとジャックに
会えたの。

「どうしたいジョージ、そんなにあわてて」

 必死に逃げてきた父さんは、とっさにグリズリーって名前が出てこなくてね。

「出たんだよ! 毛むくじゃらで、ものすごい巨体の獰猛そうな奴だ!」

 そこでジャックが言ったのよ。



	「なんてこった、そりゃうちのワイフに違いない」



 ……。
 ……。
 ……。

「シンディ!」
「ヘレン!」

 ひしと抱き合うパツキン姉妹。わかりあえるってすばらしい。

「心配しないでヘレン……私に考えがあるわ」
「考え、デスカ?」
「そう。明日の朝、楽しみにしていらっしゃい」





「浩之ちゃん、今日もいい天気だね」
「おう。雅史、次の試合いつだって?」
「今度の日曜。千絵美姉さんも来るって」
「マジかよ」

 いつもの学校への坂道。

「ハイ! ヒロユキ」

 元気のいい声にふり返る。
 そこには――。

「Good morning、ヒロユキ! アカリ! マサシ!」

「うわあ……」
「わああ……」
「……………」

 上から下までまじまじと見回す、浩之とあかりと雅史。
 すらりとした長身が特長の宮内レミィ。
 その足元に映える、厚さ30センチのラバーソール。

 2メートル4! 記録2メートル4。宮内選手、大会新です。


	「いい、ヘレン。たしかに一見背が高く見えるかもしれない。でもみんなこの足
	下を見てこう思うのよ。
	『ああ、一見背が高く見えるけどそれはこの靴のせいなんだな』
	 ってね」
	「Oh! ナルほど」
	「逆転の発想よ、ヘレン!」


「レミィ……それ……」
「エヘヘ、新しい靴買いマシタ! 似合う、ヒロユキ?」

 えっと……。
 浩之は言葉に詰まった。
 目の前には雲つくような大女が自分のことを見下ろしている。
 ずいっ。
 かがみ込むレミィ。いつもなら上目づかいで見上げられる態勢だが、今日は見下ろされ
ている。たとえて言うなら故・馬場社長を前にした小学生、そんな気分だ。

「どうカナ?」
「あ……ああ、に、似合ってると思うぜ……」

 迫る馬場社長に後ずさりながら答える浩之。

「宮内、なんだその靴は!」
 校門のとこにいた木林先生が目をつける。
「そんなどっから見ても校則違反な……おおう!?」
「なんですカ、先生?」

 ずずいっ。
 目の前に立ちはだかるレミィは、頭一つ分でかい。

「いや、だから、校則違反だって……」
「Oh!」

 そ、そういえばそうデース! あわてるレミィ。
 ど、どどどどうしよう? たしかニッポンではこんなときにいうことがあったハズ!

「こら、お前なんだその髪は。パーマは禁止だろ」

 ふと横を見ると、おんなじように一人の女の子が別の先生に足留めされていた。
 あれはたしか松本サン!

「えー、だってわたし天然パーマだしぃー。岡田さんも吉井さんもそうだしー」
「ウソつくな」

 そ、それです!

「先生!」

 ぐい、と気合いを込めて詰め寄る。思わず後ずさる木林先生、かなり腰が引けている。

「アタシ……」
「な、なんだ? ぼぼぼ暴力はいかんぞ宮内!」

「アタシ、天然ですカラ!」

 …………。

「そっか。そうだな」
 こくこく。
「宮内は天然だもんな」
「ハイ!」
「前っからそうだったしな」
「ハイ!」
「行ってよし」
「Thank you!」

 木林先生の顔には、『だってこれ以上関りになりたくねえし』と描かれていた。

「フフフ……ミンナ気づいてナイね……」

 鼻歌混じりのレミィ。
 今日もどうやら隠しおおせたようデス。ミッションコンプリーツ!

「じゃ、さき行ってるネ、ヒロユキ!」

 ヒロユキも気づいてナイです! よかった。
 そして、昇降口に駆けて行く2メートル級アメリカンを見送る三人。

「レミィ、元気だよね」
「ああ」
「それに、おっきいよね」
「ああ」
「僕なんか立場ないよね」
「雅史ちゃんいちおう男の子だもんね。女の子より背が低いっていうのは、ちょっと…
…」
「さり気なくキツいこと言うね、あかりちゃん」

 でかい女宮内レミィ。周知の事実だった。
 ただ、誰もそんなわかり切ったこと口に出して言わないだけだった。

 宮内レミィ。
 彼女だけが、彼女自身に関して秘密を持っている――。




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