続柄 投稿者:takataka
「マルチちゃん、あとお願いね!」
 神岸あかりは大あわてで出ていった。

「いってらっしゃい、あかりさ〜ん」

 あかりが見えなくなるまでぶんぶん手を振ると、マルチは手もとの紙切れに目を落とした。



「えと……しゃかい、ほけんの……こうしん……てつづき?

 えへへ、知ってますう。えっとー、社会さんの、保険さんを……」



 マルチ熟考数秒。

 はたと膝を打った。



「ああ! 更新さんですね?」



 知ってなかった。





 あかりは衣装のあわせに行くのだと言っていた。店がもうしまってしまう時間なので大

あわてだ。浩之は浩之で役所に行ったり会社に行ったりとあれこれいそがしい。



「結婚ってたいへんですねぇ」



 マルチはため息をついた。

「でも、これからは浩之さんにくわえてあかりさんも家族の一員ですー。わたしもますま

す忙しくなります。がんばらなくちゃ」

 そのための初仕事だ。時間がないからと言ってあかりがマルチにたくした行政書類。

 一応メイドロボとしての役割をはたすため、ちょっとした書類の書式くらいは心得てい

るマルチだったが、ひとつだけ分からないものにぶつかった。





「あかりさんあかりさん、この『続柄』ってなんですかー?」

「それはね、世帯主と同居してる人のあいだの関係を書くの。だから、浩之ちゃんが世帯

主で、わたしが今度……『配偶者』に……なるんだよ……」

 真っ赤になって語尾を濁すあかりさん。

 『配偶者』は知ってます。奥さんのことですぅ。





 えーと、まず世帯主のところに『藤田浩之さん』でいいですね。

 あ! わたしったら! 書類に『さん』付けで書いちゃダメですー。修正液塗り塗りっ

と……。

 そして、その下に『あかり』……。

 しあわせそうなあかりさん。

 ここのところ毎日、何にもないあたりをぼうっと見つめてはぼんやりしています。でも、

何だかとっても幸せそうで、つい声をかけづらくなっちゃいます。

 ほわほわした、春の窓辺みたいなあったかい空気。

 結婚したら、毎日がこんな感じになるんですね……。

 とってもすてきです。

 みなさんが、いつもでもこんなふうに幸せでいられたらいいなぁ……。





 いや、でも!?

 ふと、わたしの心に暗い影がさしました。

 こんなしあわせそうな二人。でもそれがいつまでも続くとは限らないのですぅ。

 なんでも人間さんのご夫婦のあいだには『倦怠期』という恐ろしいものがあって、それ

が来るとどんな仲のいいご夫婦でも、



「ばかいってんじゃないよー」

「ばかいってんじゃないわー」



 というぐあいの関係になってしまうのですー。

 これはたいへん! もしも浩之さんとあかりさんがそんなことになったら……。

 ふ、ふええええええ。

 考えるだけで何だか悲しくなっちゃいますう。



 ここはひとつ、メイドロボのわたしが一肌脱がなければいけないのかも知れません!

 まずはあかりさん。

 『配偶者』って奥さんって言うことらしいですが、何だか専門用語みたいでむつかしく

てよく分かりません。

 何かもう一工夫、ないでしょうかー?



 あ! いいこと思いついたです!

 『配偶者』というのはそのままにしておいて、そのあと、



『……でも、友達以上恋人未満』



 こ、これですう!

 何だかあのころの甘酸っぱくほろ苦い思い出がよみがえってくるようですぅ。



 ずっと浩之さんのそばにいたあかりさん。

 浩之さんのその言葉をずっと待ちつづけたあかりさん。

 浩之さんが元気がなかったとき、一生懸命元気付けてあげようといろんな技術を学んだ

あかりさん。

 わたしのときはすぐ元気になったのに……。



 はぅ。(ぼっ)







(サスペンド中。しばらくお待ちください)







「はっ! わたしったらいつのまに! い、いけませえ〜ん」



 でも、これだけじゃまだ足りない気がしますぅ。

 新鮮な夫婦関係のためには、やっぱり生活に波風がなくちゃ!



 そんなときお役立ちなのがわたしたちメイドロボ。

 ここをちょっとこうするだけで……



『藤田マルチ……家庭用メイドロボでありながら、主人と禁断の関係に!?』



 わ、わ、わ、これは世間一般の皆さんがいう三角関係ですかー?

 なんだかドキドキします。



 わたし、最近ちゃんと人間さんの事について勉強しました。

 おひるのドラマがとっても参考になったんですぅ。

 人間さんの関係には『すき』と『きらい』の他に、

『よめしゅうとめ』

『あいぞう』

『ふりん』

『どろぬま』

『しつらくえん』

 などなど、いろいろあるんです。

 でも、そうした苦難をのりこえてこそ、愛はいっそう燃え上がるのですぅ!



 じゃあつぎは、スタンダードなところで『浮気』でしょうかー。

 浩之さんってああ見えても女のひとにはモテモテですから、きっとすてきな人と浮気す

ると思いますぅ。

 たとえば……綾香さんとか?





「浩之ちゃんに近づかないでよ、この泥棒ネコ!」

 玄関先で涙ながらに訴えるあかりさんを、綾香さんはからかうように見上げます。

「はん、なにさ犬チック大年増の分際で。

 このことを会社にばらしたらどうなるかしら……?

 あんたの人生、選択肢まで早送りさ!」

「はわわわ、綾香さんいくらなんでも大年増はひどいですー、同い年なのに。

 あと、文章を飛ばすと感情移入ができないのでダメですぅ(意味不明)」





 はわああああ! こ、こんなことがあっていいんでしょうかー。メロドラマですう。め

ろめろですう〜。



 そして失意のあかりさんに運命はさらなる打撃をあたえるですー。





「ちょいとあかりさん! なんですこの窓の汚れは!

 まあったくこれだから最近の若い者は掃除の仕方もなっちゃいないってのよねーえ友達

だと思っていい気になってたら大間違いですよ全くこれも志保ちゃんニュースにして老人

会で配信しなくちゃ」

「ご、ごめんなさい志保お義母さん……」





 やがて帰ってくる浩之さん。

「浩之ちゃん……どういうことなの?」

「待ってくれあかり、オレは……」





 そんなときに招かれざる来客が!





 ふー。

 煙草の煙を浩之さんに吐きかけて。

「藤田さん……あンた大変なことしてくれましたなあ。借金一千万、耳そろえて払っても

らうまでここ動きまへんで。

 それともあれか。乗りまっか? マグロ漁船」

 眼鏡のふちをきらりと光らせて、おさげの借金取りが来るのですう。





 これも書いておかなくちゃですー。

 かりかり。





 そんな藤田家に近づく謎のパツキンギャル!

「Hey,ミスタ・フジータ……あなたをハントしまース!」

 外資系企業のヘッドハンティングと思いきや、その裏にはCIAの影が!

「合衆国はあなたの特異な才能を必要としていマス。もし来るなら、借金棒引きにしたう

えバイアグラ飲み放題デース!」





 はわあ! ど、どうしますか浩之さん!





 そんな折も折、浩之さんに真剣勝負をいどむ謎の少女が!

 ずどむっ!

「ぐふぅ……」

「ふっ、私の崩拳を食らっても立っていられるとは……さすがは兄さん!」

「なんだと!? おまえ、まさか……」

「そう、生まれると同時に引き離されたあなたの生き別れの妹……葵です!」

「そ、そうだったのか!」

「……そして、あなたの宿敵! さあ、勝負しなさい浩之さん!」

「待ちなさい!!」

「!?」

「……あかり、お前……」

「浩之ちゃんをいじめる人は、許さないんだから……」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 どんがらぴっしゃーん! (荒波&雷鳴)





 はわわわわ! も、盛り上がってまいりましたー!





 一方そのころ来栖川研究所では!

「なぜだ! なぜわたしたちを裏切る、セリオ!」

 セリオさんは黙ったままです。

「しかたない、お前を破壊せねば……」

 襲いかかる軍用メイドロボをばったばったとなぎ倒すセリオさん。傷つきながらもなん

とか研究所を脱出すると、背後で大爆発! 研究所こっぱみじんですー。

「さようなら、私の生まれ故郷……長瀬主任……」

 もう動作限界突破してますが、それでもセリオさんはよろめきつつ藤田家に向かうのですー。

「わたしはこんなところで終わるわけにはいかない――浩之さんに、ひとめ会うまでは……」





 うわあああああん、セリオさんかわいそうですー!

 ふええ、なんだか自分で考えた話ながら泣けてきちゃいました。

 わたし、もしかしてドラマ屋さんになれるかもですー。



 それからそれから、次第にことの真相が明らかになってくるですぅ。





「うふふふ……すべてはわたしのシナリオ通りに……。

 浩之さん、あなたはしょせん手駒にすぎないんですよ……」



 水晶玉に手をかざして含み笑いを浮かべる琴音さん。

 すべてを裏で仕組んでいた悪のエスパーなのですぅ。

 背中に気配を感じて振り返るとそこには!



「…………。」



 皮張りのおっきな椅子をついーと回して振りかえる魔術衣装の芹香さんが!?

 膝の上では不細工な猫さんが喉を鳴らしていますー。



 きりっと敬礼する琴音さん。

「総統閣下、すべての準備は整いました。藤田浩之を今宵、贄に……」



 こくん。





 は、はわわわわわわああああああ!

 世界の運命は一体どんなことになってしまわれるんですかー?

 こ、これは目が離せないですー! 興奮のるつぼですう!

 かみんぐすーん!! ですうー!!







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 世帯主        藤田浩之





  氏名             続柄



 藤田あかり     (配偶者……だけど友達以上恋人未満)

 藤田マルチ     (家庭用メイドロボでありながら、主人と禁断の関係に!?)

 来栖川綾香     (泥棒ネコ・浮気担当)

 長岡志保      (鬼姑 [ 非エルクゥ ] )

 保科智子      (ナニワ金融道)

 宮内レミィ     (CIAエージェント)

 松原葵       (謎の拳法の使い手にして生き別れの妹&宿敵)

 HMX−13セリオ (愛に生きるロボ・炎の逃避行)

 姫川琴音      (悪のエスパー軍団総司令)

 来栖川芹香     (すべての鍵を握る人物・正体はガディムか?)





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 バラエティ豊かな続柄記入欄。

 マルチは大満足で、思わず一人一人の設定とストーリーを別紙に書いて添付したくらい

だった。



「完璧ですぅ! これなら!

 ……これなら、えっと……なんでしたっけ……?」



 もちろん当初の目的なんかきれいにメモリからすっ飛んでいる。



「と、とにかくこれを浩之さんに渡せば任務完了ですー」





 マルチはその書類を封筒に入れて、帰ってきた浩之に渡した。

 根が不精な浩之はもちろん内容確認なんかせず、翌日そのまんま役所の窓口に出した。





「………………」

「………………」

「……書きなおしてくださいね……」

「はい…………」





 こらえきれず爆笑した役所の人の声を背に受けつつ、浩之は帰宅した。



 そう、それはとても面白いものだった。

 あんまり面白いので、思わず関係者全員にFAXして回した。



 結果。



 みんなの心がひとつになった!

『マルチ討つべし!』



「ま〜る〜ちぃ〜、てんめええええ〜」

「はわああああああああー! ごめんなさいー!」









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