勘違いでGo!  投稿者:takataka


「勘違いって言えばさー」

 いつもの帰り道。いつものようにオレはあかりと雅史と坂道を下っていく。
 志保のヤツは居残り。
 こないだのテストの成績が芳しくなかったらしい。実に志保らしいが。

「『おっとり刀』って言葉あるだろ? よく時代物小説なんかで『おっとり刀で駆けつけ
る』とかいう言い回し、見かけるよな」
「うん、あるよね」
「えーっと、私はよく分からないなあ」

 いかんなあかり。時代物くらい読んどけ、日本人として。
 とりあえずヤツには山岡荘八『徳川家康』を強制貸与してやろう。
 文庫で全四十巻だ、死ぬ気で読めよ。

「笑っちまう話でさー、オレてっきりものすごくおとなしそうな、線の細い、気の弱そ〜
うな人が刀持って『御、御用だ〜』『覚悟しろ〜、いや、してください〜』ってな感じで
駆けつけてくるのかとばっかり思ってたんだわ」

 へろへろ〜と弱腰で刀ふりまわすジェスチャーをつけてみせる。
 いつもならここで雅史があきれたように笑って、オレが突っかかって、あかりがとりな
すという華麗な連係プレーをお目にかけるところだが、今日は一味違うのだ。
 なんとなれば。


「なーーーんやそれ! おっとりした人ってそのまんまやないかい!」


 ぼすんっ。
 言うが早いか裏拳ツッコミ。
 げふっ! 効、効いたぜ……。
 一拍おくれて彼女のおさげの先端がぱさっと胸にあたる。
 ちょっとラブリー。

「いいんちょ〜、いまのツッコミ強すぎるだろうよ」
「しょーもないことぬかすからやないかい。そんなん文脈で分かるやろ」

 腰を手に当てて、あきれたようにため息なんかついて見せる我らが委員長保科智子。
 言葉はきついが、笑顔はステキだ。
 こんなふうに素直に笑えるようになったのも、きっとあかりや雅史とこんなふうに気楽
に話せるようになったからかもしれね〜な。
 あのいじめグループの三人組とも、少しは話なんかするようになったらしい。
 さすがに仲良しってわけにはいかないようだが。

「ふふっ、なんだか二人とも息があってるね」

 口元に手を当てて、あかりはくすくす笑う。
 コイツもいいんちょのことを心配してたっけ。

「なんだか漫才コンビって感じだね」

 雅史、一言多い。

「でも、こういう勘違いってけっこうあるだろ?」
「私は……あんまりないなあ」

 あかりめ。お前あんまりものごとに疑問とか持ったことないだろ。

「僕は、ハムってハムスターの輪切りだと思ってたことがあるよ」

 さらっと言ってのける。
 ハムスター愛好家、雅史の口から出たとも思えない問題発言。
 もしや食うために飼ってるのか? 雅史あなどりがたし。

「ところでいいんちょ、どうだ? ここは一つ本場の盛大なボケを披露しては」
「何ゆーてんねん。私ボケのタイプちゃうわ」

 むう、そうか。
 やはり関西人は生まれつきボケかツッコミかのどちらかに選別され、それぞれ別々に英
才教育を授けられるというのは本当だったんだな。

「浩之、それはむずかしいと思うよ。だって保科さんだよ」

 困ったような顔で言う雅史。
 まあ、そりゃそうか。あのいいんちょだもんな。
 多分子供のころから頭よくって、本に書いてある言葉を勘違いしておぼえるなんてこと
ないに違いない。

 想像してみる。

 いいんちょ5才当時。幼稚園のスモックに、でっかい鞄をたすきがけにしてよたよた歩
く。この年ごろの子供特有のぷにぷにほっぺ――。
 ああ、だが!
 だがしかし、あのマジメ一点張りのお下げ髪ときりっとした眼鏡だけは外せねえ!
 あのお下げと眼鏡のまんまで、5才!
 こ、これは笑えるぜちびいいんちょ!

「ふじたくん」

 気付くと、オレの両のこめかみに鈍い痛み。
 ぐりぐりと拳をねじ込む委員長の姿がそこにあった。
 おい、中指だけ突き出してぐりぐりはマジで痛てーって!

「いまなんかあやしいこと考えとった。いーや絶対考えとった」
「とんでもないです委員長閣下」
「なんやとコラ」

 ああ! 『閣下』はお気に召さなかったか!?

「でもなんかさぁ、そういう知識とかのことじゃなくてもあるだろ? 習慣とかなんかで、
ちょっとした勘違いとかさ」

 委員長はちょっとあごに指を当て、うーんとよそを向いて。

「――ま、なくはないな」
「おおう、聞かせてくれ聞かせてくれ!」

 いいんちょはちょっと顔を赤らめ、もじもじと鞄の取っ手をいじってうつむく。
 いつも気の強いところを見せているだけに、その姿はいかにもしおらしく。
 ……くうう! そそりやがってこのいろけ魔神め!
 だが、その次の台詞はあまりにも場にそぐわないものだった。

「私な、車にクラクションってものが付いてるの、知らんかってん」
「は?」

 なんか、意外だ。なぜにここでクラクションなんだ?

「あれは私が小学校入るか入らん位のころやったなあ――」





 なんかの用事で父さんの車に乗っけてもらってたんや。
 私は助手席で、お気に入りのオーバーオール着とったかなあ、たしか。

「お父さんお父さん、こんなとこに車止めてええの? もう一台止まってるのに、その横
にまた止めんのんって危ないんとちゃう?」
「そんなことあらへんがな。
 ええか智子。道路っちゅーのは道のわきに二列まではとめてええことになってんねや」
「でも父さん、あの丸に線ひいとんのって駐車禁止の……」
「わははは、智子もうそんなん覚えたんか! えらいなあ智子!」

 ぐわしぐわしと頭をなでられた。気のせいか妙に力がこもっているような気がしたなあ。

「よっしゃ、この勢いで山陽本線の駅名全部覚えてちびっ子日本一に出場や!」
「そ、それはちょっとイヤやなあ……」

 んで、その時ちょうど道渡っとったおっさんがおんねん。
 それがまたとろとろ歩きよってなあ、横断歩道でもないのに平気で渡るし、車が来たか
らゆーて急ぐでもないし、そんなやから父さんキレてもうてな。
 サイドウィンドーのハンドルぐるぐるぐるー回して開けて、顔がっばー出して、

「なんやー!」

 そしたらおっさんもガッとこっち向いて、ハンニャの面みたいな顔で、

「なんやー!」
「なんやーーーーーー!!」
「なんやーーーーーーーー!!」
「なんっやぁーーーーーー!!!!」
「なんやなんやーーーーーーー!!」

 激しい「なんや」の応酬が繰り広げられるなか、形勢不利とみた父さんはすかさずサン
ルーフがっつーん開けて!

「智子智子、お前もいったれ!」
「ええ? い、いややーそんなん。恥ずかしいわ」
「恥ずかしいことあるかい。それともあれか、智子父さんが負けてもええのんか?
 ええか智子、父さんの言うことよく覚えとき。
 人間負けたときが本当の負けや。せやから……負けるわけにはいかんのや」
「負けるが勝ち、とも言うようやけど」
「なんやとこのこまっしゃくれたメスガキ……ああ、いやいかんいかん智子先生」

 ぷーっとふくれる私に父さんはふっとやさしい目をして、肩に手をおいて。

「なあ智子、こないだ父さんと大阪出たとき、なんば花月連れてったったなあ。
 あの時のめだかちゃんを思い出してみいや。めだかちゃん大人やのに、男やのに、あん
なに背え低い。
 でもめだかちゃんは負けてへん。ああ負けてへんとも。他の芸人さんよりも一歩前へ出
とる。アクションで笑いとっとる。スラップスティックの基本や、そう思わんか?」
「う、うん……」
「智子には、そんなめだかちゃんみたいに、父さんなってほしいなあ……」
「いややー、あんなん」

 即答。

「なんやわれコラめだかちゃん馬鹿にしたら実の娘かて承知せえへんぞ」
「あかん! 父さんマジや! こわ!」
「なんでもいいからいったれやー。憎いあんちきしょうにガツーンときっついのをお見舞
いしたれ。な、頼むわ智子先生」
「いややー」
「『好き! すき! 魔女先生』のソノシート買うたるから」
「あー……」

 ちょっと揺れ動く乙女ゴコロ。

「ん……もう一声!」
「よっしゃ、父さんかて男や! 『5年3組魔法組』もつけたろ!」
「もう……しゃーないなあ」

 靴脱いでシートの上に立って、サンルーフに手をかけて。
 隣では父さんがカーステレオのスイッチオンや。
 たちまち流れるウルトラ警備隊のテーマ。
 これ聞いてもうたらもうあかん。わざとゆーっくり、ウルトラホーク一号の出動シーン
風に頭出して、その顔めっちゃ自信ありげ。

 おっさんこっちに気づいたらしくて、

「な、なんやー?」

 微妙に疑問形にもなるわ。なんやちっちゃい女の子が自信まんまんに腕組みしつつ演歌
歌手風にサンルーフから頭出して、開口一番、



「なんやーーーーーーーー!!!!!」



 おっさん茫然自失。

「よっしゃ、つかみはオッケー! ええわー智子先生、父さん惚れなおしたわ」

 おっさんも態勢立て直して、


「なんやーーー!」


 私もむっときて、受けて立つとばかりに、


「なんやーーーーーーーーーー!! なんやなんやーーーー!!!」(変化球)


 おっさんちょっと引いて、


「な、なんやーーーーー……」(自信なさげに)


 それをみた私はいまがチャンスとばかりにラッシュをかけて。


「なーーー! んーーー! やーーーーーーーーーー!!」(ミラクルボイス気取りで)


 おっさんダメージ6D+追加ボーナス(ダイスを振ること)。効いとる!


「なんやーーーー……」(自分は一体何をしているんだろう、という気持ちで)


 そのとき私の脳裏によぎったのは、母さんの笑顔やった。


	『智ちゃん? 今日の晩ご飯はおノリとはんぺんやで……』


 はっ……母さん!?
 おっけええ!
 よっしゃここまで来たらもう勝ったも同然や、という勝利の凱歌含めて、



「な! ん! やーーーーーーーーーーーーー!!」(刻みこむビートで)



 一歩後ずさるおっさん。
 このとき、勝負は決まったんや。


「っけ、なんや……」(今日のところはこのくらいにしといたるわー、という気持ちで)


 敗者の汚名をこうむり、すごすごと歩道へ去るおっさん。

「あ痛」

 ショックのあまり縁石に蹴つまづいたりして。

「やったで智子先生! 明日は6号ツーランや!」
「父さん……これが、勝利の味っちゅうもんなんやな……」
「おお! これからもがんがん頼むで、智子先生!」

 それからというもの、人間クラクションの日々は続いた。
 まさに父娘鷹。現代に生きる子連れ狼や。
 阪神高速でやったときはさすがに死むかと思ったけどな!





「――そんなこんなで、私が車にクラクションっちゅーモンがついてるのを知ったんは、
友達のお父さんの車に乗せてもろた中学のときやった……。
 ま、昔の話や」

 自分を抱きしめるように片手で肘をつかんで、横目でうつむく智子。
 それは凄絶な死闘の記録であった。
 道を譲らぬ歩行者と、気合い一発ガチンコ勝負。
 交通強者なのに。

 関西。
 フォッサマグナを越えると、そこはもう別世界なのだ――。
 浩之たちの心に、重く深い衝撃が刻印された。

「でも、いまはそんなことしねーだろ?」
「当たり前や! そんなんはずかしーてできるかいな!」

 と。

 ぱぱぱぱーーーーーん!!

 えらく重々しいホーンの音が響く。おや、バス通りでもないのに……。
 ふり返ればそこには、見覚えのあるでっかいリムジン。
 見覚えも何も、このへんでリムジンっつったら一人しかいねーじゃねーか。


「かああああああ! 小僧ども、道をあけぬか!」


 やっぱり。

「セバスじゃしょうがねーや、おい、端によろうっ……って、いいんちょ?

「くっ……」

 ちょい、と眼鏡のずれを直す。
 その目の表情を隠すレンズは異様にぎらぎらと輝いていた。

 ああ、と思った。
 やはりあの闘いの日々が忘れられないのか。

「こっちにもちょっとは骨のあるヤツがいてるやないか……
 おもろい。おもろいでえ……」

 低く呟くと、すうっと深く息を吸い込み――。


「なんやあああああああああ!!」


 空気を切りさき、雷鳴のごとくにとどろく裂帛の気合い。
 まさに魂魄の一撃であった。


「か、かあああ……!?」


 おお!?
 あのセバスが……一瞬とはいえ、怯んだ?





 死闘だった。
 風は雲を呼び、雲は嵐を告げる。
 ほがらかな秋の日に、その道にだけは暗雲が立ちこめ雷鳴がとどろく。
 龍虎相打つ。
 その激しいつばぜり合いを、ただ見守るしかないオレ達関東人。


「か、かああああああ!!」
「なぁんやあああーーーーーー!」
「かあああああ……ああ……」


 セバスの声には心なしか力がないように思える。
 やっぱりケンカは先制パンチと気迫が勝負なのか。
 委員長はいどみかかるように、ぐいっと車に向けて一歩踏み出し。

「なんやなんやなんやなんや、なんやあああああーーーーーー!!」

 大サービス。
 そして、だめ押し。


「なんじゃぁぁあーーーーーーーーーーいぃ!!」


 武器言語、大炸裂。

「お、おのれ小娘! 覚えておれえーーー!!」

 Uターンして、しっぽを巻いて走り去るリムジン。
 両雄並び立たず、と先人は言った。
 そしていまここに立っているのは、我らが委員長保科智子。
 完勝だった。

「やったぜ委員長! あンた、いま最高に輝いてるよ!」
「まあ、久しぶりにしてはまずまずの出来やったな」
「ありがとう、ありがとう委員長! いやさ、智子!」
「な、なんやの急に……そんな、智子だなんて、いややわー……」

 頬を染め、困ったように視線を泳がせる智子の手を取って、オレは熱っぽく語りこんだ。

「これで芹香先輩に心おきなくなでなでしてもらえるぜ!!」

 む。

「それが目的かーーーーーーーーい!!」

 しぺーーーーーーーん。
 強烈なハリセンの一撃に、心地よく昇天するオレだった。





 走り去るリムジンの後部座席に、姿かたちは似かよえどもその雰囲気はまったく異なる
二人の少女がたたずむ。

 その片方の瞳孔が、すっ……と絞られる。
 幾多の勝負を乗り越えてきた来栖川綾香のするどいまなざしは、次の強敵(とも)をの
がさずとらえていた。

「やるわねあの子。
 保科智子……その名前、覚えておくわ」
「………………」
「ふふっ、分かってるわよ姉さん。勝負の方法は向こうに決めさせるわ」

 大声対決か。
 いままでにない勝負になりそうね。
 来栖川綾香は、やがて来る激しい戦いを思い、挑戦的な笑みをもらした。