学習セリオ(SE篇) 投稿者:takataka
「――完成しました」
 セリオはモニターからゆっくり顔を上げた。
 まわりでようすを見ていた研究員たちが一斉にセリオのまわりに集まる。

 学校でのデータ収集終了後、量産の決定したセリオには今度は企業向けユースを考慮し
たテストの数々が行われていた。
 今回は、『情報処理技術試験』である。
 つまりは、セリオにSEをやってもらおうというわけ。
 プログラミングというのは、たんに知識や技術だけではおさまりきらないスキルが必要
とされる。
 プログラム全体の構造設計はもちろんのこと、様々な工夫によってステップ数を減少さ
せるなどの小技には人間並みの推論やパズル的思考力など、直感に限りなく近い能力が重
要になってくる。
 メイドロボの思考力でどこまで戦えるか? というのが今回の試験の主眼だった。
 もし実用に耐えるようだったら、ゆくゆくはセリオにAIプログラミングを担当しても
らってもいい。
 ソフトウェアも含めて、ロボット自身がロボットを産み出せるようになるのだ。実現す
ればロボット開発史の大きなターニングポイントになるはずだ。
 長瀬たちの期待は大きかった。

「で、何を作ったんだね?」
「圧縮ソフトです」
「おお!」

 ただちにセリオの名を取って、セリオHMアーカイバ、略して『SHA』とされた。
 どっかで見た名だが、気にしたら負けだ。
「じゃ、こっちのパソコンで実行を」
「いえ」
 セリオは手で制した。
「本プログラムはHMシステム専用です。それも、サテライトサービスに接続されたHM
−13AI互換システム上でないと動作しません」
「えらい制限のあるプログラムだね……ま、セリオが使うんだからいいけど。
 じゃあ、記念すべきさいしょのファイルは何がいいだろう?
 できるだけでかいファイルがいいな」
「これなんかどうです?」

 研究員が差し出したのは、来栖川電子ブックシリーズの一巻、ドストエフスキー
 『罪と罰』
 だった。

「おー、誰だいそんなご大層なもん読んでるのは」
「いや、オレが借りたんですけど」
 研究員のひとりが手をあげた。
「カップラーメン作る時ふたの重しになるもんが欲しくて。でっかいハードカバーの本を
期待してたんですが、電子ブックの方が来ちゃって期待はずれだったとゆーか」
「……ま、いいでしょ。セリオ、これを読み込んでみてくれ」

 セリオの腕の開口部から接続したラップトップパソコンを通じて、電子ブックのデータ
を取り入れる。
 圧縮作業は一瞬で終わった。
「ほう……この生成された『test1.szh』ってファイルが圧縮されたものかい?」
「はい」
 ファイラーを見た瞬間、長瀬の顔色が変わった。

 ファイルサイズ、14バイトだって!?

 『罪と罰』といえば、紙の本ならあの分厚い単行本二冊分になる長編だ。それをたった
14バイトにまで圧縮したってのか?
「主任……」
「セリオ……天才かもしれないッスね……」
「ああ。私もいまちょっと驚いてるところだ。セリオ、これ本当に圧縮できてるのかい?」
「はい」
「中身はバイナリ?」
「いえ、コーディングには2バイト文字を用いましたので、テキストファイルとして内容
を閲覧できます。ファイルの中をご覧になりますか?」
「ああ」
 ぜひ見たい。いったいどんなアルゴリズムを使ったら、あの大量のデータをたった14バ
イトにまで圧縮できるんだ?
 緊張が走る。
 長瀬のこめかみを冷や汗が伝った。

「どうぞ」



	『売女とダメ人間』



 …………。

「セリオ、ひとくち感想を書けといったわけではないよ?」
「いえ、感想ではなく圧縮後のファイルです。ここから読み取れる意味は内容とは直接関
係はありません」
「でもなあ……」
「圧縮後のコーディングに2バイト文字を使用しているため、それがたまたま意味のとれ
る文章になったようです。偶然です」
 長瀬はひたすら首をひねった。
 もろ疑っていた。
「ここから解凍できるのか?」
「はい」
 解凍コマンドを入力。
 若干のタイムラグの後、大容量のテキストデータが生成された。
 たしかにきちんと元どおりのサイズだった。
「おお……ちゃんと元に戻ってる」
「……納得行かないなあ」



「まあ、気を取り直して次いってみよう。これだ」

 差し出されたのは、来栖川電子ブックシリーズの、
『カラマーゾフの兄弟』
 だった。
 やはりドストエフスキー。
 しかもこっちは文庫三冊分だ。

「これもラーメンの重しかい」
「はい」
 例の研究員は素で答えた。
「普段どんなラーメン食ってるんだ君は」
「はあ、とんこつを中心に」
「いや、味のことじゃ……まあいいや。セリオ!」
「はい」

 読み込み中。

 さて、結果は?
 長瀬はテキストエディタで『test2.szh』を開いた。



	『だんご三兄弟』



 …………。

「なんつーか……」
「言いえて妙というか……」
「つーか妙そのものだな」

 長瀬は眉間に思いっきりしわを寄せて、こめかみのツボを指先でマッサージした。
 落ち着け自分。そう言い聞かせていた。
 なにかもっとテストに使えそうなデータはないか?

「セリオ、ためしに君が持っている私に関する個人情報を圧縮してみてくれ」
「はい」



 長瀬源五郎−−−−−>馬



「そのまんまだ」
 研究員のひとりが感心したようにうなづく。
「……」
 長瀬は何か空虚な気持ちになった。たった2バイトにおさまる人生か、私。
「偶然とは不思議なものですね」
 セリオは首を傾けた。
「くっ、失礼な……なら今度はこの研究室全体のデータを圧縮してみろ!」
「はい」



 HM第7研−−−−−>馬軍団



「なんか中国の陸上チームみたいッスね」
「うむむ」
「偶然です」
 馬鹿にされているような気がしてきた。
 というか、馬にされているような。
 一念発起。長瀬はその辺にあった紙をひっつかまえて、さらさらと何か書き出し、セリ
オに突きつけた。

「よし、じゃあセリオ、今からここに書かれている人物について、君の持っているかぎり
のデータをそれぞれ圧縮してみなさい」
「はい」
 セリオはしばらくじっと見ていた。
 読み込みの必要はないが、自分の中に収蔵されているデータの呼び出しに若干時間がか
かるらしい。
 そして、さらさらと手書きで書き出した。



	来栖川綾香−−−−−>めすねこ
	来栖川芹香−−−−−>ふくろう
	神岸あかり−−−−−>めすいぬ
	長岡志保−−−−−−>ほえざる
	保科智子−−−−−−>めんどり
	松原葵−−−−−−−>こぎつね
	姫川琴音−−−−−−>針ねずみ
	宮内レミィ−−−−−>めうし
	雛山理緒−−−−−−>くろあり
	HMX-12マルチ−−−−>ぽんこつ



「終了しました」
 セリオちょっと誇らしげ。
「誰がひとくち人物評しろと言った」
 長瀬おかんむり。
「偶然がいくつも重なり合った結果と思われます」
 セリオは眉一つ動かさず言ってのけた。

「はあい、セリオの調子はどう?」
「あ、綾香さま。いいところに」
「なになに?」
「セリオがデータ圧縮プログラム書いたんですけどね。その結果」
「どれどれ?」

 手渡された用紙に素早く目を走らせ――。
 にっこり。

「セリオ、ちょっとこいこい」
「なんでしょう、綾香さま」
「ちょっぷ」

 びし。

「めすねこってどういうことかな? ねえ?」
「β版なので、動作に不良が出たものと思われます」
「ごまかすな」

 びし。
 びし。

「チョップ……空手チョップ。空手などにおける攻撃方法の一種」

 びし。
 びし。
 セリオは真面目にチョップくらっている。
 セリオは無表情にチョップくらっている。
 びし。
 びし。
「複雑です」




「作ったのに……」
 人差し指の先で机をぐりぐりえぐり回すセリオ。
 そのうち机に穴を開けかねない。
「で、これはどういう仕組みになってるんだ?」
 長瀬の声に勢いよくふり返るセリオ。
 ちょっと喜んでいるように見えなくもない。
「はい。まず圧縮のためには、指定されたファイルを精読して内容を把握します。
 つぎに数バイトの容量の2バイト文字からなる単語を用いて内容を要約し、該当ファイ
ルと置き換えます。これが圧縮後生成されるファイルとなります。
 解凍時は、解凍命令とともに圧縮ファイルが指定された時、そのファイルの内容である
単語を読んで、あてはまる圧縮前の内容をサテライトサービスのセリオデータベースから
ひきだします」

 こほん。
 長瀬は咳払いをして、ずれた眼鏡を直した。

「それはつまり、ファイルに適当な名前付けておぼえといて、あとで解凍する時はその名
前でおぼえてたのをデータベースから引っ張り出すというわけ?」
「そうです」
「世間一般ではそれをカンニングというんだが」
「そのようです」
「セリオ」
「はい」
「ちょおっぷ」

 びし。
 びし。
 びし。
 セリオは真面目にチョップくらっている。
 セリオは無表情にチョップくらっている。

「――なにが、いけなかったのでしょうか……」
「ぜんぶじゃ」


 SEセリオへの道は遠すぎるほど遠い。



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