マルチの夢は夜ひらく 投稿者:takataka
 マルチは、オレのそばで眠っている。
 正確には、充電しているんだが。

 それにしても、今どんな夢を見ているんだろう。

「う〜ん」

 なんだ、寝言か?
 いままではマルチが充電してるときオレも寝ていたから気づかなかったが、マルチは夢
も見れば、寝言も言う。
 そういえば前に学校の図書室で聞いたときは、オレの名を呼んでたな。
 むう、愛い奴。

「う……うう〜ん」

 なんか苦しそうだ。うなされてるのか?

「アサ、アサですぅ〜」

 ……何の夢見とるんだコイツ。

「ふふふぅ、いつまでそうしてるんですか〜? 
 例えば充電せずに、メンテも受けずに、なでなでもふにふにもなしで、どれだけ我慢で
きますかぁ? 同じことですぅ」

 マルチはあっちへバタン、こっちへバタンと寝返りを打ちながら二役演じ分けている。
 鬼の役までアテているとは凝った夢だな。

「アサ、アサ、あさあ〜〜〜〜〜!」

 夜中に絶叫すんなよう……。

「うきゃーーーー! ねろべっちゃなっちょしゃばだー!! きょーーーーーー!」

 ……大丈夫なのかコイツ。

「ににゃーーーー!! ににゃーーーーーーーーーーーー!!」

 マジで心配になってきた。

「うう……浩之さん」

 ほっ、普通の夢になったか。

「あああ! 浩之さんしっかりしてくださいー! 死なないでくださいー!」

 なんだと?
 死んじゃうのかオレ!?

「ひ、ひろゆきさ……?
 う、うわあああああぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜ん!」

 あーあ、死んじゃったよ。

「よくも、よくも浩之さんをーーーーーー!!」

 ぶんぶん腕振り回すマルチ。ちぎっては投げちぎっては投げって感じだ。
 どうやらおれは誰かに殺されて、マルチが復讐のため戦っているというあんばいだ。
 暗いヒーローものかよ。
 ズバットじゃねえんだから。

「あ、あなたは……そんな、まさか……?」

 を、新キャラ登場?

「あう! あうぅ…………うぁっ、きゃぁ!」

 やられシーンらしく、苦しげに身をよじっている。
 見てて飽きねーな、しかし。

「うう……そんな、セリオさん、どうして……」

 あ、相手セリオかぁ。そんじゃ勝てねーなあ。

「仕方ありません。これだけは出したくなかったんですが……」

 お、何だかいよいよ佳境か?
 ここら辺りで必殺技か何か出るのがお約束だよな。

「必! 殺!」

 ほらきた。



「アクアシャワーーーーーーーーーー!!」



 …………!!?

「うふふふふふふふ」
「うっわあああああ!!」

 オレはにへーっと勝利の薄ら笑いを浮かべるマルチをびしびしはたきまくった。

「おい、マルチ起きろてめえ!! 起きろって頼むから! いやちょっとマジ勘弁して下
さいよマルチさん! なあ! ……あ?
 っだあああああああーーーーーーーーーーー!?」



 遅かりし。



 そして翌朝、オレの家の物干しに見事な世界地図が掲示されることとなった。

「あううう……」
「…………」
「あ、あのう」
「…………」
「ただのきれいな水ですから、乾けばなんとか……」

 オレは無言のまま、マルチの野郎に耳カバー引っぱり、頬つね、こめかみぐりぐりのフ
ルコースをご馳走してさしあげた。

「はわわわわわわ、ご、ごめんなさい〜〜」




 ぱたぱたぱたっ

「おはよう! ひろゆ……き……ちゃ……」

 いつものようにやってきたあかりは、困ったように視線を泳がせている。
 その意識はベランダのオブジェに釘づけだ。
 無理して何かを振り切るように、ううん、と首を振り、笑顔を見せた。

『いいんだよ、浩之ちゃん。誰にだって失敗はあるものね。近所の人みんなが笑っても、
私は笑わないよ。私、全然気にしてないから』

「……って、そう思ってるだろうてめえぇぇぇ!」
「きゃっ」

 あかりは腕で頭をかばいながら、ふるふると首を振った。

「そ、そんなことないよー」
「いや、ある。あるといったらあるに違いない! お前はそういう女だ! そーやって従
順なフリをしていながら陰でオレのことを笑っていやがるんだちくしょおおおおおお!」

 そして、あかりにも三点セットをおごってやった。




 研究所に怒鳴りこむと、長瀬主任はひと通り聞いて、少し考えた。
 おもむろに指をぴっと立てると、

「藤田くん。ロボットにも寝言があったほうがいいと……」
「思わん」




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