『しっぽせりおの大冒険』第九話 投稿者:takataka
「さて、集まってもらったのはほかでもない!」

 どこから用意したのか知らないが、ホワイトボードを前に浩之はあたりを見回した。
 とにかく知り合いに片っ端から声かけてみた。
 そして集まる例のメンツ。
 ちなみに、琴音は木を倒すのに力を使いきって再びリムジンで寝こけていた。

「セリオキツネんなって逃げた! んで葵ちゃんもキツネだ! さあ大変!
 どうするお前ら! お前らならどうする! シンキング・ターイム!
 ……はい終わり!」

 説明も終わり。

「あははは、大変だね浩之」
「雅史、テメエあとで貴婦人修行10セット」
「えー」

 あまり残念そうに見えない。

「さて、アホはかまわず。どうだろう理緒ちゃん?」

 理緒はとまどいがちに指をつんつん突き合わせる。

「え、ええ? でもわたしなんか役に立てるかなあ……」
「来栖川から金一封くらいでるかも」
「なんですって!?」
「え? いやだから金……」

 金!
 一!!
 封!!!!!

「いよっしゃああああああ!」

 闘気が足元から吹き上げる。一瞬にしてスーパーサイヤ化だ。
 さすが理緒。金が絡むと強い。

「私やるわ藤田くん! れっつごおおおおおおおお!」
「待て理緒ちゃん! この衛星端末を持っていかないと……」

 しかも走り去った方向は全然逆だ。

「理緒ちゃあぁぁぁぁぁぁぁん…………」

 理緒ちゃんはそれきり帰ってこなかったといいます。



「Oh! Fox Huntingネ!」
 きゅぴーん。
 異様に張り切るレミィ。
 浩之はいやーな予感を禁じえなかった。なんかこうなるような気はしていたのだ。
 いや、絶対間違いなくハンターモード発動するに違いない。だからイヤだったんだちく
しょー。
「うふふふふふふ、久しぶりに動く獲物ちゃんがハントできマース!」
 もう目の色からして違う。
「いいかレミィ、捕まえるんだぞ! 狩るなよ! 撃つなよ! セリオと葵ちゃんなんだ
からな、そこんところをよーく考えて……」
「What?」
 じゃきーん。
 鼻先につき付けられた銃口に、浩之はマッハの速度で後ずさった。

「うっわあああああ! お前それどうした!?」
「ちゃんと許可とってあるから違法じゃないワヨ」
「そりゃそうかも知らんが! 猟銃って!」

 そんなら弓のほうがまだましかもしれない。

「No Problem! 中身は麻酔弾デース!」
「何だそーかよ……」
「ほらネ」

 近くの立ち木に向かって狙いを定め……。
 ばあんっ。
 立ち木、穴だらけ。

「もろ実包じゃねーか! しかも散弾て! セリオはアレとして、葵ちゃん殺す気かーっ」
「Dadの使ったのが残ってたのネ……不幸な事故デス」

 落ち込んだかと思うと、ころっと陽気に、

「アメリカではよくあることネ! 毎年何人も死にマース!」
「うれしそうに言うことかー! だめだだめだ! 没収!」
「がっかりデス……」

 目に見えて肩を落とすレミィ。

「なんか他のないのかよ!?」
「じゃあ、せっかくだからこの成長する銃クリムゾ……」
「だめだーっ」



「あーもうつぎつぎ! どうだ委員長、その明晰な頭脳でひとつ……って、おお?」
「んあ? なんやの準備中に」

 浩之は目を疑った。
 智子は馬鹿でかい携帯電話のようなものを何やらいじくり回している。

「なにそれ?」
「ハンディ無線機や。で藤田くん、周波数いくつに合わせたらええの?」
「え? いや、そんなもの何に使うんだ?」
「だってフォックスハンティングに無線機なしでどうすんねん」
「えーと」

 話が見えない。

 ざざざ……。

 と、適当にダイヤルをいじっていた無線機からなにか聞こえた。


	『くすくすくす……フォックスハンティングって言うのは、無線で出されるヒン
	トから推理してキツネ役の人を追いつめる遊びだよ……
	 じゃあね、藤田ちゃん……』


 ……。
 だれ?



「しょうがねーなあ!」

 もう何度口にしたかわからない言葉を浩之は再び口にした。
 だってしょうがねーヤツらばっかりだし。
 会議は踊る、されど進まず。
 こうなったら、頼みの綱は気心のしれた幼なじみか?
 ぎんっと視線を向けると、あかりはびくっとちぢみあがった。
 あいかわらずおくびょうな娘だった。

「よしこうなったらあかり、お前行け!」
「え? えええーーーーーー?」
「あのこしゃくなキツネどもに大自然の掟をたたき込んでやるのだ!
 ほら、あの玄関先によく置いてある木彫りの熊の要領で、やつらを石狩川のシャケよろ
しくパツーンとやっちゃってくれ!」
「わ、私そんなこと出来ないよー」
「そんなことはないぞあかり! お前ならできる! 思い出せ、あの闇の熊フェチ養成道
場『熊の穴』での辛い特訓の日々を! お前は熊だ! 熊になるのだ!」
「そんな道場入ったおぼえないよ……」
「行けったら行け! あかり、オレは信じてるぜ、お前ならできるってな」

 まっすぐに見つめる、いつになく真剣な様子の浩之。
 こんなに真剣なのは、あの風邪引いて休んだときお見舞いに来てくれた、あの時以来だ。
 あかりは思い出す。
 部屋に差しこむ、沈みゆく夕日の赤。
 そっとひたいに置かれた、誰よりも暖かい手。
 そして、はじめての……。
 にへらー。

「ようし、こうなったら頑張ろう!」

 ばんっと卓を叩いて立ち上がる。

「やるよわたし! 見ててね、浩之ちゃん!」

 スーパーあかりんガッツポーズ。
 不自然なまでにやる気満点だ。

「待て待て、嘘だ。行かんでいい」

 ぱたぱたと手を振る浩之。

「でも、せりおちゃんが……」
「お前に怪我でもされたらかなわん。分かるだろ? オレはお前のことが大事なんだ」

 ふいにやさしい目になったので、あかりはぽっと顔を赤らめて視線をそらした。

「そうなんだ」

 そうだよ。
 浩之ちゃん、やっぱりやさしいんだよね。
 私、そんな浩之ちゃんのこと……。

「じゃあ、止めるねー」
「なんっじゃそりゃああ!」

 ぺし!

「きゃっ」

 藤田浩之大豹変。

「お前それなんだ! オレが行けっつったら行って、行くなっつったら行かんのか!
 オレが無理に止めるところを振り切ってセリオを捕まえにいくあかりってな燃える構図
を予想してたオレの立場はどうなる!」
「そ、そんなこと言われても……」
「大体おめーずりいよ! そうやってみんなオレのせいかよ!」
「そ、そんなこと言ってないよー。浩之ちゃん、私にどうして欲しいの?」
「オレは、お前のしたいようにすればいいと思う。お前の気持ちが大切なんだ」
「浩之ちゃん……」

 またもちょっと赤くなるあかり。
 浩之ちゃん、やっぱり私のこと思いやってくれて……。

「だが、そのお前の気持ちのおもむくところがオレの目的に合致していたならばオレ的に
まったくもって好都合だし、もしかしたらそれをきっかけにオレはあかりのことをみなお
して、幼なじみ特有の友達以上恋人未満な関係から一歩踏み出せるかもしれん!
 さ、あかり、あとはお前の意思だ!」

 半ば脅迫であった。

「うう……ひっ、ひどいよう」

 あかり半泣き。いや、3/4泣きくらいか。

「ひろゆき」

 と、決して声質は低くはないものの、地の底から響いてくるような重々しい声。
 あふれる気迫がそうさせるのか。

「何だあや……わ!」

 ひゅんっ。
 浩之は風切り音しか認識できなかった。
 目を開けると、鼻先数ミリでぴたりと止まっている拳。
 全身に闘気をまとわせた綾香が、ストレートを繰り出したままの状態でぎろりとねめつ
ける。
 ひとにらみで人も殺せそうなするどい眼光。猛禽類の瞳だ。

「威力重視の一撃と、派手な一発ではどっちが好き?」
「どっちも好きません綾香さん」
「作戦立てるのは勝手だけど早くしてよ! 私さっきから葵とやりたくてうずうずしてる
んだからっ」

 咆哮。
 思わずちぢみ上がる浩之とその他一同。
 綾香はさながら一匹の獣だった。
 肉の匂いをかぎつけたライオンのように落ちつきなくうろうろと歩き回り、ときおり立
ち木を相手に軽くシャドウなどかましている。

「ふッ!」

 がしっ、と重い音を立てて木の幹にハイキック。ばさばさ枝が揺れ、葉っぱがあたりに
舞い散った。
 いま刺激しようものならそれこそ命にかかわりかねない。

「あはははは、絶望的だね浩之」
「まーさし! 貴婦人修行100セット!」
「えー、そんなぁ」

 なぜ微妙にうれしそうなんだ雅史。

「とにかく芹香先輩! 葵ちゃんだけでもどうにかならねーのか?」

 ふるふる、と首を横に振った。

「なに? キツネの神さまを取りつかせるまではできるが、あとは神さましだい?
 で、神さまは葵がお気に入りで、セリオも気に入ったらしい? だから帰らないかも?」

 浩之はどーんと眉を曇らせた。
 出口、なし。

「それってたちの悪い動物霊と大差ねーじゃねーか……」

「そうだねえ、ここは一つ当初の企画通りやってみるのはどうだい?」
「わ、わたしもそれがいいと思いますー」

「うわおう!」

 ぶっ飛ぶ浩之。
 長瀬主任とマルチがいつの間にやら出席していた。
 しかもお誕生日席。司会者席の対面だ。
 このオレに気配を読ませぬとは……やるな主任! 戦慄する浩之だった。

「と、当初の予定って何です?」
「キミが自分で呼び戻すの。もともとそのために藤田くん呼んだんじゃないか」

 ああ。
 そう言えば。
 ふと見回せば、いまだイメージトレーニング続行中の綾香以外の全員が浩之を何か期待
するような目で見つめている。
 みんなの思いが伝わってくるようだ。


(ヒロユキ、ワタシきっとヒロユキならできるって信じてるヨ……
 だから狩猟許可プリーズ……)

(ま、藤田くんは土壇場には強いからな、なんとかするやろ。
 それに、縛りとか得意やし(ぽ))

(浩之ちゃん……夕飯、なにがいい?)

(…………………………………………)ふるふる。(だめなのか?)

(あはははは、なんだか最期っぽいよね。さよなら浩之)


 若干方向性の違う思いもあるようだが、しかし、これだけの期待を背に受けているのだ。
ここでひいては男がすたる。

「しょうがねえなあ!」

 いつもの口癖にも、ぐっと力がこもった。

「どうやらこのオレが本気を出さなきゃならねえ時がきたようだな!」

「よしよし、えらいえらい」
「えらいですぅ」
「……長瀬主任はいいとして、お前にそう言う口きかれるのって何か腹立つよなー」

 ぐに。

「ひ、いひゃいれすー」





 例によって衛星からのセリオの位置データをたどって追うこと半時間。
 今度は長瀬主任も同行している。

「今まで何してたんすか」
「まあいいでしょ。私もいろいろ多忙な身でね」

 へらへら笑っている。
 浩之は軽く舌打ちした。食えないおっさんだ、まったく。

「あ、そうそう。万が一のためにメイドロボ集めといたよ」


『こんにちは浩之さん』


 うっわ!
 浩之は思わず跳びすさる。
 ぞろぞろぞろぞろ、雲霞の如く集まるマルチ軍団しかも全員無表情。
 その道の好き者にはこたえられない光景だ。

「うわー……なんすか、これ」
「ここの庭で働いてるのを全部招集した。ちょとしたもんだろう」

 生気のない目に無表情。しかもそろいのメイド服。
 ほとんど量産マルチ一個連隊といったおもむきだ。

「何かの役に立つかと思ってね。まあ、連れてってやってくれ」





 森を抜けた先に、ちょっとした草原が広がっていた。
 さっきみたいに仲良くじゃれつく二人。いや二匹。
 草むらの中からときおり見える、耳の先っぽ、しっぽふるふる。

「わあぁー」

 マルチはほにゃっと表情をやわらげた。

「仲良さそうですー。すてきです」
「そのすてきな奴にどつかれて修理してたよなあ、いままで」
「あうう」

 それはそれとして。
 背後からただようただならぬ気配に、おそるおそるふり返る浩之。

「私はいつでもいいわよ」

 綾香の目にはすでに葵以外のものは映らなくなっている。
 いつもと変わらぬ余裕たっぷりの笑み。だが、気のせいかもしれないが、その中にあせ
りにも似た緊張感がほの見えるようだった。

「おう」

 すっと浩之の横を通り過ぎる。

「綾香」
「なに?」
「負けんなよ」

 ふり返りもしないまま、くすり、と笑う。

「何言ってんのよ」

 綾香は一歩一歩、歩を進める。
 ついこの間まではちいさな男の子みたいだった、葵。
 自分の後を一生懸命ついてくるかわいい後輩だった、葵。
 その葵が、いまやはっきりとした敵、倒すべき相手として認識されている。

 草むらからすっと葵の頭が見え、一瞬で沈む。
 低いうなり声だけがその存在を主張していた。警戒、あるいは敵意。

 綾香は苦笑いした。強くなったわね、葵。

 すっと、拳を持ち上げ、構える。足は肩幅に、前後に軽く開いて。

 でも、私だってまだまだこの座を明け渡すわけにはいかない。
 そこに到達するためには、まだまだくぐり抜けなければならない関門があるのだ。
 それを教えてあげるわ。
 だから――

「来なさい、葵!!」





 風むきに注意しながら、浩之はゆっくりとセリオに向かって回り込んでいた。
 風上から近づくと匂いで気付かれるからだ。
 それでも敵は野性のロボギツネ。
 十メートルくらいのところで気付かれたが、声のとどく範囲内ならいける。
 浩之はターゲットを見すえた。

 きょとんとした顔で様子を見ているセリオ。
 しっぽ、ぱたん。

 ……よーし待ってろよ。いま捕まえてやるぜえ。
 浩之は自分の武器をよく承知していた。
 その名も『ちょっと不良っぽいアイツがときおり見せる優しさワンサゲン攻撃』
 命名、藤田浩之。
 死んだ魚のようと表現されて久しいマナコ。だが、今やそのきびしさは影を潜め、目尻
が下がり、暖かみのある色をたたえている。

 そして、あの黄金の右腕が唸る!


 ちょうど頭くらいの高さの空間を、なでなで。


「ほおら、こっち来いよ。なでなでしてやるぜ?」
 まぶしい笑顔にキラリと光る歯。

「うぅ……浩之ちゃん」

 あかりが涙目でこっちを見ている。
 ううっ、だからやりたくなかったんだ。
 一応人並みの罪悪感を感じてみたりする浩之だった。





「で、出ましたー。あれが浩之さんのいつもの手なんですよー」

 お姉さん気どりのマルチはもっともらしい顔つきで量産軍団に講義している。
 全員一様にこくこくうなづくメイドロボ軍団。
 怖いほどきちっと動きがそろっていた。

「いいですかぁみなさん。あんなふうになでられるとうっとりしてなんだかぽーっとしち
ゃいますが、そこで気を許してはならないのですぅ。『なでなで』は甘いワナなのですー。
ああ見えても浩之さんは、思わせぶりなワンナイトジゴロ……え?」

 なでなで。
 一番前にいた一体が、マルチをなでる。

「いかがですか、マルチさん」
「あのう……ここで私をなでられても……」

 とことこともう一体が歩み寄り、またしてもマルチをなでなで。

「いかがですか、マルチさん」

 あ、なんだか……

「うう、でもおなじメイドロボさんになでられるとなんだかいけないことをしてるような
気がします。禁断の秘め事なのですー」

「いかがですか」
「いかがですか」
「いかがですか」

 甘いものにたかるアリのごとくわらわらっとたかる量産マルチ。
 なでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなで……
 寄ってたかってなでまくり。

「は、はわわ……やめてくださ……
 あっっそんなとこ……ふうぅ……はにゃあああああぁぁぁん」

 ぷしゅーーーーーーーーーーーーーーー。

 マルチ撃沈。

「いかがですか」
「いかがですか」
「いかがですか」

 蒸気をふいてぶっ倒れたマルチをなおもなでつづけるロボ軍団。
 ハマったらしい。





 じりっ。
 足をわずかに移動させつつ、草むらを凝視する。
 風もなく、葵のしのんでいる草むらはそよともなびかない。

 ――仕掛けて、みるか?

 綾香の足が、わずかずつ近づいていく。
 じりっ。
 靴の裏が砂地をこする音だけが、妙に耳についた。
 と。
 それは、ほんのわずかなゆらめきだった。
 綾香の半眼に細められた目に、スローモーションのように映っていた。
 ススキの葉の先端が、ゆらり、と踊り。

 ざんっ!

 草むらを分けて、青と褐色の影が飛び出した。