マ太郎がくる! 投稿者:takataka
 今日は休日。
 マルチが夕飯の買い物に出かけてからオレはぼんやりつまらんテレビを眺めてたんだが、
そんな折に急に来客があった。
 めんどくせーな。
 そう思いながら出るには出たが。

「…………」

 玄関にはHM-12、量産型マルチが突っ立っていたのだった。


 うつむいたところから、ちらっと俺を見上げた。
 そのまま固まること10分。
 表情のない上目づかいがオレをじっと見ている。

「なあ、なんか用なのか?」
「…………」
「別にしゃべれないわけじゃないだろ、お前」
 HM−12はまだなにか言いたげにしていたが、くるりと振りかえると後も見ずにすたす
た出て行ってしまった。


「わたしも会いたかったですー」
 帰ってきたマルチは残念そうだ。外ですれ違わなかったのか。
「でもなんにも言わずに帰っちまったぜ? なんなんだ? あれ」
「変ですねー」


 それからも何度となくそいつはやってきて、一言もなく帰っていった。
 オレはそいつに『マ太郎』と名づけた。
 マルチではうちのと区別つかないし、なんだか無表情の上目遣いが怖かったのだ。
 藤子不二雄(A)的に。
「ステキな名前ですー」
 マルチは元ネタを知らない。


「浩之さーん、きましたー」
 またかよー。
 玄関には二人のメイドロボが合わせ鏡みたいに向き合って立っていた。
 まったく同じ型のはずなのに、感情のあるのとないのではこれだけまとっている雰囲気
が違うものか。

「…………」

 マルチはうつむくHM−12の顔をのぞき込んで、顔の前でぱたぱた手を振った。

「あの、こんにちわー」
「…………」
「わたし、あなたのお姉さんなんですよー」
「…………」
「うふ、会いに来てくれてうれしいですー」
「…………」
「あのう、よかったらあがって行きませんか?」
「…………」
「……えっと……」

 くるっと回れ右して、HM−12は帰ってしまった。
 取り残されるオレたち。
 マルチは差し招いた手のやり場をなくして、ぱさっ、と手を下ろす。
 オレは黙ってマルチの肩を抱いてやった。
 顔は、見ないようにして。


 そして今日もマ太郎は来ている。
 あいかわらず無心、無口、無表情の三無主義。
 こころを受けつがなかったマルチの妹たちはみんなこうなのか。
 オレはこころにかすかな痛みを感じた。
 今のマルチだって、DVDがくる前は……。

「…………」

 いや、待てよ?
 なにか分かる!

	『……』

 表情がなくとも、なにも言葉にしなくても、そこにはたしかに感じ取れるものがあった。
 そう、HM−12の頭のななめうえあたりだろうか。
 しっかりとしたリーフフォントで、

	『なでれ』

 そう読めた。
 なんだ? なでて欲しいのか?
 ……なでなで。
 これでいいか?

	『もっとなでれ』

 なにい?
 あいかわらずの表情のない上目遣い。
 やはり一言もしゃべらない。
 よし、オレも男だ。
 いくぞマ太郎!
 なでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなで……。
 どうだ!

	『むふー』

 ?

 満足したのかどうか、HM−12は回れ右して帰って行った。
「なんだありゃ……」


「浩之さーん、きましたー」
 またぁ?
「へいへい、なでりゃいいんだろ……ありがとうございますって、お礼なんか言うことな
いんだぜこの位……って、おおう!?」
 ルーチンワークで差し伸べた手がなでていたのは、芹香先輩の頭だった。
「…………(ぽっ)」
 つーことわ。

「っっかあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 来た来た来たー!
「この若造がああああ! お嬢さまの専属メイドロボをたぶらかしおってえ!」
 なんだとう?
「や、悪いね藤田くん。こいつが世話になったそうじゃないか」
 長瀬主任がHM−12を連れて出てきた。
「芹香さまの購入した機体に異常があってね。妙にふらふら外出するんで調べたらここだ
ったってわけだ」

 長瀬主任の説明によれば、HM−12の初期ロットの一部にマルチの記憶がわずかに混入
していて、ユーザーとの親密度が高まると、なにかを期待するようにユーザーの前に立ち
尽くす症状が出てくる。
 雰囲気で『なでなで』を要求してくるというのだ。
 オレに会いに来たこの機体はさらに混入度が高く、オレの家への道順をおぼえていたの
だという。

「修正パッチ配布したけどあてる人があんまりいなくてね。芹香さまもその一人だ」

 実際なでなでにハマッてしまい、メーカー保証が受けられなくなる危険をおかしてでも
アップデートしないユーザーがかなり多いという。
 おおう、同志!

「それにしても藤田くん、なでなで目当てって何で分かった?
 メイドロボは基本的に自分のためになにか人間に欲求してはならないことになってる。
だからこいつもなんにも言わなかったんだが」

 そりゃあ分かるさ。マルチの妹だもんな。
 ましてやマルチの心がひとかけらでも残ってるとなれば、分からないはずがない。

 オレのトレーナーの裾がびろーんと伸びている。
 下を向いたマルチが、ふるえる手でひっぱっていた。

「ううっ、ひろゆきさあん、ぐしっ、う、うれしいでずう……」

 こんなことくらいで泣くなよ、マルチ。
「すびばせんー」
 ぢーん!
 おわっ! 裾で鼻かむなよ!


 そんなこんなで、マ太郎は今日もオレのうちにくる。

	『なでれ』

 なでなでなでなでなでなでなでなでなでなで……。

	『むふー』
	
 マルチはと見れば、すんすんと鼻を鳴らして床にのの字を書いている。

「わたしの頭にはもう飽きちゃったんですね……」

 おれはそんなマルチもいっしょにひたすらなでつづけ……
 腱鞘炎になった。

「すまんが芹香先輩、頼む」
 こくん。

 先輩は三日で腱鞘炎になった。
 お嬢さまだし。

「だからって何でわたしがー!? ……う、分かったから姉さん、そんな泣きそうな顔し
ないでよ」
 綾香はそれでも1ヶ月持った。
 さすが格闘家。

「なでればよろしいのですか?」
「おう、たのんだぜセリオ!」
 さすがにセリオは腱鞘炎にはならなかった。
 そのかわり三ヶ月で両肩のパーツ、オーバーホール。

 こうして恐怖のなでなでシスターズはオレの知り合いの肩を片っ端から破壊していった。
 そして次にあらわれるのは、

「お前のところだーっ!」
「なにそれ」
 志保は期待はずれといわんばかりの仏頂面でこたえた。
 かわいくねえ奴め。
「こわい話してやるっていうからなにかと思ったら。やっぱヒロってその程度なのねー」
「なんだと?」
 よし、いい度胸だ。
「実は特別ゲストが用意してある」
「……え?」

 ずい。

	『なでれ』
	「えへ、なでなでしてくださいー」

 ずずいっ。

「ちょちょっと待って! 分かったヒロ! あたしが悪かった!」

 ずずずいっっ

	『なでれなでれ』
	「わくわく」

「うっ、くっ……ああああああ! もうダメ! 我慢できない!」

 なでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなで……。

 志保、撃沈。