鬼人たちの夏 投稿者:takataka
 今年も夏が来て、そして俺は隆山に来た。
 柏木家は伝統的な日本家屋らしく、柱と障子やふすまなどの間仕切り建具で構成されて
いて、壁らしい壁がほとんどない、風通しのいい構造だ。
 風通しがいい、つまり――。

「クーラーが効きにくいんじゃあああああ!!」

 叫んだ。
 エルクゥパワーをちょっと開放したりなんかして、叫ぶ鬼人の会。
 周囲に響いていた蝉時雨がピタリと止む。

「うっがあああああ! 貴様なんでそれほどまでに根性なしかー! 貴様の冷風がオレの
ところに届くまでに熱風になっとるんじゃああ! おのれー!」

 紙くず丸めてクーラーに投げつける。送風口に挟まったら俺の勝ち。
 只今、十戦十敗。
 ぽすっと、紙くずがまた床に落ちた。これで十一敗。

「ちくしょおおおう! 俺の! 俺の大甲子園が!」

 泣きながら出身校の校歌を歌いつつ、ひっくり返したポテチの中身を拾う。

「あうう……暑くてその上ヒマってのはやりきれん」

 と、がらっと戸が開いた。

「耕一。話がある」

 梓だ。
 しかもおそろしく仏頂面の。

「なんだよ話ってー、話ならここでも出来るぞ」
「いいから来い!」

 一喝。またしても止まる蝉時雨。
 暑さのせいだろうか、微妙に鬼の力が出ているようだ。





「おーい来たぞ梓……って、なあぁ?」

「フハハハハハハハ! こんにちは次郎衛門!」

 何っ!?
 梓……いや、アズエル!?
 俺は目の前にいるそいつが梓であって梓でないことに速攻で気づいた。これはアズエル。
間違いない。
 梓の奴……暑さのあまり前世の記憶がはみ出しているのか?
 無理もない! 暑いからな!
 仕方あるまい! こうなったら俺もはみ出してやるぜ!

「こんにちはとはご挨拶だな、アズエル!」
「挨拶だからな!」

 ああ、まったくだ!

 さて次郎衛門! と俺にびしっと指を突きつけるアズエル。

「今日は紫外線にもメゲない夏色BOYの貴様にうってつけのエキゾチックなゲームを用
意した!」

 ぴーっと口笛で合図する。

「出ませい、エディフェル!」

 その瞬間、俺の目に映ったものは切なげな少女。おかっぱ髪がゆれている。
 その繊細な、壊れそうなたたずまい。
 腕を真横に突き出し、ひじから先を上下に振って、カニ歩きで移動している。

「耕一さん……」

 まさか、あれは?

「わははは、見たか耕一! いやさ、次郎衛門!
 ザ☆スペースインベーダーinカエデ・カシワーギせんきゅっ!」

 なんだと?
 ちくしょう! なんてエキゾチックな!

「おい梓、いやアズエル! 楓ちゃんに何てことさせるんだ! 放してやれ!」
「ふ、奴は自分の意志でやっているぞ。なぜなら……」
「お兄ちゃん!」
「初音ちゃん……いや、リネット?」

 俺は目を疑った。
 初音ちゃんは居間の柱に、ストッキングと自転車のキャリアのゴムとお中元の箱にかか
ってたひもで縛られている。
 なんかヤケクソぎみな縛り方だった。暑いからだろうな、やはり。

「助けて、お兄ちゃん!」
「初音ちゃん! ……貴様アズエル! 初音ちゃんまで毒牙にかけるとは!」
「クックック、リネットを助けたくば、このカラーボールをエディフェルにぶつけるの
だ! 顔面十点、それ以外三点! ぶつけると楓が『がおー』って吠えるぞがおーって!
 これぞレザム名物、苛羅亜暴留鬼退治!」

 馬鹿な!? オレがエディフェルを傷つけられぬことを知っての狼藉か?
 おおお! 許さんぞ! 許さんぞアズエル!

「るおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉーーーーーーー!!」

 鬼の力をもう一段解放して、吠えた。
 再開していた蝉時雨が、またもぴたりと止む。蝉にはいい迷惑だろうが、俺も必死だ。
 だが、アズエルは怯む様子も見せず、にやりと笑った。

「ふ、そんな口をきいていいのかな? 貴様の大事なリネットが……」

 魔の手が初音の頭に迫る。

「助けて、お兄ちゃん!」

 その頭の上に冷凍みかんを、ちょこん、と乗せた。

「ひゃっ、冷たいよう! ひんやりするよう」
「止めろ! 止めろやめろおおおおお……」

 かりにも実の妹になんてことを! 初音ちゃんは鏡餅じゃないんだぞ!

「ふん、こいつが次郎衛門、貴様の下に去ったときから、もはや姉でも妹でもないわ」
「な、何だと……この鬼!」
「貴様とて鬼だろう次郎衛門」
「うるさい! それとこれとは別問題だ!」

 そうこうしている間にも、冷凍みかんの溶けた雫がリネットを襲う!
「ああっ、お兄ちゃん! 雫が、雫が背中に! ひゃあぁ、冷たいようお兄ちゃん」

「くっ……リネット……」

 しかたない。俺はゆっくりとボールをつかんだ。

「どうやらその気になったようだな次郎衛門。
 では、ミュージックスタート!」

 かちりとラジカセのボタンを押した。



	♪ボインはぁ〜、赤ちゃんのためにあるんやで〜



 月亭可朝『ボイン哀歌』か!
 アズエル、いかにも貴様らしい選曲よ!

 ふり返れば、まだスペースインベーダーのまねで、横スクロールを繰り返す楓。

「耕一さん……」

 切なげな声。胸が痛んだ。
 くうぅ、エディフェルよ、そんなにまでして俺のことを!?
 だめだ! 俺にはできない!
 ひざを突いた俺を、アズエルは高らかにあざ笑った。

「堕ちたものだな次郎衛門!」

 俺は低い声で言った。

「アズエル……貴様とて名のあるエルクゥの勇士! サシで勝負だ!」
「なんだと?」
「それとも、今の俺とやるのが……怖いか?」
「くっ、貴様あ! よかろう、受けて立つ!」
「後悔するなよ」
「貴様こそ!」





「第一回チキチキ・偽善者糾弾ドキドキ☆デスマッチ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 これは千鶴さんの留守を利用してさんざん陰口を言い合い、部屋の温度が三度下がるさ
まを想像して涼をとる男と男の勝負であるッ!!

「じゃあ先攻、耕一お兄ちゃん!」

 縛を解かれた初音ちゃんが、こーん、と鍋の底をお玉で叩いた。

「ぐぉらあああ! おんどれ人の土手っ腹に風穴開けそこなっといて、その血も乾かんう
ちに『わたし、きれいですか……?』かーーーーーーー!
 口裂け女かお前は! ポマード三回唱えたら逃げるか! 好物は黒あめなのかーーーー
ーー!?」

「うわあ、すごいよお兄ちゃん! 耕一選手、かなりの高得点が予想されます。
 じゃあ次、梓お姉ちゃん!」

「おのれどぐされ偽善者あああああーーーーーー!!
 見栄はって人のブラ勝手に付けて、パッド落としたの五万回かーーーー!!
 料理ベター! こないだの鍋、中で何か新生物が発生したのは何だーーー! 二世誕生
かー! バスケットケースの兄ちゃんの方かーーーー!!」

「わ、そんな女の秘密まで……梓選手、命が惜しくないんでしょうか?」

 おとなしい子にしてはめずらしく、初音ちゃんノリノリだ。
 暑いからだろーな、やはり!
 しかし普段から同居しているだけあってネタ的にはアズエルが一歩リードしている感じ
だ。くっ、だがこの俺とて負けるわけにはいかんのだ!
 待っててくれよ、エディフェル!

「だいたい鶴来屋の価格設定おかしいんじゃああ! 一泊二食つき三万八千円からって何
じゃあああ! 庶民なめとんのかコラア!」
「妹として奴にひとこと物申す! とりあえず『てへ』はやめれ! 年考えろっちゅーん
じゃあああ!」

 ぜえ、ぜえと肩で息をする。アズエルも同じように、相当参っているようだ。

「ふ……やるな、アズエル」
「貴様こそやるな、次郎衛門」

 にやりと笑いかわす、その一瞬――。



「な」

	ずびゅっ

「に」

	どげっ

「を」

	づどむっ

「してるのかな〜〜〜〜〜〜〜〜〜?」



 一瞬にして血の海に沈む三人。
 初音ちゃんまでも犠牲になるとは。

「あ……な……千づ……ど、どうして」

「姉さん聞いてるんだけどなぁ」

 エルクゥ皇家四姉妹が長姉、リズエル見参。
 いつもと変わらぬやさしい笑み。でも、鬼パワー全開。
 暑いからという言い訳はもう通用しない。
 だって部屋の温度、軽く十度は下がってるし。

「たまたま今日はお仕事が早く終わって、せっかくだから夕飯でも作ろうかなあって……
ねえ、耕一さん?」

 やさしい視線が俺をぐわしっと捕らえて放さない。
 目で殺す、とはよく言ったものだ。心の底からそう思えた。

「なに、なさってたんですか?」
「いや、これはそのつまり……」

「こ、耕一が! 耕一がどうしても

『呪われた血の悲劇! 最強エルクゥ炎のさだめ、生か? 死か? 宿命の対決に最愛の
女の祈りは……?』

 ごっこをやろうって言うからー!」

 おのれ梓! 裏切りやがったな!

「そういうわけだったんですか……」
「ちがいます」

 突然楓ちゃんが口をはさんだ。
 あいかわらずスペースインベーダーの横スクロールを実行したまま。

「見てたから。梓姉さんが、耕一さんを呼びに行くのを……」

「楓!? あんた、あたしを裏切る気なのか?」

 辛そうに目をそらす楓ちゃん。それでも横スクロールは止めない。
 せめてもの罪ほろぼしなのか。

「いらっしゃい、梓ちゃん?」
「ど、どこ行くんだ? ここでもいいじゃない!」
「だって、お客さん用の部屋を血で汚したら困るでしょ……」
「ひ、ひぃええええええええ!」

 首根っこつかんで引きずられる梓を見送る俺たち。
 さらば、アズエル。




 ぼか、げし、がす、べき

「お兄ちゃん、何だかとっても痛そうな音がするよう……」
 息を吹き返した初音ちゃんを、俺はぎゅっと抱き寄せた。

 ぐしゃ、めしゃ、どちゃ、ぐちゃ

「お兄ちゃん!? な、なんだか柔らかくて水っぽい音になってきたよ!?」
 考えちゃダメだ、初音ちゃん。




 戻ってきた千鶴さんは、ものしずかなしぐさで、ぱたり、とふすまを閉じた。

「あの、千鶴さん、梓は……?」
「梓? ああ……」

 人差し指をあごに当てて、何かを思い出すように、宙に視線を泳がせる。

「五分前までは梓だったんですけど」

 どういう意味だ?
 部屋に向かおうとした俺を、千鶴さんはやんわり引き止める。

「今行っても……『お部屋のどのあたりが梓だったのかな?』て感じだと思いますよ?」

「う、うわああああああーーーーーー!!」

 こうして、俺たちの夏は過ぎていった。
 暑かった。
 ただただ暑かったのだ。




 一方。

「……楽しい」

 インベーダー的に横スクロールをくり返す、楓。
 気に入ったらしい。



「今年の夏は、これでいただきです」



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