来栖川アルバム 投稿者:takataka
 寺女では、御姉妹ともども大変な人気でいらっしゃいます。


「あら、あちらは来栖川さまのリムジンではなくて?」
「乗ってらっしゃるのは……綾の君さまですわ。わたくしたちなんて運がよいのでしょう」
「ああ、あこがれの綾の君さま……」ぽーっ


 綾香さまは、一部の寺女のご学友からは『綾の君さま』とのお名をお受けでございます。
 これもひとえにそのあふれる気品、それでいて気どることなく、どこかの目つきの悪い
平民とも分け隔てなくお付き合いできる気さくさゆえでございましょう。

 一つ上のお姉さまでいらっしゃる芹香さまは、『芹の上さま』と呼びならわされている
模様でございます。
 もっとも、芹香さまは寺女には通学されておりません。
 だんなさまをはじめ、ご家族の方々の海よりも深い思慮と英知により、もうすこし庶民
的な学校に通学されておいでです。


	「お、芹香先輩? また占いか?」
	「…………」
	「いいぜ。じゃ、カフェオレ買ってからオカ研に行くからさ」


 かくのごとくその身卑しく、目つき芳しからざる賎民ふぜいとも笑顔で受け答えなさる
など、芹香さまの深きご慈愛は旱天に降る慈雨のごとく降り注ぐのでございます。

 そのお人柄のご評判は広く校外にもとどろき渡るところとなり、かく申す寺女におきま
しても『芹の上さま私設親衛隊』の設立を見るなど、多岐にわたってのご支持をお集めに
なっております。

 深い湖のような静けさとその身にまとう神秘的な空気ゆえでございましょうか、寺女の
ご学友の間では芹香さまのお姿をお見かけすると、

『何か良いことが起こる』
『彼氏ができる』
『リューマチが治る』

 などとあらぬうわさまで飛び交うとのこと。

 ご学友の皆様の中には、綾香さまを遠巻きに見てはうっとりと溜め息をつかれる方、そ
の一挙手一投足を見逃すまいと熱心に観察される方等々、それは大変なフィーバーぶりとか。

「もし、綾香さまー。こちらをお向きになってー」

「あ、おはよっ」にこっ

「みなさまご覧になって!? いま綾の君さまがこちらをご覧になったわ!」
「それどころかお手までお振りになったわ!
 あら……もし、あなたどうかしましたの?」

「綾の君さま……すてき……」ぽーっ
 ふらっ、ぱたん。

「まあ、何てことでしょう?」
「もし、どなたか保健委員の方を! いえ救急車をお呼びくださいまし!」

 綾香さまの通られた後には、お熱を上げるあまり卒倒する方もちらほらと。
 まことに高貴の身とは罪作りなものでございます。




 綾香さまのご活躍は、授業はもちろんのこと、課外活動においても顕著であらせられます。
 今日も格闘技同好会にお寄りあそばされる模様。綾香さまご自身は所属しておりません
が、部員一同の熱心な懇願によりまして、コーチ的な位置づけでたまに参加していらっし
ゃいます。


「あのう、綾の君さま。どうか手加減して下さいましね」
「嫌」
「あらあらまあまあ、ご冗談ばっかり」
「いやあのね、冗談じゃなくて」
「おほほほほほほほ」
「…………」


 格技室の窓には綾香さまを慕うご学友の皆さまが鈴なりでご見学なさっております。
 黄色い声もちらほらと飛び交うところはご愛敬でございます。

「綾の君さま〜ふぁいとなされませ〜」
「スペシウム光線ですわ〜」註)出ません
「綾香、ボンバイエ、綾香、ボンバイエ、綾香、ボンバイエ……」


「それでは、お相手つかまつりますわ」
「おっけー、こっちはいいわよん」
「では……せいっ!」
 びっ
「やっ、たぁ!」
 びしっ
「どりゃ」
「てや」
「どっせえぇぇぇぇぇぇい」
「うにゃー」
「きえええええええええええ」
「でりゃあああああああああ」


「まあ、なんてすさまじい」
「この世のものとも思えませんわ」
「でも、す・て・き。ふぅ…………」
 ふら〜ぱったり。

 綾香さまのあまりの激しさいさましさゆえ、闘気に当てられて失神するものも多数との由。
 格技室の前は死屍累々のありさまにて、あたかも戦国時代の古戦場にも似た光景を呈す
ることもしばしばとか。

「ひぃぃぃぃ! またしてもお倒れになられましたわ! 救急車を!」
「もし、ちょっとおまちになって……」
「動いてはなりませぬ、なりませぬ〜」
「私なら大丈夫……綾の君さまがあれほどまでに激しく戦っていらっしゃるというときに、
わたくし一人失神している訳には参りませんわ。最後まで見届けてこそ、真実の愛!
 そう思いますの……」
「立派ですわ! 心が洗われますわ」
「わたくしたち、いつまでも綾の君さまのファンでいましょうね。たとえその身滅びよう
とも!」
「友情ですわっ」
 ひしっ。


 かように、良家の子女の方々には少々刺激の強いクラブご観覧ではございますが、それ
でも見学者の方々からは、

『すばらしかった』
『感動した』
『リューマチが治った』

 等々の喜びの声がぞくぞくと寄せられております。




 されど、綾香さまとて家にお帰りになれば一人の娘でありお年ごろのお嬢様でございます。
 お嬢さま方の世話係である執事長長瀬源五郎、一名をセバスチャンと申す顔の長い召し
使いの申しあげますところによれば、お二人を持ち帰り鮨にたとえると、

『芹香お嬢さま……松(特上)』
『綾香お嬢さま……お子さまセット(オモチャ付き)』

 というような気持ちでお世話させて頂いているとのことでございます。




 さて、かしこくも大旦那さまにおかせられましては、このほどめでたく米寿をお迎えに
なられ、各界の方々をお招きしての園遊会が催されました。
 ご来場いただいたなかでも、近年アメリカ市場におけるクルスガワ製品の販路開拓のた
めにご尽力いただいた貿易商ジョージ・クリストファ氏との心温まるエピソードがござい
ます。

「へーイ会長さん、誕生日おめでとデース! 記念に一発撃っていいデスカ?」

 との、ショットガンを構えての思わぬご提案に、綾香お嬢さまが日頃鍛えた自慢の踵を
その頭頂部に落とされるなど、なごやかなご歓談のひとときを過ごされました。

「綾香! Dadに何しマスか!?」
「何しマスじゃないでしょーが銃刀法違反親子! あんたその手に持ってるのは何よ?」
「何って決まってマス! 弓矢よ……獲物ちゃん、覚悟はいいかしら?」
「……上等!!」

 かくして社長令嬢ヘレン・クリストファとの飛び道具対素手のセメントマッチが繰り広
げられる中、芹香お嬢さまが壇上にお進みになられ、お誕生の祝辞を述べられました。

「………………………………………………………………………………………………………
 ………………………………………………………………………………………………………
 ……………………………………………………………………………………………………」

 そのお優しくも知性あふれる珠玉のお言葉に、社員一同感涙にたえず、そのまま卒倒し
て救急車で運ばれるものが相次ぎました。

『まちがいない、あれは……悪魔』
『オレは見たんだ、東の空を光る物体がジグザグに横切って……』
『江戸時代の商人の霊が!』
『そのもの青き衣をまといて、金色の野に降り立つ……』

 など、その日の市内の救急病院では愉快な冗談がしきりに交わされたと言います。

 芹香さまのお言葉はそれは慈愛に満ちあふれた暖かいものですが、ゆくゆくは来栖川グ
ループの礎となるお方ゆえ、ときには厳しさの漂うときもございます。

 以前芹香お嬢さまのスピーチにたいして、
『よく聞こえなかったっつーか、何か言ってたんですか?』
 などと不敬極まりないことを申し上げた社員がいましたが、ただちにボスニア営業所に
栄転いたしました。
 もちろん、本人の希望によってです。けっして強制はありません。黒服の男たちが深夜
訪れたりはしていないのでございます。

 なお、クリストファ父娘は結局綾香さまの軍門に屈しました。

「あらあらまあまあ、お父さんもヘレンも」
「ウ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン……」
「ヘレン! 服が汚れてます! 早く着替えなさい、今すぐ!」
「ふにゃ〜(ピヨリ中)」
「やれやれ、うちの家族はいつもこうなのさ(肩すくめ)」

 クリストファ一族おそるるに足らず。



 このように、うるわしき来栖川姉妹の行く手には常にほほえみと思いやりが満ちあふれ
ているのでございます。
 おふたりの継がれる来栖川グループの将来にますますの期待を寄せつつ、本日はこのあ
たりで擱筆させていただきとうございます。


					文責・HMX−13 セリオ







「……………………」
「いかがでしょうか」
「いかがもなにも、あーた」

 綾香は困惑していた。
 たしかに、社内むけPRビデオを作るようには頼んだ。
 将来のことを考えて、来栖川家のことについて、そして姉妹のことについて簡単にふれ
たビデオ、という触れ込みで。
 で、これは一体なんなのか。

「おふたりのことに関するあらましを某室アルバム風にまとめてみました」
 セリオはあいもかわらず無表情だ。
 ビデオのナレーションではもうすこし感情あったくせに。

「なんか私に関する話が多いみたいだけど」
「私が普段綾香さまにご一緒する機会が多いせいだと思われます。意識して綾香さまを多
く取り上げているわけではありません。
 ネタ的においしい行動が多く取り上げられているにしても、意識してのものではなく、
普段の生活態度が如実に現れているためであり、取りも直さず真実の綾香さまのお姿をよ
く反映しているということになるのでしょう」

 ちぢめて言うと、
『アンタ普段の行動からして面白すぎ』
 ということになるのだろうか。
 綾香のこめかみがかすかに震えた。

「だっ、第一ウソ入ってんじゃない。
 校門とこであたしに声かけた子たちだって、あんなしゃべり方してなかったけど」

「それについては、編集段階で

『来栖川の人間に』
『ふさわしい呼ばれ方に』
『修正いたしました』」

 三人の声色をかわるがわる使ってセリオは答えた。

「ほおう……
 で、これからもこんなん作るつもりなのかな?」

「はい」

 セリオが少し得意げに笑ったようにみえた。多分気のせいだ。
 多分。
 いや多分。
 いや……。

「アルバムの空白を全部綾香さまネタで埋めてしまう所存です」
「ひとの人生つかまえてネタ言うな」

 げしっ。



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