学習マルチ(悪事篇) 投稿者:takataka
 マルチがオレの家に来てもう半年が経つ。
 はじめのうちこそただただ幸福を感じながら暮らしいていたオレだったが、最近は疑問
を持つようになっていた。
 オレたちはこのままでいいんだろうか?
 長瀬主任からの手紙にはこうあった。

『私たちの娘を、どうかよろしくお願いします』

 娘。
 主任をはじめとするマルチの開発スタッフにとっては、マルチは自分たちの娘も同様…
…人間も同然なんだ。

 マルチはいつもやさしく、オレに絶えず付きまとっては何くれと世話を焼いてくれる。
それがよほど楽しいのか、マルチはいつも幸せそうだ。
 だが、それでいいのか?
 どんな亭主思いの奥さんだってたまには、

『晩御飯作るのかったるいわねー店屋物ですまそうかしら』
 とか!
『あの亭主でほんとによかったのかしらねー』
 とか!
『結婚するまえはいい男だと思ったんだけどねー』
 あげくのはてには!
『ああっやめて洗濯屋さんっ主人が帰ってきます……いやっやめないでぇ』
 なんてこともあろーと言うものじゃないか!

 なに言いたいのか不明になってきたが、とにかくマルチはもっとわがまま勝手でもいい
はずだ!
 それなのにオレはどうだ? マルチのやさしさに甘えちまって……。
 マルチはオレの奴隷じゃない。
 いっしょに人生を歩んでくれるパートナーとして迎え入れたはずだ。
 でも、そんなこと言ってもマルチはきっとこう返すだろう。

「そんなことないですう。わたし浩之さんのためにはたらくのが大好きですー」

 もちろんオレが家事をかって出れば、マルチはそれに逆らわないだろう。
 それじゃダメなんだ。
 マルチが自分から家事を投げ出すようにならなければ。
 どんないい性格の奴だってたまにはわがままも言い、不平も漏らす。
 それがふつうの人間らしい人間ってヤツじゃないか。

 どこまでも純粋なマルチ。悪いことを知らない、理想的な人格。
 それじゃいけない。マルチはもっと悪くならなきゃいけない。
 もっと人間らしく。

「そんなわけで!」
 オレは壁をバンっと叩いた。

「これより
『マルチワルワル強化月間・うちのマルチにかぎって……’98レジェンド』
 を宣言するっ!」

 ぱちぱちぱち。
「わあ、たのしみですー」
「楽しくない!」
 怒鳴りつけると、マルチはびくっと首をすくめた。
「いいかマルチ。これからお前を待ちうけているのは辛く苦しい試練だ。特におまえのよ
うな素直でやさしい性格のやつにとってはな。
 だが! これを乗り越えないかぎり、お前は本当の意味での人間に限りなく近いメイド
ロボにはなれないんだ!」
 マルチは一瞬ひるんだものの、けなげにオレをぎゅっと見つめ返して、
「はいっ! わたしがんばりますぅ! ほんとうの人間らしいロボになって、浩之さんの
ためにつくしますー!」
「アホ!」
 ぺしっ!
「あうっ」
「その考え方がダメだというんだ! 自分のことだけ考えろ! オレのことなんか気にす
るんじゃない!」
「はうう……そう言われても……」
 すでに涙目なマルチ。むう、最初からきびしすぎたか?

 Lesson 1 『悪事をはたらこう』

「まず『悪いこと』とはなにかだ。
 一般に悪事を大きく二つに分けると『奪う』『殺す』のどちらかになる。
 殺すのは文字通りそのまんま、奪うのは空き巣や強盗、詐欺なんかもこれに含まれるな。
 殺しはさすがに問題ありなんで、今回はこのうち『奪う』を実践してみよう」
 真剣な顔でメモをとりながら聞くマルチ。
「駅に行く道の途中に本屋あるだろ。あそこでなにか万引きしてくるんだ」

(万引きは二十歳になってから!)

「ええっ、だって万引きは犯罪じゃないですかあ」
「当たり前だ」
 オレは深く息を吐き出した。
「マルチ、オレが何で盗みから教えてるか分かるか?」
 ふるふると首を横に振る。
「お前はメイドロボだ。それはわかってるな」
 こくんと首をたてに振った。
「メイドロボって、語尾を微妙に伸ばして言ってみな」

 メイドロボ。

 メイドロボー。

 メイ、ドロボー……。

 名泥棒!?

「やっと分かってくれたか。そう、お前は名泥棒となるべくしてこの世に生み出された。
がんばって名のある泥棒になれよ」



 名泥棒……。
 わたしは浩之さんの言葉をなかば夢心地で聞いていました。
 心が洗われたような気がします。
 そう、私のかくされた使命、それは名泥棒になるとこだったのですぅ!

 ああ、新しい世界が見えてきましたー。
 わたしは手品師の舞台衣装みたいのを着て、手を組み合わせています。
 向かい合って、シスター姿のセリオさんが、
『神のご加護がありますように』
 私も答えるように、
『タネも仕掛けもないことをお許しくださいですぅ』
 ああっ! ステキです! なんだかステキすぎます!

 ほんでもって舞台は変わって江戸の町。
 貧乏長屋をめぐっては小判をばらまくわたしがいます。
 御用提灯が十重二十重。でも決して捕まえることは出来ないのですう。
「メイド小僧だ!」
「メイド小僧が出たぞ!」
 ご存知天下の大泥棒、メイド小僧マルチ。
 ほっかむりからのぞく耳カバーがチャームポイントなのですー。

 一仕事終えて家に帰ると、浩之さんがベッドの上で甘い誘惑ですぅ。
 わたしは矢もたてもたまらず、
「ひ〜ろゆきさ〜ん」
 軽い調子でベッドにダイブ。平泳ぎのポーズで空中で泳ぐのがコツなのですー。

 しかしそんな日々にもいつか終わりが来ます。
 捕まってしまったわたしは、罰としてかまゆでの刑に処されるのですー。
 でも決して取り乱したりしません。浩之さんが熱くないように両手で支えてあげながら、

「マルチ死すとも自由は死せずですぅぅ!」

 じぃぃぃぃぃぃぃん。
 か……かっこいいですー。だーてぃーひーろーなのですー。

 うふふふ、そうと決まったらさっそく準備ですう。
 あ、車がいりますねー。逃げるときとか。
 オープンカーがいいですぅ。飛び乗るとハンドルがもげてタイヤが取れるやつ。
 志保さんのをお借りできないでしょうかー?



「行くぞ、夢見る名泥棒」
 妄想モードに突入したまま帰ってこないマルチの首根っこをつかんで、オレは本屋へ向
かった。

「よっしゃ、行ってこーい!」
「了解ですう!」
 意気揚々と本屋に入っていくマルチ。

「わあ、ご本ゲットなのですー」
 早いなオイ。
「どれ、戦利品みしてみ」

 マルチの持ってきたのは、教科書程度の大きさの、厚みのあるずっしりした本。
 よくこんなの盗って来たな。
 普通初心者はビビって出来るだけ小さな目立たない本……たとえば文庫なんかにするも
んだ。
 早速オレは目をとおした。


 それは……
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「お店のお姉さんも『ありがとうございます』って言ってくれましたー」
「マルチ、ここ読んでみろ」
「むりょーはいふ! ですう!」

 …………。

「さて、オレが何が言いたいかわかるな」
「その前にひとつお聞きしていいでしょうかー」

「『むりょーはいふ』って何ですかー?」

 ばったり。
 オレ、即死。

「ああっ浩之さんっしっかりしてくださいー」