ドライマルチ 投稿者:takataka
「浩之さ〜ん、これなんですかー」
「なんだよ?」
「アイスクリーム買ったらこんなものが入ってましたー」
 ビニールの中身を開けると、白いもやに包まれた塊が転がり出した。
「お、ドライアイスじゃねーか」
 マルチは不思議そうに見ている。
 そうか、ドライアイスのこと知らないのか。
「いいか? これを水に入れると……」
 塊をコップに放りこむと、ぶくぶくと白いあぶくが立ってコップのふちから白煙が流れ
出す。
 煙りはテーブルの上を這って広がり、滝みたいに床へと流れ落ちた。
「ふわあ〜〜〜〜」
 マルチは目をかがやかせて見ている。そんなに不思議なもんかねぇ。
「すごいです! テレビのあれみたいですー」
 そういや歌番組とかにはよくあるよな。
 テーブルの高さに視線を合わせてうっとりと見つめるマルチ。はじめてドライアイスを
見た子供そのものだ。
「ステキですー。夢の世界です〜」
 夢見るメイドロボ、か。
 コイツの見る夢は、きっとしあわせな空気に包まれた世界なのだろう。
 オレは目を細めて、マルチの髪をくしゃくしゃとなでてやる。
「ん……しあわせですう」
 マルチの目はうっとりとどこか遠くを見つめていた。


 いっやー、今日も暑いぜ。
 オレはアイスでも食おうと冷凍庫を開け……。

 うっわ!
 アイスぎっしり!
「――まさか」
 マルチはたしか二階にいるはず!

 階段にさしかかったオレは度肝を抜かれた。
 どばーっと階段の上から流れてくる白煙。
 ナイアガラを思わせるその流れの頂点に、マルチはすっくと立っていた。
「浩之さーん、夢の世界ですう、演歌の花道です〜」
 階上のバケツからもくもくと白い煙が吐き出されてくる。
 きっと山ほどドライアイスもらってきたのだろう。
 白いシーツをはおったマルチは、階段降りつつうっとりと両腕を広げた。

「♪るらるらるらる〜ら〜、おんなはうみ〜」

「てめえ! 英語の部分ごまかすんじゃねえ!」
「正確に歌うとJASRACのコワイおじさんがくるですー」
 ワケ分からんこと言いやがって!
 オレはダッシュで二階にかけあがり、バケツを窓の外に放り投げた。
「やり過ぎだアホ! あんな大量のアイスどうすんだよ!」
 さっきまでジュディ・オング気取りのマルチはもう半べそだ。
「ううっ、ひどいですー。
 ご主人さまといえど、しかるべき報いを食らわさねばならないのですー」
「んだと? 勝負すっかコラア!」
 マルチはコップを取り出し、ごきゅごきゅっと中身を飲み干した。
「てめえただのきれいな水一気したくらいでオレがビビると思って……」

 間。

 ぷしゅーーーーーーーー!!
 体じゅうの穴という穴からすごい勢いで白煙を吐くマルチ。
「うっわああああああっ」
 ガス人間第一号!?

「ふごごごご浩之さっふごごごごごっこれが必殺ふごごごごご!」

 コイツ、さてはあらかじめドライアイス呑んでやがったな!
 くっ、このケムリの量! ハンパじゃねーぜ!

「るるりら〜ふごごごごごごっ、るらら〜ふごごごごごご〜」

 白煙吹きつつたのしそうにくるくる回転するマルチ。
 めっちゃ気持ちわるい。
 オレはそんなマルチを……。

 突き落とす。
 たたき落す。
 とにかく落とす。

「うりゃ」
 突き落とーす!
 がたたたたたたーん。
「ふごごごごごごごご! ご! ご! ご! ご! ふごっ!」
 白煙吹きつつ階段を転がり落ちるマルチ。
 うーむ、やりすぎたか?
 ぷしゅーっと白煙を吹いて横たわるマルチ。
 動かない。
 オレは階段から身を乗り出し、叫んだ。

「あがってこいマルチ! あがってくるんだ!」
「うう……銀ちゃんかっこいい……ですう」
 がくっ

 階段オチとは余裕あるじゃねーか。



「綾香さま、組み手でもいたしますか?」
「いいけど? でも、あんたの方から誘うなんてめずらしいわねー」
「――マルチさんにあたらしい技を教わりました(ニヤリ)」