名泥棒の初仕事 投稿者:takataka
 ――研究所の皆さんはもう帰られたのでしょうか?

 私はHMX−13セリオ。今日は来栖川電工研究所で深夜勤務です。




 メイドロボ販売事業の方がだいぶ軌道に乗ってきて、研究所の方でも初期不良の対応や
製品からのフィードバックデータの処理などでなにかと忙しくなってきました。
 研究所の方が休みも取らずに働いているとうかがった時は、私はなにか落ち着かない感
じでした。

「セリオー」
「――なんでしょうか?」

 お茶をお入れしている私をじっと観察されていた綾香さまは、にっと微笑むと、私の肩
をぽんと叩かれました。

「いいのよ、行っといで」
「――なにかお使いのご用でしょうか?」
「またまたとぼけちゃってぇ。行きたいんでしょ、研究所」
「――……はい」
「何だかさっきからそわそわしちゃってさ。
 あんたが根っからのお手伝い好きってのは先刻ご承知なんだから、そんなに手伝いたい
んだったら私なんか気にかけずにやってくればいいのよ」
「――しかし、私はいま綾香さまの所有で……」
「あーもういいのいいの! そーゆーのナシ!
 いい? 私があんたを買ったのは、あんたに好きなことさせたげたかったからっていう
のもあるのよ。まあ、たしかにメイドロボがいると便利だなってのもあるんだけど」

 綾香さま……。
 私は、いいご主人様に恵まれました。




 私の内部回路で処理したデータをプリントアウトし終わる時には、もう夜中の十二時を
回っていました。
 サテライト経由でデータ伝送してもいいのですが、無駄を省くために手首の接合部を開
けてダイレクトに接続しています。

 ――おや。

 皮膚表面に空気の流動を感じました。
 閉められていたはずの窓があいて、カーテンがふわりと広がります。
 そして、ものかげからすっと現れる人の気配。
 わたしは若干の緊張を覚えました。

「――どなたです?」

「ど、どろぼうですぅ」

「――どろぼう、さん?」

 なぜなのでしょうか。
 夜風にあおられるカーテンを背景に立つその姿は、若干シャープさに欠けるずんぐりし
た耳カバーのシルエットといい、やせぎすでちんまりとした頼りない体つきといい、いさ
さか知性味の乏しい舌足らずのしゃべり方といい、どこからどう見てもまったく弁解の余
地なく頭のてっぺんから足の先まで九割九部間違いなくマルチさんなのですが。
 少なくとも量産機のHM−12ならば、無表情ながらいくらかの知性が感じられます。

 マルチさんは一体どういうおつもりなのでしょう?
 こんな深夜に。
 窓から侵入。
 バレバレなのに名を隠し。
 あげくのはてに自称『どろぼう』。
 
 ――もしや暴走?
 
 私は内ポケットのチタンナックルの重みを確認しました。
 大丈夫、0,03秒で着装、起動できます。万が一のことがあれば、これで……。


	『――アンタとはやっとれんわー』
	 がつーん
	『あじゃぱー』


 ――できればさけたい選択です。
 しかし、まずは説得が肝心です。言葉が通じるようなら、望みはあります。

「なぜここへいらっしゃったのですか?」

「とらわれのお姫様を助けに参上しましたぁー」
 えっへん。
 マルチさんは誇らしささえ感じつつ、豊かとは言いかねる胸をそらしています。
 言動が意味不明。対応に注意を要する。対人警戒モード発動。
 わたしは牽制のためにすこしきびしく言い放ちました。

「あなたは長瀬主任のおそろしさを知らないのです」

 ――そう、おそろしい方。マルチさんにとっては優しいお父さんなのでしょうが。

 神はみずからの姿に似せて人類を作ったといいます。
 もしも長瀬主任がみずからの姿に似せて私たちを作ったのなら、一体どんなことになっ
たでしょう。
 ……あの長さ。考えるだにおそろしい。

「ああ、なんということでしょうかー。とらわれのお姫様はわるいまっどさいえんてぃす
との力は信じても、名泥棒の力は信じないのですー」

 大げさに手をぶんぶん振り回して嘆いてみせるマルチさん。
 生みの親に向かって、言うに事欠いてマッドサイエンティストとはどういうことでしょう。
 次のメンテのときに、頭蓋骨を倍に引き伸ばされても知りませんよ?

 やはりマルチさんには主任のおそろしさが分かって頂けないようです。
 こうなったら仕方がありません。わたしの力で何とかお伝えしなければ。
 でも、どうしたらいいのでしょう?
 このおそろしさはそれこそ筆舌には尽くしがたく、いくら言葉を費やしても、到底その
十分の一ほどもお伝えすることは出来ないでしょう。

 一考のすえ、私はヴィジュアル的に訴えることにしました。
 私のメモリに刻まれたマルチさんのすまし顔。
 それを内蔵のグラフィックエディタでずりずりと縦に引き伸ばしていきます。
 あ、粒子が荒れてしまいました。補正しなければ。

 おお。
 これは。

 予想以上の出来です。

 長い。
 長すぎる。

 耳カバーも長い。
 目もタテ長い。
 鼻も長い。
 口も髪も頬もあごも、とにかく長い。

 ムンクの『叫び』をある意味凌駕する、芸術的なまでのタテ長さ。
 プリントアウトしなければ到底このよさをお伝えすることは出来ないでしょう。
 相手がマルチさんですから、ケーブル接続によるダイレクトリンクで直接画像データを
さし上げてもいいのですが。

「あのう……セリオさん、聞いてますかぁ?」

 しかし、これでもまだ何かが足りません。
 わたしはさらなる高みを目指しました。

 まずはHM−12の身体設計データをダウンロードし、仮想空間上に立体表示します。
 目にはもちろんハイライトを入れておくこと。
 無表情ではどうも似ないので、口元をゆるく、目尻を下向きに加工してやや頼りなさそ
うな感じを出してみましょう。
 はい、かなり似てきました。
 ここで、頭部のみを選択範囲にして垂直方向に200%ほど拡大します。

「ほらほらセリオさん、ここ引っ張ってください。万国旗が出ますよー」


 レンダリング中です。しばらくお待ちください。


「……あ、あのう? セリオさん?」

 ………………。

 あ。
 出ました。


 ――ぷ。


 こ、これは。

 ――想像してみてください。ころころとかわいらしいマルチさんの頭が、何かの草食動
物のように異様に長く引き伸ばされているさまを。

 しかも先ほどとは違って3Dグラフィックの為、なかばヘチマのようになったマルチさ
んの顔をそれこそ上へ下へ、前から後ろから、回転拡大縮小などなどこころゆくまで思い
のままの角度で閲覧することが出来るのです。

 私は打ちのめされました。
 この世にこんな強烈な顔面があっていいのでしょうか。
 もし顔面エクストリームのようなものがあったら間違いなく優勝を狙える、そんな顔です。

「セリオさーん、聞いてくださいよう」

 緑色のものがぬっと目の前に現れ、私ははっと息を飲みました。
 マルチさんの頭。もちろん馬モードなどではなく、通常のかわいいマルチさんです。
 その髪はたしかに緑色でした。
 でも、この緑地の上にのたくる白い模様は一体何なのでしょう。

 次第にはっきりする視界。
 そして、それを目の当たりにした瞬間。


「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははは……は、は、ぶわはははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははひー、ひー、わはははははははははは
ははははははははっ!!」


 そして、来栖川研の七不思議に新たな項目が加わった。

	『夜中にセリオが大爆笑』

 それは夜勤の職員を恐怖のどん底におとしいれ、セリオファンを自認する研究員たちを
大いに困惑させたという。




「うわああああああ〜〜〜ん! セリオさんに大笑いされましたぁ」
 オレは笑いをこらえながら、泣きついてくるマルチを抱きとめた。
 マルチのメイドロボ、もとい名泥棒デビューの初仕事。
 その目標は、HMX−13セリオ。
 予想通り大失敗! だが、それでいい。それでこそマルチだ。
 まんまと連れ出すことに成功していたら、オレはマルチをいままでどおりの目で見てや
れなくなるかもしれない。
 新しい課題にいどんで、失敗して、すっころんで、たまたまそこにあったバケツを頭か
らかぶって『見えませ〜〜〜ん』とふらふらよろけて犬のシッポ踏んづけて町中追いまわ
される、マルチってのはそういうヤツなんだ。

 マルチはオレの腕の中で、まだぐじぐじぐずっている。

「浩之さ〜ん。これやっぱりヘンですぅ」

 俺はそんなマルチの頭を布の上からぐりぐりとなでてやった。
 マルチに装着したほっかむり。もちろん伝統の唐草模様。
 これが予想外の効果を発揮したようだ。
「いいじゃないか! 新しいガンダムみたいでかっこいいぞ! デザインワークスBYシ
ド・ミードって感じだ!」
 頭がちっこいため、鼻の下で結んだ風呂敷の先があまってカイゼル髭のように見える。
 まさに新ガンダム。またはメタルスライム。
 唐草模様がまたマルチの緑髪にいい感じにコーディネイトされていて好感度アップだ。

「ふえええええ、でも結局なにも盗めませんでした〜、わたし、名泥棒失格です」
「いや、お前はとんでもないものを盗んできた」
 オレはいたって真面目に言った。

「セリオの、心だ」

 いままでセリオを大爆笑の渦に叩きこんだ奴など存在しない。
 さすがはオレのマルチだぜ!

「よっしゃ、ご褒美になでなでしてやるぞう! おら頭出せー」
 くしゃくしゃくしゃ。
「わ、わ、わ……浩之さん。ふうぅ、しあわせですー」




 綾香さまは、お茶をお入れする私の顔をじっと見つめていらっしゃいます。

「あなた最近ひとの顔見て笑うようになったわね。……ふふ、なんか人間らしくなったな」

「――そうでしょうか」

 私は不安を顔に出さないようとりすまして答えました。
 綾香さまは事情がわかった上でも同じように笑ってくださるでしょうか。
 私はいま、綾香さまの顔の画像を縦方向に引き伸ばし処理しているところだというのに。

 あ、終わりました。


 ――おおう、これは……。


「あ、また笑ったな? もーう、この子ったらぁ」



http://plaza15.mbn.or.jp/~JTPD/