次郎衛門日記 〜雨月山伝説異聞〜 投稿者:takataka
	 時あたかも『えるくう』征伐より三月、拙者とりねっとが夫婦としてともに暮
	らし始めた折であった。
	 突如城内より呼び出しとの知らせあり、とるものもとりあえず城に向かいし折、
	りねっと言いて曰く、

	「何だか悪い予感がするよう……」
	「なあに、心配いらぬ」

	 城内にはすでに近在の武家の主だった面々が顔をそろえて居りき。
	「次郎衛門殿、近こう寄るがよい」
	 御座所に着座せし殿はいつもながらあまりことにこだわらない飄々とした風を
	見せて居りしが、それと異なるはずらりと居並ぶ武家衆の数々、いずれもわれら
	を異様なものでも眺むるがごとき目で睨み付けたり。

	「呼びだてしたのは他でもない、そちらの女子のことじゃ」

	 りねっとは怯えるが如く拙者に身を寄せ、着物の裾にしがみつきしところなど
	げに弱々しく、まこと守ってやろうと思われずには居られぬ風情なりき。
	 家老が一人、殿の右手に居りし。
	 詳しき役職を申せば若年寄などと称するらしいが、その名のとおり年のわりに
	額の後退はげしき御仁が憤懣やるかたない調子で言いて曰く、

	「この次郎衛門と申すもの、たしかに『えるくう』討伐の武勲めでたき武士には
	ござるが、その後の生活を見るにつけ、まこと士道にはずれた自堕落ぶりと申す
	ほかなし。
	 そもそもいかに寝返ったといえど、『えるくう』の女子を嫁にとるなどと正気
	の沙汰とも思えず。このまま捨て置けば広く城下に風紀の紊乱をせしむるのみな
	らず、かの国は異国の化け物を嫁に取る変節漢に国の守りを頼りきりとの悪評も
	伝わりかねず、このさい殿には断固としたご決断をお願い申し奉り候」

	「なんと」

	 拙者思わず口走り候。もとはと申せば拙者が『えるくう』側の女子と通じたこ
	とこそ、『えるくう』の怪異なるまでの膂力を得しところのもとなれば、それに
	ついてこの国のものに感謝されこそすれ、かような形で糾弾されるおぼえは毫も
	なし。
	 くわうるに、拙者このたびの『えるくう』討伐の役においてなんら欲をも申さ
	ず、ただこのりねっとと二人静かに生活していくことのみ望むだけに候。

	 家老はなおも付け加えし。

	「問題はそれだけにござらぬ。このりねっととか申す鬼の娘、実年齢はどうか知
	り申さぬが、どうひいきめに見ても婚礼をあげる年に達しているとも思えず、せ
	いぜい寺子屋にて読み書き教わる程度のものに見え候。
	 このような幼き女子を嫁に迎えるということこそ、まこと藩内の綱紀粛正の妨
	げとなり、ひいては広く民草にも悪風まきおこすこと必定なれば、ただちに何ら
	かの手段を講じる必要を感じ申し候」

	「しかし風紀紊乱と申すが、幼い女子を嫁に取るのがそれほど奇異なことか? 
	戦乱の世では戦国武将が年端も行かぬ子供の婚礼をあげたということじゃが」

	「それは政略結婚にて、嫁というよりむしろ人質にござりますれば」

	 お付きの蘭学者が口をはさみて曰く、

	「この太平の世におきまして、かような幼き娘子を嫁に迎えうるなどととんと聞
	きおよび申しませぬ。
	 そも幼子に対してあたかも年頃の娘子に抱くような興味を抱きしは、こと泰西
	においてはげに恐ろしき破廉恥行為なれば、かのバテレン教すらもこれを厳しく
	禁制しております。
	 おろしや国の文士の申すことに従いますれば、これをして『ろりーた・こんぷ
	れっくす』略して『ろりこん』などと申す模様にござります」

	「なんと、ろりこんとな」

	 ざわざわと騒ぎ立てる家臣団。

	 家老があとを続けて曰く、
	「それが証拠に、この次郎衛門が手を出した女子を見れば一目瞭然にござる。こ
	やつはじめはえるくう皇家第三皇女の『えぢへる』とやらと夫婦の契りを結びし
	が、そのもの二人の姉の怒りに触れて命を奪われ申した。そこでこの末妹りねっ
	とが次郎衛門に同情して今にいたるのでござるが、このえぢへるとりねっとの相
	似通うところと申さばひとえに、『むねぺったん』にござる」

	「なんと」
	「なんと」
	「つるつるとな」
	「ぺったんとな」

	 そこまで申して居らぬはずだが、ともかくも家臣団に動揺が走りて候。

	「しかし、たしかその二人の姉とやらもどちらかが『ぺったん』であったと聞き
	及ぶが」

	「そこでござる。第一皇女『りずえる』とやらもえぢへるにひけをとる所なき
	『ぺったん』であり申した。
	 しかし次郎衛門は、巨乳の第二皇女あずえるとともにこれをまったく相手にも
	せぬありさまでござる。
	 つまり彼奴の求めていたのはただのぺったんにあらず、ひとえに年若き娘子の
	成熟しきり申さぬ青い果実にござりますれば」

	 さらに音高くざわめく家臣団。すでに刀に手をかける気の早い御仁もちらほら
	と見かけて候。
	 と、先ほどまでわが腕の中で震えていたりねっと、勇気をふるいおこして殿を
	正面から見つめて申すは、

	「うう……ひどいよ! 次郎衛門お兄ちゃんは悪くないよ!」

	 殿の御前で不敬とは思いしが、拙者このりねっとの振る舞いになんら叱責する
	ところを見い出せず。むしろ拙者のため勇気をふるいし所などおもわず『なでな
	で』いたしたく候。

	 が、一同は先ほどの様子に輪をかけて騒ぎ出して候。

	「お聞き頂かれましたか殿! このもの自分の嫁御に『おにいちゃん』などと呼
	ばせておいて涼しい顔!
	 これこそ彼奴がろりこんの破廉恥漢たるをなによりも証拠立てることにござり
	ます!」

	「ろりこんに候!」
	「いんもらるに候!」
	「媚妹べいびーに候!」
	「この早漏!」
	「いま一人だけ違うことを申して候!」

	 もはや城内大パニックに陥って候。
	
	 拙者ももはや黙っては居られず、わが思うところを述べたるは、
	「しかしながら、年のはなれし幼な妻に『お兄ちゃん』呼ばわりされるはこれ男
	子の本懐。そうは思いませぬか各々方。
	 そこもと『ろりこん』の呼び名は否定し申さぬ。あえてその悪名を着ましょうぞ!
	 そのようなことより、拙者はこのりねっととの愛に生きる身にござります!
	 よいな、りねっと」
	「え、……でも、そんな、こんな大勢の人の前で、恥ずかしいよう」
	「なんと、俺の愛がこれらのものどもに負けるとでも申すか?」
	「え? ううん、そんなことない、リネット、次郎衛門お兄ちゃんのこと大好き
	だもん……」
	「ならばよかろう」

	 りねっとと拙者の熱いベーゼは軽く三分ほど続き申した。
	「んッ……んむ、ふぅ……お兄ちゃん、お兄ちゃんっ……」
	 二人の唇がはなれし折、あたかも蜘蛛の糸の如く銀色の一筋ひかば、家臣一同
	みな前かがみになりて我先にと厠に走るもいとめずらしき眺めなりき。

	「次郎衛門! そのほう城下においてろりこんの気風を広めたのみならず、おそ
	れ多くも殿の御前で人目はばからぬらぶらぶ三昧、もはや容赦されると思うな!」

	 家老殿はもはや抜刀しおりが、城詰めの役人風情なれば、武士は武士でも鰹節、
	抜けば玉散る氷の刃、一枚が二枚二枚が四枚、四枚が八枚と懐紙など斬り給うは
	筑波のガマの大道芸にさも似たり。
	 拙者やや軽めに鬼の力を解放し申し候。
	 殿の御座の気温を三度ばかり下げ申さば、たちどころに一同しんと静まりき。

	 ぐいとりねっとの幼き肢体抱き寄せ、大音声に呼ばわるは、

	「ろりこん呼ばわり大いに結構、うらやみなさるはなお結構!
	 幼の道こそ漢道! もののふの本懐と心得ますれば!!」

	「お兄ちゃん……大好き……」

	 凍りついたかのごとく静まり返りし広間からまばらな拍手起こり、次第に満場
	を埋め尽くす『すたんでぃんぐ・おべーしょん』となりき。
	 しばしあって、殿言いて曰く、

	「まこと天晴である。次郎衛門殿、そのほう……漢よの」


	 かくして拙者とりねっとの愛の日々は無事守られたり。
	 しかし一部の家臣に悪心残るもまた事実なり。
	 ことに、拙者の手習いの書き取り帖などを城内に置き忘れようものなら、

	「なまいき侍」
	「幼女お宅」
	「調子こくのでは御座らぬ、たわけ」
	「むかつき40割に候」
	「死ぬでござる」
	「しばき奉る(莞爾)」
	「れざむに帰り申せ」
	
	 などと墨書せられる始末。
	 武家社会とは、げに住みづらきものにて御座候。



 これが、次郎衛門の残した日記。
 俺は茫然とするしかなかった。
 例の坊さんが寺の掃除をしていて雨月山伝説の古文書が見つかったとか言うから見に来
て見れば……。
 俺の先祖ロリっすか?!
「お兄ちゃん……なんだか恥ずかしいな」
 初音ちゃんが真っ赤になってもじもじしている。そりゃそうだろう。
「次郎衛門ってエディフェルが忘れられずに泣きながら暮らしてたんじゃなかったのか?」
 もう少し前のページを見てみる。
 お、記述があった。


	 りねっとと暮らしはじめてはや一月、わが暮らしは実に愉快極まりなし。
	 はじめこそえぢへるのこと忘れがたく、泣きつつ暮らしおりしが、はや一週間
	ほどで忘れ申し候。
	 人のものおぼえのはかなさこそ、いとあはれなるべし。


 俺の背後から冷気が漂ってくる。
「耕一さん……わたしのこと一週間で忘れたんですね……」
「いや楓ちゃん、これは次郎衛門が」
 ばりっ。
 俺の顔面に五本のミミズばれが走った。
「そうですか……楓にひけをとらない『ぺったん』ですか……うふふふふ」
「耕一ぃ……あたしのことなんて結局どうでもよかったんだな……」
 部屋の温度が九度下がった。
 三人前だ。
「お姉ちゃんたち、やめてあげてよう」
「初音は黙ってな!」
「そうよ、リネット……一人で幸せになって……」
「耕一さんにはいちどはっきりしてもらわないといけませんねえ……」


 うっわあああああああああああああ。
 俺が何をしたあ?!