細いシャープペンシルの芯をかちかちと伸ばし、意味もなくノートのうえを走らせる。 ここ数日の僕は、なにか不思議などろりとした時間の中を漂っているような気がしていた。 繰り返される、なんの代わり映えもしないくだらない毎日。 やがていつの頃からか僕は、この退屈な世界から音と色彩が失われてしまっていること に気付く。 黒板にみみずの這ったような文字の羅列を書き続けていた教師が、チョークを持った手 をとめて言った。 「じゃあ『き』のつく言葉をあげてみなさい」 すっと人影が立ち上がった。 太田……そう、太田さんだ。生徒会の役員で、いつも何人かの女生徒達の中心にいる女 の子だ。 「お、太田やる気あるなあ。じゃあ言ってみなさい」 「きん○ま」 一拍おいて、教室はどっと爆笑の渦につつまれた。 「キャハハハハハハ! やだ香奈子、それ、すっごいおもしろいよー!」 「ワハハハハハ、なんだよ、太田のやつ! たまってんじゃねーの?」 先生が軽く咳払いして、中指でくいっと眼鏡を直した。 「もっときれいなものを言いなさい」 そのとき、太田さんが両手でおもいきりバーンと机を叩いた。 一斉にシーンとなる教室。 目を丸くして見つめる生徒達の視線のなかで、彼女は低い声でひとこと、 「きれいなきん○ま」 と言った。 「きん○ま、きん○ま、きん○ま、きのつくものったらきん○までしょ!? ♪き〜ん○まけ〜るな き〜ん○まけ〜るな 金太! 負けるな! 金太! 負けるな! ちょうだい、ちょうだい、ちょうだいよおおおおお!!!」 生徒の笑い声が、徐々にたち消えていく。 太田さんは、まるで壊れたCDプレイヤーのように『金太の大冒険』を熱唱し続けていた。 「♪き〜ん○まも〜って き〜ん○まも〜って 金太! 守って! 金太! 守って!」 ――しばらくお待ちください―― はっと気づいた。知らないあいだに気を失っていたような気がする。 そうだ、太田さんは? 見ると、彼女の席にはうつろな目をした熊のぬいぐるみが置かれていた。 僕はおずおずと手を上げて、 「先生、あの、太田さんは……?」 「じゃあみんな、次は『く』のつくものを挙げてみよう! さあ、何があるかな?」 「あの……」 「さあ! 楽しいぞう!!」http://plaza15.mbn.or.jp/~JTPD/