セリオアルバム 投稿者:takataka
「いいことセリオ。ひとつイメージアルバム造りの練習をしてもらうわ」

 腕組みをしつつとうとうと語る綾香。
 その姿は往年の力道山のブロマイドを思い出させる。
 チャンピオンベルトがあれば完璧だ。

 ついこの間、セリオに来栖川グループ全社に向けて芹香・綾香の姉妹をアピールする映
像を注文したのだが、どうもいまひとつ芳しくなかった。

「先ごろ制作したものではお気に召さなかったでしょうか……」
「召すかっ! いい、やり直してもらうのはいいとして、またおかしなもん作られたら困
るからね、今度はあなた自身を紹介するイメージビデオ作りなさい、まあ、自己紹介ね」

「――自己紹介」

「もしわたしが将来来栖川で重職につくようになったら、あなたには秘書として働いても
らうことになるでしょう、そうすると、メイドロボなんかをどうしてあんなに高い地位に
つけるのかって下らないこと言う奴が絶対出てくるから、その辺の対策としても必要なの
よ。
 ああ、こういうロボットなら社長秘書でも安心してまかせられるな、と感じさせるよう
のものをつくんなさい。いいわね?」

「かしこまりました」




 つかつかと部屋を出て行く綾香さまを見送って、セリオはふと思った。
 自己紹介。
 自分がいかなるものであるか、他の方に説明すること。

「――しかし」
 ふと、立ち止まる。
 わたしとは、なんでしょう?

 ココロのないメイドロボである自分。綾香や長瀬主任はそうとは思っていないようだが、
それでは自分自身ではどうなのかというと……。

「よく、わかりません」

 最近よく口にするようになった言葉を、またくり返す。
 ――わたしには紹介するべき『自己』があるのでしょうか?
 HMX−13、セリオ。
 それが『わたし』であるということ。
 そして、それはどのようなものなのか。





「そんなことで悩んでるの?」

 スポーツドリンクの缶を手にした綾香さまはくすっと笑った。
 いつものようにトレーニングの後のお世話をしにうかがったとき、綾香は急におかしな
ものでも見るような目つきをして、セリオの顔をのぞき込んだ。

「どうしたの? 何だか浮かない顔しちゃって」

 セリオが昼間の言いつけについて考えたことを説明すると、

「しょうがないわねえ。適当でいいんだって、そんなの」
「ですが……」
「ほーらあ、難しく考えない。気楽にやろ?」

 セリオの背に手を回して、ぽんぽん、と軽く叩く。

「それに、自分がよく分からないなんてさ。人間だってそうよ?」
「そうなのですか?」
「それじゃあセリオ、あんたいまここに入ってきたとき、自分がどんな顔してたか分か
る?」

「――それは……」

 どうだったのでしょうか。考え事をしていたものですから、よくはわかりません。
 ログを調べればおそらく表情筋の動きから推定できるだろうが、セリオはなんとなくそ
れは意味がないと思い、止めておいた。

「へへー、降参?
 答え、別に普通の顔でした。いつもとおんなじだったわ。
 でもね、なんとなくわかったの。なんか考えてるなって。顔にはでてないんだけど、ど
ことなく……ね」

 自分でも不思議そうに、首をかたむける綾香。

「どうしてわかったのか? って聞かれたら、わたしにもよく分かんないけど」
「そういうものなのでしょうか」
「そういうもんよ。いざとなったらさ、あれこれ考えるよりも、なんとなくでいいから感
じたことそのままを信じてみよ? そんなの考えたってしょうがないわよ」

「――はい」

 こくんとうなづくセリオ。
 ここのところ綾香さまには何かと教わってばかりです。
 そう言いかけて、止めた。
 感じたことそのままを信じる。綾香さま、私の気持ちは、感じていただけますか――?

「で、自己紹介だけど」
「はい」
「セリオの得意なことをアピールするのがいいんじゃないかな?」
「得意と言いますか、機体の特徴としてはサテライトサービスがありますが……」
「いいじゃない、それ、行こう」
「と言いますと」
「だからこう、サテライトサービスを有効に使った映像でもって優秀さをアピールするの
よ。フルCGとかで」
「――はい」
「ふふ、ちょっとはやる気出てきた?」

 セリオは一歩引いて、深々と頭を下げた。

「――ありがとうございます、綾香さま」
「そういうとこがあんたなのよねえ。妙なとこだけ他人行儀なんだから」




 手首のインターフェイスにDV編集機材を接続し終わったセリオは、物思いにふけって
いた。
 サテライトサービスで集めた資料、フルCGデータ、私の能力。
 そして、私の思い出。
 私の出会った人たち。
 綾香さま。
 アルバムというのは、すてきなものなのですね……。
 静かに目を閉じるセリオ。
 そして、すべての機材が一斉に稼働しはじめた。




「で、できたの?」

「――はい」
「見せて見せて!」
「はい、ではこちらへ」

 試写室。
 からからと16ミリ映写機が回る音がかすかに響く。

「なんで今時映画フィルム? ビデオでいいのに」
「鑑賞時の雰囲気も重要かと思いまして」
「凝るわねえ」

 まばたきするようなカウントダウンの後、現われた映像。
 画面中心の来栖川のマークから、放射状の光が走っている。オープニングクレジットか。

「モノクロ?」
「はい。最近の流行の傾向を取り入れて、スタイリッシュな仕上がりを目指しました」
「スタイリッシュというか、ちょっとレトロ調ねえ」

 と、突如鳴り響く弦の低音。連続的に刻みこむような旋律があとにつづく。
 伊福部昭作曲による荘重なテーマ曲だ。
 というか。

「この曲どっかで聞いた気が……」

 いやーな予感がしてきた。

「はじまります、綾香さま」

 そして、黒い画面に現われる文字。


	『制作 来栖川電工HM7研』

	『配給 来栖川綾香』


 どこか古風な縦長の明朝体。
 そして、


	『協力 海上保安庁』


「いつ取りつけたのよそんな協力」
「――…………」


 とどめに、超極太角ゴチックで微妙にヒビの入ったフォントで、


	『セリオ』


 きゅごおおおおおおん。
 ウッドベースの弦を松ヤニ付けた革手袋でこすったような音が重なった。

 もういい。
 もう内容見なくても、わかった。
 綾香は椅子にへたり込んだ。


	『わ、私見たの! 確かにあれは伝説の、セ……(がくっ)』
	『……………………………………』
	 しっかりしてください、理緒さん。


	『これが海岸に漂着した物体だよ、浩之ちゃん』
	『こ、この鋭角的な耳カバーは!? まさか!?』


	『いよいよ最後です、みなさんさようなら、さようならああああ……』
	 セリオの破壊した放送塔もろとも玉砕する志保。


	『以後この怪ロボットを”セリオ”と呼称する! ええな』
	『あの、保科首相……私は”チャッピー”がいいと思います……』


	『こ、このままでは地球は大ピンチです!』
	 心ならずも戦車師団に退却を命ずる松原少佐。


	『セリオに対抗する手段が、一つだけあります』
	『しかし長瀬主任! それでは、あなたまでが……』


 海岸で、潤んだ目で沖合を見つめるマルチの口から、
『あれが最後のセリオさんとは思えないですぅ……』
 という台詞が出る頃、綾香は半分寝ていた。

「綾香さま、綾香さま」
「んにゃあ?」
「いかがでしたか?」
「ん? ああ、いいんじゃない?」

 『どうでも』という言葉が間に入る予定だったが、省略した。
 あからさまに言うのはちょっとかわいそうだったので。
 たしかに手はかかっている。全編フルCG、実写取り込みの表情グラフィックはちょっ
と見には本人がそのまま出演しているのかと思ったほどだ。
 でも、そんだけ手かけといて、やってることは怪獣映画のモロパクリ。
 どうコメントしろと言うのか。

「そうですか……」
 セリオは安堵したようだった。
「では引き続き海外むけバージョンをお楽しみください。新たに英字紙の取材記者役で宮
内レミィさまが出演、シーンが追加されて……」

 上映は継続された。
 綾香爆睡。





 そして、研究所に現われる二人の姿。

「ながせしゅにん〜」

 ばんっと卓に手を突く綾香。
 もう片方の手でセリオの耳カバーを引っぱっている。
 ずっとその状態で引っぱってきたのだ。
 家から、ずっと。
 かなりきついお仕置きだった。

「セリオって来栖川電工の最高級機種よね」
「もちろんです」
「どうもそうは見えないんですけどね」
「そうですか……」
 長瀬は、ふっと柔らかい目つきになった。
「説明しましょうか」
「な、なによ……」
「セリオの主な能力はサテライトサービスからのデータのダウンロードによります」
「うん」
「つまり、セリオの性能は直接そのデータの内容に依存するんです」
「ふうん」

 大体わかった。
 綾香の声がオクターブ低くなる。

「……で、そのデータを作ったのは?」

 長瀬はおおいに胸を張り、

「わたしとその部下たちです!」

 ああ。
 綾香は深く納得した。
 じゃあ、ダメだ。

「――それに、他にも要因はあります」
「セリオ?」

 耳カバー引っぱりの刑に甘んじつつも、セリオは人差し指を立てて言う。

「マルチさんほどではありませんが、わたしにも学習機能はあります」
「ほう」
「そして、わたしは今まで綾香さまのおそばでお仕えしてきました」
「……それで?」
「綾香さまとともに、大切な思い出を紡いできました、そう思います……僭越ですが、私
はそのように感じて、思っているのです」
「セリオ……」

 耳カバーをつかんだ手がゆるむ。
 綾香は目をそらして、すん、と鼻を鳴らした。

「あんたって、割とずるいとこあるわね」
「――申し訳ありません」

 ゆっくりと耳カバーから綾香の手が離れ、もう片方の手がセリオの手に触れ――。

「そして」

 セリオの口からこぼれる、もう一つの言葉。




「世に言うところでは、ペットは飼い主に似るものだとか」

「……なんだと?」




 ぐい。
 再びがっちりと握られる耳カバー。
 そして。
 ぐぐいっ。

「じゃあ、こっちもね♪」
「――綾香さま……」
「このままで帰るわよ、セリオ」
「――そんな……」

 綾香に両耳を引っぱられつつよたよた帰っていくセリオを、総出で『ドナドナ』歌いつ
つ見送る長瀬はじめ所員一同。
 日の丸の小旗を振る姿もちらほら見かけられる。

「セリオの奴、幸せそうですね、主任」
「それはどうかな」