『しっぽせりおの大冒険』第七話 投稿者:takataka
 話は少しさかのぼって。

 信じられないものでも見るように、みんなは葵は見ていた。
 十円玉が『はい』の位置に移動したかと思うと、さっきまでがたがた震えながら恐る恐
る爪の先っぽだけ十円玉に乗せていた葵が――。


「こんっ」


 言った。

 犬のお座りの格好になって、あたりをきょろきょろと不安げに見回す。

「葵ちゃん? 葵ちゃんなのか?」

 ぽーっとした瞳で浩之を見ると、
 ぺろっ。
 差し伸べた手のひらを、なめた。
「うわっ」

 あわてて手を引く。葵は『どうしてびっくりするの?』とでも言いたげにきょとん足し
た表情で首をかしげている。

「ほんとにキツネなのか……?」

 はい、キツネです。
 キツネの神さまですから、普通のキツネよりえらいのです。
 自信をもって断言する芹香。
 そんなに自信ありげでも、やはり声は小さい。

 雰囲気になれず落ち着かないのか、手の甲を嘗め回したり、かしかしと後ろ足で頭の後
ろを掻く葵。
 困ったときの毛づくろいはケダモノの基本だ。

「うぉ、葵ちゃんブルマー着用でその格好は、ごッ」
 浩之が何か言おうとしたらしいが、綾香の一撃が黙らせた。
「おうううう、頭が! オレの頭が!」
「こんな時にいらんこと考える頭なんか捨てなさい!」
「無茶ゆーなよお前」
「もしかしたら来年もうすこしましなのが生えてくるかも」
「来ねえよ」

「でもさあ、何だか神さまぽくないっていうか……大丈夫でしょうね姉さん、さっき言っ
てたみたいに変な動物霊でもわりこんだんじゃない?」

 そこはかとなく、むっとする葵。
 目がそのままなのに微妙に眉間にしわが寄っているところがポイントである。
 怒ってるのか困ってるのかわかりにくい表情だ。
 むー。

「あ、やだ。怒っちゃった? ごめんごめん。
 それじゃあ葵、セリオの事、よろしく頼むわね」

 綾香が肩に手を載せようとした途端、きつね葵はすっと肩を引いて不審そうな目で綾香
を見る。
 あんたにたのまれたわけじゃないやい、とでも言いたげに。

 っち。
 葵の分際で……。

「………………」
 怒らないで、綾香。

 ぽむ、と芹香が肩に手を置く。

 私から、キツネの神さまに事情は説明しておきました。
 キラワレッ子の妹が、自分の飼ってるロボにも嫌われて大変なので、助けてあげて下さ
いって。


 ぐに。


「誰がキラワレッ子なのかな? 姉さん?」
 ……誰なのでひょうね。
「もう片方も行っとく?」
 わかりまひた、訂正ひて上げます。

 綾香にほっぺをぐにーんとつねられた芹香は、そっと痛いところをなで回した。




 じぶんと、おなじ。
 おなじきつねさん。
 人の中に、自分とおなじ部分があるってすてきな事です。
 そうでないなら、こんなに胸がわくわくするでしょうか?

 私の前には、もうひとりのキツネさん。
 毛色が少し青いですが、それは個人差というものでしょう。
 だって、キツネ色の耳、ふわふわしっぽ。
 黒い手足がワンポイント的におしゃれ。
 わたしとおなじ、きつねさん。

「こんっ」

 一声啼いて、にこ。
 小首を傾げるその姿。なんだかどきどきしてしまいます。
 ――かわいい。
 仔ぎつねさん、こんにちわ。

「こーん」

「こんっ」

 姿に似つかわしい、かわいらしい声。
 仔ぎつねらしい、おおきめな耳。くりくりとしたまっすぐな目。
 そしてなによりすてきなところ、ふさふさしっぽがよく似合う。

 背筋がぞくぞくしてきました。なんてかわいい仔ぎつねさん。
 なんだか咬みつきたくなるほどです。

「きゅうぅ……」

 知らずともれる甘い声。

「こーん」にこにこ。

 ――どうやら好感触のようです。




「まあ! キツネさんが二匹も!」

 あ。
 忘れてました。
 こわい人の脅威が、いま、後ろに。

「そっちの仔ぎつねさんもおいでよ! ほら、こわくないよ」

 自分でこわくないという人ほどこわいのはなぜなのでしょうか。

「うふふふ何だか知り合いに似てるけどきっと気のせいよね! 微妙に青いところがまた
正体バレバレ気味でもそしらぬフリして、ヘ・イ・キ♪ だっていまの琴音はそりゃもう
ハイパーモードなんですもの! 真のヒロイン登場です☆」

 もう、なにがなんだか。

「かーーーーーーーっ!」

 威嚇音。
 私の前を青い影がよぎりました。

 あ……仔ぎつねさん?
 そうなのです。仔ぎつねさんは頭を低くして、お尻を高く上げて威嚇の姿勢を取ってい
ました。
 びりびりするくらいにただよう、緊張感。

「かーっ!」

 びくっとしてしまいます。私がこわがらなくてもいいのに。
 私の肩にぱさぱさとしっぽが触れています。
 だいじょうぶ、おちついて、こわくないよ。そんな気持ちが毛皮を通して伝わってきます。
 このキツネさんは私を守ってくれているのです。
 まだ、こんなに小さいのに。

 こわい人はなんだかちょっとひるんだようです。
 もうひといきです、仔ぎつねさん。がんばって。
 私も微力ながら、
「がうー……」
 と吠えてみましたが、仔ぎつねさんにもこわい人にも聞こえてないみたいです。

「ひどい……わたしのこと嫌うの? 動物は私の事好きなはず!
 さてはあなた、動物じゃないわね!」

 ひどい言いがかりです。

 でも仔ぎつねさんは怯むことなく、私とこわい人の間にきっと立ちはだかって、牙をむ
き出しにしてうなっています。

「しゃーーーーーーーーーー!!」

 すごい闘気。守られてる側の私でもびくっとして、背中の毛が逆立ってしまいます。

 こわいひとは何かあきらめたように、ふうっと息をつきました。

「ふふふ、キツネさん。いいこと教えて上げるね。
 私が好きなのは、私を好きになってくれる動物なの。だから、そうでない動物は」

 きゅぴーんと目が光ったように見えたのは気のせいでしょうか?

「――滅殺です」

 途端に異様な空気を感じました。まわりの空気がざわざわと粟立つような、
 鳥たちがばさばさっと樹から飛び立ちます。
 風もないのに、草がざわざわとざわめきたてています。

「はあああああああああ」

 これは一体!?
 もやもやと瘴気のようなものが沸き立って、彼女のまわりを取り巻いています。
 いったいなにが起こるというのでしょう。
 仔ぎつねさんもこわくなったのか、

「ううー……」

 と、低くうなりながらじりじりと後退しています。

 こわい人は頭を抱えて、より激しく唸りだしました。

「はああああああ! だあああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああ疲れた。」

 ぱったり。
 そのまま倒れるこわい人。
 もやもやはぱっとかき消されたようになくなりました。

 おそるおそる近づく仔ぎつねさん。鼻先でちょんちょん、とこわい人の頬をつつきます。

「こんっ」

 私も呼ばれてみてみると、こわい人は、

「うーん……もう食べられません、せんぱい……」

 なんだかおねむのご様子。
 きっといい夢を見ているのでしょう。




「琴音ちゃん!」
「待って浩之! まだ早いわ」
 飛び出しかけた浩之の肩を、綾香はがしっと捕まえた。
「葵がセリオを確保してからよ。だいたい超能力の溜めに力使いすぎて寝てるだけなんで
しょ、あれ?」
「そりゃそうだけど」
「後で回収しましょ。大事には至らないみたいだし」
 冷静な判断だった。
 けっして琴音に含むところがあるわけではない。ただ、今はセリオの確保が最重要課題
だった。
「でもなあ……」
「まあ、しばらくようすを見ましょう。いま飛び出したらまた元の木阿弥だわ。
 ついてきて」

 綾香は草むらに低く身を伏せて、さらに接近した。
 そのあとを音を立てないようにして浩之が続く。




「こんっ」
 落ち着いたのか、ごそごそ毛づくろいなどしているセリオ。キツネ憑きな葵は四つ足で
そろそろと近づく。
「こーん……」
 ちょっとこびるような、やさしげな声。
 しっぽ、ぱたぱた。

「こん……」

 次第に距離が縮まって、互いにぐるぐると相手の周りを回っている。
 ちょっと匂いをかぎあったりなんかして。

「こん」
「こんっ」

 何らかの同意に達したようだ。

「こーん」
「こーん」

 意気投合。

 ぐるぐる。
 ぐるぐるぐるる。

 二人して喉など鳴らしつつ、セリオが葵の首筋をちろちろと舐める。気持ち良さそうに
目をつむった葵はセリオのしっぽに軽く咬みついたりしている。

 後ろ足で立ち上がって、前脚でお互いの身体をおさえて、あぐあぐと口の大きさ比べの
ように軽く咬みつきあう。
 キツネがよくやる遊びだ。浩之も動物番組か何かで見覚えがあった。
 その仲むつまじさに思わずなごむ綾香と浩之。

「おおう……」
「わ、かーわいい……」
「案外仲いいんだな」
「わ、見て見て。ほら、葵がセリオのしっぽにじゃれてる。あはは、なんか新鮮ー」

 やがて二匹のけものは睦まじくじゃれあいながら、転がるマリみたいにして自由な草原
へと駆け出していった……。

「なんかいいもの見たよな……」
「そうね。ふふ、ココロが洗われた感じかな」

 自然っていいな。
 みんな宇宙船地球号の仲間さ。
 いきものバンザイ。


 ………………。


「……じゃねーよ! 逃げられてるじゃねーか、おいっ!」
「そーよ! 何これ、葵が連れてきてくれる手筈じゃなかったの!?」

 ぐるーり、と向き直る両名。
 その視線の先で、芹香がびくっと身を縮める。

「先輩〜」
「姉さん〜」

 芹香はやはりぽーっとした顔のままあたりをきょろきょろと見回すと、おや? とでも
言いたげにこくんと首をかたむけた。

「も……駄目……」

 へたりこむ綾香。
 そして天を仰ぐ浩之。

「ああっもうこうなったら綾香お前自分でなんとかしろ! セリオも葵ちゃんも、言わば
お前の手下みたいなもんだろ!」
「手下ってなー何よ!」
「セリオボヤッキー! 葵ちゃんトンズラー! そしてお前ドロンジョ様! 以上証明終
わり!
 ……あれ? 今回は関節もパンチもなしか?」
「もう突っ込む気力もないわよぉ」




 強烈な眠気が襲ってきた。
 能力を使ったあとはいつもこうなのだが、今回は前フリに時間を割きすぎてオーラだけ
で終わってしまった。
 きつねさんめー。今度会ったら滅殺です。
 リベンジを誓う琴音だった。

 服が汚れちゃう、とか思いながらも、琴音はそのまんま倒れつづけていた。
 何しろ眠い。
 それに、思い人に会えないまま倒れるヒロイン――悪くないシチュエーションだ。

「ああ、こんなところで倒れる私ってやはり悲劇のヒロインなんですね……。
 こんな私に、浩之さん――萌えても、いいんですよ?」

 でも。
 ただ倒れてるだけというのも、ちょっと。

「こんなことじゃ死ねない……転んでもただじゃ起きない、そうよね、琴音……?」

 最後の力をふりしぼって、琴音は――。




「それじゃあ、私はこの子を屋敷の方へ運ぶわ。浩之はセリオたちの方をお願い」
「いや、琴音ちゃんはオレが」
「服が泥だらけじゃないの。着替えさせなきゃ。あんた女の子の着替え手伝えるの?」
 浩之はここぞとばかりに胸を張り、
「おう、オレ的にはどんと来いだ!」




「それでは綾香さんよろしくお願いします」

 微妙に顔面の変形した浩之をよそに、綾香は琴音を助け起こした。
 ふいに綾香の目が細められる。

 土の上に指で書いた、ダイイングメッセージ。
 ……この子、別に死んでないのに。

 何書いてんのかな?
 えっと――



	「犯人は、来栖川綾……」



 ご丁寧にも三点リーダーまで手書きだった。

「…………」

 ざざざっ

「なにやってんだ綾香?」
「ん、なんでもなーい」
 足で地面をこすりつつ、綾香はぱたぱた手を振った。



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