American badgirl story 投稿者:takataka
「ワタシ、こう見えても小さいころはわりと不良デシタ……」

 レミィはそう言うと、エヘヘ、とテレ笑いして見せた。

 その場の全員がレミィを見つめる。
 まさか!?
 この天真爛漫かつ明朗快活なレミィが不良?
 おつむ少々軽くて、そのくせことわざには妙にこだわるヘンな外人が?

「でもアメリカだろ、日本の不良とはまた一味違うんだよな」
 浩之の言葉に、みな首を傾けた。


『アメリカの不良かあーーーーーーー……』


 神岸あかりの脳裏に、昔見た映画がプレイバックする。

	 レンガの壁にスポットライトがあたる。
	 その中に走りこんでくる人影。レミィだ。
	 自慢の金髪をリーゼントに決め、ポマード塗りこみまくっている。
	 つっちゃっつっちゃっと指を鳴らしながらチームの仲間と横一列にせまって来
	るさまはあたかもブロードウェイミュージカル。
	 ちゃきん、と取り出した飛び出しナイフが光る……と思ったら実は折りたたみ
	の櫛で、それで自慢のリーゼントをなでつけたりするのだ。

 宮内さんすごいな。あかりはつくづく感心するのだった。
 私、指鳴らせないんだよね……。


 へへえん、ほんとは不良なんてもんじゃないんでしょ? 志保ちゃんには何でもお見と
おしなのよん。
 長岡志保は人差し指をぴっと立てて、当時の様子を想像してみる。

	 禁酒法時代の大都会をよぎる黒い影。
	 ファミリーのボス、ドン・レミィ・ミヤウチーネ。(なぜにイタリア系?)
	 暗黒街の顔役と呼ばれ、バレンタインデーの虐殺の首謀者と目される。
	 今日も例のブツを届けたり裏切り者を処分したりと大忙し。
	「マフィア? 知りまセーン」
	 彼女を追うシカゴ市警の若き刑事!
	 突如おこる銃撃戦!
	 階段を転げ落ちる乳母車に乗った赤ちゃんの明日はどっちだ!?

 こっわいわね〜〜〜〜。くわばらくわばら。
 恐れつつもジャーナリスト魂が刺激される。こんどレミィの家、こっそり探ってみよう
かしら……?


 腕組みして、むづかしい顔でうなづいたのは保科智子だった。
「アメリカか……ややこしいとこやからな」

	 南部の大都市のスラム街。不満げな目をした黒人たちが集まっている。
	 ブラックモスレム過激派の集会だ。
	 演壇に立つ若い女性が激しく拳を振りかざし、叫ぶ。
	「ブラックパワー! ブラックパワー!」
	 アジテーターは彼らの若き指導者、レミィX。
	 『X』とは白人につけられた苗字を捨てたための、代わりの名だ。
	「白人が暴力で来るなら、こっちも暴力で対抗しマース!
	 レッツハンティングデース!」
	 ますます白熱する集まりから離れて、一人の黒人少年が膝を抱えてがたがた震
	 えている。
	「大人たちは何で気づかないんだ? ……あのリーダー、むっちゃ白いやん!」

 やっぱ複雑やでー、人種問題とかなあ。
 うんうん。
 レミィの苦労をしのぶ智子だった。


「…………(アメリカ……)」
 来栖川芹香はテレビで見た光景を思い出す。

	 白いマスクをつけた集団が、深夜の道路を行く。
	 その先頭を行くものだけ、頭一つ分背が低い。
	 マスクのふちからちらりと覗くひと房の金髪。
	 KKK団の精神的指導者、レミィ。
	 もちろん勝平コノヤロコノヤロ団ではない方のKKKだ。
	「白人エラーイ! 白人カシコーイ! 白人ナイスガーイ!」

「…………」
 芹香はKKKのことはあまり知らなかった。
 ただ、あの白頭巾がちょっとうらやましかった。


 松原葵は薄い胸をときめかせていた。

	「だれか、そいつを捕まえてくれ!」

	 ニューヨークでももっとも危険といわれるスラム街の一角。
	 宮内レミィはそんななかで、犯罪者やホームレスの群れに囲まれながらもたく
	ましく生きてきた。
	 このあたりでレミィといえば知らないものはいない。不良グループの頭目とし
	てめきめきと頭角をあらわし、ダウンタウンではちょっとした顔だ。

	「HAHAHA! このアタシを捕まえようなんて十年早いデース!」

	 今日もマヌケな店番を出しぬいて軽く稼いできたところだ。
	 いつものように路地に駆け込む。このあたりは袋小路も多く入り組んでいて、
	逃げ道には絶好だ。自分の家の庭のようなものだ。

	 路地をとおりぬけて表通りに出るところに、人影が立っていた。
	 腕組みして壁に寄りかかり、片足を向かいの壁に預けている。あきらかに通す
	まいとしている意志が感じ取れた。
	 端のほうで軽くウェーブのかかった長髪。そして、挑戦的な笑みを浮かべてレ
	ミイをねめつける黒い瞳。中国系だろうか? アジア人であることは確かだ。

	 日本人かもしれない。レミィの心中を、幼い日の優しい面影がよぎった。
	 変わってしまった自分。あのころにはもう戻れない。

	 ――アタシ、こんなところでナニしてるんだろう、ナニがしたいんだろう?

	 しかし、今はそんなことを考えてる場合じゃない。

	「怪我したくなかったら、そこ退きナ」
	 どすを聞かせた声でレミイは言う。
	 少女は鼻先で笑い、髪をかきあげた。さらり、とひろがる漆黒の流れ。
	 黒い瞳が皮肉っぽくすっと細められた。
	「いやだと言ったら?」
	 なめられている。
	 かっと頭に血が上った。
	「……こうなるのサ!」
	 すっと背をかがめ、一挙動で相手の間合いへと入る。瞬発力と足のバネを最大
	限にいかしたステップだ。
	 そこからの右。これをかわせたヤツはいない。レミィはたしかに獲物を捕らえ
	た感触を――。

	 いない?
	 右腕が大きく空振る。
	 バランスを崩したところで、腹部に重い衝撃を受けた。
	 たまらず腹を押さえてかがみこむ。一瞬呼吸が止まって、視界がかすんだ。
	 瞬間、あの猫のような鋭く細められた瞳が交錯し――。

	 気づくと、壁際のブリキのごみ箱に背中から突っ込んでいた、らしい。
	 あごに一発食らったらしく、頭がはっきりしない。
	 目の前でごみ箱のふたがガラガラと音を立てて回っているのが不快だった。
	「悪いわね、ボディががら空きだったから、つい」
	 少女が近づいてくる。レミィは本能的に立ちあがろうとして、果たせなかった。
	完全に足にきている。
	「立てる?」
	 差し伸べられた手をばっと払いのけた。最後のプライドだ。
	「は! ポリスにでも何でも、勝手に突き出しナ……」
	 いよいよ年貢の納め時、という奴だ。レミィは覚悟を決めて大の字に寝転がった。
	「あなた、スジ悪くないわね」
	 少女はレミイの手をとって引き起こした。しゃがみこんで、レミィの視線と同
	じ高さになる。
	「いい目をしてるわ」
	「……ナニさ」
	「うちの道場にこない? 歓迎するわよ」
	 邪気のない微笑を、レミィは信じられないものでも見るようにぼんやりと眺め
	ていた。
	 ――それが、生涯のライバル、来栖川綾香との出会いだった。


 そ、そうだったんですか! レミィさんすごいです!
 格闘少女松原葵。とにかく格闘一筋だった。
 それ以外のこと、アウトオブ眼中。
 それにしてもさすがは綾香さんです! ちょっと目を離した隙にいつの間にそんな青春
格闘ストーリーを!?
 ぜひ私も一度お手合わせしたく……と言いかけて、ふっと気づいた。
 なんでレミィは日本にきたとたん弓道に転向したんだろうか?


『アメリカの、不良かあーーーーーーー……』


 一同は、ほぅ……とため息をついた。

「WHAT?」
 レミィはきょとんとした顔で首をかしげている。
「で、どんな感じだったの?」
 雅史が聞いた。
「エットね、それは……」


	「ヘレン・クリストファ、あなたの告悔をなさい」
	「はい、神父さま。じつはワタシ、冷蔵庫にあったシンディ姉さんの分のケーキ
	を黙って食べちゃいマシタ」
	小さな指を組み合わせて告白するレミィ。懺悔室の小窓からさす明かりを一心に
	見つめていた。
	「神さまはワタシを許してくれマスか?」
	「祈りなさい」
	 うつむいて懸命に祈る。どうか神さま、不良娘のヘレンをお許しくだサイ……。
	 緊張が高まり、ミュージックが止まる。
	 神さまの方を見上げた顔がこわばった。
	
	 判定は………………バツ!
	
	 ばっしゃああああああん。バケツの水が振りかかる。
	 レミィずぶぬれ。
	「No! 今日の衣装自前なのに〜……」
	 神さま、ワタシはお許し頂けないほど不良娘なのデショウか……?


「けっっ、なんだそりゃ」
「宮内さん、そういうのはちょっと違うと思うよ」
「つっまんないわね〜〜〜〜」
「あーもうやってられんわ、行こ行こ」
「…………」
「宮内先輩、あなたには失望しました」
「じゃ、僕たち先に帰るから……」

「あ、ミンナ、待って〜〜〜」



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