よろしくロボドック 投稿者:takataka
 メイドロボが危ない。
 長瀬主任は危惧していた。
 
 名機HM−12&13の発売以来、メイドロボは爆発的な勢いで社会に普及していった。
いまや町で、職場で、学校で、メイドロボを見かけない機会の方が少ないくらいである。
 しかし、喜んでばかりもいられない。
 機械類は何でもそうだが、あるていど普及してくると、必ず困ったちゃんのユーザーと
いうのが出てくるものだ。

 勝手にカスタマイズしておいて、うまくいかなかったのを故障と偽って修理に出したり、
説明書に明記されている禁止事項を平気で破っておいて調子が悪くなったと文句たれたり、
それで対応出来ないとなると、サポート窓口の態度が悪いなどと関係のない文句をつけた
あげく、ネットであることないこと好き勝手な悪口をばらまく……とか、そう言ったたぐ
いの連中である。

 ことがネットにだけおさまっていればいいが、何しろメイドロボというのは社会に出て
人間とともに生活しているものだ。下手な工作をされて誤作動したりしたら、思わぬ事故
を招きかねない。

 そんなことでいちいちメーカーに苦情持ってこられるのではたまらない。
 しかし消費者の言い分もよくわかるのだ。
 いわく、今までメイドロボなんか使ったことないからそんなの分からん、と。
 たしかにメイドロボ業界はまだ日の浅い業種だ。使う方にしても適当な扱いが分からず
困る、というのも理解できる。

「だからして、メーカー側からも積極的にユーザーに指導していかなきゃならないんだよ
なあ……」
「主任」
 研究員の一人が手をあげた。
「なんだね?」
「われわれでパトロール隊を結成するというのはどうです。町を流して、違法改造を施さ
れたり、不適当な用途に使われているメイドロボを発見、ユーザーに自制を促すというよ
うなものですが」
「いいね、それ」
「でもなあ」
 懐疑的な一人が、首をひねった。
「それじゃ表に出てるメイドロボしか調べられないだろ。屋内で使われてる奴はどうする
んだ?」
「いいんですよ、一番問題なのは不当使用されているメイドロボがユーザー以外の第三者
に害を及ぼす場合であって、ユーザー自身が困るのは自業自得ですから。
 家ロボなら、とりあえずは心配いらんでしょう」

 ここでは屋内のみで使用されているメイドロボを『家ロボ』。
 屋外でも使用されるときは普通に『飼いロボ』と称する。
 この時代、まだ『野良ロボ』は存在していない。

「なるほど」
「じゃあ、ひとつ試験的にやってみるかい?」



 てくてくと歩く緑の髪の少女の横に、来栖川マーク入りのライトバンが横づけする。
 ばらばらと現われる白衣の集団。
 あやしい。

「君、耳カバーはどうしたんだね?」
「ご主人さまがはずすように言いました」
「仕方ないなぁ」
 とりあえず、仮の耳カバーをつけてやる。センサー類の入ってないガワのみだ。
「ん……」
 気持ち良さそうに目をつむるHM−12。耳は敏感なのだ。
 自分らで作ったロボながら、どきどきしちゃう一瞬である。

「で、これをご主人さまに渡してくれないか?」
「はい、かしこまりました」

 長瀬はプリントを渡した。
 メイドロボ使用にあたっての注意書だが、なにしろこだわりの研究員たちが作成した注
意書きだけにその造りは凝っていて、ワープロ書きのコピーなんてものではない。

 紙はわら半紙!
 印刷は昔懐かしガリ版刷り!
 タイトルはずばり、『学級だより』。

 『おうちの方へ』と、題された文章には、

「保護者の皆様は、カバーをはずさないようお願いします。ご家庭のメイドロボのすこや
かな成長のため、ぜひお守り下さい」

 すこやかに成長するのか、ロボなのに。
 などと突っ込むものは一人もいなかった。みんなそれだけ思い入れがあるのだ。

 スペースが余ったので、研究所の公開日のお知らせや、社内食堂の献立表、グラジオラ
スの球根栽培日記なども書いておいたのは、まあご愛敬。

「しかしあれですね、なんだか足りないような」

 そのHM−12は若草色のブラウスに赤のジャンパースカートといういでたちだった。
 よく似合っていた。
 マスターはいい人だ。きっと。

「こんなのどうだい?」
 真っ赤なランドセルを背負わせてみる。
「じゃあ、これがなきゃダメっす」
 ランドセルのふたのすき間から、棒状のものを差し込む。
「やっぱりランドセルの端からソプラノリコーダーがはみ出してこそ!」
 おおおおおお。
 みな一斉に沸いた。
「じゃあ、これも」
 ひとりが留め金に給食袋をかける。
 クマさん柄のきゅーとな奴である。
「おおう……」
 超オッケー。
 これで完璧な小学生だ! 耳カバーさえ見なければメイドロボには見えないぞ!

「よし、完璧!! じゃあ帰りなさい」

 こくんとうなずくと、HM−12はぺこりとお辞儀して、回れ右。
 おもむろにリコーダーを引き抜き、ぴーぽーぴーぽーと吹きながら帰り道を行く。
 しらべはアマリリス。

「おーーーーーー! 正しい小学生ですよ! 感動だ!」
「やりましたね主任! 小学生ですよ小学生」
「うん」

 うなづきながらも、長瀬主任は少し逡巡した。

「ところで、われわれはHMを小学生にするために巡回してるんだっけ?」
「あ。」




 若干の脱線はあれど、結果は上々といえるものだった。
 メイドロボのマスターがおかしがちな間違いの最たるものは、耳カバーを外してしまう
ことだ。
 確かに深刻な問題の起こるモノではないが、せっかく人間と区別するためにつけている
のだから、外しては困る。
 だいいち、それじゃメイドロボっぽくなくてダメだ。
 アレがついてるからいいんじゃないか。
 耳カバー萌えッスよ、ええ。むしろ自分のカミさんにも付けさせたいくらいだ。
 外したい奴ぁロボなんかやめて人間の家政婦でも雇っとけ。
 というのが研究員の大体の見解だった。

 耳カバー外しの摘発はきわめて順調だった。何しろ見れば一発だ。
 耳カバーつけてないロボをいかに見分けるか。
 答えは簡単、髪の色のやたら派手な女性を呼び止めればいい。
 ときどき単なるロック好きな派手めの女の子をつかまえて、怒られたが。



 で、反省会。

「えーと、おおむね首尾よくいったので、今後もこういう形で……」
「待って下さい主任!」
「なにかね?」
「どうもドラマ性が足りませんね」
「ドラマ性……」
「仕事的に面白くないというか。せっかくだから、宣伝もかねてもうすこし派手にやって
もいいんじゃないですか?」
「ほほう」

「こういう言葉もあります。

『果たしてこの世にロマンはあるか。
 人生をいろどる愛はあるか』」

「――愛。いいね」

 主任は実写ブラックジャックを見たことがないらしい。

「お分かりいただけましたか!」
「やりましょう、主任!」
「うん」
「まずは移動手段ですね。車では路地や狭い道などに対応できませんから、バイクのほう
がいいのでは?」
「バイクかあ……もうずいぶん乗ってないな。若い頃はドゥカティで峠を攻めるのに夢中
だったもんだが」
「おお、オレ今ハーレー乗ってるんですよ。バイクッスよねー、男なら」
「お、渋いねえ若いのに」
「じゃあバイクで決定ですね。で、白衣の集団が町をのし歩くのは怪しすぎますから、衣
装も考えた方がいいですよね」
「バイクとなると革だなあ、素材的に」
「なにかこう、ひと目で『ただのライダーじゃないな』と思わせるデザインがいいですね」
「じゃあ監視員って分かりやすくした方がいいかな?」
「いや、それはまずいでしょう。ひとめ見ただけで分かるような風体だと逃げられるかも
しれないし」
「ううむ」

 議論は白熱し、夜半まで激しい意見の応酬がなされた。

 そして、夜を日に継いでのたび重なる協議の結果生まれた新生メイドロボ指導員は、さ
っそく町へと繰り出した。





「ヒャハハハハハハハハ!!!」

 エキゾーストサウンドとともに突如巻き起こる砂嵐。その中から異様な集団があらわれる。
 天を衝くほどのチョッパーハンドル。三連竹槍マフラー。
 全員トゲ付き革ジャンに身を包み、モヒカンヅラでキメている。
 ヒャハハハハハハハと笑い声も高らかに、中指突き立てあいさつがわり。

「ついてきな、GoodでBadな野郎ども!」
 超ノリノリ状態。
 肉襦袢と鋲つき革ジャンを着こんだ長瀬主任はやたら楽しげだった。
 十才は若返って見える。

「ヒャハハハハハハハ! 完璧ですね主任!」
「ああ、これなら誰もわれわれを来栖川の研究員と思うまい!」

 牙一族かな? とは思われるかもしれない。
 YOUはショック。
 愛で空が落ちて来かねないありさまであった。

 彼らのゆくところ、恐怖にかられ町の人々が逃げまどう。
「ロボ狩り部隊だ! 来栖川のロボ狩り部隊が来たぞー!!」
「ひぃい、命ばかりはお助けー」

「あれは?」
「まかせて下さい主任! こんなこともあろうかと、劇団の人を雇っておきました!」
「おお、気が利くなあ!」

 熱い心クサリでつないでも、今はムダらしい。

 そしてロボ狩り部隊いざ出動。
 人の迷惑かえりみず、やってきました今日も来た。
 町に突如現われるバイクの一団。逃げ惑う人々。
 バイクに輝く来栖川マーク。
 企業イメージまるつぶれ。

「おおおう! 前方に派手な色の髪発見!」
「パターン赤! ロボです!」

 指差す先には、赤い髪の活発そうな少女が胸に何か包みを抱えている。

「ふっふっふ、ちょっとふところが寂しいけど、奮発して夏のタンクトップ買っちゃった☆
 この夏新しく生まれ変わったさおりんに祐くんたちまちメロメロだぁ。よーし待ってろ
ー祐くん、覚悟しろー! おのれ祐くーん!」

「待ちなぁ」
「きゃあ! な、何よあんたたち」
「何よ? 聞いたかブラザー、何よだってよ!」
 長瀬に答えて、ヒャハハハハハハハとみな笑った。
「いかにも人間っぽいフリしやがってこのメイドロボが! いくら耳カバー外しても、そ
のやたら赤い髪でお見通しだ! HM−13系列のカスタマイズモデルだな?」
「な、何よう……なんのこと?」

 包みをぎゅっと抱えて、一歩後ずさる。
 とてもロボットとは思えないしぐさだ。まるで感情があるような。
 いやいや、これはきっと違法カスタマイズの賜物に違いない。HM−13は感情の起伏
がほとんどないのが売りだというのに、わかってないマスターだなぁ。
 でも面白いので少しからかって見ようか……と思った先に、目についた相違点。

 もみあげが、変だ。

「へんなもみあげ」
 くす。
「くっ……もみあげのことは言うなあああああっ」

 気にしてたのか。

 腕をぶんぶん振り回すさおりん。
 髪どころか顔まで真っ赤にして、襲って来たからさあ大変。
 ところがゲンちゃん少しもあわてず、ただちに手に持った機械のスイッチを入れる。


	 ぴー……がー……ざざざざ……。
	『今日の、一発め! ラジオネーム【ねこっちゃ】さんからの……』


「ひッ……い、いやあぁ、電波はいやああああ!」
 耳を押さえて屈み込むさおりん。
「ほら、妨害電波に弱い。やっぱりロボじゃないか」
「うう……やめてよう……電波きらーい……」
 弱ったすきにここぞとばかり襲いかかる研究員たち。
 五分後には、標準メイド服に耳カバーを装備した沙織が泣き伏していた。

「うわああああああ〜〜ん! たすけ、たすけぇ〜〜〜〜」

 ショックで幼児退行した模様。




「あ、珍しいなあメイドロボが泣いてる……って、沙織ちゃん!?」
「ひぐっ……うう、ゆ、祐くん〜〜〜〜。汚されちゃったよう、私……」

 誤解を招くような発言は謹むべきである。

「わけはあとで聞くけど、その格好……」

 メイド服、耳カバー、上目づかいしかも涙目。
 両手を脚の間にはさんでぺたんと座り込んでいるので、上腕が自然と別のものをはさむ
格好になっている。
 エプロンドレスに包まれた柔らかそうなふくらみを、かなり寄せて上げる感じで。

 祐介の脳裏に電波の粒が集まる。
 最新CPUを優に越える速度で妄想フィールドが展開した。

「ささささささおりちゃん、ここでこうしてるのもなんだから取りあえず人気のない体育
倉庫とかに」
「え? ええ? えええええ?」
「いやじゃないだろうそうだよねそうにきまってるよああぜったいいやじゃない」

 ちりちりちりちりちりちり。

「うんわかったよ祐くん。さおりんは祐くんのものだよ、いやこれまったく」
「じゃあ行こうか沙織ちゃん! 今日はいい日だなあ!」





「あー、多いんだよねえ。安いからってHM−12買ってから、やっぱり人としてセリオ
……とか思っちゃう人」
「いるいる」
「んで染めちゃうわけだ。髪だけでもハイエンド気分」
「celeronなひとがガワだけにはペンチVエンブレム貼っちゃうのと同じ心理だね」
「でもやっぱり似合わないなあ……と思っちゃうんだそのうち」
「で、染めたのはしかたないとして、長さだけでも元に戻すと」
「ああなるわけだね……」

 彼らの視線の先には真っ赤なショートボブ。
 次なる標的、神岸あかりその人だった。

「玉ねぎと、ニンジンと、あ、お肉カレー用よりもかたまりの方が安いなぁ……
 浩之ちゃん、ポークよりビーフのほうが好きかなー?」

 狙われているとも気づかず、カレーの材料選びに精を出すあかり。

「じゃさっそく」
「でも、さっきはちょっと強引じゃありませんでした?」
「泣かしちゃったよね」
「可哀想だったよね」
「うむむむむむむむ」
「今度は優しくいってみましょう、主任」
「……りょーかい」



「もしおぜうさん、メイドロボに興味はおありですか?」

 街中で、牙一族チックないでたちをしつつ、でも中身は理系人間でなんか気の弱そうな
人にごく紳士的に話しかけられた場合、いったいどういう態度をとればよいか。

 答え。
 とにかく無難に。

「はい」
 あかりはやや青ざめつつ答えた。
 興味はあるのだ、マルチのこともあるし。

 子供のころから思い続けてきた幼なじみのひと、藤田浩之。
 ずっと好きだった、その気持ちは変わらなかった。
 だからこそ、ずっと前から育成ゲーのごとくあの手この手で教育してきたのだ。
 その甲斐あって、ちょっと不良っぽくてクラスメイトからは怖がられてるけどそのくせ
体育館の裏で野良猫に餌をやるような意外とやさしい一面をもつナイスな高校生男子にし
たてあげることができた。
 だが、その最終段階で舞い込んできた思わぬ不確定要素、HMX−12マルチ。
 すでに研修期間を終えて学校からは去ったが、浩之のハートを盗んで行った、奴はまさ
しく名泥棒。
 浩之ブリーダーを自任するあかりとしては捨て置けない問題だった。
 でも、浩之ちゃんはマルチちゃんのどこにひかれたんだろう……?

「では、これを」
 ひざまづき、マルチ用の耳カバーを差し出す。
「この耳カバーがぴたりと合えば、あなたはお城の天下一舞踏会に出られるのです」
「え? ええ?」
「ああ、じゃなくて、好きな人と結ばれます。おまじないだとでも思っていただければ」
「おまじない……」

 あかりの脳裏によぎるのは、ものしずかな黒髪の女性の姿。
 浩之と部室でお互いの指をなめ合っていた。唇からわずかにのぞく、赤い血。

 ふ、ふ、ふ、二人とも何やってるの!?

 隠れたドアの影から飛び出そうとして、はっと気づいた。

 ああ、指切り! (ぽむ)

 そうだよね、何か大事な約束したんだよ、きっと。
 これがほんとの指切りってやつなんだー。すごい本格的だよね、来栖川先輩。
 あかり大納得。

 あんなふうにいろんなおまじないを知ってるのはすてきだな、とあかりは思うのだ。
 私も、おまじないしてみようかな?

「それじゃあ……こうですか?」
 耳にそっとカバーを当てる。
「おお! お似合いですよおぜうさん」

 さっと鏡をさしだす研究員。そこに写った姿はまさしくメイドロボそのものだ。
 両耳に輝く耳カバー。
 こ、これだよー!
 あかりの全身を衝撃がつらぬいた。
 これこそが浩之ちゃんの求めていたものなんだ!
 浩之ちゃん、きっとこの姿にぞっこんLOVEなんだよ。もう間違いないね!

 これでもうマルチちゃんも怖くないよ。やったね、あかり。イェイ!
 Vサインを決めるあかり。周囲の目など気にしない。
「ありがとうございますぅ」
 しゃべりまで微妙にマルチっぽくなるし。
「いへいへ、このくらいたいしたことではありません」




「よし。またしても成功だ! We get it!」

 気勢を上げる研究員たち。
 が、勝利の笑みが若干こわばっている。
 そろそろ自分たちが何しているのかに気づきはじめたらしい。
 でも、それを言い出すものは誰もいなかった。
 だって、きっと言い出しっぺが責任取らされる。

 一方主任はノリノリだ。

「ムハハハハ、お前もロウ人形ゲフッゲフフン、メイドロボにしてやろうか〜」

 どこぞの悪魔バンドみたいなことをぬかしつつ、微妙に方向性が違ってきていることに
気づこうはずもなく。
 もう誰にも奴らを止めることはできないかと思われた。




「をを、あれは……」
「よし、今度こそ大丈夫だ。今度は純粋に耳カバー外したHM−12だぞ」
「しかも青バージョンとは、マスター通だね」
 限定版のHM−12『青』。
 HMシリーズカラーバージョンの第一弾として発売されたモデルだが、どういうわけか
発売一日目にしてただちに販売中止となった。
 うわさでは来栖川グループ内部のさる有力者から強力な横槍が入ったらしいのだが、


	『なんなのよこれは!』
	『いやあ、マルチの2Pキャラということで』
	『だめに決まってるでしょ! こんなの発売中止よ!』
	『せっかくオプションの専用ウレタンナックルも用意したのに……』
	『確信犯かあんたらあああぁぁぁ!!』


 うわさはうわさである。真相は定かではない。
 そんなわけで極端に数が少なく、好事家の間では珍重されていた。



「あ……あなたたち、何ですか?」
 ぎゅっと身を縮めて、青マルチはこわごわとあたりを見回した。
「なにって? 何ですかと来た! 聞いたかブラザー!」

 ヒャハハハハハハハと笑う声も堂に入ったものだった。
 みんなだいぶ役にはまってきたらしい。

「ちょっと、あんたたち何してるのよ……って、葵!?」

 人垣を押し分けて出てきたのは来栖川綾香その人だった。

「綾香さん! 実は……」
「あー、言わなくていい。なんとなくわかったわ」

 綾香は頭痛をこらえ、こめかみに指を当てた。
 長瀬主任が一歩前に出る。

「そこの女! オレの名を言ってみろおぉ」
「長瀬」
「なっ、なぜそれを!?」

 顔の長さでバレバレである。

「くっ……長瀬源五郎って奴は死んだんだ。いまここにいるのは来栖川電工ロボ狩り部隊
隊長、ウィグル長瀬!」

 なぜに獄長?

「何でもいいわよもう! とにかく葵を放しなさい!」
「あ〜? 聞こえんなあ」

 これがやりたかったらしい。

「と言うわけで野郎ども!」
 さっと手を一振りすると、研究員たちがバイクでまわりをぐるぐると回りだす。

 ふっ。
 しばし頬をひくつかせていた綾香は、ひくく笑った。
 どうしてこの問題社員どもは……この私がヤメレと言ってるのに……。
 それとも何? 私の言う事だから聞けないってわけ?
 そうだわそうに違いない。きっとみんな姉さんの方が大事なのよ。
 そのへん割と気にしている綾香だった。

 も、いい。あったま来た。

「葵、やるわよ……」
 背中合せに立つ葵に、ぽそっとつぶやく。
「え、でもこの人たち来栖川の社員じゃ……」
「だからいいの! 遠慮なんかいらないわ、徹底的にやってやんなさい」
「あ、綾香さん……」
 その目はマジだった。



「――皆さん」

 唐突に、りんと澄んだ声が響いた。
 夕日を背にしてすっくと立った、シャープな視線の紅い影。
 HMX−13セリオはバイクの包囲をまったく意に介さずにそのまま歩いて通り抜け、
長瀬の前でぴたりと止まった。

「――何をしていらっしゃるのですか、主任?」
「何を? 聞いたかい野郎共、何を? ときた!」

 ヒャハハハハハハハ、とみんな笑った。

「決まってるさハニー! GoodでBadな野郎どものカーニバルで……」


 セリオはそんな主任をじっと見ていた。


「――それで?」

「いや、だから……みんなでロボ狩り隊ってほら……」


 セリオはじっと見ている。


「あの……ほら! メイドロボが勝手にカバーを外すと困るじゃないか! それで……」

「――…………」


 じっと見ている。


「えっと……その……」


 見ている。


「つまり……」




 じーーーーーーーーーーーーー。




「あの……ごめん……」

 長瀬しょんぼり。

「じゃ、撤収!」
 その声とともに、みんなはぞろぞろと帰っていく。
「あーあ、いいところだったのに……」
「バイク改造楽しかったんすけどねー」
「まあ相手がセリオだからなぁ……」
「一応打ち上げしようか?」
「ああ、んじゃつぼ七に十九時集合な。幹事オレやるわ。
 主任ー、そうがっかりしないでくださいよ。今度またやりましょう、セリオのいないと
こで」
「んー。楽しかったんだけどなあ……」

「――では、私もみなさんとご一緒しますので……」
 セリオも後について行った。


 そして、二人取り残された、綾香と葵。

「なんだか、助かったみたいですね……」
「………………」
「あの……綾香さん?」

「あいつらあああああ!! 私の言うことは聞けなくてもセリオの言うことは聞くのかあ
あああ!!」

「あ、綾香さん、落ち着いてください……」
「うっがーーーーーーーー!!」
「きゃーーーーー!」





「ひろゆき、ちゃんっ」
「お前……」
「ふふぅ、びっくりした?」
 あかりは指でコツコツと耳カバーをはじいた。
「もうさびしい思い、しなくていいよ……私がコレ付けて、そばにいてあげるよ」

 両腕を広げて走りよる浩之。
「マ、マルチぃぃぃぃぃぃ! 帰ってきてくれたんだなあああああぉぐっ!」
 カウンターでめり込むボディブロー。

「おやすみ、私の大好きな浩之ちゃん……」

 ずるずると崩れ落ちる浩之を、あかりはそっと抱き寄せた。



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