降誕祭の夜(前編) 投稿者:takataka
「うぃーす」
「あ、こんばんはー」
「寒いねえ」
「冬ですからねー」

 星月夜。
 雪でも降っていれば気分が出るだろうが、年を越す前に初雪を見ることはこの辺ではあ
まりない。

「今年もあと1週間だねえ」
「早いっすよねー」

 廊下を曲がって、ようやく異変に気づく。
 仕事納めにはまだ早いものの、研究室の明かりが煌々とついている
 たしかにいつも熱心な連中が詰めている、夜と昼の区別もつかないような職場ではある
が、いくらなんでも明るすぎる。
 来栖川電工中央研究所HM第7課の占めるブロック全部に照明がついているのだ。

 しかし、それは不思議でもなんでもなかった。
 今日は特別なのだ。

「……はは」
「なに?」
「でっかいクリスマスツリーみたいっすねえ」
「お、言うねえ」


「どもーっす」
「こんばんはー」
「あ、来た来た。遅いよあんたたち」
「やー、こんな日だからなにかと忙しくってね、ほら! 彼女ほっとくわけに行かない
し!」
「うそだー、こないだの飲み会んとき『彼女募集中』とか言ってたじゃない」
「あ、ばれてた?」

 研究室にはすでにいつものメンバーが詰め掛けていた。

 定時でいったん出て、家族や恋人になけなしのサービスをしていそいそと再出社してき
たもの。
 今日は泊まりの覚悟で来たもの。
 詰めの作業でここ二、三日研究室に寝泊りしているもの。
 いったいいつ家に帰ってるのか分からないもの。
 どう考えても研究所に住んでるとしか思えないもの。

 それぞれの抱える事情はいろいろだが、目的はたったひとつだ。

「思ったんすけど」
「ん?」
「残業手当つかないっすよね、これ」
「つくかいっ!」

「……でもさ、手当てよりいいもんがつくぞ」
「……そうですね」

 二十人ほどで、半円をえがくようにして座りこんでいる。
 落ち着きなく歩き回ったり、人の肩越しにのぞき込んだり、腕組みしてはそわそわと人
差し指で肘をつついたりしている。
 何かを待ちうけるときのうれしいあせり。


 軽いモーター音とともに電算機室に通じる扉が開いた。

「よ、待ってました千両役者!」
「男前!」
「馬面一家!」

「こらっ」
 苦笑しながら、長瀬源五郎はオーバーを脱いだ。
 つねに低温下に保たれている電算機メインルームではちょうどいい服装だが、端末が置
いてあるだけのこの部屋では暑すぎる。

 なにしろ、この熱気だ。

 長瀬は期待に目を輝かせて居並ぶ研究員たちを見渡した。
 みんな子供みたいだな。まるで幼稚園のクリスマス会に来たサンタクロースの気分だ。
 そう考えて、いや、違う、と思いなおす。
 私もきっと同じ目をしてるんだろう。なにしろ今日は特別なんだから。

 さあて、よい子のみんなは集まった。
 ぼちぼちサンタクロースの出番かな?

「あー、本日はこうしてお集まりいただき……」
「主任主任、そーゆーのはいいですから!」
「だってなあ、なんか人数多くないか?
 私が残れっていったのはたしか5、6人だったと思うんだがー」

 どっと笑い声が上がる。
 大概の人間は心当たりがある。4倍近くの人数が詰めかけているのだ。

「はじめに言っとくぞ。勝手に集まってる人には残業手当つかないから、IDカード通し
て来たやつはあとで消しとくように。
 手当てついてませんとか言って組合に訴えるなよ」

 またも笑い声。

「さて、本題だ。われわれ一同の努力の甲斐あって、本プロジェクトも何とか年内に目鼻
をつけることができた。
 仕事納めぎりぎりってのがまたうちらしいとこだがね。
 で、どういう偶然か知らないが、こういう記念すべき日がまたクリスマスと来ている。
ちょっと出来すぎだけど、ま、神様がわれわれを祝福してる、ということにでもしておこ
う。
 いま様子を見てきたんだが、もうあと数十分で演算が終了するところだ。こちらからモ
ニターすることも出来るから、まあ見ててくれ。
 せっかくのクリスマスつぶしてきてるんだ。世紀の一瞬、見たいだろう?」

 端末のスイッチを入れる。

 一から十までお手製のAI作成専用OSが走っている。
 少しでも速度を落とさないようにGUIは採用していない。
 見た目には無愛想なコマンドラインには、演算作業の残り時間をしめすサインとして丸
印が並んでいる。
 分数表示もあるが、あまり当てにはならない。

 なにしろ未曾有の巨大AIを作り出しているのだ。
 ゆうに従来のメイドロボ数百体分の個性の異なるAI群、それを相互に連絡し疎通させ、
ある一定の方向性のもとに有機的に自己組織化させてそれ全体でひとつのAIを構成する、
次世代型思考組織――。

 『ロボットのココロ』を。

 この研究室にある一番大きなモニタ――それでもやっと20インチだ。ここでは部外者に
プレゼンするわけではないので大画面は必要としていない――に、二十数人が一心に注目
している。

 ひとつづつ、丸印が減っていく。

 5分もすると間延びしたのか、内輪で思い出話が始まった。
 デバッグのために丸1ヶ月会社に住んでいたことや、やきもきして押しかける本社の連
中を必死で言いくるめたこと。
 誰かがテストボディ完成時のことを思い出す。あのときと同じ熱気が、いまここに立ち
こめていた。


「お、丸一個になった!」


 全員が画面に注目する。
 おしゃべりは次第にやみ、同じ期待に満ちた目がブラウン管に集まる。

 舞台にあがらんとする、チャペックの芝居の登場人物を待って。

 石を打ち合わせて飛び散る火花に驚く石器人の目、天才発明家・メンロパークの魔術師
のガラス球の中に輝く光を見たアメリカ市民の目、『地球は青かった』宇宙を制した人民
の英雄を見上げるソヴィエト人たちの目――。

 そしてここに集まった連中の目。

 それらはみんな、サンタクロースを待つ子供たちなのだ。未知の闇の向こうから明るく
照らすルドルフの光る鼻、疾駆する三頭立ての橇……急げや急げ、子供たちが待っている。
あたたかいベッドのなか、まだ知らぬ期待に心をふくらませ、すてきなプレゼントをたず
さえてやさしいおじいさんがやってくる。



 画面が光り、消える。
 カーソルが点滅する。



	please wait. program loading............
	
	


「出るぞ!」
「ちょっと頭下げて! 見えないって!」
「来た来た!」



	operation conpleate.
	system all green.
	ok.
	
	
	Welcome to AI program kernel " HMX-12 ".
	
	Merry X'mas!
	
	I love you!
	
	
	
 歓声が上がる。言葉にならない感激。
 抱き合うもの。
 ガッツポーズとともに雄たけびを上げるもの。
 やたらと握手して回ってるもの。
 一列に並んで、ホームランバッターを迎えるように手のひらを打ち合わせているのは、
最後まで付き合ってきた電算室付きの連中だ。

 クリスマスプレゼントはどうやら、子供たちのお気に召したようだ。

 長瀬は眼鏡を拭いて、あらためて画面を見つめた。
 このAIはまったくの未学習で、どうにかこうにか自己認識と思考の核がそなわってい
るだけのものだ。赤ん坊同然なのだ。

 だから、ウェルカムメッセージのあいさつは、あらかじめ入力しておいたちょっとした
いたずらにすぎない。

 そのわりには受けたな、うん。

 長瀬はもう一度画面を見る。


	I love you!
	I love you!
	I love you!


 はて、と首をかしげた。
 クリスマスメッセージは入れた、たしかに。
 でも、こんな恥ずかしい文句まで入れたっけ?
 徹夜続きで朦朧としていて、いまいち記憶があやしい。
 まさか……な。

「主任〜なにぼっとしてんですか〜」
「こっち来てくださいよ」

 部下に手を引かれて、はっと我に返った。
「いやいや、今までの苦労の数々がこう、走馬灯のようにね」


「じゃ、とりあえず一本開けますか!」
「おい待て! シャンパンは止めとけ!」
「そういえば……テストボディ完成んとき調子にのってシャンパン抜いて、防水被覆して
ない身体にシャンパンぶっかけたバカがいたよな……」
「ああ! すんませんそれオレっす! あん時はほんとうにすみませんでした!」
「思い出した! てめえのせいでオレはなあ、せっかくの正月を研究所で、洗浄液漕の前
でカップ雑煮食いながらすごしたっけなあ!」
「はあああごめんなさいー」


 苦労をともにした仲間たちと酒を酌み交わす。
 飲み屋になだれ込むのも悪くないが、こうして仕事場で一献というのもまたオツだ。
 長瀬はすすめられるまま呑んだ。
 明日の朝は辛いだろうが、まあクリスマスだ。たまにはいいだろう。


「しかしあれだよね。クリスマスの晩に演算終了ってのがまたドラマチックというか」
「クリスマスってキリストの誕生日だよなあ」
「わははは、じゃ12号ちゃん(仮名)はキリストの再来かい」
「いや、あながち間違ってないかもよ」
「ん? なんで?」
「キリストってたしか馬小屋で生まれたんだよね……」

 あやしげな会話をする一団が、長瀬主任の顔を盗み見る。
 そして大爆笑。

「わはははそーかそーか馬小屋か! それ最高!」
「いやまて、聖徳太子も馬小屋だ!」
「うーむ、馬小屋で生まれたやつはみんな偉物になるのか? こりゃ期待大だな」


 勝手なこと言ってるな、まったく。
 長瀬はブラウン管にふたたび目をやる。
 あいも変らぬふたつのメッセージ。


	Merry X'mas!
	
	I love you!

	
 にっこりと笑って、画面に腕を伸ばす。

「メリー・クリスマス。
 あと、誕生日おめでとう」

 ブラウン管に触れる、ワイングラス。
 ちん、と澄んだ音がひびいた。



 宴もたけなわというところで、長瀬はうーんと腰を伸ばした。

「さて、もう一人の娘にもあいさつしなきゃならんね」