ノース&ウェスト 投稿者:takataka
「超能力少女……なあ」

 智子は浩之の話をつまらなさそうに聞いていた。がしゃんっと勢いをつけて金網により
かかる。

「そんなん私に何の関係があるっちゅーねん。
 私はそんなん信じんし、仮にほんとのことだったとしても、それが私に何の関係がある
んや?」

 屋上から見える町並みに目をやりながら、あいもかわらずクールな智子。
 だが、浩之にもまだ隠し球があった。

「いやな、琴音ちゃんって北海道出身者なんだ。函館なんだって。
 同じ地方出身者同士で、いいんちょと話があうんじゃねーかと思ってさ」

 例の超能力騒動も落ちついて、琴音もまわりにだいぶとけこむようになってきたが、ま
だまだ誰とでも気楽につきあえるような段階ではない。
 琴音には先輩の知りあいが浩之しかいなかった。

「よかったら一度話してみねーか……って、おお!?」


「北海道」


 ややうつむき気味。顔の前で手を組んで、ニヤリ。
 浩之は委員長がそんな笑い方をするのを初めて見た。

「おった」
「……委員長?」
「おったおった! おったでえー!」

 だんっとベンチに片足乗せて、拳を振り上げ大絶叫。


「イナカモン、ゲットやでー!」


「……委員長? いやさ、智子?」
 魂ひっこ抜かれたかの如く茫然とする浩之。オレが見ているのはほんとにあの委員長な
のか……? そんな疑問が脳裏をよぎる。
「藤田くん、モンスターボールや! モンスターボール持ってきて!
 はようモンスターボールやて! なきゃトラバサミでもええ!」

 じたばたと暴れる智子を、浩之は茫然と見守るしかなかった。

「ふふふ……苦節二年! いままで二年の長きにわたって続いてきた地方出身者としての
苦悩! そのうらみつらみを今! 倍にして返したる!」
 さんざん関西弁で馬鹿にされとった恨みをついに晴らすときがやってきたわ。
「なに? 北海道ですか? そんなん海外やないかい! ゆーかむしろロシア? 日本語
つうじへんやないの! かなわんなーもう、うちの学校にそんなイナカモンがおったなん
てなあ、早くゆーてくれればええのに」

「い、いいんちょ……」
 思わぬ一面に思わず引く浩之。
「委員長……なんかこうあるだろ? 同じ地方出身者として、苦労話とか共感できるとこ
とか……」
「アホぬかせ! 地方出身者の敵は地方出身者! それが世の習いや!」

 ひとつの差別はさらなる別の差別を生むという。
 どっかで聞いた言葉を実感する浩之だった。
 だが、関西と北海道では決定的な違いがある。

「でも琴音ちゃんは、ちゃんと標準語でしゃべるぜ?」
「え?」

 そうなのだ。
 北海道出身者はどう言うわけかその他の地方に比べてそれほど訛りが目立たない。
 開拓地ゆえの事情だろうか。

「あの子敬語でしゃべるからそのせいかもしれねーけど、少なくともオレとしゃべるとき
は標準語だなあ」
「なんやて……」

 浩之の両腕をぐっとつかんで揺さぶる智子。

「藤田くん、だまされたらイカンで!」
「だまされるって、何で?」
「決まっとるやないかい! 北海道言うたら関西よりかよっぽど遠いやん! そんなとこ
に方言がないなんてことがあるか!?
 あンの女郎蜘蛛、猫かぶってんねや、決まっとる! 化けの皮はがしたらんと!」

「いや、女郎蜘蛛ってキミ……」

 ぎっと浩之をねめつけるその目は、もう浩之の知っている智子のものではなかった。
 まさに修羅。
 放置しておけば陸奥圓明流体得しかねない。

「藤田くん?」
「な、なんだよ」
「協力してくれるな」

 さっと浩之の顔色が変わった。言っていいことと悪いことがあるだろ?

「冗談言うなよ、オレがそんな真似するとでも思ってるのか?
 琴音ちゃんはいままで超能力ネタでさんざん傷ついてきたんだ、これ以上あんな繊細な
子を傷つけるような……」


「ええよ」


 委員長は胸を『くっ』とそらした。
 挑戦的にセーラー服を押し上げるふくらみ。
 いつもより余計に突出しております。

「え……委員長……」
「触っても、ええよ」

 うっ。

「バ……ばかにするなよ! オレがそんな色仕掛けに……」

「三回までなら」

 委員長はそっと手を上げた。
 ゆっくりと五本の指を曲げる。なにかをつかむような、その形。
 握って、ゆるめて。繰り返す。
 もみもみ。

「……ええよ」

「ほんとに……?」
「ああ」
「委員長……いや、智子!」
「藤田くん!」

 がしっとかたくシェイクハンド。
 契約成立。

 智子はさっと腕まくりして、両手に唾はいてぱしぱしっと手を打ちあわせる。
 仕事にかかる職人を思わせるその風情。
 中指で眼鏡をぐいっとずりあげる。シルバーフレームがきらりと光った。

「よっしゃ! そうと決まれば行くでえ藤田くん!
 関西のノリで! 浪速っ子独特の押しと粘りで!」

 やや後ずさりつつ、浩之はちょっと後悔しはじめていた。
 委員長、かなり本気か、でなければヤケだな……。




「あの……ご迷惑じゃないでしょうか……」
「そんなことないって。今日はゆっくりしてっていいんだぜ」

 帰り道、浩之は琴音を誘っていた。
 そして電柱の影で見守る智子。
 その脳裏を琴音のデータがよぎる。


	『イナカモン(北系ポケモン)
	 のうりょく テレキネシス
	 とくちょう 犬より猫が好き
	 とくいわざ カニバサミ』


 やがて琴音は浩之に連れられ、家へと入っていく。そこに恐るべき罠が仕掛けられてい
るとも知らずに。
 あとに続いて、智子もこっそりと藤田家に入る。
 智子は二人の入っていった浩之の部屋の前に落ちついて、室内のようすをうかがう。

「ちょっとしたもんだろ? 琴音ちゃんのために用意したんだぜ」

 琴音は茫然と部屋の中を見回していた。
「うわあ……」
 感心したというより、何か半分あきれているに口をぽかんとあけている。




 そんなふたりを、押し入れの中からそっと見守るおさげメガネ。

「くっくっく、おどろいとるおどろいとる。このイナカモンが。
 標準語しゃべってられるのも今のうちやで。この私が用意した『北海道室』の中では
な!」

 智子はガッとあらぬ方向をむいた。

「こにゃにゃちわー!
 今日はイナカモンを陥れるために用意した北海道グッズの数々を解説するで。
 こないだの修学旅行で集めたおみやげ品の数々を藤田家に一挙展示! そこはもはや北
海道の空気あふれる夢空間’99や!

 壁際にはちろん北海道土産のペナント! 棚には阿寒湖名物マリモの入ったビンと、レ
ーニン像が並んどる。北海道には欠かせないアイテムやな。ボーイズビーアンビシャスい
うおっさんや(違います)。
 ちなみにテーブルの上にあるお菓子は『白い恋人たち』、飲み物はハスカップジュース
やな。
 本棚にはもちろん永井豪『あばしり一家』が全巻そろっとる。
 関係あるかどうかよくわからんもん持ってくるあたりお洒落やろ?
 あとこれは実現せえへんかったんやけど、坂下さんに空自の制服着てもらうとか、レミ
ィにガラス吹かせるとかいろいろ考えたんやで? 奴ら逃げよったけどな。

 さて好評の、智ちゃーん、チェーック!

 とどめとして、テレビの上には鮭くわえたクマの木彫りをはさんで、赤紫両ナコフィギ
ュアそろい踏みや。ワンフェスで朝っぱらから行列作ってゲットした限定モンの逸品なん
やで。
 どや、これであのイナカモンもイチコロやろ! ほななーー!!」

 安楽椅子にかけた姿勢でしばらく固まって。
「……ふう」
 お約束終了。
 何事もなかったかのように観察に戻る智子だった。




「それにしてもすごいですね先輩。こんなに北海道のものが……」
「ああ、こないだ修学旅行でいろいろ買ってきたんだ。琴音ちゃんどうだ、なんか故郷に
戻った気がして落ち着くだろ?」
「いえ……別に……」

 琴音の顔色は何だか青ざめていた。
 ――考えてみたら、人の部屋に遊びに行って、そこが自分の出身地のお土産もんで埋め
つくされてたらちょっと引くよなー。
 首を捻る浩之。が、今さら気づいても遅い。
 なんとか空気をかえなければならない。

「そしたら琴音ちゃん、腹減ったろ? 飯おごるぜ」
「え、そんな……」
「いいって、いつもオレ弁当もらってるしな」
 ごそごそとテーブルの下から鍋を取り出す浩之。
 普通の鍋と違って、中央部がやたらと盛り上がった妙な形をしていた。
「ほら、本場のジンギスカン鍋! 琴音ちゃんのために買ってきたんだぜ」
「先輩……」
「ははは、このくらいお安い御用さ」

 ほんとは私が買ったんやでー、と物陰で一人つぶやく智子。

「じゃあ、用意は私やります」
「おう、頼んじまっていいか? 冷蔵庫の中に肉入ってるから」




「藤田くん藤田くん!」
「おう、これでいいんだろ? いま琴音ちゃん肉とりに行ってるから」
「これこれ! これかけてや」
 智子は一本のテープを浩之に握らせる。
「何これ?」
「いいから黙ってかければええんや。聞けば分かる」
 ひくい声で突っぱねる智子。かなり迫力的だった。




 火にかけた鍋から、油のこげる匂いがしはじめる。

「あ、それじゃあお肉いいですか?」
「おう……あ、そうだ。なにか曲でもかけようか?」

 例のテープをかけて、再生ボタンを押す。
 ステレオから流れるディスコティックなナンバー。


『ジンギスカン』だった。


 そのまんまやないかい。
 智子の隠れている空間に向かってツッコミ念波を送る浩之。
 奴に届け、テレパスィー。

「あ、この曲……」
「知ってるのか?」
「小学生の時、全校ダンスで踊りました」
「奇遇だなあ、オレもだ。オレたち気があうみたいだな。
 あ、琴音ちゃんこの辺焼けてるぜ」
「じゃあ、わたし先輩に食べさせてあげます」
「おう、うれしいねえ」


	 じん、じん、じんぎすかーん♪


「はい、あーん……」
「……おう」


	 うっ! はっ! うっ! はっ!


「じゃこんどはオレが琴音ちゃんに食べさせてやるぜ! ほら口あけて」
「……はい」


	 はっ! うっ! はっ!


「先輩……変な雰囲気です、すごく」
「……おう」

 ……BGM、ミスだ。
 恨むぜいいんちょ。
 そんな浩之の気配を察したのか、琴音は顔を曇らせた。

「今日の先輩、何だかヘンです」
「なっ、何でもねえって! 気のせい気のせい!」
「うそばっかり」

 琴音はふいに目をそらした。
 初めて会ったときのような、影のある怯えた表情だった。

「私見たんですよ……屋上で、保科先輩と」
「なっ」

 計算外だった。
 浩之は狼狽して手を振り回す。

「いや待ってくれ琴音ちゃん、あれは違うんだって!」

「仲、良さそうでしたね」
 にっこりと笑う。でも、その目の色には痛々しさが浮かんで見えた。

「それでもいいって、私思ってたんですよ。先輩って素敵な方ですから、ほかの女の子が
放っておかないって、そのくらい思ってました」

 夢見るようにあおむき、窓の外に目をやる。五月の空は果てしなく青く、高かった。

「私……先輩と契りを交わした日のことは今でもおぼえてます……」

 あの日、夕日の差し込む教室。
 浩之の脳裏に情景が浮かぶ。ひんやりと冷たい教卓の感触と、忘れられない一瞬。
 琴音ちゃんの目に浮かんでいた涙はほかの何物にもかえがたく美しかった。
 だが、いま琴音の瞳に浮かんでいるそれは、自分に対する非難の涙だ。浩之は痛切にそ
れを感じていた。

「この人なら私を助けてくれるって、そう思いました。でも、独占しちゃいけない。だっ
て藤田さんは他の女の子にもやさしいんですもの。私にだけ……やさしいわけじゃ、ない
ですから。
 でも、それにしても」

 きっとまっすぐに浩之を見据える。

「やさしくする対象が多すぎじゃありませんか!?」

「なっ……」
「私知ってるんですよ! 神岸先輩と長岡先輩がどんな気持ちでいるか……。
 それに、宮内先輩……子供のころの思い出をまだ大事に持ちつづけてる、そんな純真な
気持ちを裏切って!」

 琴音ちゃんは深く息をつき、浩之を横目で見ている。
 刺すようなまなざし、無言の非難。

「今度は保科先輩ですか……?」

「待ってくれ! ちがうんだ琴音ちゃん!」

「私、それでもいいと思った!
 藤田さんが他の子に気をとられても、他の女の子と、契りを交わしても……。
 私のことを少しでも、心の端にでも置いておいてくれるのなら、私それでも良かった!
 私はそのことだけで、藤田さんが他の女の子に対して負っている罪を肩代わりしてもい
いと思ってました。それなのに……」

 琴音が浩之を見据える。その瞳には非難の色ももうなく、ただ悲しかった。

「藤田さん、そうやって女の子をなげるんですね……」

 なげる、というのは北海道弁で「捨てる」の意だ。

「神岸先輩も長岡先輩も! 宮内先輩も……そして、わたしも……。
 群がる女の子とちぎっては投げ! ちぎっては投げ!
 藤田さん、そういう人だったんですか? 私の好きになった藤田さんは、そんなワンナ
イトジゴロですか!?」

 痛みをこらえるように、握った拳をじっと胸に押し当てている琴音。
 浩之はただ黙って立ちつくしていた。

 言いたいことは、分かる。
 要するにやっては捨てるやり逃げくんだと、そう言いたいのだろう。
 でも、ニュアンスが。
 柔道一直線じゃねえんだから。
 いらん事を考えてしまう浩之だった。

「それって……そんなのって」

 琴音は、ぐっと何かを飲みこむように息詰まると、浩之をきっとにらみつけた。
 叩きつけるような、それでいてなにか哀願するようなその声――。


「藤田さん、女の敵なんでないかい!?」


 言った。
 モロ的に。

「それとも、私の事疑ってるんですか? 自分が不誠実だから、相手の女の子も不誠実だ
ろうって、そう思ってるんでないの?
 したっけ、私の藤田さんに対する気持ちは本物なんですよ!
 うっそでない、うっそでないって! わかるっしょ!?
 なのに、そったらはんかくさいこと……。
 わたし、あずましくねー藤田さんなんか、見たくないです!」

 むう、もはや北海道弁オンパレード。
 これだけやれば委員長も満足だろう。オレ的にもかなり心が痛い。
 浩之はさすがに辛いものを感じていた。

「あのな、琴音ちゃん。実はー」
 ふかーくため息をついて、浩之はがらっと押し入れの戸を開け放った。

「っくーなんやなんや、もう何言ってるかさっぱりわからんやん。なに人? ってかんじ
やなー。ある意味ヤーレンソーラン北海道やん。パオパオチャンネルかっちゅーねん!
 ……って、わあぁ!」

 わかってはいても、開けられてからしばらくは気づかぬフリ。
 お笑い王国住民の悲しい性だ。
 委員長は、含み笑いを硬直させつつ、

「あ、あの……あー……あろはー」
「なんっでハワイ風やねん! いーかげんにしなさい」

 ぺし。
 白い空気が流れるまもなく、

「ヒロくん!」「智やんの!」「ショートコントアワーでしたー、ほななー!」

 ♪ほんわかほんわっ、ほんわかほわわっ……

 吉本のテーマにノって逃げようとした二人の行く手にどかんっと大音響。
 出口のドアにレーニン像がめり込んでいる。
 ゆっくりふり返ると、ハスカップジュースの壜やら白い恋人たちやら紫ナコやらが、琴
音を取り巻くようにふわふわ浮いていた。

「あ……」
「あはは……」

 琴音は、いつになく優しさにあふれた笑みをゆっくりと浮かべた。

「――滅殺です」




 そして。
 部屋の中に倒れている、浩之と智子。
 頭のてっぺんからつま先まで、綺麗にタイヤマークがついている。

 琴音の108ある滅殺技のひとつ『札幌地下鉄クラッシュ』。
 はるばる北海道から地下鉄の車両をテレポートさせて攻撃対象を踏んづける大技だ。
 薄れゆく思考の中で、浩之は札幌地下鉄がゴムタイヤ式で本当によかったなあ、などと
思っていた。鉄輪だったらオレもいいんちょも真っ二つだ。

「いいんちょ〜、いきてるかぁ〜?」
「ああ……なんとかなぁ……」
「何かひとこと……」
「ご……」
「ご?」


「ご無体や……」


 うまい!!



http://plaza15.mbn.or.jp/~JTPD/