『To heart』PC版>PS版差分 6(レミィ篇) 投稿者:takataka
 放課後レミィに昇降口でとっ捕まった。
 驚いたことに、彼女は弓道着なんか着ている。
「日本文化の勉強デース!」
 しかし、碧眼パツキンに純和風の装いというのもこれはこれでまた……。
 やっぱヘンだな、うん。
 それも、ハンティング好きが嵩じてとのことだ。
 それは弓道とは違うんじゃねーか?

「でも、アメリカでは、ハンティングは立派な娯楽ヨ」
「娯楽なのか?」
「昔は家族でサイゴンのジャングルへ出かけたのヨ」
「……オレゴンへねえ」

 レミィはぶんぶんと首を振った。
「NoNo。ゴンはゴンでも、オレゴンじゃなくてサイゴンデース」

 サイゴン……アメリカじゃねえよな、たしか。

「サイゴンて、名前は聞くけど、どの辺なんだ?」
 レミィはニッコリ微笑んで、
「インドシナ半島東部には3つの国があるの。北から順に、ヴェトナム、ラオス、カンボ
ジア……OK?
 サイゴンはヴェトナムの都市。今のホーチミンデース」

……そうか、ホーチミンだったよな。
 オレの頭の中に、形の曖昧なインドシナ半島の地図が浮かんで、トンキン湾沿いに上か
ら、ポン、ポン、と3つの国がいい加減に配置された。

「なんとなく解った。
 ……それにしても、ンなとこでなにしてたんだ?」
「OH! もちろんハンティングね!」
「だから、なんでまたヴェト……」

 オレははっと思い当たった。
 アレか。
 アレしかねーじゃんか。

「かかか家族で入隊してヴェトコン狩りか。いかにもアメリカだな」
 オレの顔が青ざめてるのなんか気にもせず、レミィは続ける。

「それでね、Dad(父さん)と一緒に草むらから、こうやって、アーマライトM−16を
構えて……」
 言いながら、レミィは銃を構える真似をして、
「狙いを定めて……BANG!」
 と撃った。
 彼女の演技は、細かいしぐさが加わって、みょ〜にリアルだった。
「HIT! キャハハハッ!」
 命中したところまで、ちゃっかり演技してる。
「れれれレミィ、本物の銃、撃ったのか?」
「もちのロンちゃんデース!」
 演技がリアルなのは、彼女が経験者だったからだ。

「完全、被甲弾……(フルメタル・ジャケット……)」

 ちゃきんと弾を装填するところまで超リアル。
 何だか異様な雰囲気が漂ってるぞ。
 オレは本気で心配になってきた。

「おい、レミィ……?」

「そう、テト攻勢の夜のことは今も忘れてないワ……。休戦だったのにグークどもが……。

	SPAM! SPAM!
	TOTOTOTOTOTONk!
	『ラッツ、被害は!?』
	『7人だ、持たないぞ!』
	『ボタスキー、CPに支援を要請しろ。おいボタスキー!』
	『怖いよ』
	『CP! CP! こちらエリア3』」

「あのう、もしもし? レミィさん?」

「NVAがいよいよ本気で来たのネ……あの時はさすがにワタシも死ぬかと思いマシタ。
 だもんだからそのあとソンミ村でつい……」

 つい、なんだよ。
 そう聞こうとして、オレは口をつぐんだ。なんか聞いてはいけないような気がする。
 じりじりとあとずさりつつ、オレの足は校門へ向かう。
 今日の話は聞かなかったことにしよう。
 明日になれば、きっとレミィはあの太陽みたいな明るい笑顔を見せてくれるさ。
 とりあえず、今後弓道着を着たレミィには近寄るまい。そう心に誓った。

「じゃオレあかりと待ち合わせてっから! じゃなーっ」
「待ちなさい……」

 あ、外人訛りが抜けてる。
 オレ、ピンチ?
 もしかして大ピンチ?
 もしかしなくても、今そこにある危機?



 TOTOTOTOTOnk!
 SPAM! SPAM!

「HAHAHAHA!
 逃げる奴は獲物ちゃんデース! 逃げない奴は勇気のある獲物ちゃんデース!」

 目の色変えて射まくるレミィ。
 もちろん弓道着の胸当てには『Born to kill』とピースマークが刻まれて
いる。
「ひぃえええええええええ」
 逃げるオレ。追うレミィ。飛び交う矢。中庭はもはや炎の戦場と化していた。
 校舎の影に隠れてやり過ごそうとするが、そのオレの頬をかすめて数十本の矢が一辺に
だだだっと壁につきささる。
「蜘蛛巣城かよ!?」
 中庭に目を転じれば、流れ弾にあたったとおぼしき理緒ちゃんが頭から矢をつきたてて
倒れている。
『がんばれ理緒ちゃん……触角がもう一本増えたと思えば何てことないさ!』
 心の中で合掌するオレ。

「逃がさないといいマシタ……」
 炎をバックに(いつのまにナパーム落としやがった!?)ゆらりと立つレミィ。
 その瞳はどろりとにごった沼のようだ。
 くそう、アメリカンスキーめ!
 オレは隙を見てベンチの下に滑りこみ、ピッチを取り出した。
 こんな時に志保に無理やり持たされたピッチが役に立つとはな!
 つながるなり、オレは絶叫した。

「あかり! レミィ! ヴェトナム! 海兵隊! 矢ガモ!」

 加藤キャプテンばりのヒントの出し方だ。
 こんなんで分かるか! 落ち着け、オレ!

「うん、宮内さんに追われてるんでしょ?」

 なぜ分かる!?
 くっ、さすがは藤田浩之研究家の異名を取るだけはあるぜ。

「なら話が早い。あかり、航空支援頼む!」

 そう、この時間あかりは屋上にいるはずだ。
 電波を集めているのかどうかは知らないが。

「ええ? でもこの位置じゃ浩之ちゃんにもあたっちゃうよ!」
「かまわん! オレが責任を取る、この上に落とせ!」
「でも私……もし浩之ちゃんが死んじゃったら……」
「バカ言うな。オレはかならず生きて帰る。お前の元にな」
「浩之ちゃん……」
「言うとおりにしてくれ……校門で会おう。先に行って待っててくれ」
「うん、分かった。私待ってるよ、ずっとずうっと、待ってるから」

 あかりはピッチを切ると、決意を込めてぐっと前を向き、走り出す。
 屋上の水道栓めがけて。
 そして、

「いくよ浩之ちゃん! たりほー!」

 神岸あかり(西側コードネーム・レッドハウンド)はぎゅっと目をつぶって、ぱんぱん
にふくれあがった水風船をひと山投下した。

「HAHAHA覚悟しなサーイ! って……うにゃああああ!?」
 ばっしゃーーーーん。

 よっしゃ、命中! これで中庭の平和は守られるぜ!

 だが、ベンチの下に避難したオレにも至近弾が容赦なく襲いかかる。
 頭の上でゴムが破裂し、座面の板のすきまから水がぽたぽた落ちてきた。
 これはもうだめかな。
 ちらりとそう思った。

「何やってんだオレは……神様……」



「ひろゆきちゃあああああん!! 私、わたし……」
 走りよってくるあかりを抱きとめ、そのまんまぐるぐると回る。
 アメリカ映画のラストシーンのようなオレたち。
「ごめんネ、ヒロユキ……」
 両手の人差し指をつんつんとつき合わせつつ、うなだれているレミィ。
 どうやら正気に戻ったらしい。
「よかったぁ、よかったよぅ」
 オレは半ばずぶぬれだったが、あかりはそんなことも気にかけずぎゅっと抱き着いてく
る。その感触に思わずどぎまぎしてしまった。
「ヒロユキ……」
 レミィの寂しげな声。振りかえるとそこには、涙をいっぱいにためた蒼い瞳があった。
「アカリのこと、スキなの?」
「え」
 そうか。
 いまレミィに言われて気づいた。オレの腕の中にいる、あたたかい安心感。
 オレはやっぱりあかりの事が……。
「ワタシとの約束、忘れたのネ」
 足元に視線をおとし、拳をぎゅっと握るレミィ。その手はかすかに震えている。

「……裏切り者は銃殺デーーーーーーーーーーーース!!」

 きゅぴーーーーーん。
 レミィ、再起動!!
 んで暴走!

 その後、オレは飛来する矢をかわしつつの町内一周マラソンに参加する羽目になった。



 ……しかし、若い頃から銃なんか扱ってれば、何でもかんでも撃ちたくなる、って気持
ちは良く解る。

 ような気がしないでもない。

 いや、やっぱ分からん。

 レミィが狩りにやたらと執着するのはナム戦の後遺症で、実戦のできない日本に来たせ
いで、禁断症状が出始めたからだ……とオレは勝手に思う。

 なんとかしろよアメリカ政府。



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