『しっぽせりおの大冒険』第四話 投稿者:takataka
 走りに走って、ひと休止。
 あがった息を整えて、ちょこんと座りなおします。
 全速力で走ったせいか、前脚がちょっと疲れています。
 前脚ぺろぺろなめ回し、お礼を言います、ごくろうさま。
 返事はないです、脚ですから。

 あのひとたちはどうやら追ってはこないようです。

 でも、それにしても。
 私の心は晴れません。
 間違いからとはいいつつも、タヌキの人を倒してしまった。
 追われるのも仕方ないのかも。

 ためいきひとつ、つきました。

 お空はこんなに晴れていて、いい風も吹いているというのに、
 私はいまも一人きり。ご主人さまは見つかりません。
 ぴんと突き立つ自慢の耳も、ぱたんと倒れてしまうのです。
 まっすぐのばしたふわふわしっぽ、今はだらりと垂れるばかり。

 こんなに広い森の中、わたしひとりでどうしたら良いのでしょう?

 ひとりぼっちはさびしい、です。

 こん。

 お空に向かって呼びかけます。
 さびしい私のこの声を、誰かの耳に届けるために。
 ――だれか、返事をしてくれませんか?



「もしもし、せりおちゃん?」



 誰?
 ――いま話しかけてきたのは誰ですか?

「せりおちゃん、いまどこにいるの?」

 私はここです。ここにいます。

 こんこん。

「うん、わかった。
 ああよかったぁ。どこに行ったかと思って心配しちゃった」

「ご心配には及びません」

 ちょっとだけ心強くなって、強がったりもしてみます。
 それにしても。

「あなたは一体どなたです?」

 声はすれども姿は見えず、まるであなたはお化けのような。

 ふしぎな声はいたずらっぽく、ないしょのことを打ち明けるように、そっと私に言いま
した。

「ふふぅ、お星さまなんだよ」

「おほしさま?」

「そう、せりおちゃんだけのお星さま。
 私はねせりおちゃん、いつでもあなたを見ているの」

「そうですか」

 驚いたほうがいいのでしょうか。
 でも、私はものごとにはおどろかない方です、どちらかと言うと。

 とにかく、わかったことがひとつ。

 私はけっして一人じゃない。
 何だか元気が出てきます。
 誰かがいつもそこにいて、私のことを見ていてくれる。

 すこし、ふしぎな気分です。
 胸のあたりが、あたたかい。


 ――たしか、前にもこんな気持ちを。


「お星さま、ひとつ聞きたいことがあります」
「なあに、せりおちゃん?」





「いまセリオの居場所を調べるための定期信号を見たんだがね。
 セリオ側から応答があるんだ」

 例の出張メンテ用のバスがいきなり引き返してきて何事かと思ったらば、長瀬は勢い込
んで言い放った。

 メンテバスの車内。
 検査機器やらスペア部品やらでかなり狭いが、三人位はなんとか乗れる。
 整備ベッドを机がわりに、三人は今後の対策を検討していた。

「こちらからはセリオにコンタクトとれないと言ったね。正確に言うと、衛星側からの操
作でセリオ単体にアクセスすることはできない」
「なんでそんな風にしたんですか? セリオがおかしくなったとき、衛星からの指令で止
められるようにしときゃよかったのに」
「将来的には一個の衛星で相当数のセリオをカバーするんだよ。それだと、衛星が一機不
調を起こしたら、世界中のセリオがいきなり狂いだす恐れがある」

 長瀬はカフェオレのパックを吸いつつレクチャーしていた。

「なるほど……。
 あ! ということは、セリオは意識してサテライトサービスを使ってるってことっす
か?」

 カフェオレのパックを吸いつつ、問う浩之。

「そう。セリオはそれとわかっていてサテライトサービスを利用している。少なくとも、
意識全部がキツネになったわけではないね」

 カフェオレのパックを吸いつつも、綾香は無言だった。

「綾香、お前からはなんか言うことないのか?」

「……なんでカフェオレ?」

 かなり不服そうだ。

「いいじゃねーか。オレは好きだし」
「奇遇だね藤田くん。私もこれ好きだな」
「おお、さすがマルチの父親! 趣味があいますねー」

 ちっ。
 意気投合する二人を前に、なんか取り残された気分の綾香。
 ずずーっと音を立てはじめたパックを捨てようと、ゴミ箱を目で探す。
「ねえ、悪いけどこれ捨てて」
 答えるものは誰もいない。
 あーあ、こういうときにセリオがいてくれないと――。

 急に、風が吹きぬけたような寂しさがつのる。
 いつもそこにいる子が、いまはいない。
 そうだ。セリオがいてくれないと、あたし……。

 綾香の耳を長瀬の言葉が素通りしていく。

「――で、セリオ側から回線をつないでいる時だけ、こちらからセリオに呼び掛けること
ができる。やってみるかい?」

 ぴくん、と反応した綾香は、次の瞬間それこそ脱兎の勢いで衛星監視モニタにしがみつ
いた。
「どこ? どこいじればいいのよ?」
「お嬢さま、ちょっと待って下さい」
 長瀬はあわててさえぎった。
「ああっもう! なんでもうすこし分かりやすくしとかないの!?」
「ちょっと待って下さい!」
 長瀬主任は綾香の横からキーボードに手を伸ばした。画面がさっと変わり、何か英文の
メッセージが流れる。
「入電! セリオからだ!」
 三人は息をつめて見守る。
 モニタに現れてきたのは、たった一行のメッセージ。




「私のご主人さまは、どこですか?」




「…………」
「…………」
「な、何よ……」
 綾香は憮然としてあたりを見回し、目を伏せた。

「……私じゃ、いやなの? セリオ……」

「……やっぱり……」「主人失格……」「日ごろの行いが……」

 ひそひそ意見交換する浩之と長瀬にも構わず、綾香はバスを降りた。
 途方にくれたように二、三歩歩いて、森の向こうを凝視する。
 草むらはかさりとも音をたてない。

「セリオ……」

 唐突に、肩に手を置かれた。浩之があさっての方をむいて突っ立っている。
「まああれだ。セリオだって今普通じゃないんだし……気にすんなよ」
 浩之は咳払いをした。
「とにかく、セリオが逃げた理由っつーか、目的はわかったわけだ。
 使ったら、その目的を果たさせてやればいいじゃねーか」
「目的って?」
「『ご主人さま』。要するにセリオ……っつーか、まあキツネだな、今は。
 そのキツネの気に入りそうな奴を連れてくれば、戻ってくるんじゃねーか?」
「…………」

 綾香は複雑な表情をしていた。

「だーから、あんまり気にすんなって。ありゃセリオじゃなくてキツネだ。
 綾香、お前自分がキツネに好かれる方だと思うか?」
「わかんないわよ、そんなこと」
「じゃ、しょうがねーじゃん。
 心配すんなって。もとのセリオに戻りゃまた綾香にべったりだぜ、きっと」
「ん……」
 浩之の笑顔に釣られて、綾香は少し笑った。
「浩之?」
「おう」
「ありがと……」
 手を後ろに組んだまま、綾香はくるっとふり返った。
 いきなり、真っ正面から見つめ返される。
 いつもは強気な瞳が、思わずどぎまぎしてしまうほど、柔らかい。
 浩之は、きまり悪そうに視線をそらした。

「い、いやまぁ、礼を言われるほどのことじゃねーよ」
「……って言いたいとこだけどぉ」

 みしっ。

 目にもとまらぬチキンウイングフェイスロック。
「いででででっ」
「それで、あんた次の策はどうしたのよっ」
「だー! だから言ってんだろ! 他のご主人を連れてくるんだよ」
「誰をよ!?」
「心当たりがある。まかせとけって」




「あのう……いいんでしょうか、わたしなんか……」
 ……はかなげな面影、おどおどした物腰。頬にかかるシャギー気味の毛先が不安そうに
揺れる。
 琴音は目の前の黒塗りのリムジンに気おくれを感じていた。

 ――私なんかが、どうして来栖川さんに?

「お急ぎくださいませ、姫川さま」
 セバスチャンはうやうやしくドアを開けた。



http://plaza15.mbn.or.jp/~JTPD/