エコマルチ 投稿者:takataka
「マルチに氷蓄熱システムを採用してみたんだ」
「氷……なんですか?」

 得意げに言う長瀬主任に、オレは何のことか分からず聞き返した。
 オレみたいな一般人にいきなり専門用語を使われてもいまいちピンとこない。これだか
ら研究者はなあ。

「つまりだね、体内に蓄積した余剰熱を熱交換で氷の形で保存しておいて……」
「あー待って待って、つまりどう言う効果があるんすか?」
「つまりは、省エネだね」

 なんだ。最初っからそう言ってくれればいいのに。




 誰にでもやさしいマルチ。だがそんなマルチが唯一優しくない相手がいた。
 それは地球だ。
 大体メイドロボという奴はそりゃもう激しく電気を食う。マルチがうちに来てからはじ
めての検針でオレは腰を抜かしかけた。
 貴重な電気エネルギーをガッツンガッツン消費するマルチは、まさに自然の敵。ネイチ
ャリング・エネミー。地球にきびしいテクノロジーだ。
 かねてからオレはマルチの奴が電気以外の方法で動くようになったらなあ……と思った
ものだ。

 たとえば都市ガスはどうか。
 ……いや、管の届く範囲じゃないと使えないしな。

 まてよ、プロパンのボンベならいけるんじゃないか?
 背中にボンベ背負ったマルチが『ごしゅじんさまあ〜〜』とか言いながらとてとて駆け
てくるのもなかなか可愛いな。

 あとは……灯油とかな。
 あ、ガソリンはどうだろう? 夜なんかことに熱く燃えそうだぜ!


	「ああっそんなところ……ふうぅ、恥ずかしいですー」
	「ふふふ……やってることいつもとおんなじなのにその都度いちいち恥ずかしが
	るお前がたまらなく可愛いぜ……」
	「そんなあぁ……ああっ!」

	 マルチの熱い吐息がかかる。
	 石油くさい。
	 ……って、なにぃ?

	「ああっ、ううぅ……どうにかなっちゃいますうぅ!」
	「待てマルチ、どうにかなっちゃ駄目だ!」
	「あうう、燃えます〜〜〜〜」

	 どっかん。


 ……やめやめ。



「藤田くん?」
「……はあっ、すんません!」

 いけないいけない、熱くねっとりした妄想にふけっちまったぜ。

「まあそれはそれとして、月の電力使用料が大幅ダウン! エコロジー!
 来栖川電工としてはこれで一大キャンペーンを展開する予定だ。これでもうメイドロボ
は環境の敵とかいわれずにすむぞ!」

 ぐぐっと力をこめて語る主任。そりゃまあ、主任にとってメイドロボは娘みたいなもの
だ。娘が環境の敵呼ばわりされるのはさすがに気になっていたのだろう。

「マルチにはキャンペーン用の格好をしてもらったんだが、似合うかい?」

「浩之さ〜ん!」

 ぽてぽてぽてと駆けてくるマルチ。
「おお……」

 マルチは頭からペンギンに食いつかれていた。
 いや、ペンギンをかぶっている、と言うべきか。かぶり物にペンギンの目があしらって
あって、帽子のつばにあたる部分がくちばし風になっている。
 そして裾広がりにひらくオーバーと、大きめのブーツ。ただでさえ幼い体形がより一層
ころころとちみっちゃく見えるのがポイントだ。
 もうこれは小学生どころじゃないぞ!
 幼児だ幼児!
 最高だぜ、マルチ!

「おおっ、可愛いぜぇ!」
 ペンギンの頭のところをひっつかまえてぐりぐりしてやる。
 マルチは口元に拳を当ててくすぐったそうに首を縮めた。ううむ、これまた可愛いぜ。
「わあ、ありがとうございます〜」

 そんな二人に、長瀬主任は上機嫌に指を立ててみせる。

「じつはこのマルチにはおまけの機能があってね。
 マルチ、藤田くんにやってみせてくれ」
「はい! 浩之さん、楽しみにしてて下さいね!
 エコまるち、グラインダーモード起動ですぅ!」

 マルチは急にやたらと真面目くさった難しい顔をして目を閉じ、指で印を組んだ。

「う〜んう〜ん……エコエコアザラクエコエコザメラク……」

 …………。
 マルチ、そのエコは多分違う。

「アブトルダムラルエコエコエッサイム……やっ!」

 手刀で自分のわき腹を突いて、くねくね身をくねらせる。
 う〜〜〜〜〜ん、人間ポンプか?

「はあ! っかーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 おう、セバスの真似か?

 マルチはテーブルに突っ伏して口を押さえ、ぱたぱたと手で主任を招く。
 テーブルの上にはガラスの器。
 嫌な予感がしてきた。

 主任はマルチの頭を押さえ、耳カバーをひっつかんでぐるぐると回しはじめ……

「うぅおええええええええええうぉぉおおおおえええぇぇぇぇぇ」

 しゃりしゃりしゃりしゃりしゃりしゃり……。

 マルチの口から、さらさらと白いものがこぼれる。
 ひんやりと漂う涼気。
 かき氷だ。

 主任が耳カバーを回すたびに、喉の奥からしゃりしゃり言う音がかすかに聞こえる。
 が、ほとんどはマルチの、

「うぅぐおええええええええええゲホゲホっうぉぉおおおおえええぇぇぇぇぇ」

 という声に遮られて聞こえない。
 見る見るうちに白い氷が山盛りになる器。
 主任は崩れないよう手で押さえると、手慣れた手つきでシロップをかけ、練乳のチュー
ブを絞り出す。

「ほら藤田くん、氷いちごだ! 召し上がれ!」
「浩之さーん、おいしいですよお」

「………………。」

「あれぇ、浩之さんなんだか顔が青いですぅ」
「はっはっは、あれはね、マルチのあまりの高機能にぐうの音も出なくなっているのさ」
「わぁ、喜んでいただけてうれしいですー。
 さあ、どうぞ召し上がれ」


「めっ……召し上がれるかーーーーーーーーーーーーーー!!」


 オレはがしゃーんとテーブルごとひっくり返した。
 宙に飛んだ器を長瀬主任がキャッチ、遅れて落ちてきた氷いちご本体も無事確保した。
 なんでそういうへんなところで器用かな、このお方。

「ええ? どうしてですか?」
 マルチ大ショック。
「どうしてもこうしてもあるか! なんつーもんを食わせようとするんだ!」
「そんなあ……氷蓄熱に使った氷を喉のグラインダーで砕いただけですぅ。ただのきれい
な氷ですから、汚くなんかありませんよ〜」
「気分の問題だばかもん!」
「ええー、おいしいのにぃ」
「そんなにうまきゃおまえが食ええええええーーーーーーーー!」

 オレはマルチをふん捕まえて、一気に口に氷を流し込んでやった。

「おらコイツはサービスだああああ!」

 さらに、練乳のチューブを握りしめてマルチの野郎に振りかけてやる。
 白濁液がマルチの顔面を襲う!

「あうあうあうあうあうあう、こ、壊れちゃいますうぅ」

 電気製品にむやみに練乳を振りかけてはいけません。
 もちろん練乳以外のものも。


「あうあうあう……」
 マルチは半べそかきながら床にぺたんと座り込んだ。
「ひ、ひどいれす……ううう」
「吐くなよ。全部飲むんだ」
「ううっゲホゲホっ……やたら甘いです〜。
 ……あ!? あ、あああ、頭が! 頭がキーンってしますううう」

 頭を抱えてごろごろ転げ回る。
 その姿を見て、どこか得意げな長瀬主任。

「ほらほら藤田くん、ロボットにも頭キーンがあった方が」
「知るかーーーーー!!」




 ったく。
 オレはようやく眠りにつこうとしていた。
 全くへんな日だったぜ。マルチの奴あれからオレに近づこうとしないし。

 と。

 すっとオレの布団に何かが入ってきた。

「うう……浩之さん、ごめんなさいですぅ」
 コイツかあ。まったくしょーがねえな。
「ほら、いつまでもめそめそしてねーで。今日はいっしょに寝ようぜ?」
 ぱあっと顔が輝く。
「う、うれしいですうううう」
 ぴとっと抱きついてきた。まったく、可愛い奴……。


 おうッ。


 つ、冷てえ! なんだこりゃ! あっという間に氷点下!

「抱きまくらモード’99・夏バージョンですぅ。主任がつけてくれましたー」

 マルチの身体はそりゃもう氷のようだった。
「氷蓄熱システムの断熱作用をカットして……」
「冷てえええええええ! マルチ! てめえ離れろおおおお!」
「いやですー」

 にやり。

「今夜は浩之さんを思いっきり涼しくさせてあげますぅ」

 いやあああああああああ。

 雪女に取り憑かれた気分はこんなであろうか。
 オレは翌日学校を休んだ。ばっちり風邪引き。

「浩之さん、氷ひざ枕ですよぉ。ほらほら」
「……帰れやお前」




「セリオ、それ……」
「エコセリオです、綾香さま」

 綾香はセリオのさまを指差しつつ、何かを思い出しかけていた。記憶の片隅に残るあの
姿。そう、どこかで見たことがある。
 まるで鳥に食いつかれてるような頭のかぶり物。

 ああっ!?
 そういえば!!

「ああ……あはははははははははは!」
「どうかなさったのですか、綾香さま?」


「あんた、セリオあんたそれ……ガッチャマン?」


 致命的なまでにNGワードであった。
 マルチと違って身長のあるすらりとした体形のセリオには、お子さまむけスタイルであ
るエコキャンペーンの制服はかなりきびしかった。
 その姿はまさに、自他共に認めるガッチャマン。
 放っておいたら科学忍法火の鳥で命をかけて飛び出しそうである。

 しかし。
 ぴくり、とセリオのこめかみが動く。
 わかってはいても認めたくはないということも世の中にはあるのだ。

「ひー、お腹割れそう……あはははははは」
「綾香さま……しかるべき報いを食らわさねばなりません」

 爆笑のなか、一瞬出来た隙をついてセリオは綾香の間合いにもぐりこんだ。

 !?

 反応が遅れた。
 まずい!
 とられる!?

 格闘家としての直感があらゆる攻撃に対する防御策を綾香の身体に取らせる。
 が、セリオは一瞬早く――。


 ちゅ。


「んっ……」
 セリオ……あんた、いつの間にこんなにキスが上手に?
 と思った瞬間。

「……!?!? んんんんんんん!?」

 大量のかき氷が綾香の口に流しこまれる。
 思わず飲み込んでしまい――。

「あああ! 頭が! 来た来た来た! 頭がキーンって!」

 頭抱えて床を転げ回る綾香。

「仕置き、完了……」

 口元をぬぐって、セリオはつかつかと去って行く。

「美味でした、綾香さま……」



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