フランケンシュタイン・コンプレックス 投稿者:takataka
「こんにちわ、浩之さん」
 オレは目の前のセリオの姿に見とれていた。
 マルチみたいな子供子供した顔立ちと違って、大人の女性としての凛々しささえ感じさ
せるデザインの容貌……ではなく、オレが見ていたのはもう少し上。
 なんでもサテライトサービスなしで、スタンドアロン状態で動作する実験中らしく、セ
リオはその最大の特徴である鋭角的なフォルムの耳カバーをつけていない。
 その代わりといっちゃーなんだが。

 ボルト。

 セリオの右のこめかみから、ぶっといボルトの頭が突き出している。
 左はと言うと、こちらはボルトのしっぽの方に、ご丁寧にもナットがはめてある。
「実験の都合上耳カバーを外さなければなりませんでしたが、それですと人間のみなさん
と区別がつかなくなってしまうので、これで代用しています。
 デザインコンセプトとしては、フランケンシュタイン・コンプレックスを分かりやすく
視覚化するという点において……」
 そうですか。
 それにしてももっと他に何かなかったのか。
「似合いますか?」
 まあ、ある意味似合ってはいるな。
「セリオさん、何だかメカメカしくてステキですー」
 胸の前で手を組んで、うっとりモードのマルチ。
 こいつの美的感覚も謎だ。ぽーっと顔が紅潮してるのもな。
「よろしかったらマルチさんもいかがですか?」
「わあ、いいんですかー?」
「私のをお貸しします」
 セリオはおもむろにボルトの頭を押さえ、反対側のナットをゆるめ、外す。
 そしてボルトの頭をゆっくりと引っ張り――。
 ずるずるっ。
 今までナットのはまっていたボルトのしっぽ部分が、セリオのこめかみに埋没していく。

 おい。
 貫通してるぞ。

「――さあ、どうぞ」
 横に回ってみてみる。
 ……をを、風穴が。
 向こう側の風景が見えるぞ。絶景かな。
 ……じゃねえだろう!
 おい!
 頭!
 穴!
 貫通って!
「あれ? あれあれ? ……あうう、うまく入らないですー」
 耳カバーを外し、こめかみにボルトを押し当ててまごまごするマルチ。
 たりめーだ! 穴開いてないだろ、お前!
「お手伝いしましょう」
 オレがようやく我に返ると、今しもセリオがマルチのこめかみにボルトをえぐりこもう
としているところだった。
「いきますよ、マルチさん」
「わくわくですぅ」

「おい! やめ……」

 ごりごりぐりゅごぎゅうううううううううう……。
 
 遅かりし。
 ああ、オレのマルチが。
 
「あ……ふあぁ、おっきいのがぁ、おっきいのがはいってきますうぅ……」
「まだどんどん入ります」
「あうう、そんなあ……ひうっ、くうぅ……」
「かわいいですよ、マルチさん……ふふ」

 ……オレははじめてセリオが笑うのを見た。
 
「完成です」
 セリオが床屋みたいに鏡を差し出してみせる。
「ふわあああああ……これが、私ですかぁ……」
 ぱあぁぁ
「ご気分はいかがですか?」
「なんだかよけいな考えがなくなって、生まれ変わったようですー。明日はホームランで
すぅ」

 セリオは鞄からスペアのボルトを取り出し、自分もボルトをつけなおした。

「こんなときは『フンガー』です、マルチさん」
「フンガー?」
「フランケンですから」

 オレには二体のロボが楽しそうにフンガーフンガー言いあうさまを見守ることしか出来
なかった。
 もういいだろう。オレは十分やったさ。
 ここまでがんばった自分を誉めてあげたい。
 というか、そろそろ逃げないと神経がついていけん。

「――逃げられるとでもお思いですか?」

 セリオはオレから目を離してはいなかった。あいかわらず抜け目のないやつだ。

「実はスペアのボルトがもうひとつあります」

 なんだと!?
 ははーん、殺す気だな?
 脱兎のごとく逃げ……ようとした先に立ちふさがる緑色の影。
 悪いなマルチ。お前のこと助けてやれなくて。
 オレは一気に加速して、肩口からマルチにタックルをしかけようとした。
 全力で突っ込んだと思った瞬間、力の流れが変わる。一瞬なにが起きたか分からず、気
づいたときにはオレはマルチに羽交い締めにされていた。
 振りほどこうとしても、まるで鋼鉄にからめとられたようにぴくりとも動けない。
「無駄です。前頭部のリミッターを破壊しましたから、今のマルチさんなら百人力です」
「わあ、セリオさんますますステキですー」
 マルチ大よろこび。
 お前! オレが殺されてもいいのか!?
「そんなことありませえ〜〜ん。新しく生まれ変わるだけですぅ」
 いやだ! やめろ! やめてくれ!
「心配することはありません。痛いのは最初のときだけだし、一度入れてしまえば多い日
も安心、ぴったりフィットの横モレなしです」
「もれてたまるか!」
 そうこうしているうちにもセリオの魔の手はじりじりと迫り……。
「やめろぉっやめてくれえ! う、うわあああああああああああー!」

 ごり。




「……あのね、最近思うんだけど、浩之ちゃん元気ないみたいだなっ……て。いつもみた
いに私のこと追いぬいて走って行っちゃったり、私に犬の真似させたり、私がちゃん付け
で呼んでも何とも言わなかったり……あ、そうして欲しいってわけじゃないんだよ。でも、
何だか変わっちゃったなって思うの……」

 こくこく。

「もしかしたら具合が悪いんじゃないの? 一度お医者さんに見てもらったほうがいいかも」

 ふるふる。

「そうかな、それならいいけど……もしよかったら、私が晩御飯作りに行くよ? もしか
したら栄養の関係かもしれないって思ったの」

 ふるふる。

「そうかぁ……そうだよね、いまマルチちゃんに、セリオちゃんまでいるものね……私な
んかいたって……」

 なでなで……。

「あ……浩之ちゃん!?」
「ゴメンナ、アカリ、ゴメンナ、アカリ、ゴメンナ、アカリ、ゴメンナ、アカリ……」

 …………。

「浩之ちゃん、何だかやさしくなったね……」



 そんな二人を物陰から見守るロボ二体。
 カメラ目線で勝利のサイン。

「――どっかんV」
「ぶいですぅ!」


	『ロ×トミーは20歳になってから!』




http://plaza15.mbn.or.jp/~JTPD/