積み木崩され
投稿者: takataka
 さわやかな朝。
 遅刻寸前のオレは、重量軽減でスピードアップを図るためにオプションユニット神岸あ
かりを切り離し、快調に学校へと巡航ルートをたどっていた。
 すまんあかり。これも大義のためだ。許せ!
 そう、オレの大義とは。

「…………」

 芹香先輩だ。
 二回も連続で校門でぶつかってしまった二人。
 運命的、と言ったのは間違いではなかった。
 あの時たしかに二人を引き寄せたのは運命だったんだ、心からそう思えた。

「よう先輩。いい天気だな……って、おお!?」

 芹香先輩は、もちろん今朝も美人だ。
 身体のパーツ一つ一つが特注品であるかのような、あたりを払う高貴な雰囲気。
 流れる黒髪。
 静かなまなざし。


 そして、グラサン。


 そう。グラサンなのだ。
 今日の芹香先輩はどう言うわけかグラサン着用だった。
 しかも、あかりと競うほどのたれ目である先輩にふさわしくもない、吊り目タイプの不
良サングラス。

「先輩……そりゃいったい……」

 芹香先輩は困ったようにうつむいて、少し顔を赤らめると、何か決意したような目でこ
ちらを見た。

「…………」
 バリバリです、浩之さん。

 かすかな声で、そう言った。




 昼休み、オレは中庭で光合成する芹香先輩と一緒に弁当を食った。
 話はもちろん今回のいきさつについてだ。

 誕生パーティーを抜け出した夜の後、やはり家族の間でいろいろあったらしい。
 芹香先輩はあまり語りたがらなかったが、まあオレにも大体察しはつく。
 今まで箱入り中の箱入りだったお嬢さまが、パーティーを抜け出して男と密会とくれば、
ただで済むわけはないのだ。

「まあだいたいわかった」
 カフェオレをすすり……緊張のあまり早く飲み過ぎてしまった――オレは問い返した。
「オレとの交際を反対されたから、グレました、とそう言うわけだな」
「…………」
 こくんとうなづく。
 ツッパリグラサンがきらりと光った。
 目の表情はわからなかったが、芹香先輩の表情研究家のオレには、その目に決意の光が
宿っているのが感じ取れた。

 しかし!
 ……似、似あわねえええええええ!

「先輩……オレのためを思ってくれるのはいいけど、無理するのはよくないよ。
 親もそのうちわかってくれるって。出来る事からはじめていこうぜ?」

 しかし、芹香先輩はふるふるっと強めに首をふる。
 先輩らしくもない、強い意志のこもった瞳。姉妹のせいか、綾香に少し似ていた。
 そうか。先輩はこんなにオレのことを思ってくれているんだ。
 オレは身体の芯が熱くなるのを感じた。ちょっと、感動しちまったな。

「…………」
「え? それに今回は強力な味方がいるって?」


「ッかああああああああああああああああああーーーーーーーーーー!」


 うおう!
 セバスチャンの野郎か!?
 さては家の方から、先輩を連れ戻しに!?

「大変だ先輩、逃げなきゃ!」
 浮き足立つオレのガクランの裾を、先輩の手が引き止める。
「なに? 味方ってのはセバスチャンなのか?」

 次の瞬間。

「お嬢さま! それに藤田さまーーーーーーーーーー!」

 セバスが。
 いや、かつてセバスと呼ばれる執事であった物体が、オレの目の前に迫った。

 なんと形容したらいいだろうか。
 しいて言えば、甲羅抜き亀仙人?

 まあ、芹香先輩とお揃いのグラサンまではいいだろう。
 しかし、アロハシャツですか? よくこのサイズあったな。
 それに、白髪にまた微妙にラメ入ってるし。
 『あやしいじじい』という言葉をこねて固めて人間の形にしたらこうなるだろうなぁ、
と思わせるそのいでたち。
 よく通報されなかったものだ。

「さあ、お急ぎください。まもなく追っ手がやってきますぞ!」

 急かされるままに校門に急ぐと、そこには。

「うわあ…………」

 リムジンがあった。
 いや、かつてリムジンだったものが。

 重々しく黒光りしていたボディは、フェラーリばりに真っ赤。
 ハの字シャコタンと、リアに突き出す竹ヤリマフラー。
 『東鳩爆走連合 狂崇餓倭』とでっかく書いた旗も立っている。
 ボンネットの上にはでかい穴があいていて、どうやって積んだか知らんがまたバカでか
いエンジンの気筒が顔を出している。

「ささ、お急ぎくださいませ!」

 そんな格好でうやうやしくドアを開けられても困るんだが。
 とにかく、オレと芹香先輩はあわてて乗り込んだ。

 ♪ぱららぱらりらぱらりらら〜

 ゴッドファーザーホーンも高らかに、リムジンはとんでもない加速で発進した。
 柔らかいクッションに身体が深々とめり込む。むう、こういうとこはやっぱリムジンか。

「でも先輩……午後の授業エスケープしちまったぜ? 本当にいいのか?」

 こくこく。

「………………」
 恋の逃避行です、浩之さん。
 先輩はいつもと変わらぬようにオレを見ていたが、その瞳の奥にはかすかな熱を持って
いる。
 このオレにそれがわからないはずはない。
 しばらく沈黙が流れた。言葉なんか今は必要ない。こうして見つめあっているだけで、
思いが伝わるのだ。

「音楽でもおかけいたしましょうか、お嬢さま」

 セバスチャンはカーステレオのスイッチを入れた。ち、邪魔しやがって。


 ♪テケテケテケテケテケテケ…………。
 つっちゃ、つっちゃ……♪


 ああ、なんつうか。
 セバスチャン若かりしおりにはこういうのがバリバリだったのであろうなあ、と思わせ
るエレキの音色が響く。
 なつメロ番組でも滅多に聞かれねーぞ、こんなの。
 気分は昭和元禄。エレキの若大将っつーかんじ。

「まったくセバスとは世代が違いすぎるよな……って、なあぁ!?」

 視線を横に振った途端、異様な光景がオレの目に飛び込んだ。
 右に左にふら〜っと揺れる芹香先輩。それと同時に両腕が交互に上下している。
 ふらふらと波に揺られるクラゲのごとく、先輩は静かにゆらめく。

「先輩どうした? 気分でも悪いのか?」

 ふるふる。

 顔色はいたって健康そうだ。
 ……まさか暗黒太極拳ですか!?

 いや! 違う!?
 これはぁ……もっ、もももモンキーダンス!? まさか!?
 間違いない。先輩は軽快に流れるダンサブルな曲に合わせて、モンキーダンスにふけっ
ているのだ。
 日舞のごとく、セングラのOPのごとく、優雅になめらかに踊る。
 ただ、テンポの取り方が曲の数倍のろいのが玉にキズ。

「………………」
 さあ、浩之さんも。

「え!? オレもやんの!? まじで?」

 こくん。

 そう言われてもなぁ……。

「………………」
 じーっ。

 うっく。
 しかたない、芹香先輩の頼みとあっては断われねーぜ。

 こ、こうだよなあ。両腕を交互に降って、ゆ〜っくり左右に……。
 本物と違って、リズミカルにノリノリでやってはいけない。
 なんか先輩に悪い気がするし。
 ううむ、なんか車酔いしそうだな……

 ふら〜り……ふら〜〜〜〜〜。
 ふらりらら〜〜〜〜。

 おお!?
 おおおお?

 楽しい! おい、楽しいぞこれ? なんなんだ一体?

「先輩、オレなんだか……」

「………………」
 にこっ。
 先輩の笑顔。それさえあれば後はどうでもいい気がした。


 たった二人のモンキーダンス。
 いや、モンキーダンスとも言い切れない謎のゆらめき。
 盆踊りでももうすこし機敏に動くだろう。
 でも、オレと先輩にはそんな事は何も関係なかった。
 いまこの瞬間、ふら〜りふら〜りと左右によろめくこの……なんつうか……レイヴ感?
 そう! それだよ! そういうことにしておこう。
 ほかの誰とでもダメだ。先輩とじゃなきゃ、こんなあやしい浮遊感を味わえなかった。

「おおお……なんかいいぜ先輩! 新しい自分を発見できた感じだ!」

「……………………」
 バリバリですか、浩之さん。

「おう! バリバリだぜ!」

「……………………」
 最高ですか?

「最高でーす!」
 むう、どっかの宗教みたいだぜ。

「では最高なところで」
 セバスチャンがこほんと咳払いをしていう。
「一発箱乗りなどいかがです? 藤田さま」
「え、箱乗りって……?」
「こちらで」
 フリップをかかげるセバス。
 そこには妙に濃ゆい絵柄で描かれた……認めたくはないがおそらくはオレであろう人物
が、リムジンの窓から半身を乗り出して旗を振り回している姿があった。

 タイトル『男藤田浩之・箱乗りモードで気ままにハイウェイスター』。

「なんじゃそりゃああああああ!」
「はっはっは、遠慮などいりませんぞ藤田さま。さ、どーんと」
「だっていま何キロで走ってんだよ、てめえどう少なめに見積もっても体感で100キロ
以上は出てるぞ!」
「はっはっは、ご冗談を。男は黙って180キロですぞ。一般道だというのにこれまた大
冒険ですな、年がいもなく。いやお恥ずかしい」

 …………。
 セバスちゃんが壊れていく!
 先輩、何とか言ってやってくれよ。

「………………」
 がんばって下さいね、浩之さん。
 にっこり。

 ……殺す気か? そうか、そうなんだな!





 びゅごごごごごごごごごご。

「………………たす…………け………………死…………」





「おおおう、男前ですぞ! バリバリですぞ! さすがはお嬢様の選んだお方だ!」

 ぽーっと頬を紅潮させて見守る芹香。
「………………」
 すてきです、浩之さん。



 いくつか、学べたことがあった。
 時速百八十キロは、とっても早い。
 だからして、風も強い。
 そんな中で『助けてくれ』って言ったって車内には聞こえないのであることだなあ。
 詠嘆しているうちに、オレは気を失っていたらしい。

 気づくと、オレは車内に寝かされていた。
 芹香先輩が心配そうにのぞきこんでいた。後頭部に暖かみと、この上ない柔らかさ。
 へへ……膝枕かあ。命がけの代償としては安すぎるような気が。

「先輩、もうバリバリはいいだろ? ほら、つっぱって生きてくのはなかなか大変なんだ
ぜ。オレなんかもう死にそうだしな」

 こくん。
 しっかりとうなづく。ふうぅ、これでバリバリから解放されるぜ……。
 こんなんいくつ命があってもたりねえし。

 と。
 なでなで……。
 柔らかな手が、オレの頭をなでる。ごわごわしたいつもと違う感触。
 恐怖のあまり、髪の毛が逆立っていたらしい。

 浩之さん? そう、呼びかける声。
「なに、先輩?」



「……………………」
 頭、バリバリです。



 ぎゃふん。