修学旅行の夜は更けて 投稿者:takataka
 その夜、あかりの視線は一点に集中されていた。
 息を潜めつつ、静かに待つ。
 風呂場特有の反響の中に、あかりは確かにその声を聞いた。
「Oh! 大浴場ネ!」
 来た。
 がらっと扉が開かれる。
 標的――宮内レミィは、全くの素で入ってきた。
「ちょっとレミィ、前隠さんかい!」
 智子があわてて駆け寄る。
「ナンデ? 女風呂だわヨ?」
「せやけどちっとは恥じらいってもんがあるやろーが!」

 それにしても。
 あかりは”それ”を凝視していた。

 でかい。
 でかすぎる。
 いやマジで。

「洒落んなんないわよねー。アタシらなんか良くても『こうきて、こう』なのにさ」
 手をひらひらさせて特有の曲線を形作る。
「レミィなんか『こうきて、こっからいきなりこれもん』でしょう。
 やや誇張気味にその曲線を形作る志保。
 通常の女子高生の三倍はあった。
「なんかもう女としてやる気なくすわー、あんなもん間近に見せられた日には」
 ……志保はまだいいよ。
 あかりはわが身を振り返りつつ思った。
「私なんか、こう……かな……」
 あかりの手が描いた曲線は、死にかけの人の心電図が示すそれに近かった。
「ううっ、せめてマルチちゃんか松原さんが来ててくれればそんなに目立たないのに」
 修学旅行に下級生の参加を期待するのは無理というものだ。
「あ、アカリ! シホ! 先に入ってましたカ?」
「う、うん」
 二人の座っている洗い場にかがみこむレミィ。
 至近距離で目にするそれは、やはり圧倒的絶対的壊滅的に大きい。
「あのう、レミィ……日本のお風呂のはいり方、わかってるよね?」
「OKOK、湯船で泡立ててはイケナイですね。洗い場で体洗ってからネ」
 適当ないすを拾ってきて、すとんと座る。

 揺れた。

 それはもう、いったいいつ制作がケイエスエスからガイナックスに変わっちゃったんだ
ろう? と思ってしまうほどの揺れ方だった。
 レミィは鼻歌なんか歌いながらシャンプーを手にとって、頭をわしわしと洗いはじめる。
 前かがみになると、立てたひざに、例のブツがふにっとつぶされる。

 う……柔らかそうだなあ。
 指をくわえてみているあかり。
 うーん、触ってみたいなー。

「――あかり、あんた……」
 志保!?
 気づかれないように手を握り返してきた。
「今、あたしも同じこと考えてた」
 ――そうなの?
 うん、そうだよね。あれだけのものを目の前にしたらもう男の子じゃなくったって触り
たくなるよ。
 男も女も関係ないって京本正樹も言ってたし。

 二人はそろってレミィをはさむように向き合った。
「あのぅ……」
「ねえ、レミィ」
「何デスカ?」
「むっ、胸、触ってみていい?」
「OKOK、ドーゾ」
 快諾。
 しかも何のつもりかレミィは頭の後ろで手を組んで、胸を強調するかのようなポーズを
取った。サービス満点だ。

 よっしゃあああああ。
 志保&あかり、がっつぽーず。
 そっと、こわれ物でも扱うかのように指先で触れる。

 ふに。

「……おー」
「おーーーーー……」

 なんかもうため息しか出てこない。
「エヘヘ、なんか恥ずかしいですネ」
 レミィは照れ笑い。
 しばし夢心地なあかりをよそに、志保は少し考えるようなそぶりを見せて、手を広げ――。

 ぐわし。

「きゃっ」

 レミィはがばっと胸をかくしてちぢこまった。
「何しますノ……」
 志保、感動。
 鷲の爪のように握った形のまんまの手を高くさしあげ、もう片方の手で手首をつかみ、
こみあげる感動にうち震えている。
「わし掴み……ついに夢のわし掴みを……」
「ねえ志保、どうだった? どうだった?」
「フ……まさに桃源郷ってやつかしら……なんかもうだんだん腹立ってきたわ」
 あかりの腕をガッとつかまえて語りこむ。
「だいたいわし掴みにしてまだ余るってのはどういうことなのよ? アメリカじゃそうい
う乳がまかり通ってるわけ? あーなんか自分の全存在を否定されたような気がするわ!
 ムカツク! ちっくしょう鬼畜米英! ヤンキーゴーホーム!」

 志保、それなら、私はなんなのかな?

 あかりはまるで涅槃から届いてくるかのようなおだやかな笑みを浮かべた。
 色鉛筆タッチの作画になって、ブランニューハートのオルゴールが流れ出す。

 否定される以上の、なにか?
 人としてマイナス?
 バストが虚数空間?

 えいえんの世界に昇天しかかったあかりの意識を、志保の一言が食いとどめた。

「あかり、あんたもいっときなさい。縁起モンよ」
「え、わ、私はいいよ……レミィいやがってるし」
「何言ってんのよ! こんなチャンス滅多にないわよ。修学旅行の思い出づくりしときな
さいって。クラーク像や時計台なんか速攻で忘れちゃっても、この感覚だけはあんた一生
モンよ」
「そんな思い出はイヤだなぁ……」
「今はイヤでも、あとになってみれば輝かしい青春の一ページになるんだって。それにあ
れよ、もしかしたら接触感染するかもよ」
「か、感染?」
「そう」
 重々しくうなづく志保。
「じゃあ、それなら……」
「いっとけ?」
「ん」
 あかりは自分の手をじっと見つめ、それから胸に視線を落として、レミィを振り返る。
「ひっ」
 レミィは見た。
 あかりの手がすでに鷲の爪を思わせる形態にスタンバイ完了しているのを。
 しかも、両手。
 ついに狩猟者の本能にめざめたのだろうか。
「いいよね、レミィ」
 恐怖のあまり声を出すこともできず、ふるふると首を振るだけのレミィ。おずおずと見
上げたあかりの瞳は、

『ええやないかええやないかキンパツさん、大三枚でどうやねん』

 と物語っていた。

 じりっ。
 にじりよるあかり。
 恐怖に駆られて後ずさるレミィを、非情にも志保が羽交い締めにする。
「さあ、やるのよあかり」
 こくん、とうなづく。
「No! Nooooooo! Help me!」
 力の限りじたばたするレミィを
「ふっふっふ、叫んだって誰も助けに来ちゃくれないわよ、ここはアメリカじゃないから
ね。さ、あかり……」
「うん……ごめんね、レミィ」
「Oh!」

 ぱこんぱこんぱこおおおおおおおん。
 快音が響いた。
「いたた」
「きゃっ」
「な、なんでワタシまで……」

 そこにはケロヨン桶を手にしたあのお方。
「風呂場でなに遊んどるんやあんたら。あとつかえてんねんで」

 おお!
 ニッポン期待の星、保科智子選手です!

「保科さん!」
「そうか、まだ私たちには委員長がいたわ! まだ終わったわけじゃないのよ!」
 盛り上がる二人を、まったくしゃーないなぁといわんばかりの目で見る智子。
「トモコ助けて! この二人、ワタシの胸触ります……」
「なんやの。まったくこれやから外人さんは度量が狭いっつーんや。胸くらい触らしたっ
たらええやん、減るもんやあるまいし」
「じゃトモコ、ワタシの代わりに触られてクダサイ」
「な! ちょお待てや、それとこれとは話が別やろ」

 智子押され気味。
 がんばれ、ニッポン。

「べっつにあたし、保科さんでもいいなー」
「な!? 長岡さんあんたまで何を……」

 三人の言い争いに加わることもできず、あかりは寂しげに一歩退いた。
 レミィ、智子はいうにおよばず、志保のだってそれなりに大きいのだ。
 私にはこの輪に加わる資格なんてないよ。
 あかりはなんだかいじけた気分になってきた。
 ……なんかこの状況でこの三人に囲まれるのって、新手のイジメ?

「……いじめ、かっこ悪い……」

 ぽつりとつぶやいて一人寂しく浴室をあとにするあかりであった。



 部屋の電気を消した。
 しんと静まり返るなか、遠くからかすかに男子の騒ぎ声が聞こえてくる。
「みんなまだ起きてるね」
「男子はしゃーないな。明日ばてるでえ」
 智子はあきれたように肩をすくめた。
 くすっと笑うあかり。
 志保やレミィは別のクラスなのでここにはいない。
 ふっと何かに気づいたのか、あかりは主人の声を聞きつけた犬のように廊下に耳をそば
だてた。
「浩之ちゃんもまだ起きてるのかな」
「まぁ藤田君やったら起きとるやろーなー。
 あんなんほっといて私らははよ寝な、明日は早いでぇ……」
 あくびをしながら智子は答えた。
「ん。保科さん、おやすみ」
「あー」


 ………………。
 ………………。
 ………………。


「……保科さん、起きてる?」
「まだ起きてる……あんたもはよ寝え」


 ………………。
 ………………。
 ………………。


「……保科さん?」
「んー……?」
「そこ狭いでしょ? こっち、来ない?」
「なんでやねん!」

 がばっと跳ね起きる智子。なぜか思いっきり赤面している。
「明日早いってゆーたやんか! しょーもないことせんで寝ときや!」
「うっ、ごめん」


 ………………。
 ………………。
 ………………。


「……ね、クラスで好きな人とかいる?」
「だあぁ!」

 智子はがばっと起きあがって電気をつけた。
「えーかげんにせぇ! 明日早いねんで!」
「でも修学旅行の定番だし……」
「いーから! 寝れ!」

 ぱちん。
 再びまっ暗になる部屋。


 ………………。
 ………………。
 ………………。


「……じゃ、いっせーので好きなひと言いっこ」
「……も、知らんわ」

 智子は布団を巻き込んでぐるんと寝返りを打った。


 ………………。
 ………………。
 ………………。


「……保科さん、起きてる?」
「……くー」

 すやすやと規則正しい寝息が聞こえてくるだけだった。
「寝てるよね?」
 あかりはそっと起き出し、部屋の押し入れをかすかにノックした。
「もういいよ、志保」
「ふふふ、押し入れをチェックしないなんてこの志保ちゃんを甘く見たわね」
 二人は抜き足差し足で智子の布団に忍び寄った。
 あかりが右、志保が左にぴったりと付ける。
「いいの志保?」
「あたしに聞くんじゃないわよ、あんたがどうしてもやりたいっていうからでしょ?」
「それはそうだけど……」

 そっと智子の布団をはいでいく。浴衣ごしに見ても、やはりそれは大きかった。
 ゆっくりと慎重に帯の結び目をほどく。
 みなぎる緊張。ごくりと息を呑む音がひどく大きく聞こえる。
 ぱらり、と浴衣の前がはだけた。

「おーーーーーーー……」
「おおお…………」

 ご開帳。

「すごいね、志保」
「うん。輸入もの洋ピン無修正もいいけど、国産つーのもこれはこれでまた味があるとい
うか」
「味?」
「うん、なんつーかな、Jビーフ的な」
「Jバスト?」
「それいただき」
 志保がぱちんと指を鳴らす。
「じゃあいくわよ。私が左、あんた右ね。スタンバイOK?」
「ら、らじゃー」
「じゃ、せーので」
「ドキドキしますネ!」

 うっわあああああああ、と言いかけて志保とあかりはお互いの口をふさぎあった。
「れッれッレミィあんたいつの間に!?」
「エヘヘ、神出鬼没なのデス」
「どうして……」
「部屋の戸が開いてました。不用心ね」
 そしてキッと真面目な表情を作ると、
「話は聞きました。私、ジャッジつとめマス」
 なにをどう審判するというのか。
 しかし、その熱い思いは二人には十分伝わった。
 それに同じ巨乳の判断だ。きっと間違いはないはず。

 見つめあう瞳と瞳。
 ぬくもりを信じあう、三人の仲間。

「じゃ、行きマス。レディ……」

 乳わし掴みにすべてをかけて、揉むぞ力の尽きるまで。
 地球の夜明けは、もう近いかも知んない。

「ファイッ!!」

 もみっ(志保)
 むぎゅっ(あかり)



 東山三十六方草木も眠る丑三つ時、
 どこで啼くのか智子の声が、
 陰にこもって、ものすごく。

「んきゃああああああああああーーーーーーーーー!??」

 わおーーーーーーーーーーん。
 どこかの野良犬が遠吠えで答えた。



 宿の廊下では志保とあかりとレミィが正座していた。

「あーあ、怒られちゃったよ」
「くっ……志保ちゃん屈辱っ」
「何でワタシまで……トホホ」

 三人の前を、竹刀で肩をぴたぴた叩きながら智子が行き来している。
 とっても修学旅行らしい光景であった。

「足痛いデス……」
「そうでしょそうでしょ。でもねレミィ、これが日本の正しい修学旅行ってやつなのよ」
「そうナノ?」
「うう、それはどうかなあ……」
「あかりぃ、あんたもわかってないわねー。十年後あたしに感謝するわよ、二人とも」

 ぎろり、と智子の一瞥がよぎる。

「そこの三馬鹿トリオ、何か言うことは?」
「そのう、つい、出来心で……」
「出来心でクラスメイトの乳揉むんかいコラ」
「ちょっとしたお茶目じゃない、もー智子ちゃんったらー」
「長岡さん、アンタもよそのクラスの部屋に忍び込んで何してくれてんねん」
「ワタシ関係ないです……」
「その場におったやろーが南蛮人」

 ついにあかりがキレた。

「し、志保もレミィも悪くないよ!」

「あかり、あんた……一人で罪をかぶる気!?」
「アカリ……」


「保科さんの胸がいけないんだよ、きっと!」


 言った。
 言い切った。

「それって……それってあきかに揉まれたがってる胸だよ!」

 静寂があたりを支配した。
 『だよっだよっだよっ……』と廊下にエコーが響く。

「チカンのひらきなおりかぃ……」
 智子は、ふっ、と小さく笑うと、

「めぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーん…………」
 ぱしぃーーーーーーん。

 深夜の札幌に時ならぬ剣道の気合いが響き渡ったという。

 しかしこんな試練にくじけてはいけないのだ。
 進め、巨乳探検隊。
 もうひと押しで犯罪だ。
 同性ならセクハラにならないと思ったら大間違いだぞ!



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 おまヶ

 翌朝。
「そういえばレミィって、何語で寝言いうのかなあ」
「やっぱり英語やろ?」
「やーわかんないわよぉ、あの子滞日長いから」
「んー、どうなんだろう……」
「ね、試してみない?」

 そうと決まればさっそくレミィ部屋へゴー。

「レミィ、もう朝だよ、遅刻しちゃうよー。レミィってばー」

「むにゃ……もう食べられまセン」

「ほらほら、やっぱり日本語だわ」
「ちょぉ待ち。
『Heren! It late, be morning already! Heren!』」

「Umm……Anymore it is not eaten.」

「何語でも言うことおんなじかい!!」

 すぱーーーーーーーーん!!

「ひゃ! な、ナニ? 三人ともどうしたノ?」


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