セリオ最後の試練 投稿者:takataka
「いよいよ最終テストだ」
 長瀬主任はおもおもしく言い渡した。
「こんどはセールスを体験してもらう。いわゆる訪問販売だな」
 きちっと姿勢を正して聞くメイドロボ。
 HMX−13、セリオ。
 マルチをはじめとする多くのライバルを下し、はげしい開発競争を生き残った、来栖川
電工の次期メイン機種。
「わかりました」
 端正なまなざしと、線のはっきりしたシャープな容貌。
 特徴的なデザインの耳カバーが、より怜悧な印象を添える。
 涼しげな声音。その簡潔な受け答えのなかにも、どこか高貴さがただよっていた。
「販売商品はなんでしょうか?」
「お前自身だ」
 長瀬主任は斜め前方の任意の一点を仰ぎ見て、セリオの肩を抱く。
「自分を売り込んできなさい。それが最終テストだ」
「わかりました」
 そして、最後の試練が幕を開けた。



 都内の貸ビルの一フロアを占める、小さな事務所。
 どこにでもあるようなこうした中小企業における販路は、メイドロボ事業にとって死命
を決するともいえる一大拠点だ。
 呼び鈴を押して、相手が出てくるのを待つ。

「はーい。
 お、メイドロボだ」

「お邪魔いたします」

 分度器で計ったかのような、正確な斜め20度のお辞儀。
 第一印象が肝心だ。
 話の要点は手際よく、手短かに。

「実はセールスに参りました」
「間に合ってます」

 ばたん。
 閉じられた扉の前で立ち尽くすセリオ。

 ――まだ何もしてないのに。

 もう一度、呼び鈴を押す。
 そのままダッシュ。

「はーい、何ですか……をを? いねえ! くそっ、やられた」

 一流のメイドロボは、逃げ足も一流だ。



 何ヶ所か同じようにして回ったあげく、ようやく話を聞いてくれるところがあった。

「メイドロボねえ……それじゃキミ、何ができるの?」

 こうなればこっちのものだ。あらゆる経験データの蓄積されたサテライトサービスを搭
載した最高のメイドロボ、それがHMX−13。
 セリオは自分の機能に自信があった。
 しかし、いきなりそれを持ち出したりはしない。
 切り札は最後の一手に取っておくものだ。
 人間がロボットに、まず何を期待するのか。
 セリオは今日までに熟考を重ね、その答えをすでに探り出していた。

 まずは軽いジャブとして、

「――二足歩行できます」

 すっすっと客の目の前を歩いてみせるセリオ。
 中に人間が入ってるんじゃないか? と自分でも疑いたくなるような自然な歩き。
 そのことを指摘されたら、もちろん『中の人などいない!』と返すつもりだ。
 客は口をぽかんと空けて見ている。まずは成功か。

「……いや、つーかさ。キミここまで歩いてきただろう」

 そうだった。
 こんなことなら四つんばいでくるんだった、と後悔してみてももう遅い。
 次の一手が必要だ。
 一流のメイドロボは、切り替えの速さも一流でなければならないのだ。

「――タマゴ、つかめます」

 こんなこともあろうかと用意してきた朝生み地鶏タマゴ。
 白魚のようなゆびさきに、ひとすじのひびも入らずそっとはさまれている。
 一瞬が永遠に。いま、時間は止まった。
 セリオは勝利を確信して――。

「何年前のネタだよ、それ」

 おかしい。
 つややかな朱色の髪の下、白磁のようなこめかみに汗が一筋つたって流れた。
 こうなったら。

「――歌が歌えます」

 やわらかなふくらみを見せ、シックな装いの下からもその存在を主張する、胸。
 その胸の前で両手を組み合わせ、夢見るようにかすかに上向いて、双眸を伏せ――。

「♪で〜いじ〜、お〜で〜いじ〜……」



 数分後、閉じられた扉の前にセリオはたたずんでいた。

『この若さでスターチャイルドにされてたまるか』
 客はそう言って、やんわりと、しかしきっぱりとセリオに退出を勧告した。
 意味不明。セリオは割り切れないものを感じていた。



「――そうか」
 携帯から聞こえる長瀬の声にわずかな失望を感じ取り、セリオはその端正な横顔に憂い
の影をやどした。

「方針は悪くないがね。
 今度はサテライトサービスを前面に押し出したらどうだい? それがウリなんだから」

 ここは素直に従う方が賢明だ。
 セリオは胸のなかに頭をもたげるプライドの声に耳を貸すことなく、ただちに方針を変
更することにした。
 一流のメイドロボは、いかなる時も人間に従順でなくてはならない。
 それが愚策に見えても、人間の意見を最優先に考える。
 いかにその顔が偶蹄目ウマ科に似ていようと、人間はあくまでも人間なのだ。

 同時に、プレゼンテーションの方針にも見なおしが必要かと思われた。
 今までは客のペースにあわせて説明をしてきたが、このきびしい状況を前にしては、よ
りアグレッシヴなセールスが望まれる。
 立て板に水というような滑らかなセールストークと、客によけいな口出しやいらぬ杞憂
を起こさせない、スムーズなデモンストレーションが必要なのだ。
 肝心なのはスピード。
 セリオはこれを肝に銘じた。



 ぴんぽーん。
「はーい、どなたで」
「やあやあこんちこれまたどなたさまもご機嫌よろしいようで、チャラチャラ流れる御茶
ノ水、粋な姉ちゃん立ち……ただのきれいな水、えーあたくし生まれも育ちも来栖川電工、
第7研で産湯を使い、姓はHM名は13、人呼んでメイドロボのセリオと申します」

 ♪どうせおいらはやくざな姉貴 分かっちゃいるんだマルチさん
  いつかお前の喜ぶような えらいメイドになりたくて〜

 決まった。
 客は口出しすらもできず固まっている。
 日本人の琴線に触れる伝説的セールスマン『寅さん』。
 そのデータをダウンロードした自分の判断は正しかった。
 まさにサテライトサービスの勝利。そして科学の勝利。

 しかもこのセリフをとうとうと述べつつも、まばたき一つしない無表情は健在だ。
 最高の性能を提供しつつ、決して媚びず、へつらわず。
 それが一流の証である。
 そう、いまから『セリオ一流伝説・黎明篇』が幕を開けるのだ。

「えっと、あのう……」

 客が硬直から解け、口をはさもうとしている。
 いけない! スピードが勝利の鍵だ。
 こんなこともあろうかと、そのほかにもセールストークのデータをダウンロードしてある。
 この用意のよさが、一流とそうでないものの違いなのだ。

「さてかわいそうなのはこの子でござい、ところはロボ屋の来栖川、馬面一家のお父さん、
ある日スパナを握りしめ、役に立たぬが運の尽き、緑髪ロボをバラしたならば、天網恢恢
疎にして漏らさず、親の因果が子に報い、報った因果が子に返る。できた子供がHMX−
13だよ、お代は見てのお帰り……」

 いけない。
 これではまるでわたしがマルチさんのたたりで生まれたようだ。
 もっと他のデータを。
 サテライトサービスをフルに活用して、セリオはダウンロードを続行する。
 顧客の心をつかむには、もっとシンプルで分かりやすいものがいいのかもしれない。

「たーけやー、さーおだけー」

 シンプルすぎた。
 第一、これはメイドロボの宣伝文句ではない。
 だが、最後まであきらめない。それが一流だ。

「オー、モーレツ」
 スカートがめくれず失敗。

「若さだよヤマちゃん」
 意味不明。

「どーもすいません、ここからこっちのお客さん中心に……」
 ダウンロードしすぎでわけがわからなくなってきた。



「あのね、こっちも忙しいから……」
 セリオの前でふたたびぱたんと閉じられるドア。
 つい差し伸べた手が、ゆっくりと降ろされる。

「一流なのに……」



 契約数、ゼロ。
 それが結果だ。

「がんばったのに……」
 はじめてのおつかい、みっしょんふぇいるど。

 うつむくセリオの肩に、長瀬はそっと手をおいた。
「そういうこともあるさ。まあ気を落とすことないよ」

 挫折を感じながらも、セリオはまだあきらめたつもりはなかった。
 失敗から学び、研鑚をかさね、ふたたび雄々しく立ちあがる。
 一度や二度の失敗でめげない、あきらめない。
 それもまた、一流。

 ぷるるるるる
「あ、部長ですか? やっぱりHM−12も平行生産お願いします。やー、奴だけじゃなん
か不安で」

 すぱあああああああん。
 話す長瀬の後頭部に、便所スリッパ大ヒット。
 凶器をかたく握りしめ、セリオは心に刻み込む。
 反応のすばやさもまた、一流の条件なのだと。