次郎衛門日記2 〜今度は戦争也!〜 投稿者:takataka
 かのろりこん騒動も落着して、拙者はめでたく殿より柏木の姓と、雨月山にほど近い隆
山の里に若干の所領を拝領いたし候。
 これでりねつとと末長く幸福に暮らしてゆけようと希望をもちしが、好事魔多しとは世
の習いと申すものにて、拙者の洋々たる前途に一抹の暗雲のたなびきし事あり。

 なんとなれば、拙者このたびの恩賞の返礼として、しばし殿の側用人として隆山城に奉
公いたすこととあいなり候。
 しかも、拙者の教育役がかのろりこん騒動のもととなりし若年寄となったのは、天命と
はいえまことに心得がたきしだいに候。




 ところは隆山城本丸御殿松の廊下。
 城勤めにあたって、幾ばくかの作法の指導を受けんがために若年寄どののもとを訪れし
おりでござった。

「ほう、すると柏木どの、拙者に作法を伝授せよ、と申すのか?
 武勲の誉れ高きそなたのこと、城内での作法などについてはもちろん承知おいているで
あろうと思ったが?」

 かの者、名を吉川八九左衛門とぞ申す。
 若年寄なる役職についてはいるものの、およそその位にふさわしからざる品性低劣なる
御仁にて、しかもその額の後退ぶりには瞠目させられざるをえずして、まこと引き潮の岸
辺にも似たる有り様なりき。
 何よりも許すべからざることといえば、彼奴めは幼女愛好趣味にわずかばかりも理解を
しめさざれば、自分は南蛮諸国より買い入れし黄表紙本のたぐいを所持し、『遊び男』
『ぺんと屋敷』などのグラビヤにうつつをぬかす、いわゆる『おっぱい星人』なる徒党の
一味なることなり。

「わが殿、天城忠義公は名君として諸国に広く名を知られるお方じゃ。当然のこと、我ら
下々の者とておのずとそれなりの品位が要求されよう。
 そのあたりはよろしいかな、うん?」

 冷笑的に見下ろす吉川どのに、拙者ひとことも返す言葉を持たざりき。
 拙者もとより田舎育ちの下級武士の出ゆえ、武芸においてはおさおさひけをとるところ
なきものと自負せしが、やんごとなき向きの礼儀作法にはまこと暗きしだいに候。

「ホホホ……まったく柏木どのには困ったものよのう。このようなことでは他国の使いを
迎えることもできぬわ」

「むう……」

 吉川どのはなおも冷笑を浮かべ、ふう、などと肩をすくめ異人気取りのさま。

「いやまったくの田舎侍よのう。
 おお? これは失敬、柏木どのは大層なろりであると伝え聞く」

「くっ……」

「わはははは! ろりじゃろりじゃ、田舎侍のろり侍じゃ!」

「おのれえええええ!」

 拙者ついに堪忍袋の緒を切断いたし候。
 鯉口を切るやただちに切りつけしが、その手は勢いあまってはるか上へと泳ぎ、吉川ど
のの髷をかすめ……。

 すぽーーーーーーん。

 拙者仰天いたし候。
 刀の鍔にひっかかりし吉川どのの髷は、そのまま拙者の手について頭皮ごと頭から剥が
れ落ち候。
 そのあとに残りしは、あたかも出家せし僧侶のような見事な禿頭なりき。


「…………」


	 ちょんまげに飛びつこう♪(べんべん)
	 ちょんまげにちょんまげにちょんまげにちょんまげに飛・び・つ・こ・う♪


 恐るべき勢いで床に落ちたおのがちょんまげに飛びつく吉川どの。
 拙者たちまち顔面蒼白となり、

「その頭……御、御免! マジで御免!」

 拙者さすがに反省いたし、珍しく本気で他人に頭を下げ候。
 いかににっくき仇敵とはいえ、かような形でぷらいばしいに抵触せることはもとより拙
者の本意にあらずして、まこと不幸なる事故と言い切れて候。
 しかるに、吉川どのはそのような拙者の意図など知らずして、

「おのれ……周囲に気付かれず自然で無理のない段階的増毛を目指しておったに……」

 ぐい、とヅラのずれを直し、赤熱する炭火のごとくものすごい目つきで拙者をにらみ付
けると、

「柏木次郎衛門! その方これより謹慎を申しつける! 追って沙汰のあるまで控えてお
れ!」

 …………。
 もはや進退窮まれり。




「お兄ちゃん、どうするの?」

 謹慎せる家中にて、事の次第を知ったりねつとは不安げに拙者に身を寄せたり。
 その幼くも愛らしい、それでいて夜は意外に大胆な肢体がか細く震えているのを感じる
と思わずその場に押し倒したくもなりしが、そこは非常時なりせば、無理を通してぐっと
こらえたり。

「むう……」

 それにつけても、拙者の置かれし立場はまことにむずかしいものとなりき。
 あの吉川どののこと、頭部の秘密を明かされてしまったからにはもはや背水の陣をもっ
て拙者をつぶしにかかるに相違なきものと思われて候。

「是非もなし」

 低く呟きたり。

「ふ……拙者今日の日まで辛抱に辛抱を重ねてまいったが、もはやこれまで、か」
「お、お兄ちゃん?」

 拙者微妙に鬼の力を解放し、すっくと立ちあがりて叫びしは、


「下克上じゃあああああ! 天下とったらああああああ!」
「ああ!? お兄ちゃんがいきなり本宮ひろし調に!?」


 若干キャラクターが相違せしが、この際気にいたすほどでもなし。

「そういうわけじゃ、りねつと! 
「よ、よくわからないけど、がんばってねお兄ちゃん」
「わははは! 拙者はやるぞ! 上げ潮じゃ上げ潮じゃああ!」





「次郎衛門め、血迷うたか」

 若年寄、吉川八九左衛門。
 その屋敷に、怪文書がまぎれ込んだのは昨晩のことであった。

「お舘さま、これを!」

 すでに日課と化した西洋櫛による毛根刺激打擲按摩で毛乳頭を刺激していたところ、突
如はせ参じた下人の手に一枚の紙片があった。


『明日正午、貴殿の命をいただきに参上いたす(はぁと)
						CAT’S EYE』


 ぐしゃり、ときゃっつかあどを握り潰す八九左衛門。

「おのれ次郎衛門、ふざけた真似を!」

 出す方も出す方だが、分かる方も分かる方であった。
 この二人、別の状況で出会ったならばあるいは無二の盟友となったかもしれぬ。
 が、運命とはまことに奇異なるものにて、かかる者たちを不倶戴天の仇敵としてあいま
みえさせたのであった。

「返り討ちにしてくれるわ! 者ども、出会え出会え!」
「しかし……柏木どのはえるくぅ討伐の名将、なまなかなことでは我ら到底かないますま
い」
「何を弱気なことを! よいか、殿の下で重職に就く拙者を狙っている以上、これは殿に
対する謀反ともなろう! 捨て置くわけにはゆかぬ」
「しかし、いったいどのように戦えばよいやら……何しろ、敵は鬼の膂力を有する怪物で
ござります」
「案ずるな、策はある」

 にやり、とものすごい笑みを浮かべる八九左衛門。

「柳川屋をこれへ」
「はっ!」





 翌日。
 吉川八九左衛門の屋敷は来たるべき使徒襲来に備え、最終絶対防衛線を構築していた。

「頼みますぞ、宣教師どの」
「イエッサー! 了解しまシタ!」

 その場に控えていた女人が元気よく敬礼せり。
 その者、イエズス会宣教師シスター・レミィと言う。金髪碧眼と豊かなる胸がいかにも
南蛮の女人らしくおのれの出自を誇示していた。
 天城忠義の命により、吉川八九左衛門は武器弾薬の調達の一切を任されたり。
 なれどこの時代、槍刀はともかく、火器ともなれば南蛮貿易によって手に入れるほか道
はない。
 そこに現れたのがシスター・レミィであった。
 八九左衛門は渡りに舟とばかりに、かの女人に隆山の地でのバテレン教布教を許可する
代わりに、大量の種子島、いわゆる火縄銃を提供する約定を取りつけた。
 しかも聞くところによればこのシスター、女人の身でありながら弓術・砲術に長けた女
丈夫という。
 聖職者が殺生するとは一体どうなっているのかバテレン教、とも思ったが、この際あれ
これと言ってもいられぬ。またも渡りに舟という訳で、結成されたばかりの足軽鉄砲隊の
指導も依頼することとなった。
 その際に間に入ったのが、この地の商人、柳川屋であった。

「それじゃみんながんばりマショウ! えいえい、Oh!」
「えいえい、おー!!」

 こころなしか足軽どもも、当社従来品に比べやる気1割増しの感あり。

「それじゃいいですか? 駆けあーし、ハジメ!
 『はみこんをーずがでーるぞー♪』」

「『はみこんをーずがでーるぞー♪』」

 シスター・レミィは足軽どもを先導し、いくさ場をじょぎんぐ。
 その身にまといし尼僧の衣にも似た禁欲的なシスター服。
 それを挑戦的に押し上げし両の胸のふくらみが、走りゆくたび上を下への大振動。
 むろんそこから目を離すような八九左衛門ではなかった。
 そのわきに控えて音もなく、線の細い、それでいて暗い面影のある青年が寄り添う。

「……やはり舶来は違うのう」

 八九左衛門の言葉に、柳川屋当主柳川祐也はぐいと眼鏡をずりあげて曰く、

「まったく、ロリの幼女のと申すやつばらの気が知れませんな。
 やはり女子の価値は胸で決まりかと存じます」

 口元に浮かんだ笑みを軍扇でおおい隠す八九左衛門。

「これ柳川屋。その方なかなかのおっぱい星人よの」
「お代官さまのお仕込みで」

「アカリを気取って髪真っ赤ー♪ 会社を追われていま牧師ー」
「宣教師どの、ネタがまいなあでござるぞ」





 ややあって。
 にわかに慌ただしくなる吉川邸の庭先。

「殿! ぱたあん赤! えるくぅにござる」

 見張りの者が危機迫るを伝えた。

「ついに来おったな」
「間違いありませぬ。えるくぅです」
「大丈夫なのか?」
「安心召されませ、そのための柳川屋です」

 ぐいと中指にて眼鏡をずりあげる柳川屋。

「えう゛ぁんげりすと(宣教師)初号機! 出ませい!」
「OK! 行っきマース!」





「わはははははは! 天下御免の鬼の角! 拙者旗本えるくぅ男!」

 剣を上段に振りかぶり、そのまま勢いつけて突進せる次郎衛門。
 特に天下御免という訳でもないが、このあたりはものの気分であった。

 シスター・レミィはその瞳よりハイライト消えうせ、狩猟者形態へととらんすほーむし
つつあった。

「うふふふふ、来ましたネ獲物ちゃん……
 足軽鉄砲隊前へ!」

 三段に別れて交代しつつ弾込め、発射、掃除を行なう画期的な陣形。
 のちに、この戦に参加した某天下人は同じ戦法を長篠の戦にて用いることとなる。
 だが。

「わははははは! 当たらぬ! 当たらぬぞ!」

 肝心の照準の方はさっぱりであった。

「もう! 真面目にやってくだサイ!」

 地団駄踏んでくやしがるシスター・レミィ。とうてい修道女とは思われぬはしたなきあ
りさまである。

「しかし宣教師どの、なにぶん練度が不十分でありますゆえ、おのずと限度と言うものが
ござります。
 ここはひとつこれらの者どもに見本を見せてやってはいただけますまいか?」

「トーンでもない! ワタシ聖職者デスよ! 天使のお仕事でキリストの花嫁デス。
 その、神に仕える身の者がこーんな風に銃をとって!」

 足軽の一人より種子島を取り上げ、

「コーンナふうに狙いをつけて!」

 舌なめずりせんばかりに楽しげなシスター。

「コーンナふうに撃ったりしたら!」

 どん、とすさまじき音轟きて、次郎衛門の頬にひと筋血しぶきが走った。
 ぞわぞわっと背筋を走る何ものかに、思わず身もだえるシスター・レミィ。

「カイ、カン。です……」

「おお! シスター服と火縄銃でござるか?」
「二代目はクリスチャンでござるか?」

 ネタのまいなあさ加減はもはや覆うべくもなし。





 拙者思わぬ反撃に瞬時ひるみしが、ままよとばかりに勢い落とさず突進せり。

「くっ! しかし、種子島の弱点はその装填の遅さよ!」

 瞬時にて間合いを詰める拙者に、目に見えてあわてるシスター・レミィ。
 どうやらあの女が足軽鉄砲隊の隊長らしきものなり。
 かわいそうだが……。

「No! No! Help me!」

 がちん、と火縄が火皿を打つが、もはや弾切れなりき。
 シスター・レミィは一計を案じて銃身を持ちて銃床にて殴りかかりしが、拙者は片手で
受け止めてそのまま銃を奪い、その銃身を飴のごとくねじ曲げたり。

「あ、Dadからもらった種子島が……」

「殺しはせぬ。殺しはせぬが」

 レミィの首筋に手刀を放つ。ぐらり、とくずおれるレミィ。

「しばらく眠っていていただこう」

 さて、鉄砲隊は突破した。
 かくなる上は本陣へと突入か、と思いし折も折。


「痛ってえ……」


 首筋を押さえ、ゆらりと立ち上がるシスター・レミィ。
 ばかな! しばらくは起きあがれぬはず。
 目と目が行き交う瞬間、拙者は信じがたきものをそこに見いだしたり。

「おぬし……まさか、アズエル? どうして」

 姿かたちこそ南蛮異人の小娘なれど、その目にかがやく赤き光はみまごうはずもなくえ
るくぅのそれなり。
 しかも、中でもひときわ強くかがやいていたアズエルのそれを、見間違えるわけもなし。

「ふふ、コイツに取りついて、意識を失うのを待ってたのさ。
 やっとこの時がきたか……」

 アズエルは拙者にびしっと指を突きつけ、

「次郎衛門! お前と決着をつけるため、地獄の淵から舞い戻ってきたぜ」

 かっこよすぎにて御座候。

「ふっ、どうして今になってあらわれたか知りたいか? 次郎衛門」

 金髪碧眼、だがその目の炎にたしかにアズエルのそれを宿した娘は、くっ、と誇らしげ
に胸そらし、

「アタシだって今までに何度も何度も試してみたさ。
 だが! この国の娘の体ではなぁ、乳がきつくて入るに入れなかったのだ!」

 アズエル大いばり。

「自慢かそれは!」
「一応な!」

 なおも胸はるアズエル。
 相当自慢の種らしく。

「あ、そう言えばリズ姉からの伝言をあずかってるんだけど、聞きたいか?」
「おう」

「『今世では大変お世話になりました。
 来世では絶対サクッと殺っちゃいますからね。てへ』
 だって」

「ふうむ、あの女にふさわしき偽善ぶりよ。精神体となりし後もちっとも変わっておらぬ
わ。
 時に、えぢへるは何も申さなんだか?」

 ややわくわくしながらも、拙者あくまでも威儀を正して尋ねたり。
 アズエルは……と申すか、アズエルのとり憑きし異人娘はへらっと笑って、

「へへへー、知らないよー次郎衛門。あの子怒ってるよー。もうマジギレ」
「なんと」
「いやもうすごいすごい。こないだちょっと話しかけたんだけど、

『次郎衛門だけどさー、あいつ今リネットと……』
『いい』
『いい……って? いいの? 次郎衛門の話だよ?』
『いいです、別に』

 とか言っちゃってるあいだにもう部屋の温度は氷点下よ。
 あの子があんなんなるのはじめて見たよー。ったく女泣かせだよなあ次郎衛門は」

 …………。
 がーん。
 拙者大ショック。

「そういうわけで次郎衛門、今日という今日は引導を渡してやるぜ! 覚悟しな」

 軽く足を使いながら、拳で空を切るアズエル。
 しかし、拙者とうていそのような気分にはならざりき。

 ちん、と澄んだ音。
 拙者が刀をおさめた音であった。

「どうした次郎衛門、臆したか! 抜けぃ!」

 拙者は、ふぅ、と一息溜め息をつき。

「俺たちは、いつもこうであったな」
「な、何がいいたい!」
「顔を合わせればいつも口喧嘩ばかり、悪口雑言ばかりはいくらも出てくるのに、そのく
せ大事なことは何一つ伝えられなんだ」
「な、何だよそれ?」

 とまどいがちに揺れるアズエルの視線を、拙者やさしくとらえたり。

「拙者は、エルクゥのなかでももっとも勇猛果敢で、それでいて意外にかわいいところも
ある、そんな意地っ張りやさんなその方のことが気になっておった」

「え……?」

 ぼっ、と朱に染まるアズエルの面。

「な、なに言ってんだよ次郎衛門……またそんな悪い冗談ばっかり……」
「冗談などではない。拙者の気持ちは」

 視線を外し、照れ隠しにふっと苦笑せり。

「まったく、好きとか嫌いとか最初に言い出したのはどこの者であろうな」
「や、やめろよ、もう……」

 ぱたぱたと手を振りて、己が心に生まれし感情を打ち消さんとするアズエル。
 だが、拙者の真剣なまなざしは、確かにアズエルの心を貫きし感触を得たり。

「だって……リズ姉だっているし、それにそんなの、エディフェルに悪いよ……」

 後ろで手を組んで、足元の小石を蹴飛ばし、埒もなき事を口走るアズエル。
 姉妹を気遣うふりを見せつつも、その面差しにあらわれし安堵の色はもはや隠しようも
なく明白なりき。

「かまうことはあるまい、しょせんは過去の者どもよ」
「じゃ、じゃあ、リネットはどうするんだよ!? あの子、今だってあんたの帰りを待ち
つづけてるんだろ?」
「そう、あれには悪いこととはいえ……アズエル、それでも拙者はおぬしを選びたい。こ
うして再びめぐりあえたのも、もしかすると何やら運命かもしれぬ」

「次郎衛門……」
「アズエル……」

 拙者アズエルの手をとりて、ゆるりとまぶたをおろしたその面におのが唇を寄せ、そっ
と熱烈なるベーゼを……。

「と見せかけて、うりゃーーーーーーー!!」
「だああああああ!!」

 拙者勢いつけてアズエルの額にりねつとよりあずかりし護符を押しつけたり。
 『じゅっ』などといい感じに焼けたっぽい音響とともに、超まっは的高速度にてずざざ
ざざと後ずさるアズエル。

「おお、効果抜群。さすがはりねつと。ほれほれ」
「は、はわわああ!」

 じりじりと後ずさるアズエル。

「てめえ、覚えてやがれ次郎衛門! 来世では絶対ぶっとばーーーーーす!」

 額を押さえたまま、くたっと力抜けて崩れるそれはすでにもとの異人娘なりき。
 アズエルの憑依が解けたものと思われり。

 ――許されよ。
 もしやすると来世では、アズエルの転生に殴られどおしの生活かも知れぬゆえ。
 拙者まだ見ぬ子孫に心の中で詫びを入れたり。





 それにしても、吉川どのもなかなかの策士なりと感服す。
 異人を抱き込んで鉄砲隊を編成するなど、開明的とも思える態度なり。
 いや。
 待たれよ。
 名だたるおっぱい星人の吉川どののこと、よもやあの異人娘の胸が目当てで、ただそれ
だけのために……。
 いやいや、敵を卑小に見積もらぬこと、これ兵法の初歩なれば、そのような考えは謹む
べきものなり。

 一考するに、拙者とて鬼の力を有するとはいえただ一人。
 おのが身はどうとでも守れようが、りねつとを連れての戦となれば、りねつとを危険な
目にあわせかねまじきことも十分にあり得る。
 ふり返ると、拙者のためにかいがいしく明日の戦のための手弁当の下ごしらえにいそし
む、りねつと。

「ふふっ、お兄ちゃんタコさん腸詰めは好きかな? あと、卵焼きは外せないよねっ」

 …………。
 いや。
 りねっとをそのような危険にさらすこと、断じてまかりならぬ。

「りねつと」
「なあに、お兄ちゃん」
「聞くがよい」

 拙者鬼斬りの刃を抜いて、月にかかげた。
 背に満月、下げ穂のすすき。
 夜霧にけぶる雨月の山よ、これが最後か見納めか。

「雨月の山も今宵限り……」

 限りなくやさしき瞳を、りねっとになげかける。

「かわいい女房のお前とも、今日が別れの門出に候」
「お兄ちゃん!」

 ひしと拙者の足元に、幼い肢体をすり寄せて、止めんとするりねつとのその姿。
 許せ、りねっと!
 拙者心を鬼にして、しかし体は鬼にならぬようよくよく留意して、追いすがるりねつと
を足蹴にせり。

「きゃっ」
「来てはならぬ。来てはならぬのだ!」

 倒れ伏したりねつとは、それでも拙者をまっすぐな潤んだ瞳で見つめたり。
 拙者涙をぐいとこらえ、夜空に視線を転じて言うは、

「りねつと……今宵のこの月を、よく覚えておくのだ。
 来年の、今月今夜のこの月を、再来年の今月今夜のこの月を、拙者の涙で曇らせてみせ
よう!」

 りねつとは拙者をぽかんと見つめ、ふいに突っ込み入れたるは、

「お兄ちゃん、途中から金色夜叉になってるよ」

 これはしたり。





 そして、ついに最後の決戦のときは来たり。
 吉川どのもいよいよ本気で片を付ける所存と見え、雨月の山をとり囲むがごとくに配置
せられたる陣形は一様に赤色ならびに黒色の鎧兜で埋めつくされ、まことにもって赤と黒
のえくすたしいとぞ申すべきありさまなりき。

 吉川どのに届けとばかり、大音声に呼ばわるは、

「一ぉつ! 人より禿がある!」

 ざわり、と兵たちがうごめきたり。

「ふたぁつ! 不埒な禿がある!」

 ぼそぼそとささやきかわす声。『吉川どの、禿だって』『マジ?』等々。

「三つみにくい浮き世の禿を、退治てくれよう、エルクゥ侍!」

 ずらり、と鬼斬りの刃を抜く。
 気のはりつめる一瞬。
 彼我の均衡が崩れ、合戦の火ぶた切って落とされるその瞬間――。


「暫く!」


 その場にいた全員が、一瞬硬直せり。
 見るに、遠くより沸き起こる一陣の砂煙あり。
 近づくにつれ、イヤな想像が確実なることをすべての者が確認いたしたり。
 なんとなれば、わが殿天城忠義公おんみずから早馬にうち跨がりて、疾風のごとく走り
きて曰く、


「余の歌を聞けええええええい!!」


 見れば髷を落とし白く染めしざんばら髪にて、南蛮色眼鏡などかけしさま。
 天下御免の傾奇者。まことバサラそのものであった。
 しかも熱気。
 南蛮渡来のえれき三味線『ふらいんぐV』をかき鳴らし、はみんぐばーどの楽曲を熱唱
せるさまなど見るにつけ、さすがは若かりし折、京の都で「大うつけ」の名をほしいまま
にした殿なりと感心せることしきり。

 そして、後に続く幼きひとつの影。

「もうみんな止めて!」

 耳になじみし声。
 りねつと。
 その背には赤き西洋背嚢、一名を『らんどせる』とぞ言いける代物を背負いたり。

 来てはならぬといったであろう!
 いや、しかし拙者は心のどこかでこのことあるを期待していたかもしれぬ。

 そしてさらに、拙者の目を奪いしは、空に浮かびし巨大なる光球。
 これはよもや、りねつとがいつだったか話していた、えるくぅが我が国に来たりし折に
乗っていたという空をゆく船『よーく』なりしか、と直感いたし候。

 さすがに吉川どのの軍勢も動揺いたし、隊形を崩したその一瞬。

「お願いヨーク! みんなを仲直りさせてあげて!」

 りねつとのらんどせるより取りいだしたるは、一見そぷらのりこーだーとも見紛うもの
の、その実は尺八に御座候。
 よもやりねつと、拙者のためにそのようなものを練習していたのかと邪推いたし候。
 なんとなれば、夜の(これより猥雑なる表現頻出につき、以下略し申し候)。

 りねつとはその小さき唇を笛に寄せ、吹き鳴らすは、


『ぴぽぺっぽっぴー』


 どこかで聞いた音色なりき。


『びぼべっぼっびー』


 低く太い音響で、同じ節回しをヨークが答えり。

 そして二つの音程は絡みあい、追いかけあい、次第にじゃむせっしょんの如きありさま
を呈するものとなりける。

「おお、なんか感動でござる!」
「第三種接近遭遇でござる」
「きゃとるみゅーてぃれーしょんに候!」
「まげすちっくつえるぶに候!」

 参集したる武家諸衆も思わず感動の嵐に陥りたり。

「なれば今日のところは帰りましょうぞ」
「はっはっは、いやいいものを見せていただいた」
「今年度のオスカーは天城公にて決まりじゃな」
「全米ひっと記録更新間違いなしでござるぞ」

「もし、各々がた! 帰っちゃいやーんでござる!」

「八九左衛門」
「と、殿!」
「このたびの戦、余はこのようなことを命じたか? 私怨にて余の兵を動かすなどとは不
届き千万」
「ははぁ! 平に、平にいぃぃ!」
「次郎衛門、その方もその方じゃ。ロリで結構などと申しておきながら、ロリ侍呼ばわり
ごときで女房も省みずこの不始末。りねつととやらは一人で泣いておったぞ」
「はっ、面目次第もござりませぬ……」

 深々と頭を垂れし拙者と八九左衛門。
 と、天城公莞爾と笑いて曰く、

「もう、よかろう。その方どもも次郎衛門も、みな余の大事な家来じゃ!」
「と、殿おおお! 拙者感動でござる!」
「殿……」
「はっはっは、泣くがよい泣くがよい」

 ぽむぽむと拙者と八九左衛門の背を叩く殿。
 やがてまわりを囲むがごとく、集まり来たる家臣諸衆。

「殿!」
「とのぉお!」
「さすがは我らの殿じゃ!」
「善哉善哉! なれば、みなで殿を胴上げいたしましょうぞ!」
「わははは、これその方ども、おいたが過ぎるぞ」

 爽風吹きたる秋の野にひびき渡るは、殿をたたえし家臣諸衆の声また声。
 かくして、このたびの件うやむやにておさまりたるを得る。





 しかし、浴びせられたる汚名をそそがざるは武士にあるまじき態度にて、拙者別の手段
にて報復を決行したり。

 拙者ひそかに吉川どのの屋敷に忍び入りて、睡眠中の吉川どのをば拉致し去り、天下の
往来に首まで埋めて、そばに立てし高札にしるすは、

『右ノ者幼道不覚悟に附さらし者に致し候』

 むろん、目につく位置に愛用の髷付き鬘を配置せることも忘れ得ず。

「最初っからこうすればよかったのにね、お兄ちゃん」
「はっはっは、それは言わぬ約束だぞ」

 痛快至極!

 これにて、次郎衛門日記特別編、一幕のエンディングとぞなりぬる。
 一件落着。





「……というのはどうだろうねえ、耕一くん」

 どうと言われても。
 自信ありげな足立さんに、俺は返すべき言葉を持たなかった。
 鶴来屋商品開発部の特別企画『鬼伝説の里、隆山』キャンペーン。
 その一環として、この土地に伝わる伝承をもとに子供むけのおとぎ話を編んでみよう、
という案が出されたらしい。
 もとより地元の歴史に興味のあった足立さんがその役目を引き受けて、できたのがこれ。
 ……なんともはや。
 俺、足立さんだけは常識人だと思ってたのに。

「いや苦労したよ。極力史実に近づけようと思ってね。ちーちゃんから借りた次郎衛門の
日記がなければ二進も三進も行かなくなるところだった」

 貸したのか千鶴さん、アレを。
 だめじゃん。

 そして、ホテルの売店に並ぶ小冊子。
 暗澹たる気持ちでそいつらを眺める俺の肩を、ぽんと誰かが叩いた。

「柏木くん、久しぶり!」
「由美子さん……また隆山に来たの?」
「うん。ここのところ鬼伝説に関する資料がたくさん出たでしょ。とくにこれ!」

 由美子さんが見せたのは、例の本。

「すっごい貴重な資料なんだよ。私、これで卒論書こうと思うの」

 由美子さん。
 頼むから勘弁して下さい……。





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