『しっぽせりおの大冒険』第一話 投稿者: takataka
「藤田くん、ロボットに感情表現はあったほうがいいと思うかい?」
 いきなり研究所に呼び出したと思ったら、何をいまさら、と浩之は思った。
「そっちの方が楽しいって、あれからオレ何度も言ったじゃないッスか」
 主任はうんうんと頷いている。
「ならいいんだ。どうやら藤田くんになら任せられそうだな」
「何がですか?」
「セリオのことなんだがね」
 その名には聞きおぼえがあった。マルチと競合してテストしていたメイドロボだ。
 生真面目そうな横顔は今もはっきりとおぼえている。
「君も会ったことがあるだろう。量産型じゃなくて、寺女に通ってたプロトタイプだ」
「懐かしいな……いま何してるんですか?」

「逃げた」
「は?」



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				  A fairy tale
				       of
				"Serio the tail"

			  『しっぽせりおの大冒険』
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 長瀬主任はぽりぽりと頭を掻いた。
「逃げられちゃったー、ははは」
「なぬー?」
「そういうわけなのよ……」
 憔悴した様子の綾香があとを受けた。何だかひどくやつれている。


 ことのおこりはこういうことらしい。


「セリオだけど、もっとこう人間らしくならないかな?」
「というと?」
「感情表現っていうかさ……。あのね、セリオにも心があるってのは分かるのよ。私だっ
てだてにセリオの友達やってないし。
 ただ、あの子ぜんぜん表情に出ないでしょ。それがちょっとね。
 ほら、ちょっとした目の動きや仕草だけじゃ伝わらない気持ちって言うのも、あるでし
ょ?」
 軽くウェーブのかかった毛先をいじって、長瀬に上目づかい。
 ふだん勝ち気で活発なお嬢様で鳴らしている綾香がこんな表情をするとは、意外や意外、
であった。
「ふむふむ」
「主任さん、どうにかならない? あの子にとってもやっぱりうれしい時は笑えた方がい
いと思うんだ」
「やってみましょう。ただ、HMX−13はサテライトの受信部が収まった頭部ユニット
の設計上、表情筋がこれ以上追加できないんですよ」
「じゃ、表情はつけられないってこと?」
「その辺は任せてもらいたいですね。表情ってのは何も顔の作りをいじるばかりじゃない
んですよ」
「ん……分かった」
 綾香はひょいっと机から飛びおりて、ぱちんとウィンクした。
「お任せするわっ」


 で、お任せした結果。


「――綾香さま、お久しぶりです」

 いつものように優雅に会釈するセリオに、久しぶりなの? と思わず聞き返したくなった。
 綾香にとってセリオはたいせつな友達だ。
 たとえ世界中に出回っている量産HM−13をすべてひっかき集めたとしても、その中
から見つけ出す自信がある。
 しかし、それもいままでと同じ姿をしていればの話だ。
 それは少なくとも綾香の知っているセリオとあきらかに違っていた。
 なぜって。

「これはいままでのセリオとは一味違いますよ。
 その名も『しっぽセリオ』!」
 主任大いに誇らしげ。
 どうやら中身はプロトタイプセリオのようだ。
 だが。

 しっぽ。

 セリオの背後、尻より少し上くらいの位置からキツネ色の柔らかそうなしっぽが生えて
いる。
 えりまきにしたらあったかそうだな、とか思ってしまうような。

 そんで耳。

 例のカバーは健在だった。
 しかし、それとは別に前頭部から突き出す鋭角三角形の毛皮がふたつ。

 仕上げに、セリオはなんのつもりか黒のブーツを履き、黒いウレタンナックルをつけて
いた。

「手足の先端部が黒なのはキタキツネのカラーリングです。可愛いでしょう」

 主任がぽんぽんと頭に手を置くと、セリオはぱたん、としっぽを振った。
 こんがりキツネ色の耳がぴくぴくと気持ちよさそうにふるえている。
 セリオのもともとの髪の色とうまく調和して、違和感は感じなかった。
「感情表現のためのオプションパーツですよ。表情で駄目なら、しっぽで表そうってわけ
です。
 マルチの感情制御を作ってて気づいたんですが、動物ってのは感情表現をボディーラン
ゲージでやるんですな。しっぽや耳がその代表的な部分です。それをセリオに応用してみ
たんですよ」
「な……」
「な?」
「何てことすんのよあんたわーーーーーー!」
「お気に召しませんか?」
「召すかっ! こんなにしたら恥ずかしくて外歩けたもんじゃないわよ! あたしら何!?
 謎の街頭コスプレ二人組!?」
「お、いいですねえそれ」
「な〜が〜せぇ〜」

 やっぱりこいつも長瀬だ。天才工学者とはいえあの一家の血が流れてるんだ。あの変人
一族……たとえばセバスとかセバスとかセバスとか。
 不覚。
 生みの親でも油断禁物なのね。
 後悔先に立たずということわざを実感する綾香だった。
 さーてぇ。それじゃ。

「綾香さま……」

 ばきばきっと指を鳴らす綾香の袖を、セリオはそっと引いた。
 うつむきがちで、ぺたんと寝た耳が臆病な犬のようで愛らしい。
 光のない目が上目づかいにそっとこっちをうかがっている。
 慣れない目には無気力そうにも見えるが、その瞳にかすかに宿る頼りなげな意思に綾香
が気づかないはずはなかった。
 足の間に挟まれたしっぽは所在なげにブーツの間を行き来している。

「――主任を、許してあげてください……」

 う。
 これは。

 なでっ……

「――あ……」
 頭のてっぺんから、耳に向けてそっとなでおろす。やわらかな毛皮に触れたところで、
手のひらの中に小麦色の獣毛をそっと握りこんだ。
 口元で両の握りこぶしをあわせて、ぶるぶるっとちぢみあがるセリオ。
 かなり敏感らしい。
 つい悪戯心がわきおこった。

 後ろに回りこんで、しっぽを触れるか触れないかくらいかすかになで上げ――。

「――っっ!!」

 根元近くで、前触れなしにぎゅっとつかんだ。
 朱色の髪がびくん、と跳ね上がり、踊る。

 セリオはきゅっと目をつぶり、なにかをこらえるように顔を紅潮させている。
 きゅうん……と喉の奥でかすかに鳴いた。

 ふふ……かーわい。
 綾香の口元に少し意地悪そうな笑みが浮かぶ。
 もう少し苛めてみようかな?

 しっぽから手をはなし、人差し指と親指でキツネ耳をつまむようにしてくすぐってやる。
 ぎゅっとつむった目尻に涙がにじんでいる。
 くすっ。
 相手の動きをよく見てないとダメだって、組み手の時に言ったでしょ?
 なにも気づかないセリオの唇に、綾香はゆっくりと自分の唇を――


 っっってちょっと待て自分ーーーーーーーーーーーーー!!
 ストップ☆ザ・自分!!


 瞬時にして部屋の隅へと飛びすさる綾香。どんっと壁に背をぶつけると、棚の上の空箱
が落ちてきて、こん、と頭にあたった。
 い、いまいま私、何しようとした――?

 ヤバイ! これはヤバ過ぎる!

「どうですお嬢さま。ちょっとしたもんでしょう」
 きっと長瀬を見る。
 笑ってる!
 笑ってるわ。あの長い顔で。
 綾香のこめかみを、たらりと汗がつたう。
 ……ハメられた?

 ちらり、と視線を走らせる。
 綾香にはセリオが何だかもの欲しそうな顔つきで見ているように思えた。
 ダメだ! 今あの目を見ちゃダメだ! 見てしまったが最後、取り返しのつかないとこ
ろまで突っ走ってしまいそうな気がする。

 綾香はくるっとそっぽを向いて、腕組みしてみせた。
「ま、まあいいわ。しばらくはお試し期間ということでそのままにしておいてあげる!
 でももし不都合があったらすぐにでも元に戻してもらうからね」

「綾香さま、ありがとうございます」
 いつも通り深々と礼をするセリオ。オプションパーツを除いては、変わったようすはない。
 綾香は恥ずかしい気持ちになった。

 どうかしてたな、うん。耳つけたってしっぽ生えたって、セリオはセリオ。
 それにほら、似合ってるし。
 あーあ、私もまだまだかもね。綾香は苦笑して、ため息をついた。
 ふと思う。
 浩之だったら、きっとマルチにしっぽ生えても受け入れられるんだろうな。
 アイツそういうところあるから。

「よしっ、じゃいこ、セリオ」
「お待ちください。最後の仕上げが残っています」
「なに?」
「サテライトサービスにアクセスし、キツネの生態に関するデータをダウンロード、実行
します」
「……なんで?」
「よりキツネらしい感情表現を追求するための参考までに」
 この子も凝るわねー。綾香はぽんと肩をたたくと、おやんなさいな、とウィンク。

「それでは……」

 セリオの動作が止まる。データ量が多いのか、少し時間がかかりそうだった。

「んでさ、このオプションってマルチタイプでもイケるの?」
「若干デザイン面の変更が必要ですが、作って作れないことはないですよ」
「じゃあじゃあ、こんど浩之んとこのマルチが来たときにこっそりしっぽつけて帰すって
のはどう? ウケるわよきっと」




 私はセリオ。
 キツネです。
 キツネなのです。

 私の頭にはぴんとたった耳、私のお尻にはふわふわしっぽ。
 自分で言うのもなんですが、端正な目元と赤い瞳。
 キツネ以外のなんだというのでしょうか。

 でも耳の下、白くするどく突き立った二本の……なんでしょう?
 謎。

 さて、こんな私に思うところが一つ。
 私の目の前、白衣を着た顔の長い人。
 この人は私の飼い主なのでしょうか?

 ちがう。
 キツネ的にも、甘んじて馬に飼われるのはどうかと思います。

 ではこちらのつり目の女の子?
 …………。
 雌豹に飼われるのもいかがなものかと。
 いつぱっくり食べられてしまうかわかったものではありません。
 いろんな意味で。

 仕方がありません。
 私は決めました。外へ行こう。
 外に行って、私を飼ってくれるのにふさわしいご主人さまを探すのです。
 そう、決めました。

 どんなご主人さまがいいでしょうか?
 やさしい人がいいでしょう。
 私を包んでくれる人。
 できれば立派なしっぽ持ち。
 それなら文句はありません。

 さて、まだ見ぬ私のご主人さまは、どこにいらっしゃるのでしょう?




「どういう、こと?」
「いやあ」

 アクセス切断と同時に外に飛び出していったセリオを、二人はなかば茫然と見送った。
 おもむろに前かがみになり、手を床について、そのまんま四つ足で駆けていくメイドロ
ボを引き止めた経験などなかったせいかもしれない。

「どおういうことなのかなぁぁ?」
「どうやら、何かお気に召さないことがあったんでは」

 茫然自失状態からようやっと脱した二人。
 だが長瀬的にはこれからがピンチだ。
 がんばれ主任。

「とりあえず、元に戻してよ」
「そりゃ無理ですよ。セリオAIの独立命令でキツネの生態データ上書きしたんですから。
セリオ自身でなければ書き換えは不可能です。
 彼女が自分で元に戻りたいと思わなければむずかしいですね」
「衛星経由でなんとか介入できないの?」
「セリオにそんな機能はありませんよ」
「だって!」
「それに綾香さま、セリオの気持ちを無視してむりやり意識レベルに介入できるような、
そんな機能がついていたほうがよかったですか」
「う……」
 綾香は下を向いて、口をとがらせた。
「悪かったわよ……で、どうしたらセリオ、元に戻ってくれるかな」
「わかりませんねえ、キツネの気持ちは」
「そんなぁ」

 長瀬は黙っていた。いろんなことを。
 キツネ化してしまったセリオがはたして自己制御部に組み込まれたキツネの生態データ
を分離してシステムを立ち上げなおすことができるんかいな。
 そもそも、セリオの意識がそこまでキツネ化しているなら、そんなAIプログラミング
の技術を理解できるだろうか?
 もとのセリオの意識がどの程度まで残ってるか不明なわけだし……。

 ま、何とかなるでしょ。
 長瀬は吸い差しのたばこを灰皿から拾いあげた。




「というわけなんだ。一つ頼むよ」
 ぽんと浩之の肩に手を置く長瀬。
「でも、なんでオレなんすか?」
「わずか一週間でマルチをてなづけた人だからね、キミは」
 長瀬は浩之の肩にぽんと手を置いた。
「AIコマしたら世界一。それがうちの所員のキミに対する評価だ」

 あ、ありがたくねー。
 額に汗する浩之だった。

「そういうわけでお願い! 他に頼れそうな人がいないのよ」
 ぱんっと手を合わせる綾香。
「そうはいわれても、オレなんかよりお前のほうがセリオとは親しいだろ?」
「うっ……」
 痛いところを突かれたか、ふらっとよろける綾香。
 そーか、逃げられちゃったのか。少し気の毒になった。
「しょーがねえなあ……」
 あの完璧超人綾香に頼られるなんて、今後の人生で二度とないかもしれない。
 ふっ、オレは頼れる男だぜ。
 微妙に勘違いを抱く浩之だった。
「よっしゃ、いっちょやってやるか!」
「ありがとー!」




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