大好き好き好き 投稿者:takataka
 さて。
 くだらない授業も終わった。

 灰色に区切られた時間、色のない生活。そうしたものから抜け出すべく、僕は足早に階

段を駆け上がる。

 僕を色のない世界から救ってくれた、瑠璃子さんのいる屋上へ。



「長瀬ええぇ!!!」



 瑠璃子さんはまだ来ていなかった。

 風が吹きぬけ、僕は思わず自分の肩を抱く。



「お前! また僕の瑠璃子に手を出すつもりだな!」



 寒気がする。

 瑠璃子さんのいない屋上は、何だか気温まで下がってしまったかのようだ。



「瑠璃子さんのいない世界なんか考えられないというのに、そこに瑠璃子さんはいな……」

「モノローグかましてないでひとの話を聞け!」



 肩をゆすぶられた。

 ちぇ、せっかく瑠璃子さんとの思い出に浸ってたのに。

「なんですか、月島さん」

「いいか、瑠璃子は僕だけの瑠璃子なんだからな! あの壊れそうに繊細なつま先から思

わずなでなでしたくなる頭のてっぺんまで僕のものなんだ。瑠璃子のあの透きとおる深い

湖のような瞳は僕を見つめるためだけにあるんだ!」

 月島さんの表情から温和さは消えうせ、目は細く開かれていた。

 平常時は目は閉じている。

 別にどうでもいいことだけど。

「うるさいなあ」

「……うるさい? 今うるさいといったか?」

「いいかげん僕と瑠璃子さんの関係を認めてくれたらどうなんですか。いまどきシスコン

でもないでしょう」

「シスコンなんかじゃない! 僕と瑠璃子のあいだは神聖なものなんだ! そう、二人は

聖・兄妹! お前のような奴の割り込む余地はない!

 瑠璃子のあの鈴を転がすような声を聞くだけで……



 『お兄ちゃん』

 『……瑠璃子』

 『お兄ちゃん』

 『……瑠璃子ぉ』

 『お兄ちゃん』

 『……瑠璃子ぉぅ』

 『お兄ちゃん』

 『……瑠ぅ璃ぃ子おぉ』

 

 はうあぁっ瑠璃子瑠璃子瑠璃子るりこるりこるりこるりこ……」



 ふー。めんどくさい人だな。



「笑ったな!? いま笑ったろう鼻先でフッと! いーや笑った間違いない!」

「別に笑ってなんか……」



 僕の話なんか聞きもせず、月島さんは頭を抱えてぶんぶん振りまくる。





「ダメだ! 他の誰よりも長瀬、お前だけはダメだ!

 お前のようなゴムマニアに瑠璃子を渡せるか!」





 …………。

 月島さん、それ僕じゃないです。

 そんな反論を聞こうともせず、月島さんはさらに突っ走る。



「そうだそうに違いないお前は瑠璃子をだましてインターネット通販で買ったラバースー

ツを着せる気なんだ純真な瑠璃子のことだからきっと疑いももたずに着てしまうだろうそ

して瑠璃子のすべすべと滑らかな肌に黒いラバースーツの生地が余すところなく密着して

細身ながら意外にも出るとこは出ているボディラインがラバー特有のツヤとテカリで必要

以上に強調されちゃってしかも胸のあたりなんかおいおい何でそんなに下乳の線がはっき

り出るんだ? と言わずにはいられないようなきちきちの裁断になってて何だこれ逆に全

裸よりエッチだなとか言いながら視線を下におろしていくとなめらかな腹の曲線が足の付

け根に向けて収束するかすかなふくらみを伴なったラインが太腿の稜線にそって光るじめ

ついた地下室の切れかかった蛍光灯の点滅が瑠璃子瑠璃子瑠璃子るりこるりこるりこっ」



 ぽむ。



「趣味が合うな、長瀬くん」

「さわるな変態」



 ざわっ。

 風が起こった。

 振りかえると、そこには空気の中にとけて消えてしまいそうな微笑。



「お兄ちゃん」



「……ちがうんだ瑠璃子。これは……僕はなんてことを……」

 とたんにうろたえる月島さん。



「お兄ちゃん、ゴム好き?」



 にこっ。

 すっと差し出す指先に、小さな輪がかかっている。



 ――これは。



「輪ゴム、いる?」



 そう、輪ゴムだった。

 しかも、長いあいだ台所とかにとっておいて、何本もくっつきあってガビガビになった

奴だ。



「瑠璃子……これを、僕のために……」

「そうだよ。お兄ちゃんにあげる」

「るりこ……瑠璃子が僕のために水道の蛇口とかにかけてとっておいてくれた輪ゴム……

輪ゴム輪ゴム瑠璃子瑠璃子輪ゴムるりこるりこわごむわごむごむごむごむ……」



 ちりちりちりちりちりちりちりちりちり…………。



 またヘンな電波発信してるし。







「でも意外だったなー。生徒会の人ってもっとおカタイのかと思ってたけど、吉田さん全

然そんなことないんだもん」

「えー、沙織ちゃんほどじゃないよ。長瀬先生に頼まれた資料って、これでいいの?」

「うん、ありがと! 助かっちゃった!」



 生徒会室。

 誰とでも速攻で友達になる娘、新城沙織はすでに生徒会の二人を自家薬篭中のものとし

ていた。



「まあお礼言われるほどのことじゃないよ。えーと、新城沙織ちゃんだっけ? 今度バレ

ー部の試合、見に行くね」

「へへー、あたしの活躍見せてあげよう! あとね桂木さん、あたしのことは沙織ちゃん

じゃなくて『さおりん』だからねっ……

 って、どうしたの? 吉田さんも桂木さんも何だか急に顔色悪いよ」



「さおりん……」

「きゃっ! な、なに!?」

 いつのまにか後ろに回った吉田が沙織を羽交い締めにする。

「これを、くわえなさい」

「いやあ! 太くて長くてたくましい……なにこれ!? ゴムひも?」

「くわえるのよ!」

 無理やり沙織の口にビッグサイズゴムひもをねじ込む桂木。

 そのままダッシュで遠ざかった。

 にやり。

 ゆがんだ笑みとともに、パッと手を離し――。



 ひゅっ

 べっちいいいいいいいいん。

 顔面直撃セガサターン。



 スローモーションで倒れざま、沙織はつぶやいた。

「これ……コントゆーと○あだよね……」







「一時はどうなることかと思ってたの……香奈子ちゃんがこのまま直らなかったら、私…

…生きていけないって」

「ほらほら瑞穂、もう泣かなくていいの。わたしこの通り元気になったんだから」

 左手でガッツポーズ。

 そして空いたほうの手で、香奈子は瑞穂の涙をそっと拭った。

 正気を失っていたあいだも、一日もかかさずそばについてくれた瑞穂のことはおぼえて

いた。

「ありがとうね、瑞穂。わたしだって……瑞穂がいなかったらまだあのままだったかもし

れない。

 わたし、瑞穂に助けられたんだよ。

 おぼえてる? あのオルゴールのこと。恩返ししてもらっちゃったね」



 なぐさめの言葉はよけいに瑞穂の涙腺を刺激した。

 ぽろぽろと途切れることなくあふれる涙。瑞穂は眼鏡を外して目頭を拭う。



「香奈子ちゃん……

 ……あ、あの、香奈子、ちゃん? どうして輪ゴムを?」



 ぴっし。



「いたっ」



 ぴっしぴっしぴっし。



「いた、いたいよ香奈子ちゃん。――か、香奈子ちゃん!?」



 指に輪ゴムをひっかけ、ゴム鉄砲の要領で瑞穂を責めさいなむ香奈子。

 その瞳はまたいい感じにどよ〜んと泥沼っぽくなっている。



「ひいぃぃぃぃぃ! か、香奈子ちゃん!?」



 ぴっしぴっしぴっしぴっしぴっしぴっしぴっしぴっしぴっし。



「いたたたたたたたっ!

 うう……ふざけてるだけなんだよね、香奈子ちゃん……」



 ぴっしぴっしぴっしぴっしぴっしぴっしぴっしぴっしぴっし。



「あいたたたたたたたたたっ! やめてえっ!」



 ――でもこの感じは一体? いやなはずなのにいやじゃない、いいえ、むしろ……。



「ああっ香奈子ちゃん、やめ……やめないでえ!」



 ぴっしぴっしぴっしぴっしぴっしぴっし。



「ゴメンネ、ミズホ、ゴメンネ、ミズホ、ゴメンネ、ミズホ、ゴメンネ、ミズホ……」

「ああんっ香奈子ちゃん! もっとぉ! もっとおぉぉ!」







「行こう、長瀬ちゃん」

 しずかに瑠璃子さんの声がひびく。

 瑠璃子さんと二人。

 二人ならきっとやっていける。この世界を受け入れることができる。



 それと。



『ボ・ク・ハ・ゴ・ム・ガ・ス・キ・ダ』



 がんばれ月島さん。

 目標、社会復帰。








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