『しっぽせりおの大冒険』第三話 投稿者: takataka
「浩之さーん、これでいいんでしょうか……?」
 とんとんとステップを降りるマルチ。
 長瀬主任が研究所から持ちだしてきた出張メンテナンスサービスのためのバスは、赤十
字の献血のそれに似ていた。
 つま先からてっぺんまで存分に眺め回す浩之。

「よし、似あってるぜ、マルチ」
「本当ですかー? ありがとうございますぅ」
 おう、とうなづいてはいたが、浩之は少し引っかかりを感じた。

 そうそう、最後の仕上げを忘れてた。

「マルチ、ちょっとツラ貸せ」
「え! わ、わ」

 きゅぽっ。

「ほうらマルチ、こいつを見てみろ」
「はわわっ! 浩之さん、そんな黒くて太いモノでいったいなにを……」
「なあ、いいだろマルチ。オレのこと好きなんだろ」
「そ、そんなコト……ああっ、そんなぁ、か、顔にですかぁ!?」

 きゅっきゅっ。

「ほうら……」
「や、やめて下さ……はわわわわわぁ!」

 くきゅきゅきゅきゅきゅ。

 嫌がるマルチを押し倒し、むりやりやってやった。
 ふー、大満足。
 浩之はベッドサイドで煙草とか吸いたい気分に駆られた。

「ほら完成。イカスぜ、マルチ」

「ふわああああ」
 マルチは茫然と鏡の中の自分の姿を見ていた。
「な、何ですかこれわー」

「タヌキ」

 浩之のアイデアで、件の感情デバイスをマルチにも搭載することとなった。
 例のメイドロボ用オプションパーツ、しっぽ&耳である。
 長瀬主任が急遽HMX−12対応に改造したそれは、セリオの装着しているものとはか
なり趣が違っていた。
 こげ茶色の耳は丸い形状で、しっぽはこげ茶と黒のだんだら模様。

「どうだろう藤田くん」
「完璧ッスよ主任! オレの手によって!」

 そして、マルチの目のまわりには、浩之の手による見事な隈取りがあった。
 歌舞伎役者のようなものを想像しちゃいけない。黒一色の渋さ。
 ザッツたぬきヅラ。

「うわあああああん! 顔が! 私の顔がー!」
 号泣。
「よかったなマルチ、これで完璧だ」
「ひ、浩之さん! この冗談落ちますよね?」
「油性!」

 黒の極太油性ペンをびしっとつきつける浩之。

「うわああああああん! ひ、ひどいですぅー」
 マルチ大泣き。
 だが涙程度ではこの油性メイクは落ちはしないのだ。
「泣くなマルチ、ほら、友達だっているぞ」
 浩之は庭の片隅にあった信楽焼のタヌキの置物(なんでそんなものが……)をごとごと
と引きずってきた。
「オッスオラポン太!マルチのために信楽からやって来たぜ!」
 しゃべってるようにみえるようにごとごと動かす。
「浩之さん、あ、あんまりでずぅ〜」
「浩之じゃねえ! オラポン太だ!」
「ううっ、そんなあ〜」
「いいかマルチ! 見事セリオを連れ帰ってくるまで、そのメイク落とすことまかりなら
ん!」
「ポン太はどこ行ったですかー」
「まあ聞け! その顔面黒塗りはなんのためだと思う!」
「浩之さんの意地悪ですぅ……」
「ばかたれ!」

 ぺしっ

「あっ」
「オレの心づくしのメイクがわからんというのか!
 アフリカのある部族は闘いの前に闘志を奮い立たせるためのメイクを施すという。お前
はそのメイクを施すとともにより残忍な性格へと変貌するのだッ!」
「ふええええぇぇ」

 タヌキだけどね。

「いいか。もうこの際セリオをつかまえろとは言わない。奴を倒せ!」
「えええええっ! そ、そんなの無理ですぅ」
「いいから聞くんだ。おまえはあのセリオをいつもの無表情で無感情なセリオだと思って
るだろう?
 だがそいつはとんでもない間違いだ。キツネの力を手にいれた事によって、奴はもはや
血に飢えた野獣! メイドロボの姿をとった大自然の怒りの拳だ!」
「ふええええ〜〜〜!?」
「バカもん! 返事は『ラジャー』だ!」
「ら、らじゃー」
「このまま放っておけば、奴は大自然の呼び声のままに人間を狩りつづけるだろう! ま
さに野生の王国、グレートハンティング!」
「は、はわわわぁ〜〜〜〜」
 マルチは腰ぬかしかけている。
 だがこのくらいではまだ手ぬるい! 浩之はぐぐっと握り拳をかかげた。
「キツネセリオの脅威の前に人類は何だかやばいことになってしまうのか?
 いや! われわれにはまだマルチがいる!」
「はわわっ、わ、わたしですか〜?」
「おう! 愛と勇気と科学が生んだ、冷酷無情な殺戮マシーン!! それがお前だ!」
「そ、そうだったんですかー!」

 ぐぐっと身を乗り出すマルチ。目の輝きが違っている。
 本気にしてる本気にしてる。

「いろんなとこが矛盾してるけど……」
 綾香のツッコミを無視して浩之は続けた。

「そうだ! セリオがこれ以上悪事を重ねないうちに、お前の手で屠ってやれ!
 野獣死すべし! それが今日のテーマだ!」
「私の手で、ですか……」
「それが何よりの供養になる」

 神妙な顔の浩之に、マルチはうなだれた。
 目の表情は前髪に隠れ、読み取れない。

「いつかはこんなときが来るって思ってました……。
 私のお友達でもあり、ライバルでもあったセリオさん……でも、こうして雌雄を決する
ときがついに来たんですね……。
 わかりました。
 獅子は一匹のウサギを倒すときにも全力を尽くすといいますぅ!
 セリオさんに失礼のないよう、全力で倒させてもらいますー!」

 言うね、こいつ。
 浩之はわがロボながらちょっとあきれた。
 しかも、むっちゃ勝つ気だし。

 と、綾香にぐいと襟首を引っぱられた。
「ちょっと、マルチに何させる気? セリオに何かあったらどうするのよ」
「綾香、落ち着いて考えろ。マルチ風情があのセリオに向かって何かできると思うか?」
「……思わない」
「そこがつけ目だ。とにかくセリオの電源を消費させるのが目的なんだよ。で、充電ボッ
クスで休眠モードに入ったところをつかまえようって訳だ」
「なるほど」
 深々とうなづく綾香。
「つまりマルチは捨て駒ね」
「おう!」

 一点のくもりもなく明快に答える浩之だった。

「しかし、あんた自分のメイドロボにヒドイこというわね」
 浩之は、ふっ、と柔らかい表情になる。
 少し離れて、
『やるですー。情け容赦なくみなごろしですぅ』
 と息巻いているマルチをこのうえなくやさしい瞳で眺めた。

「メイドロボだろうが人間だろうが、所詮マルチはマルチだからな」

 妙に達観した浩之に、綾香は沈黙せざるをえなかった。
 ……何か違うような気がするけど。

 そして浩之はなおもマルチに檄を飛ばす。
「いいか、タヌキ装備を身につけたおまえの単体戦力は、あの対戦車ヘリ”アパッチ”に
も匹敵する!」
「はい!」
「言わば、お前こそがアパッチチームのキャプテンだ!」
「はい!」
「オレたちゃ裸がユニフォーム!!」
「はいぃ!」
「待て! まだ脱がんでいい!」
 スカートに手をかけるマルチを浩之はあわてて差し止めた。
「まだ着ておくんだ、いいな。セーラー服がおまえの戦闘服となるのだ!」
「らじゃー!」
「今はキツネセリオを倒すことだけを考えろ!」
「らじゃー!」
「自分らしさを大切に!」
「らじゃー!」
「シッポを立てろ!」
「らじゃー!」
「よし、ゆけい! メイドコマンドーまるち!
 バイオフィードバック! 鍛えれば人間バネになる!」

 もはや意味不明。
 でもマルチはやる気十分だ。

「マルチ、行きますぅ!」
「待て」
 浩之は唇の端をぐいとつり上げて、聞いた。
「合言葉は!?」

 緑の前髪の下から、苦みばしった笑み。
 ぐっと親指を立てて、

「『野獣死すべし!』ですぅ!」

「よし、コマンドーマルチ……ゴーーーーーーー!!」




「一つだけわかんないんだけど」
「なんだよ?」

 風下からセリオのいるポイントに近づき、茂みのなかに陣取る。
 マルチは感づかれぬようそろそろと近づいていった。

「なんでタヌキのかっこさせる訳?」

 ふ、そんなこともわからんとは。

「だって、赤いキツネと緑のタヌキだろ。ある意味最強タッグの二人はきっと惹かれあう
はず! ところが運命が二人を敵同士に! そして闘いを通して芽生える友情!
 やがて真っ赤な夕日が二人を包む……。


	『セリオさん、なかなかやるですぅ』
	『マルチさん、あなたもです』

	 河原にごろりと寝ころがった二人。双方ともに傷だらけ。
	 顔を見合わせ、どちらからともなく、笑った。

	『さぁ、ラーメンでも食べに行くですー』
	『友情とは良いものですね』


 というような感動的展開になるかもしんないじゃねーか!」

「はい?」

 綾香はそれこそキツネにつままれたような顔をしていた。

「なにそれ? なんで惹かれあうのよ? そもそも赤とか緑とかって、なに?」
「え……だからほら、カップメンでそばとうどんが……」

 綾香はさっぱりわけがわからないという顔だ。

「もしかして、知らないのか?」
「うん」
「ふ……ふふふふふふ、そうかよ……インスタント食品なんか口にしたこともございませ
んってか……」
「浩之!?」
 血涙。
 そう、浩之は血の涙を流していた。
「ちっきしょうブルジョア階級なんかあああああ!!
 お前の体には真っ赤な血の代わりにシャトー・マルゴー14年ものが流れてるんだ!
 お前はそういう女だ!」
 くやし紛れにあの夕日に向かってだっしゅ!
「ちょっと、待ちなさいよー」
 みしっ
「ぐえ」




 マルチは躊躇していた。
 今ならまだ、元に戻れる可能性があるかもしれない。これは言わば最後通告だ。
 そっと近づく。
 気配に感づいたセリオが振り向いた。同族に興味を示したのか。
 この場合同族というのがロボ属性かケモノ属性か、むずかしいところではあるが。

「セリオさーん、元に戻って下さいよう。綾香さんも浩之さんも心配してますよ」




 ふいに声をかけられました。
 見てみればタヌキさん。
 何だか緊張したようすでこちらをうかがっています。

 ご主人さまとしては……除外です。
 なぜだか知りませんが、それだけはしてはいけないと私のゴーストがささやくのです。
 それに、何だか会ったことがあるような。

 まあ、それはさておき。

 タヌキといえば、腹つづみ。
 たいそう良い音がするといいます。
 他にとりえとてないこの動物の、魅了的な特徴と言い切れるでしょう。
 では、さっそく。
 私は二本足ですっくと立ちあがり、タヌキさんに歩み寄ります。

「あ、セリオさん! やっともとに戻……」

 ぼくっ。
「おうっ」

 鈍い音がしました。
 ちょっと予想外です。

 見ると、タヌキさんは体をくの字におってうずくまっています。
 ………………。
 まずい。
 まずいです。
 こういうときは。

「ああっセリオてめぇぇぇぇぇぇ」

 後ろで何か声が聞こえますが、さしあたって逃げるのが先決です。




 少しびっくりしましたが、大事なことをふたつ学びました。

 1.腹つづみは、グーで力いっぱいやってはいけない。
 2.悪いことをしたら、まず逃げる。

 謝るのはあとでも出来ます。
 しかし、逃げるチャンスはその瞬間にしかありません。
 私は、チャンスは最大限に活かす主義なのです。




「む、体重の乗ったいいパンチね……アレは相当きいてるわよ。
 さすが私が仕込んだだけはあるわね。
 ただ腰の入れ方がちょっと甘いかな。あれだとコンビネーションにつなげるときに重心
が……」
「冷静に解説してる場合かお前ぇぇ!」
 ダッシュで抱き起こす浩之。さすがマルチの主人である。
「おいマルチ! しっかりしろ!」
「まあ内部機器がショックを受けたんで保安回路が働いただけだよ、それほど心配はな
いと思う」
 しれっと言う長瀬主任。そのままマルチをメンテカーにつれこんで、

「んじゃ私は点検があるから……」

 逃げた。

 …………。

「さて、藤田浩之くん?」
「おう」
「もちろん次の策はあるんでしょうね?」
「おうとも!」
「どんな?」
「ちょっと待て、いま考える」
「………………」

 エクストリームチャンピオンによる裏拳ツッコミはとても痛かった。



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