雛山家の一族 投稿者:takataka
 ずる。
 ずるずる。
 ずずずずずずずずずずずず、がたん。

 ぴんぽーん。
「こんにちはー」
「はあい……おお?」
 オレの家の玄関先で微笑む理緒ちゃん。

「藤田くんには一度お礼しなきゃいけないって思ってたの」

 後には良太があいかわらずつまらなそうな面して突っ立っている。
 そこまではいい。
 理緒ちゃんの肩からのびるロープ。
 その先はなにやら白木の箱につながっている。
 きっちりと蓋がしてあり、ちょうど顔のあたりに小窓がついて。

 世間一般では『棺桶』という奴だ。


「理緒ちゃん……それ……」
「お母さん」


 オレは言葉に詰まった。
 ……なんつーかこう……せめて焼いてから……。

「ちょっと待っててね」
 こんこん。

 ずずずずずずずずずずずず
 がたぁん!!

「うっわああああああああああ!!」

 そのときオレは見た。棺桶の蓋が吹き飛んで、何か人影が直角にぐわっと起き上がって
 来るのを。
 気づいたときには、白いもやに包まれた人影がゆらりと立っていた。
 かすかに防腐剤の香りがするあたり、湯灌ずみなのか? と思わせる。
 結い上げた日本髪から、パラリと乱れ髪がたれかかる。
 ……怖すぎ。

「雛山理緒の……」

 3秒経過。

「母でございます〜〜〜〜〜」
 ぐらりっ。
 ふかぶか〜とお辞儀する。
 ……。
 …………。
 まさかこのまま起きないとか(笑)

「いけない! 良太っ」
「わかったネーちゃん!」

 あわてて母を寝かせる姉弟。ぐったりとされるがままの顔は……。
 うわっ!
 顔真っ白!
 死相出てるぞ、おい!

「藤田くん、電気貸して!」
 返事する前に良太がどこからかぶっちぎったコードを持ってくる。
「良太離れて! 3、2、1!」
 ばちんっ!
 胸部に電撃一閃。
 がつんとブリッジのような格好ではね上がる雛山母。落ちるブレーカー。泣き出す良太。
そしてビビるオレ。
 理緒ちゃんだけが冷静だ。
「ごめんね藤田くん。ここんとこ毎日なの。大丈夫?」
 大丈夫なわけあるか。
「紹介が遅れちゃったね、私のお母さんなの」
「あなたが藤田さんですか〜〜〜。おうわさはかねがね理緒の方から〜〜〜」
 母復活。
 しかしえらい病弱な人だな……大丈夫なのか?
「理緒がどうもお世話になりまして〜〜〜〜」
「わああ! いいですいいです頭なんか下げなくて!」
 また起きあがってこなかったら困る。
「お礼といっては何ですが、一人暮しの藤田さんにあたたかい家庭の雰囲気を味わってい
ただけたらなって思いまして、今宵一夜、わたしのことを『お母さん』って呼んで頂いて
もよろしいんですのよ〜〜〜〜」
「結構です」
 どきっぱり。
「まあご冗談ばっかり〜〜〜〜。さあ! 一夜かぎりのめくるめくあったか家族ワンダー
ランドへご招待〜〜〜〜」
 いや、そんなランドに招待されたくないっス。
 ついでに死後の世界まで招待されそうだ。

 それでも、オレは家にいれざるをえなかった。
 玄関先で死なれてもアレだし。
「……まあ入ってくださいよ……てあんたどこへ行くんだ?」
「え、だってこちらが藤田さんのお宅ですよね〜〜。こじんまりしていてステキなおうち
……」
「そいつはオレが昔飼ってたボスの家。犬小屋ですって」
 見りゃ分かるだろうそんなの。
「え? ひ、ひいぃぃぃぃぃっ! こんな立派な1戸建てに犬を?」
 言っておくがボスの家は普通の、何てことない、どこのペットショップにもあるような
 ありふれた犬小屋だ。
「すると……この空にそびえるくろがねの城が藤田様のお屋敷でいらっしゃいますか?」
 うちは普通の1戸建てだ、ちなみに。
「ひいいぃぃぃ! ブルジョワジーが! 搾取階級がああっ!」
「落ち着いてお母さん!」
「だって理緒……はうっ」
 ばったり。
「良太!」
「ネーチャン!」
 どっからか注射器を取り出す良太。
 異様に針が長くてぶっとい。アレはたしかホラー映画で見たことがある、心臓に直接薬
 を送りこむやつだ。
「行くわよ良太! せーのでっ」
 どすっ。
 うを! 見ちまった! 刺さってる刺さってるよおい! 心臓に直で!
 やがて母はゆら〜りと起きあがり……。
「ごめんなさいねえ藤田さん、何だかばたばたしてしまって」
 ……いいから注射器抜いてからしゃべってくれ! 頼むから!



「かーちゃん、オレこわい」
「いけません良太! 直接見ると目がつぶれますよ!」
「こ、この中にはいったいどんな世界が待ち受けているというの?」
 うち見たことあるじゃねーか理緒ちゃん。
「あ、そうか。てへっ」
 入ったら入ったでまたうるさいのなんの。
「ああ! 床が土じゃない!? すごいわ藤田くん!」
 駆け出した良太が、いきなりガラス戸にぶつかった。
「いてーぞネーちゃん」
「ごめんね藤田くん。良太はガラス知らないもんだから……」
 なに時代の人だ、お前ら。
 とりあえず居間に通した。イヤだけど。
「ひっ、ひいいいえええええええ! これはいったいなに? 鹿鳴館? それともベルサ
イユ?」
「ネーちゃん、このふかふかの何だー?」
「良太っ座っちゃっダメ! これはっ! ソファーといってねっ! 貧乏人が座るとっ!
 みるみる体がっ! 溶けてしまうのよっ!」
 ひとんちのソファーの上で飛び跳ねながら言うせりふか、理緒ちゃん。
「理緒ちゃんあんまりはねんなよ……クッションへたるから。
 お母さんからもひとつ……っておおう!?」
 理緒母は両手に針を刺していた。そして後ろに二本のラックと薬液パック。
 点滴するか、人の家で。
「よろしかったら藤田さんもいかが〜〜〜? リンゲルとブドウ糖とインシュリンとカン
フル、どれがお好みですか〜〜〜〜」
「どれもお好みじゃないです」
「えー」
 理緒母むっちゃ残念そう。
「左腕にインシュリン、右腕にブドウ糖を打って血糖値の上げ下げを楽しむのもオツです
のよ〜〜〜」
 すんな。死ぬぞ。
「でもよかったわ、理緒にいい人が見つかって〜〜〜〜……」
「そうね……これで雨露もしのげるし」
 待てお前ら。
「何の話してんだ? 理緒ちゃん」
「え、だって藤田くんとわたしがその……一緒になって……」
 ごにょごにょと口篭もる。
「親孝行ねえ理緒。こんな立派な家屋敷……ゲフッゲフフン旦那さまが見つかって」
 なんだと?
「ちょっと、旦那さまってどういうことッスか?」
「まあ藤田さんったらご冗談ばっかりホホホホホホホホホゴボゴホオッッ!」
 おわっ!
 血が!
 大吐血!!
「ホ……ホホホホホホホホ……血ィ! 真っ赤な血ィいいいいい」
「お母さん落ち着いて!」
「カーちゃん怖いぞー」
「ホホホごめんなさいね。ほうらもう大丈夫……いまなら天まで飛べる感じよ……」
 飛ぶな、人のうちで。
「でもよかったですわ〜〜〜理緒にステキな旦那様が見つかって」
「ネーちゃん、おれプレステ欲しいぞ」
「あのですね、オレは理緒ちゃんとそんな約束したおぼえないんすけど」
「ええっ」
 がーん。
「それでは藤田さんはこの哀れな宿無し一家に出て行けと!?」
「いや、あの」
「分かりました。出て行きます。そして親子三人どこへ行くあてもなく……石のように固
くなって……むしろに座って……『右や左の旦那さま……』」
「ちょっと」
「やがてどうにも進退きわまって……寝ている良太の顔に濡れぶきんを!」
「カーちゃん、おれ死ぬのかー?」
「ううっ、仕方ないんだよ良太……許しておくれ……、
 ガフウッッゴボっ……ああっなんか緑色の液が!?」
「ああ! お母さんが壊れていく!」
「ホホホホホホ……ゲホッゴボッ! おおう、今度はなにやら紫色の汁が……ホホホ……」
 やーめーてえぇ。
 オレ号泣。
 そのとき。

 ぴんぽーん。
「ひろゆきちゃーん! ねえ、ひろゆきちゃーん! 出てきてよう。お買い物に行く約束
だよ」

 をを! あかりだ!
 そういや約束してたっけ。
 まあいい! この状況を打破してくれるならこのさいおっけーだ!
 ちゃん付けはとくに許す!
「いっやーすみません、幼なじみと約束してたんでこれから買い物行くんすよー」
「なんですって?」
 理緒母一発回復。
 死にかけてたのはどうした、おい。
「そんなわけには参りません! わたしがお話してまいります!」
「あ、待ってお母さん! 藤田さんのお友達なの!」
「ネーちゃん、オレも行くぞ」


「浩之ちゃん、行こうよ」
 玄関からあかりが呼びかける。
 オレが玄関に出てみると、あかりが一人で立っていた。
「あの、理緒ちゃんたちはいったい……」
「行こうよ、ね?」
 こくん。
 首をかたむけて、仔犬のように無邪気に微笑む。
 こういうときは逆らわない方が無難だ。命が惜しければ。


 川沿いの道をあかりと二人、歩く。水面の照り返しが目にまぶしい。
「おまえ、気が早いなー」
 あかりはなぜか急に雛祭りの話を振ってきた。でもまだ1月じゃん。
「だって、今年は早めに済ませちゃったんだもの」
 いたずらっぽく、ふふぅ、と笑う。

「――流し雛でね」

 そのときオレは見た。
 キラキラと輝く春のせせらぎの中、流れていく三枚の戸板。
 そのうえに何か縛り付けてある。
 大きいの一つ。
 中くらいのひとつ。
 小さいの一つ。
 丸太だ。あれは丸太に違いない。オレは自分にそう言い聞かせた。
 触覚のように揺れているのは葉っぱか何かだろう。
 オレは黙って、心の中で雛山家の一族を見送った。

「だって、早くしないと、お嫁さんに行き遅れるって言うし……ね?」

 そう言って、鼻歌なんぞくちづさむあかり。
 『精霊流し』ってそんな楽しげに歌う歌ぢゃないぞ。
「でも、少しさびしいかな? 一人ですませちゃったし。
 ねえ、浩之ちゃん?」
「お、おうあかりさん! 何ですか!?」
「ほんとうに、暇だったらでいいんだけど……」
 顔を真っ赤に染めてうつむき、もじもじと指をもみ合わせる。
「えっと、そのう……今年の雛祭りは、私のうちに来てね」

 いやだといったら流される。
 そんな気がした。

「おう、死んでも行ってやるぜ!」

 行かなきゃ死ぬぜ、とは言いたくても言えない早春の朝。
 ともかくも、あかりはオレのことを好きでいてくれている。
 そうでなくなったとき、それがオレの最後だ。多分。
 オレは不安を押し隠して聞いた。

「あかり、いまなにを考えてる?」
「ん……浩之ちゃんと同じこと……」

 ……。
 やはり!!


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