セリオの代筆(Windows版(謎)) 投稿者:takataka
「セリオ、悪いけどお願い!」

 綾香さまはパンッと手を合わせて拝んでいます。
 『面をお上げなさい』と言おうかと思いましたが、何か失礼なのでやめました。
 それにしても。
 綾香さまのお願いというのは、たいがい困難な課題をともなうことが多いのです。


「――はわわー」
「ん? セリオいま何か言った?」
「――いえ、何も」


 やはりマルチさんのようにはいかないようです。


「それで、お願いとはなんでしょうか?」
「えへへ、実は……」
 後ろ手に持った格闘技雑誌をぱっと目の前につきつけ、

「私のゴーストライター頼まれてくれない?」

 なんでもこの雑誌の企画で『来栖川綾香の格闘人生相談』なる企画をはじめるのだそう
です。
 すでに紙上で告知済みで、もう相談者からのお便りが綾香さまの手元に舞い込んでいる
のだとか。
 いかにエクストリームチャンピオンとはいえ、市井の一女子高生の判断に自分の人生を
ゆだねるというのはいかがなものかと思いましたが、人間の皆さんのやることですから、
きっとそれなりの考えあってのことと思い、意見するのは差し控えました。

「軽い気持ちで引き受けたのはいいけどさぁ、いざやってみるとこれがなかなか難題なの
よね」
「しかし、この相談者の皆さんは綾香さまに相談しているのであって、私にではありません」
「そこをなんとか! 仕事入れすぎちゃって、このままじゃ稽古の時間も取れないのよ。
 セリオ、私が何考えてるかくらいは分かるでしょう?」
「はい」
「私の思考パターンは知っているわよね?」
 こくん。
「ということは、この相談に対して、私はどんな答えを返すか、だいたい予想つくでしょ
う?」
「おそらくは」
「それ書いてくれればいいから! じゃよろしく!」


 綾香さまは私に手紙の束を押しつけると、行ってしまわれました。
 私は沈思黙考しました。
 確かに綾香さまの思考パターンに鑑み、相談内容への最もそれらしい回答を返すことは
できます。
 比較的読みやすい思考パターンですから。

 しかしそれだけでいいのでしょうか?
 綾香さまには、広く世に名を残すような、素敵に無敵な格闘家になっていただきたいと
思います。
 それにはやはり人格、人としての鼎の軽重も大きな要素となるでしょう。
 しかるに、私の予想する回答はあまり芳しくありません。

 ためしに、お便りの中から二つ三つ解答してみましょう。



	「恋愛関係の相談です。
	 以前から気になっていた女の子がいるのですが、最近彼女の方から突然声をか
	けられたんです。
	 ですが喜んだのもつかの間、電波がどうとか、晴れた日はよく届くとか、わけ
	のわからないことばかり言われるのでとても困惑しています。
	 今後この子と付き合っていくべきでしょうか」

						(PN・進ぬ! 毒電波少年)

	予想綾香『ん〜、あんまり関り合いになりたくないわねぇ。
	     よそあたって』



	「昔っからいつもいっしょにいる幼なじみ。
	 友達以上恋人未満の関係を続けてきた二人。
	 そいつと結ばれるっていうその時に……オレ、立たなかったんです。
	 自分に対して腹が立って、訳分かんなくなっちまって、今だにそいつとは
	まともに顔も合わせられません。
	 オレ、今後どういう態度で付き合っていったらいいでしょうか?」
	
						(PN・カフェオレ大好きっ子)
	
	予想綾香『うっわ、なにそれぇ最悪。私がその相手の子だったらその場で踵落と
	    してるとこよ。
	     いや、折る! むしろ折るわね』



 ――いけません。

 綾香さまは、もっと立派な受け答えをしなければならないのです。

 こんなときお役立ちなのがサテライトサービス。
 私は来栖川データベースから、過去の人生相談関係の情報をダウンロードしました。
 検索条件は、


	『最強』
	『格闘家』
	『人生相談』


 ややあって。


 ――きゅぴーん。


 来ました。
 これです。
 これしかありません。




 綾香さまが部屋に入ってこられました。
 小猫のごとくしなやかで軽快、そして猛獣を思わせる自信に満ちあふれた足取り。
 ですが、今日は少しばかり力がこもっているようです。
 何か不快なことでもあったのでしょうか。

 手には件の格闘雑誌を持っています。
 そのめくれたページが、かすかに震えています。

「セリオ、ひとつ聞いていい?」
「なんでしょうか」
「私の人生相談、答えが全部、



	『エクストリームをやりなさい、キミィ!』



 になっているのはどういうわけかしら?」

 優雅さのなかに、一抹の冷たささえ感じさせる笑み。
 綾香さまは試合前によくこういう表情をされます。
 そして、相手を完膚なきまでに叩き伏せるのです。
 ――私は少し不安になりました。

「最善を尽くしました」
「……ほう」
 綾香さまはにっこりと微笑まれました。

「セリオ、あんた私のことなんだと思ってるの?」

 ――いけない。
 綾香さまは真剣です。
 私も真剣に考えて、もっとも事実に近いと思われる返事をしました。


「よく、わかりません」


 綾香さまの微笑みは、それは本当にあざやかで――。
 そこから先の記憶がありません。

 どうやら、耳カバーをつかまえての正拳回し打ち一発はとても効いたようです。




 どさどさっとお便りの山をあけて、綾香はぐっと腕まくりをした。

「しょうがないわねぇ。やっぱ私が書くしかないか。えーと、どれどれ?」


	「夫婦関係についての相談です。
	 実は最近結婚したのですが、結婚する前は優しいお姉さんタイプと思っていた
	妻が、実はとんでもない鬼嫁で、毎日生キズの絶えない生活を送っています。
	 それでいて、こっちが半死半生で流血しているときに頭を軽くたたいて
	『てへ』などと言うところは、全く偽善者というしかありません。
	 こんな鬼嫁とこの先いったいどうやって生活していったら良いでしょうか」

						(隆山市 嘆きの最強エルクゥ)


「バカねぇ。そんな鬼嫁なんかこう角をガッとつかまえて正拳回し打ち一発で……」


 たいして変わらなかったという。



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