フィラデルフィア・ファクスぺリメント 投稿者:takataka
 レミィは緊張していた。
 大丈夫、さっきお風呂に入って全身よく洗ったし、制服にもアイロンを当てマシタ。
 座禅を組んで精神統一も済ませた。

「『心頭滅却すれば火もまた涼し』ネ……」
 こんなときのためのことわざが脳裏をよぎる。

 胸の高鳴りをおさえつつ、”それ”を手にとる。
 祈るような気持ちで、頭の前に差し上げ――。
「ヒロユキ、ワタシに力を貸してください」

 その手に握られた、FAXのハンドスキャナ。




 事の始まりは三日前。

「HAHAHAヘレン! これ見なサイ!」
「Dad……こ、これは……」
「そう、FAXデース!」

 FAXはまあ、いいのだ。
 その黒いボディの上に乗る、可動部分。
 これは、まさか?

「しかもハンドスキャナ付きデース! ザッツ便利ね! 本のページも送れます!」

「あ、ああ……No……」
 いやいやをするように首を振り、後ずさるレミィ。
 その脚はがくがくと震えている。

「どうしたレミィ?
「何でも……なんでもないデス」
「気付けに一発撃つカネ?」
「大丈夫……」

 人の気も知らないで。
 一瞬、父を恨みさえした。
 宮内レミィ、彼女は知的好奇心の塊だった。ことわざに対する態度からもそれはうかが
い知れる。
 そんな彼女にとっていまだ謎に包まれている、FAXの原理。
 解明しないわけにはいかなかった。

 そして家族も寝静まった今、いよいよ決意を固めたのだった。
 ただのスキャナじゃない、ハンドスキャナ付き。その気になれば薄い紙でなくても送れ
てしまう。
 そう、立体物でさえも。

 受話器に伸ばす手の震えを必死に押さえる。

 それは、ハンドスキャナでもって我とわが身をFAXしてしまおうという恐るべき計画
であった。
 その全貌はこうだ。



	 ワタシ、ハンドスキャナで取り込みマース
	         ↓
	 FAXに入って、電気信号に変換されマース
	         ↓
	 電話線通じて、ヒロユキの家に行きマース
	         ↓
	 向こうでもとのレミィに戻りマース
	         ↓
	「ヒロユキ! 会いに来たヨ!」
	「レミィ、オレのためにFAXで!? ちきしょう、感動だぜ!」
	「ヒロユキ……愛してる……」
	         ↓
	 キッスオブファイアー。
	 そしてあの曲BGMに……ああ、こ、これ以上はダメです……。



「ヒロユキ……そんな、忘れられなくさせてやるナンテ……」
 くねくね身をよじるレミィ。割と妄想家気味だった。

 でも、それはうまくいけばの話だ。なにしろ、はじめての試みである。
 恐怖の電送人間。
 レミィはおのれの思いつきに恐怖していた。
 私、マッドサイエンティストの才能あるかもデス。

「でも、FAXの謎を解くにはこれしかありません。
 自分でFAXの世界に飛び込んでみなくては……」

 宮内レミィ。狩猟を愛好する野性的な少女。
 一般常識においてもナチュラルに野性的だった。
 ところで、義務教育受けたか?

 震える手で、プッシュボタンに触れる。
――さあ、いよいよサイバースペースにジャックインしてしまうのデスね。
 電脳空間に没入する、ともいうらしく。
 日本語難しいです。
 それはそれとしてサイバースペース。レミぃはごくりと唾を飲んだ。




	 ――雨のそぼ降るLAシティー。
	 スピナーが飛び交い「強力わかもと」のCMが流れる中、ターゲットを狩るレ
	ミィ。

	「うどん二丁は多いって!」
	「多くないデース。食べられます」
	「多すぎるって! ああ、しかもケチャップかけちゃダメだよお姉ちゃん!」
	「ソースもいけマース」

	 彼女の獲物は緑の髪のレプリカント!
	「獲物ちゃん、待ちなサーイ!」
	「うえ〜ん、お家に帰してくださいですぅ、浩之さんに会わせてくださいー」




 …………エヘヘ。
 悪くないデスねー。

 では! さっそく!
 ぱぱぱっと手早くダイヤルする。
「…………」
 最後のひと押しの前で、指が止まった。
 がちゃんっと受話器をたたきつけて、壁際に跳びすさった。
「やっぱり怖いです……」
 心臓がはっきりわかるほどドキドキ言っている。

 イケナイ……勇気を出すのヨ、ヘレン!
 強いて自分に言い聞かせ、机の上の写真立てに目をやった。
 それは家族で一緒に写った写真。ステイツにいた頃の想い出の一枚だ。
「私、まだこんなに小さかったのネ……」
 そして、バックにひるがえる星条旗。
 そうだった。
 七月四日。この写真はステイツの独立記念日に撮ったのだった。

 この写真を撮った日、父とこんな話をした。



	『Dad、質問デース!』
	『何だいヘレン?』
	『ステイツの旗の50個の星はどういう意味ナノ?』
	『そう、あれはね、ステイツの50個の州を表しているんだ。この旗の下にすべ
	ての州が一つに集まるようにという意味なんだよ』
	『スゴイ! Dad物知りデース!』
	『ハハハ、物知り記念に一発撃っていいかい』
	『あ、もうひとつ! じゃあ、13本の赤い線は何デスカ?』
	『う……』

	 レミィにはDadが答えにつまったように見えた。
	 まさか、物知りのDadが知らないなんて?

	『……知らないノ?』
	『し、知らないことないデース! あれはね……あれは……
	 そう! あれは”13日の金曜日”なのさ、ヘレン!』
	『あの、horror movie?』
	『Yes! あれに出てくるジェイソンは、何度殺されても必ず甦って、また次
	回作に出演するだろう?
	 子供たちがそんなジェイソンみたいにたくましく育ってくれますようにという
	願いが込められているのさ!』
	『Wao! そうだったノ?』
	 目を丸くするレミィ。
	 ただ怖いだけの映画だと思ってたのに、そんな深い意味があったなんて!
	『わかりマシタ! 私もジェイソンみたいに殺されても生き返るくらい元気な子
	になるヨ!』
	『そうそう、その意気だよヘレン!』



 父が『ふー、うまくごまかした』とばかりに胸をなで下ろしていたことは、レミイの記
憶からはすっぽ抜けていた。

 ――そうヨ……元気な子になるって、Dadと約束したもの……。
 こんな試練に負けないくらい、強い子に。
 勇気をありがとう、Dad。
 ワタシ、負けない!

 固い決意とともに、ハンドスキャナを手に撮った。
 心の中で、星条旗に敬礼をする。

「見ててDad。……そして、ヒロユキ。
 わたしやりマス! 自由と民主主義のために!」

 このさい自由と民主主義にどういう関りがあるのかいまいち不明だったが、そんな瑣末
なことはレミィの決意を揺るがせはしなかった。

 今度は、ダイヤルする指に迷いはなかった。

 スキャナの読み取りぐちから一条の光がもれる。
 レミィは息を止め、ぐっと目をつぶって、ゆっくりと自分をスキャンしはじめた。
 肩からはじめて、たすきがけのように胸の前を通過して、腹の方へ。
 足先まで行くと、持ち手を変えて反対側を。
 頭は最後にした。なんか怖かったので。

 手探りで、送信終了ボタンを押す。
「これで、目を開けたらヒロユキの家にいるはずデス……」
 ぱちっ。

「……アレ?」

 見慣れた光景。というかさっきまで見ていたのと寸分変わりない室内。
 おかしいデス。

 と突然電話が鳴った。
 恐る恐る受話器を持ち上げる。

「はい、ミヤウチです……」
「もしもし、藤田ですが」
「ヒロユキ!」
「レミィ! オマエいたずらファックスすんなよ! 記録紙なくなっちまったじゃねー
か!」
「ヒロユキ、どうしてワタシってわかったの……?」

 そうか!
 つまり、向こうにも『ワタシ』がいるからわかったのネ!
 実験、半分は成功デス!
 ガッツポーズしかけて、おそろしいことに気づいた。


「……ということは、ワタシがコピーされてしまったっていうこと!?」


 でも……もうひとりのワタシって……。

「だって記録紙の頭んとこに発信者ミヤウチって出て……おいレミィ、聞いてるか?」
「ヒロユキ」
「な、なんだよ、急に……」
「そっちに”ワタシ”がいるでしょ」

 マジだった。
 大マジだった。

「はぁ?」
「出して! 話をさせて!」

 レミィの声の真剣さに押され、自然と小声になる浩之。

「……なにわけ分かんねえこと言ってんだ?」

 ヒロユキ、どうして? とぼけないでくだサイ。
 そっちにワタシがいるはずなのに。

 No!?
 まさか?



	『うわっレミィお前なんでFAXから? しかもその衣装、ピクシー(以下略)』
	『ウフフ……そんなことどうでもイイのよ獲物ちゃん……ワタシといいことしま
	ショウ』
	『ちょっちょっと待……んむっ』
	 むに。
	『いい子ね、Boy。忘れられなくさせてあげるワ……』


	 花火、トンネルを出入りする機関車、艦砲射撃……。イメージ映像が次々とよ
	ぎる。
	 一輪ざしの椿の花が、ぽとり、と落ちた。


	『ウフフフ……これでもうヒロユキはワタシの虜ネ』
	『ハイ、レミィ女王サマ(調教済み)』
	『それじゃあ、まずは本物のレミィを抹殺しマス。この世にレミィは二人もいら
	ないのデース!』
	『アイアイサー』



 ……なんてことに!?
 大体ドッペルゲンガーは悪と相場が決まってマス。
 大変! ヒロユキが危ない!

 ただちに弓矢をとって家を飛び出すレミィ。走りながら弓を構え、矢をつがえる。
「自分でまいた種は、自分で刈り取りマス!
 待っててヒロユキ、ワタシが今すぐ行くワ!」

 弓を持つことによってレミィは勇気がわいてくるように思えた。精神統一の道具として、
弓は最高のアイテムだ。

「ワタシがヒロユキのこと……」

 視界がぐっと絞りこまれ、集中力が一段と高まる。

「ヒロユキのこと……」

 ぎりぎりと引きしぼられる弦のように気持ちがはりつめていった。
 そして、

 きらーん☆
「狩ってあげマース!! HAHAHA、首洗って待っているデース!!」

 張りつめすぎた弦は、切れやすくなるという。
 さらば浩之。






「今日は浩之ちゃん、家にいるかな? もしよかったら晩ご飯作ってあげて、それから……」

 神岸あかりはサイレン音を耳にした。
 浩之の家の前に、救急車が止まっている。

「そっち持って! ああ、まだ矢抜いちゃダメだ! 出血がひどい」
「気をつけろ、頭ぶつけないように! 意識レベル300、呼吸あり」
「ヒロユキ、ゴメンネ、ヒロユキ……」



「な、なにがあったのかなー?」



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