家族の肖像 投稿者:takataka
 日の光が斜めに差し、庭でスズメが鳴きかわす。
 リズミカルにまな板を叩く包丁の音と、ただよう味噌汁の香り。
 典型的な日本の朝。

「ふあああ〜、おはよう母さん」
「あら、あなた遅いじゃありませんか。もうご飯できてますよ」
「今朝はなんだい?」
「あじの干物に卵焼き、あと納豆ですよ。あ、納豆にたれ入れてくださいね」
「うむ、やっぱり朝は日本食だよなあ」
「おはよう、父さん母さん」
「おはよう。ちょうどよかった、お箸出しといてくれる?」
「うん。父さんと母さんと、私の分ね」


 たんたんたんたん。
 階段を降りる音が響く。
 一瞬にして食卓に緊張が走った。
 ヤバイ!


 父は読んでいた日経新聞をワシントンポストに持ちかえた。
 姉は大急ぎで箸をしまい、納豆と味噌汁とご飯と干物を冷蔵庫に叩きこんで、そのかわ
りにパンを用意する。
 母の投げてよこす皿をキャッチして、干しブドウ入りのシリアルを注ぎ込んだ。
 もちろん卵焼きをほぐしてスクランブルエッグをよそおうのも忘れない。
 その隙に母がテーブルの足を伸ばし、いすを四脚セットする。座布団はいすにのせてお
けばごまかせる。
 メイドロボが手際よくコーヒーを配り終えた。
 準備万端!!

 がちゃ。

「ハァイ! Dad! Mam! Sindy!」

「……そこでグラハムが言ったのさ。
『スティーブ、鶏肉の下ごしらえを頼んどいたろ?
 ガールフレンドの下ごしらえはあとにしろよ』」

	(どこからともなく爆笑)

「ねえ、何の話ナノ?」
「グッモーニン、ヘレン。お前は今朝もキュートだねえ。まったく我が家に舞い降りたエ
ンジェルさ」
「サンキュー、Dad」
 父の頬におはようのキスをするレミィ。
「シンディ、今日のブレックファストは?」
「見てのとおりよ。スクランブルエッグにシリアル、それにパン。アメリカンコーヒーの
シュガーは二杯でいいのよね」
「Yes.今朝もアメリカンテイストね」
「当たり前でしょ? わたしたちアメリカンだモノ」

	(どこからともなく爆笑)

「おやおや、でも日系だからね。さしずめアメリカンサムラーイさ」

	(どこからともなく爆笑&拍手)

「オハヨウゴザイマス、れみぃオ嬢サマ」
「グッモーニン、シルヴィー」
 来栖川製メイドロボ、HM−10にもきちんとあいさつするレミィ。
 シルヴィーとは商品名ではなくこの家でつけた名である。
「いまアナタのシスター、HMX−12が学校に来てマース。テストらしいワヨ」
「シスター? ワカリマセン」
 父が冗談めかして肩をすくめる。
「やれやれ、Made in Japanにイングリッシュは難しかったカナ?」

	(どこからともなく爆笑)

「Oh,God! こんなことしてられないワ」
 ぱちんと手を打ち合わせるレミィ。
「今朝はヒロユキと待ち合わせしてたんだワ! Harry up!」
 母がニヤニヤ笑いを浮かべた。
「シンディから聞いたワヨ。ミスタ・フジータってヘレンのBoyfriendネ」
「本当かいヘレン?」
 レミィは目をキラキラさせて、胸の前で手を組み合わせた。
「そうナノ……First Loverなのデース」
「First rubber?」

	(どこからともなく爆笑)

「シンディったら、もう! じゃあ行ってくるワネ!

 ……What?」

 レミイはテーブルについた手に違和感を感じた。
 あげた手に糸を引く豆がくっついている。
「Mam? 腐ったビーンズが落ちてマース」

 やべっ!
 納豆!!
 一人と一体を除いて家族が硬直する。

「……オオゥ――それはきっとこのまえチリビーンズ作ったときの残りネ」
「そ、そうよMam! そうに違いないわ!」
「Ohハニー、キミは時々不注意だからなあ」
「ごめんなさいダーリン。許してちょうだいね」
「もちろん許すとも! こうしたそそっかしさがキミのチャーミングさであるところのポ
イントのひとつさ。愛してるよハニー」
「Oh,Myダーリン! I love you!」
 いい年して抱き合う夫婦。
 もちろんキッスの嵐になだれ込む。
「Wao! パパたちったらアツアツね……どうしたの、レミィ?」

 ぽーっ
(私もヒロユキとあんな毎日をすごしたいデース……)

 はっ

「こうしちゃいられないワ! いってきマース」
 がちゃ
 たったった……


「「「あぶなかった……」」」


「まったく、母さんも気をつけなきゃだめだぞ? 危うくヘレンにばれるところだった」
「あなたがご飯中に新聞なんか読んでるからですよ」
「父さんも母さんも、急いだ方がいいんじゃないの? もういい時間よ」
「あらいけない、シンディ、ご飯戻すの手伝ってちょうだい」
 食卓を元通りに復元する一家。毎朝のことだけに手際はよかった。
「しかしあれだなあ。ヘレンのクラスメートの……藤田くん、だったか? 彼は何だ、そ
の……ヘレンの彼氏なのか?」
「うん、あの子はそのつもりらしいわ。彼氏だって」
 シンディの返事に、父はとたんに眉をひそめた。
「何だその言い方は。『彼氏』じゃなくて『彼氏』だろう? そんなコギャルみたいな言
い方父さん気に入らんなあ」
「いまはアクセントが後にくるのが普通なの」

 言うだけ言うと、なんとなく黙ってしまう。
 日本の家庭にありがちな、ヘンな沈黙だった。
 ややあって。

「そういえばなんだ、シンディ。お前このあいだヘレンの学校行った時、藤田くんにずい
ぶんと達者な日本語で話しかけたそうじゃないか。
 さいわい何にも言って来ないからいいようなものの、ヘレンにばれたらどうするつもり
だ?」
「もーう、お父さんいちいちうるさいー」
「うるさい? うるさいって何です、いいか父さんはお前のことを心配して」
「あなた、もういいかげんにしないと会社遅れますよ」
「待ちなさい母さん、お茶だけでも頂いてくから。
 かず子さん、お茶頼むよ」
「リョウカイシマシタ」
 HM−10は茶の用意をしに台所へ。
 レミィのいないときの名は『かず子』だった。

「しかし母さん」
「何です」
「最近、少し太ったなあ」
「太ってませんよ」
「いや、太ったよ」
「太ってません」
「太った」
「太ってなんかいません」
「太ったさ」
「そう、そう言えば少し……太った、かな」
 夫婦の会話はいつも小津安チックだ。

 たったった……

「忘れ物しちゃいまシタ!」

 レミィ!?
 がたがたがたあっ!!

「Oh,ヘレン! 忘れ物とはキミもまったくcarelessだネ……HAHAHA」
「ダーリン、お急ぎになって……じゃなかったハリアップなのデース!」
「レミィ、ヒロユキくん待たせちゃ悪いワ! Let’s Go!
 ほらさっさと行った行った!」

「アレ……」

 レミィは首をかしげた。
「みんなヘンです」

「「「どこが?」」」

「何だか慌ててるミタイ。
 それに……お皿にsoy sorceのあとがあるし……なんかミソ・スープの匂いす
るし……」
「気のせいさヘレン!」

 折悪しく、メイドロボHM−10がすっとふすま(そう、ふすまである)を開けて入って
きた。
「オ茶ガ入リマシタ」
 お盆の上で湯気を立てる、三つの湯のみ。
「ゴ主人サマハ玄米茶、奥サマハ梅コブ茶、しんでぃオ嬢サマハ番茶デヨロシイデスネ」
 ことん、と座卓(座卓だよ座卓。どうするおい)に湯のみを置くと、HM−10はしずし
ずと部屋を出ていった。

「……」
「……」
「……」

 レミィは腕組みして黙りこくる。
「――分かりマシタ」
 ついにこのときが来た。
 家族はぐっと息を呑む。


「ニッポンの文化を勉強してたのネ!」


「「「……そうデース! ZEN Spiritネ! HAHAHA!」」」

 レミィはカメラ目線で軽く肩をすくめる。
「うちの家族ちょっと変わってマース!」

	(どこからともなく爆笑&拍手&エンドロール)

「じゃ行ってきマース!!」ぱたぱたぱたっ

 …………。
 はあっ。

「「「あぶなかった……」」」