レミィの日本文化研究レポート 投稿者:takataka
「ワタシ、日本文化をもっと学習したいデス……」
 レミィがなにやら真剣な様子で打ち明けた。
「でもなあ、弓道部があるだろ? とりあえず弓道極めてみちゃあどうだ?」
「No! キュードー、すでにコンプリートしました。ワタシもっといろんなことしてみ
たいです」
 ぶるぶると首を振るレミィ。好奇心のカタマリみたいな彼女としては、一つや二つの部
活じゃ日本文化を極めたことにはならないらしい。

「実は昨日もう1箇所当たってきました」
「へ? どこ?」
「空手部デス」
「なんだってえ?」



「たのモー!」
 微妙にヘンな発音の声に、空手部員たちはいっせいに組み合いの手をとめた。
 格技室の扉にたたずむ影。

「Hello! こんにちわ、みなサーン!」
 二年のヘンな外人としてとおっていた有名人、宮内レミィだ。

 坂下好恵が代表して一歩前に出る。
「宮内さん、うちの部になにか用?」
「実は道場破りにきまシタ!」

 ざわっ。
 空気が一瞬にして凍る。
 この高校の空手部はそれなりの強豪であり、全国大会にも好恵をはじめとして何度か選
手を送りこんでいるところである。
 道場破りとなれば、高校の部活とはいえ、ただで返すわけにはいかない。
「……宮内さん、自分がなに言ってるか分かってる?」
 鋭く細められた瞳で聞き返す。
 多くの対戦相手を震えあがらせてきた坂下のひとにらみを、レミィは米国直輸入100
%天然しかもポストハーベスト農薬入りの笑顔ではじき返した。

「YesYes,道場破りです。ひとつ破かせてくだサーイ」

 好恵の眉がぴくっとはねあがった。
 ……この外人、つぶす……。

 更衣室をかりていそいそと着替えるレミィ。
「ついに夢の道場破りデス。この道場を破いたら看板もらえるデース。そしたらその看板
で自分の道場が開けるのね。イッツのれんわけなのデース!」
 道場破りのシステムに基本的な誤解がある模様。

 そして、対決の時はきた。
 空手部を代表して坂下好恵が立つ。先輩部員を含めても、この空手部では最強の選手だ。
自信にみちあふれた瞳がレミィを射ぬき――。

 何ですって……!?
 驚愕した。
 自分の見たものが信じられなかった。
 好恵の全身に戦慄が走る。

 宮内レミィ。
 黒帯だった。
 それは多分借り物だろう。
 身のこなしを見れば素人なのは一目瞭然だ。
 それはそれとして。

 柔道着。
 生地の分厚い。
 柔道着だった。

 知っておこう。
 柔道着と空手着はぜんぜん別物である。
 厚いのが柔道着で薄いのが空手着。

「さあ、このワタシがカラテウェアを着てしまったからには恐ろしいことになりマース」
 レミィは自信まんまんだ。

 しかも、その足には革靴はいたまま。
 例のしましまハイソックスも健在だ。
 下、畳なのに。

 このくされ外人空手をなめやがってええええええええええーーーーーー!!
『夷荻南蛮』などという、歴史の教科書でしかお目にかからないような言葉が好恵の脳裏
をよぎった。攘夷派の藩士の気持ちが痛いほど理解できた一瞬だ。
 坂下好恵、怒りゲージ120%!

「はじめ!」



 はぁはぁはぁ。
 わずか三秒。
 あご打ち一閃できれいにのびたレミィを前に、好恵は耐えがたいむなしさを感じていた。
 弱い。
 弱すぎる。
 素人以下。
 なんでこんな奴が道場破り?
 もしかしたらなにか重大な誤解があったのかもしれない。
 少しおとなげなかっただろうか……。
「ちょっと宮内さん、大丈夫?」
「ウフフフ……ナイスファイトネ、ジョー・ヤブーキ……」
 錯乱しているらしい。
「し、しっかりしてよ、ねえ」
「ん……ヨッシー……」
「ヨッシー言うな」
 レミィは唐突にがばっと跳ね起きた。
「Great! あなたなかなかやりますね」
「なにがじゃ」
「空手チャンピオンね!」
「え? あの、いや、それほどでも」
 握る手と手に力がこもる。
「私感動しました。拳で語り合う友情デース! さあ好恵、さわやかに和解しつつラーメ
ンでも食べにいきマショウ!」
「え? ちょっと私まだ練習が」
「Dont worry! 友情パワーの前にはわりとどうでもいいことです!」


「なぜ……なぜ私が練習抜けてラーメン屋に……」
「まあまあ、いいジャナイ」
「よくあるかっ」
「ヨッシーもしかしたら怒ってるノ?」
「ヨッシー言うなあああああっ」
「じゃあこうしまショウ! メンマあげますから機嫌直して。はいアーン」
「するかああああっ」



「……というわけナノ」
「お前……坂下怒らせてよく命があったね」
「日ごろの行いデース」
 それはどうかな。
「そんなこんなでカラテはOK! 次、ケンドーいきます」
「おう。……んでもなんでお前、旅支度してるんだ?」
「実はこれからケンドーの修行に旅立つ所存なのデス。しばらく帰って来マセーン」
「学校どうすんだよ」
「仕方ないの……美しい日本文化のためには学校にいってる場合ではないのデス。教科書
はなにも教えてくれないし大人はうそつきだし盗んだバイクで走りだしマース」
 レミィ、とりあえず論点を整理しろ。
「じゃ行って来マス!」
「あ! ちょっと待てオイ!」

 レミィが帰ってきたのは1週間後だった。
 何だかひどく憔悴した様子だった。
「何だよ、挫折したのか?」
「ウウン。ケンドー、極めました。でも、むなしさが残ります」
「どうして?」
「見てくだサイ!」
 ぶわっと地図を広げる。
「今回ワタシが制覇したのはケンドー45号線! つまりどう少なく見積もってもあと4
4本制覇しないといけないのデス! いくらなんでも不可能ネ!」
「…………」
「しかも、危うくとなりのケンに入ってしまうところでした! ケンドー家たるもの、む
やみによそのケンのケンドーを通るような事があってはならないのデス!」

 オレはなにか言ってやろうかと開きかけた口を、そっとつぐんだ。
 まあいいさ。彼女には彼女の人生がある。

 その後もレミィは、日本文化を追求しつづけていた。
「シホ、チリ紙造花の作り方教えてくだサイ! 華道極めたいノ!」
「アカリ、お茶の入れ方教えて! 茶道のコンプリートのために!」
「コトネ、弟子にしてくだサイ! 北海道の師匠と呼ばせてくだサイ!」

 安心しろレミィ、北海道は修学旅行で行くから。



「でも、まだまだこんなものでは日本文化理解したことにはならないです……」
「じゃ、もっといろいろやってみれ」
「日本風の部活、もうないの……」

 言われてみれば、この学校の部活動で日本風のものってそんなにないな。
「美しい日本の文化、失われていくような気がします」
 うつむいて声を落とすレミィ。たしかに彼女の言い分ももっともだ。

「そこで! ワタシ新しい部を設立しようと思いマース! まずはこれ!」
 半紙をばっと掲げる。そこには墨痕りんりと、


	『当て身部』


「……なにそれ?」
「エットね、たとえば……」
「あ、浩之ちゃーん」
 廊下の向こうからあかりが駆け寄ってくる。
「ここにいたんだあ。ね、一緒に帰……」
「ゴメン!」
 づどむっ
「あうっ」
 カウンター気味に、もろにみぞおちに入った。
 レミィにしなだれかかるように崩れ落ちるあかり。
「うわあああああああ! あ、あかりぃぃ! レミィてめえなにしやがんだ!」
「当て身」
「なんで!?」
「当て身部だモン」
「と、とにかく保健室にはこばねーと!」
「ダイジョブダイジョブ、しばらく眠っててもらうだけデース」
「用もないのに眠らすんじゃねえ!」
「ダメなの……?」
「ダメだダメだ! 廃部! 即廃部!」
「殴る前に『ゴメン』て謝るところが礼節の国らしくて好きなのに……」



「ヒロユキっ」
 奴だ。
 日本文化の鬼。
 オレは目を合わせないようにした。
「ヒロユキ怒ってる……」
 当たり前じゃ。
「ワタシも反省して、今回は格闘技っぽいのは外しマシタ。危険だしネ」
 最初からそうしろや。

「そこで今回は、コレ!」


	『クロロ部』


「……なにコレ?」
「まあ見ててくだサイ!」
「あ、浩之ちゃーん」

 やめろ! 来るなあかり! 昨日の今日だぞ、ちっとは学習しろ!

「ここにいたんだあ。ね、一緒に帰……うっ!?」

 背後から忍び寄ったレミィがあかりの口に湿ったガーゼをあてがう。
 抵抗するまもなく崩れ落ちるあかり。

「うっわああああああああああ! あかりいいいいい!」
「今日は野蛮なのはナシです。科学的ネ!」
「クロロってクロロホルムかよ! それのどこが日本文化!?」
「日本のドラマにはかならず出てきマース。現代文化も重要ね」
「ヘンなドラマばっか見てんじゃねーよ!」

 それからもレミィは毎日のように部を創立しつづけた。

「人面疽部!」
「文化じゃねえ!」
「パーンって音立てておしぼり開け部!」
「品がねえ!」
「シャンゼリオン部!」
「サバじゃねえ!」
「ドーバー海峡横断部!」
「やる気あんのかてめえええええ!」


「ワタシ、原点に戻ることにします……」
 レミィはしゅんとなっていた。
 まあ作る部作る部、ことごとくオレが否定したからなあ。
 いまは弓道着に身を包んでいる。そうだよな。レミィにはコレが一番似合ってる。
「やっぱり自分の得意分野で勝負するのが一番ね」
「そうだぜレミィ。無理することねーんだ。日本文化、少しづつ勉強していこうや」
「ウン」
 こくんと頷く。どうやら分かってくれたようだな。
「じゃ、さっそく」

 ふっ。

「レミィ? それ……」
「アハハハ、いいデショ?」
 自慢げに横笛のような筒を振りまわすレミィ。
「ただ復帰するのもつまらないので、今度は吹き矢に青春かけてみることにしまシタ!」
「レミィよう」
「ナニ?」
「日本文化は!?」
「立派な日本文化です。イッツニンジャウェポンね」
「お前なあ……」
「そんな顔しないでヒロユキ。それにほら、ちゃんとHitしてマス」
「ヒットって……うっわあああああああ、矢島ー!? おいしっかりしろ矢島!」
 ゆすっても反応がない。
「……レミィ、矢になにか……」
「アハハハ、本で読んだだけの自己流だけど、トリカブトの根をチョット」
「や、矢島ああああああ! 死ぬなああああ!」
「あ、ヒロユキ抜いちゃダメ」
「なんで!?」
「ヤ抜いたらただのシマになってしまいます」
「なるかーっっ」



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