ちえみんといっしょ! 投稿者:takataka
「ねえ浩之ちゃん、今日放課後ひま?」
「おう、まあ予定はねーけど……なんだよ?」
「あのね、雅史ちゃんの家に行かない? こないだ話してたハムスター、見せてもらいた
いなって」
「はむすたあ?」
 オレは間の抜けた返事をした。
「何でそんなもん見に行かなきゃならねーんだよ」
「うん……私、浩之ちゃんと一緒に行きたいなって」
 口元に手をやって、うつむくあかり。そういや最近帰りとか付き合ってやってねーな。
「いいぜ」
「ありがとう、浩之ちゃん」
 ぱあっと花が咲いたように微笑むあかり。オレはあいまいに笑いかえし――。


「きっと千絵美さんも喜ぶよ。会うの久しぶりだもんね、浩之ちゃん。
 ――浩之ちゃん? どうかしたの?」


 オレはきっと紙のような顔色をしていたのだろう。
 そうだ。雅史の家には奴がいた。


 千絵美さんっていうのは、雅史の姉ちゃんのこと。通称ちえみん。
 去年の暮れに結婚し、今はお産のため、実家の方へと戻ってきている。
 昔から弟の雅史を猫っ可愛がりしていて、なにかにつけて世話を焼きたがるところがあ
った。
 それは結婚した今も相変わらずで、とくに暇を持て余してる最近は、サッカー部の練習
試合とかがあると、まめに応援しに行ってるらしい。

 ……などというと普通の仲のいい姉弟に見えるだろう。

 だが! 奴の雅史かわいがりっぷりは異常だ!
 小さいころは子供だったこともあって可愛がられることについて何とも思わなかったが、
年を経るに連れオレやあかりが年相応の扱いを受けるようになると、ますますその異常性
が浮き彫りになってきた。
 オレは思い出す。雅史の奴、小学生時代は冬でも強制半ズボンだった。
 もちろん千絵美さんのさしがねだ。
 そもそもサッカーをはじめたのも千絵美さんの陰謀で、雅史はよく『南葛』とネームの
入ったジャージを着せられていたものだ。
 場外でのコスプレはご法度なのに。
 まだほんのチビだったオレはスカイラブハリケーンの下の役を強制されて、雅史を支え
きれずに体勢が崩れると遠慮なく釘バットで折檻されたものだ。
 オレは血まみれになりながらも『南葛かんけーねーじゃん……』と抗弁したっけ。
 そこを雅史が『下の人などいない!』って泣きながら止めたんだよな。
 あいつ自身はほんとにいい奴なんだが……。



 何とか脱出しようとは思った。
 しかし、少しでも雅史宅へのコースから外れようものなら、あかりの奴がかすかに涙ぐ
んだ目からあかりビームを発射してくるのだ。
 内容は以下のとおり。


	『浩之ちゃん、行かないの?
	 ……そうだよね。浩之ちゃんには私なんかよりもっと気になる娘が……。
	 いいよ、行って。
	 でもね、私、信じてるから。浩之ちゃんはいつかきっと私の所に戻ってきてく
	 れるって。
	 私、いつまでも待つよ。
	 ずっとずうっと……浩之ちゃんが、私の気持ちに気づいてくれるまで』


 この必殺ビームから逃れられる奴がいるだろうか。
 いや、いはしない。
 オレはなにか大きな力に引きずられるように、魔の館へと足を踏み入れた。



 雅史の部屋に落ち着いて、ハムスターとやらを見せてもらった。普通のよりはるかにち
っこい奴だ。
 あかりは一匹手に乗せて背中をくすぐったりひまわりの種をやったりしている。
 オレと雅史は、そんなあかりをほほえましい思いで見ていた。

 そこに立ち込める暗雲。

「マーくん! マーくーん!」

 部屋の扉がばたーんと開かれ、あらわれたまがまがしい人影。
 来た!
 一見普通のキレイめなお姉さん。それがちえみんだ。
 だがその影に隠された禁断のインモラルな一面を誰が知ろう。まさに甘いワナ。
「あ、あかりちゃん来てたんだー」
「こんにちは千絵美さん。その節はどうもー」
「ん、その節はどーもー」
 あかりめ。人の気も知らんと意気投合しやがって。
 ちえみんはおや、と首をめぐらし、
「あら、お久しぶりー。浩之くんがうちに来るなんてめずらしいねえ」
「……そうっすねー」
 来たくなかったんだけどな。
「こうしてみると浩之くん男前だねえ……」
「ほっといてくださいよ」
「マーくんほどじゃないけど」

「……。」

 これだよ。

「それはそれとしてマーくん! 今日は姉さん、マーくんにステキなプレがありまーす!」
 なにやらでっかい毛玉のようのものをかかえて、
「じゃーん! おニューの着ぐるみだー!
 動物シリーズ第5弾! 種類は着てのお楽しみでーす」


	「着っぐるっみマーくん、着っぐるっみマーくん、
	 チョイっとチョイとチョイとチョイと着ってね〜♪」


 いそいそと雅史を着替えさせるちえみん。
 どうでもいいが、途中から東村山音頭になってるぞ。

「マーくんバンザイしてー! はいー脱げましたー! マーくんえらいでちゅね〜」

 腐ってやがる、この姉弟。
 雅史も雅史だ。少しは自分のしてることに疑問を持てよ。
 そして、にこにこしながら見ているあかり。
 何とか言ってやったらどうなんだ。

「うふふふふ、今日のマーくんは……
 じゃーん! はむはむだー!
 じゃんがりあーん!! じゃんがりあーーーーーーん!!」

 手でメガホン作って絶叫するちえみん。
 誰か奴を止めてくれ。

 そして雅史。
 だぶだぶの毛皮スーツを着て、ハムスターの頭部分をフードのようにかぶっている。
 きょとんとした瞳。まさにハムスターフルサイズ版といった趣だ。

「マーくんステキ! マーくん最高! ああんこんな弟を持ったわたしってしあわせす
ぎ? ねえ浩之くんどう?」
「知りませんよ……」

 オレは後ろを振りかえる。
 やはり、にこにこしながら見ているあかり。
 顔色ひとつ変えやしない。ある意味恐ろしい奴だ。

「マーくんほらナッツ食べれナッツ」

 小首をかしげるようにして、千絵美さんの手のひらから直接ナッツをかじる雅史。
 もちろん手なんか使わない。そのように厳重にしつけられているのだ。

「うわ……マーくんかわいすぎ……どうしようマーくん、姉さん何だか大変なことに! 
姉さんもう恐ろしいほどにご機嫌まっすぐだわ!
 よっし、今日はあまりにもかわいすぎるマーくんのために姉さんさらにプレゼント!」
 後ろ手に何かかくし持っている。
「マーくん、ほらパワーえさ食べれ」
「パックマンかよ!」
 オレはちえみんの手をとって――。

「あんたこれまむしドリンクって!! ガラナチョコ!? ををう、バイアグラ!?」
 オレは背筋に悪寒が走るのを感じた。
「あんた雅史になにをするつもりなんだ?」
「もちろんナニをするのよ」
「なに! ナニというとやはりナニか!?」
「うふふふふふ、ナニ以外にどんなナニがあるって言うのよ」

 オレは頭を抱え、救いを求めるように振りかえる。
 とにかく、にこにこしながら見ているあかり。
 鉄の神経か、コイツ。

「そういえば浩之くんどっちかというと攻だよね。
 いやー、マーくんってほらどこから見ても総受でしょー。ちょうどいいカップリングだ
なーとか思って」
「なんすかカップリングって!?」
「やっぱ次のコミケは実録本で行くかなー?」
「聞けよ人の話を! なんだよあんたその実録って!?」
「姉さん……僕もやおい本と育児日記本同時進行で書くのはどうかと思うよ。ジャンルば
らばらだし」

 雅史があきれたように笑う。
 あきれてる場合じゃねえぞお前! 怒れよ! なんかとんでもねえ話になってるぞ!

「ん、育児本は創作少女で出てる友達んとこに委託するからノープロブレム。私の本命は
JUNE系だしー」
 聞きなれない単語を口にするちえみん。
 だがオレの野生の勘はその言葉の裏になにやらおぞましいものをかぎつけていた。
「あんた……オレと雅史をネタに一体何をするつもりなんだ」
「まあ気にしない気にしない、ひとやすみひとやすみ」
 などと言いつつ、いそいそとスカートのホックに手をかける。
 ……おい!? そこで何をする気だ?
「姉さん……」
 困ったように雅史が笑うと、ちえみんははっとして、
「はっ! 私マーくんに覗かれてる? 狙われてる?
 姉さん貞操の危機! い、いやーん!」
「向こうで着替えりゃいいでしょうがあんたは!!」
「はわああ! 浩之くんまで! い、いや〜〜〜〜ん!
 男はオ〜オカミ〜、いつでもオ〜オカミ〜♪」
「歌うな!」
「まあまあ慌てなさんな思春期ボーイズ! よっ、第二次性徴期! 憎いねどうも!」
 いやだあ……オレもうこの人いやだ……。
 女ってやつあ子供生んだとたんこれかよ……。

 そこでにこにこしながら見てるあかり! お前もお前だ!



 盛り上がりまくるちえみんと、あいかわらず困ったような顔の雅史を置き去りにしてオ
レは魔の館を脱出した。
 あのあとあそこで何が行なわれたか……。
 考えたくねーな。

「浩之ちゃん、今日は楽しかったね」
 何事もなかったような顔をして笑うあかり。
 考えてみればこいつもすこしおかしいぞ。あれだけの倒錯した光景を見せつけられても
平然としてるし。
「なあ、お前さ、雅史と千絵美さんってすこしおかしいんじゃねえかとか思ったことない
のか?」
「えー……だって、私も千絵美さんの気持ちわかるもの」

 …………。

「あの変態の気持ちがわかるってか。重症だな」
「そうじゃないよー。私、雅史ちゃんのことは基本的にどうでもいいんだけど……」

 さらっと言いきった。仮にも幼なじみなのに。

「浩之ちゃんのことなんだよ」

 口元に手をやり、顔を赤らめるあかり。



「私も浩之ちゃんのこと……攻だなって、前から……」



 オレは生まれてはじめて、あかりを殴った。
 柳田いっちゃんのごとく、グーで。


 その後どうしたかって?
 もちろんのこと、完膚なきまでにボコボコだ。
 オレが。
 シング・イン・ザ・レインを口ずさみながらストンピングの雨を降らせるあかりの楽し
げな歌声が、とくに印象に残った。
 ウルトラバイオレンス的に。




「千絵美さん、今回の原稿すごいよ! なんかこうリアルというか……、男同士のそうい
う関係がすっごくよく書けてると思う。
 とくにこの幼なじみ同士の『ヒロフミ』と『マサオ』のカップルいいわー。何かほんと
にこういうホモカップルいそうな感じ」

 これで夏コミもバッチリね、と大庭詠美はたしかな感触を得た。
 大手人気サークルの主宰者である彼女。その長年の勘から見ても、この原稿は売れる本
になる。

「さっすがうちのメインライター! この調子でまたお願いね。
 でも、ほんとにリアルね……もしかしたら実在のモデルいるんでしょ? 教えて!」
「ふふふ……さあ?」

 千絵美は意味ありげに笑った。



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